【東京編】チェーン居酒屋 笑民 その1
「いらっしゃいませー!」
店員の元気な声が店内に響く。
都内に50店舗以上構えるこのチェーン店『笑民』の店員は、いつもこんな感じだ。
「2名様ですか?」
「はい」
「ではこちらへどうぞ」
明るく、いろいろな声が響く店内を店員が席へと導く。
カラリナさんはキョロキョロと店内を観察しているようだ。
店員に席に案内され、対面になるように座る。
カラリナさんはこちらの世界に来る際に、俺が手渡したファッション雑誌から選んだ服を着ている。コンビニでファッション雑誌を選んでいて待ち合わせに遅れそうになったのは内緒だ。
「明るいですね…… それに内装もすごいきれいです。なんだか高そうなお店です」
「そんなことはありませんよ。カラリナさんの世界のお店を見たことがないので何とも言えませんが、こっちの世界ではだいたいこんな感じですよ」
「そうなんですか」
関心したようにつぶやく。
カラリナさんの世界の酒場は全然別の感じなのだろうか。
「さて、何飲みます?」
俺はタッチパネルをいじりながらカラリナさんに尋ねる
カラリナさんは俺のいじってるタッチパネルに興味津々なのか、視線がタッチパネルから離れない。
「それはなんですか?」
「これはこのお店の料理とお酒の一覧です。画像で見れるので、わかりやすくて簡単なんですよ」
「サカイさんの世界はやっぱりすごいです」
そういってタッチパネルのメニューを覗き込んでくる。
「前にいただいた『缶チューハイ』はありますか?」
「『缶チューハイ』は容器が『缶』で、お酒の名前が『チューハイ』なんですよ。
『缶』に入った『チューハイ』ということで『缶チューハイ』と言うんですよ。前のは『レモンチューハイ』だったので、この『レモンサワー』にしましょうか」
「そうなんですね。『レモン』は甘みの無い酸味の多い果実というのは、前に聞いたのでわかっていますが、『チューハイ』と『サワー』は違うものなのではないですか?」
たしかに、『チューハイ』と『サワー』の違いは俺もよくわからない。何か明確な違いは無いような気もする。
「俺もよくわからないんですけど…… 『チューハイ』はアルコール度数の高いお酒をシュワシュワの水…… 『炭酸水』というのですが、それで薄めたものなんですが、『サワー』も同じなんですよね…… 俺にはどんな違いがあるのかさっぱりですけど、同じと思っていただければ」
「そうなんですね。では『レモンサワー』をお願いします」
タッチパネルでレモンサワーを注文する。俺はいつも通り生ビールだ。
「あの……少し触らせてもらってもいいですか?」
カラリナさんはタッチパネルに興味津々だ。
お酒の来る間、簡単な操作方法を説明し、タッチパネルを手渡す。
カラリナさんは初めておもちゃをもらった子供のようにしげしげと見つめると、俺がいじっていたように画面を触ってメニューを見ているようだ。
「これはすごいですね。料理も絵があるので、どんなものかわかりやすいですし、種類ごとにまとまっているので注文しやすそうです」
「これが無かったときはいちいち店員を呼んで注文していたんですが、混んでるときにはなかなか店員が来てくれないことが多かったんです。
これは欲しい料理を選べばそのまま注文できるということで、すごい便利なんですよ」
「これは私の世界にも欲しいです」
「うーん……」
カラリナさんの世界に行ったことがないからわからないが、文明の差がある分、これをこのままカラリナさんの世界で使えるかはなんとも言い難いところだ。
「おまたせしました」
ものの数分で店員が生ビールとレモンサワー、そしてお通しを持ってくる。
カラリナさんは注文してもいない料理が目の前に出されたことに戸惑いながらも店員からレモンサワーを受け取る。
「じゃあ、乾杯しましょうか」
「そう…… ですね…… 私の初めての異世界での『乾杯』ですね」
その言葉に俺もカラリナさんも笑顔になる。
「「乾杯!」」
カチンとジョッキを合わせ音を鳴らす。
俺は生ビールを喉を鳴らしながら胃に流し込む。カラリナさんはレモンサワーを一口飲み、ふぅと吐息を漏らす。
「くぅぅぅ。やっぱり頑張って仕事しきった後のお酒はおいしいですね」
「ふふふ。そうですね。私にはいろいろ新鮮です。
ところで、これは何ですか? 料理のように見えますが、まだお酒しか注文していないですよね?」
やはり、『お通し』が気になっていたようだ。
「これは『お通し』といいます。お店のサービス…… といってもお金はかかりますが、場所の提供料と注文した料理が来るまでのおつまみという感じのものですね」
「そうなんですか…… 注文していない料理が来るというのは何か不思議な気持ちがします」
「俺の世界でも『お通し』についてはいろいろ言われていますよ」
『お通し』についてはいろいろ言われることがあるのは知っている。
注文していない料理を勝手に持ってきてお金を取るのは理不尽だとか、苦手なものが入っていたら食べられなくて無駄になってしまうのに無理やり持ってくるな、とか。
幸運にも俺は食べ物に好き嫌いもないし、もちろんアレルギーもない。
なので、お通しはありがたくいただくことにしている。
今回のお通しはポテトサラダだ。
小さな小鉢にアイスクリームディッシャーですくったような丸い形。ほぼジャガイモで申し訳程度に入っている人参とキュウリ。チェーン居酒屋のポテトサラダはだいたいこんな感じのことが多い。
ただ、逆にこれが良かったりする。最初につまむ分には味も濃くも薄くもなく、もともと冷えているものなので冷めるということもない。
俺はこんな居酒屋のポテトサラダが大好きだ。
ただ、お酒と一緒に注文したらお通しもポテトサラダなんてことがたまにある。
その時は心底がっかりするものだ。
「とりあえず、料理を注文しましょうか。カラリナさん、何食べますか?」
「先ほどからいろいろ見せていただいていましたが、
どれがいいのかさっぱりわからなくて……」
そう言ってカラリナさんはタッチパネルをおずおずと差し出してくる。
「わかりました。何品かこちらで注文しておきます」
「あの……ポテトチップは無いですか?」
「うーん……ポテトチップは『お菓子』という認識なので、こういうところで置いているところは少ないですね。このお店には無いみたいです」
「そうなんですか……」
カラリナさんは残念そうにつぶやく。
「ポテトチップ好きなんですか?」
「以前食べたあのポテトチップは本当にお酒に合っておいしかったんです。私の世界でも似たようなものがないか探しているんですが、どうも無いみたいで……」
ポテトチップは貴族の嫌がらせを受けた料理人がそれを見返すために作った料理だと知っている。
もし、地球でもそんなことがなかったらポテトチップは生まれていなかったかもしれないなと思いながらポテトチップのレシピを思い出す。
「カラリナさんの世界で作れるかどうかはわかりませんが、ポテトチップの調理方法をお教えしましょうか?」
「え!?本当ですか?」
「ええ、同じような材料があるかはわかりません。ただ、カラリナさんが似たような材料を知っているのであれば、できると思います」
俺はスマホを駆使しながら、カラリナさんにポテトチップの作り方を教えていく。
「この作り方でおそらくですが、ポテトチップは作れると思います。そんなに難しい工程は無いと思うので、料理に堪能な方であれば作るのは難しくないかと」
「ありがとうございます。私の世界に戻ったらいろいろと試してみたいと思います」
カラリナさんはポテトチップのレシピを聞いて笑顔になる。
「じゃあ、ポテトチップはカラリナさんの世界に戻って作ってもらうとして、今回は俺が選んじゃっていいですね?」
「はい、お願いします」
その言葉を聞き、俺はシーザーサラダ、から揚げ、だし巻き卵を注文する。
タッチパネルを置台に置き、お通しのポテトサラダに手を付ける。
カラリナさんを見るとどう食べていいか悩んでるみたいだった。
「あ、すみません。箸使えませんよね」
「箸?サカイさんが使っている2本の棒ですか?」
「そうです。この2本の棒を『箸』と呼ぶんですが、私の国ではこれを使って食事をするのが基本なのですが、気づきませんですみません。今、別のを持ってきてもらいます」
そういうと店員を呼び、フォークを持ってきてもらうように伝える。
店員はすぐさまにフォークを持ってきてくれた。
「すみません。おそらく、こっちのほうが使いやすいですよね」
「ありがとうございます。これなら使えます。でも、その『箸』も使えるようになりたいです」
俺も箸の使い方はそこまでうまくない…… 母親に箸の使い方がうまくないと言われ、さんざん注意されたのだが、結局クセは抜けなかった。
そんなこんなでカラリナさんへの箸の使い方のレクチャーをしていると注文した料理が運ばれて来るのだった。