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好きも嫌いも同じ事  作者: もりかわせみ
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お嬢様と散歩

耳鳴りで目が覚めるのは、珍しい事じゃない。

昔から良くある現象で、物心が付く頃には既に聞こえていた。

季節も昼夜も問わず、聞こえる大きさも長さもまちまちで、夜明け前は特に酷かった。

耳鳴り自体は誰にでも起きる症状だが、小さい内からこんなにも頻繁に悩まされているのは私だけだと知った時には不思議でならなかった。

周囲の大人に相談してみても、気の所為だとか慣れるしかないだとかの気休めの言葉だったり、偶に処方される薬でも魔法でも解決には至らなかった。

何年経っても治る気配は無く、寝不足になったり集中力を欠いたり、違和感に慣れるまで実害も多かった。

最近は何故か起きる時間の少し前に鳴り出す日が増えたので寝不足にもならないし、気にしないで過ごす術も身に付けている。


昨夜の件もあり、お互いに何となく照れてしまって、いつものようには話が弾まない朝食の席。

幾つ目かの話題にそんな内容を話したところ、お嬢様に溜息を吐かれてしまった。

それもかなり、悩ましげに。

「…昔から毎日耳鳴りが聞こえていて、それも夜明け前、ね。」

確かめるように繰り返すお嬢様に頷き、朝食の続きに手を伸ばす。

今朝も品数が多く、どれも美味しい。

食事の好みも覚えてもらえたようで、お嬢様の好物七割、私の好物三割の比率で出てくる日が増えた。

私の好物の半分以上はお嬢様の好物でもあるので、実際の割合はもう少しお嬢様寄りでもある。

食べ終える頃、考え事に沈んでいたお嬢様が顔を上げ、使用人に指示を出した。

どうやら今日は外出するらしい。

「ずっと勉強ばかりしていたでしょう。偶には息抜きも必要よ。」

耳鳴りとは長い付き合いだが、身体の具合は悪くない。

もう困る事も少ない持病で心配させてしまったが、折角の提案を無碍にする気も無い。

「それなら、少し遠くまで散歩しましょう。観光もしたいです。」

私の返答と言おうとしていた内容が同じだったらしく、ぱっとお嬢様の雰囲気が華やいだ。

「何処が良いかしら。紹介したいところが沢山あるの。」

すぐにでも出掛けたいとばかりにそわそわしているお嬢様と、柔らかい表情で見守る使用人たち。

先程までのぎこちない雰囲気はあっという間に払拭されて、いつも通りの時間が戻ってきた。

次々と飛び出す候補の中でも、湖の紹介には特に熱が入っているから、お嬢様は案外わかりやすい。

大きな窓から見える空には雲も少なく、天気は崩れそうにない。

水遊びにも丁度良い気温だし、お嬢様の魔法で乾燥も出来る。

一通り候補地を話したお嬢様に希望を問われ、湖が良いと返せば嬉しそうに笑ってくれた。

気持ちが急いていても綺麗に食べ終えたお嬢様は、早速準備に取り掛かると言って出て行った。

私の準備といえば、タオル入りの鞄を肩にかけるだけ。

出発まで館内をうろついたり、厨房で料理人たちに構ってもらったりして過ごす。

時間になって外へ出ると、準備万端といった様子のお嬢様といつもの使用人。


湖へ向かう馬車の中で、使用人も交えて三人で会話を楽しんだ。

迎えの馬車と同じなのはお嬢様専用だからだとか、湖への準備は何日も前から済んでいたとか、些細な暴露話が多かったような。

慌てて話を逸らしたり、照れ隠しに堂々とした態度を取ったりするお嬢様を見て、使用人と笑い合う。

お嬢様の傍にいつも控えているからだろう、他の使用人と比べても随分と親しくなった。

「家族と過ごした時間よりも長いでしょうね。赤ん坊の時から一緒だもの。」

誇らしげにアイコンタクトを交わすお嬢様と使用人の間には、陽だまりのような絆が見えた気がした。


馬車から降りると、視界一面に広大な湖が飛び込んできた。

先客の気配も無く、澄んだ湖面を覗き込むお嬢様と私の顔も綺麗に映っている。

辺り一帯の水源としても大切な湖で、別荘で働いている人々は見回りも兼ねて休みに訪れているんだとか。

湖の周りを普段よりもゆっくりと歩きながら、お嬢様の話に耳を傾ける。

幼い頃から過ごしている場所だけあって、思い出話も連鎖して止まらない。

感情を優先して時系列も気にせず喋るお嬢様は、普段の大人びた雰囲気とはうってかわって年相応の少女に見える。

幼ささえ滲ませる笑顔は、この位置ならではの絶景だろう。

そろそろ半周したかという頃、漸く落ち着いてきたお嬢様の表情が変わった。

相談事を切り出す際の真面目な顔をして、慎重に言葉を選びながら口を開く。

「…耳鳴りは、今も聞こえているの?どんな風に聞こえているのかしら。」

予想外の質問に、返答が遅れてしまった。

意識から追いやっていた、もう慣れ切った耳鳴りの音が戻ってくる。

「今の耳鳴りは、煩い方です。細切れの音が幾つも鳴っていて、止みそうにありません。」

私の返答は予想通りだったようで、疑問も挟まずに頷くお嬢様の表情が小さい頃の記憶を呼び起こした。


前にも同じような質問をして、同じような表情をした大人がいた。

一度しか会わなかったその人は、「耳鳴りは悪い事ではない」と何故か断言して、それでも悩むのであればと意識を逸らす方法を教えてくれた。

「耳鳴りが無視出来ない程大きくなった時は警戒しろ」と不思議な事も教えてくれたし、実際にそれは当たっていた。

おかげで今があると言っても過言ではないし、あれ以来会えていないけれど感謝している。


あの人と重なっていたお嬢様が言葉を選び終えたようで、思い出に浸りかけていた意識を引き戻す。

「貴方の傍に、精霊が居るの。話しかけている声が、耳鳴りに聞こえているのよ。」

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