今日の親友はちょっとおかしい
注意:TSです。そして精神的BLです。
最初に大事なことを伝えたい。おれは男だ。
ただ、残念なことに頭に”元”を付けることになるんだけども。
「あー、今日もあっちいなぁ」
学校から帰ると、速攻でリビングのエアコンのリモコンのスイッチを入れ、ソファーにダイブするように座る。
うー、涼しくなるのにはしばらくかかるな。
「おい、光輝。だらしなく足を広げるな。そんなにおれに見せたいのか」
反対側に座る幼馴染の衛が咎めるように言ってきた。
「いいじゃんか。外じゃそれなりに気を使ってんだぞ。自宅でくらいはリラックスしたいんだよ」
「パンツ見えそうなんだが」
「なんだ、そんなにパンツ見たいのか。お前にもそんな感情があったのがビックリだよ」
衛はハアァァァ…………と腹が立つほどの長い溜息をはいてからおれを眺めた。
「フッ……お前のパンツね……」
「演技がかったため息と言い方が最高に腹が立つ」
ま、そりゃ見たくもないだろう。いくらおれの見た目が女の子だったとしても。
衛にとってのおれは、八年もの間、一緒に過ごしてきた『男友達』の横峯 光輝でしかないのだから。
女の姿になったのは単純に病気のせいだ。
性転換病なんていう、漫画のような病に罹ったのが去年の中三の夏休み。
検査の結果、おそらく人類史上、性別が変化した第一号が、このおれ。じつにうれしくない第一号だ。
まあ、なっちゃったものは仕方ない。一年経った今でも検査で病院には定期的に通っているけれど、元に戻れる可能性は期待しないほうが良いと言われてしまっているし。
なんて、こんな思い切りの良いことを語ってはいるけれど、最初は悲観のあまり病院のベッドでメソメソ泣いたりしたものだ。
「ほら、麦茶」
「さんきゅー。つーか、当たり前のように人んちの冷蔵庫開けるよな、おまえ」
「なにを今さら。そもそも、暑い中来ているのに冷たい茶も出さずに自分一人だけくつろぐ様なお前の性格の問題に端を発しているのを」
「あー、わかったわかった! 厚かましいうえに説教臭いとか下町のおばちゃんか、お前は」
「ははっ、なんとでも言え」
麦茶の入ったピッチャーをテーブルに置くと、自分も麦茶をあおって涼し気な笑みを浮かべる。
イケメンスマイルが眩しすぎて、同性の男だって腹が立つのを通り越して見惚れてしまうのではないだろうか。
そう、そのメソメソ泣いていたおれを励ましてくれたのが、小学校からの友人の、この有馬 衛だった。
衛の献身的ともいうべき励ましや説得のおかげで、おれはこうして今現在日常に復帰できたといって過言ではない。当時のおれの精神状態は、それほどまでド底辺を彷徨っていた。
この衛という男。まるで漫画の登場人物かってくらいのイケメン、高身長、好成績、運動神経抜群というハイハイハイスペックな人物だ。
家は普通の勤め人というのが唯一の普通人というところ。良かった、家が旧華族とかだったら張り倒したくなるくらいだ(ちなみに腕っぷしも強いので返り討ちにあうに決まっているのが、また腹立たしい)。
とはいえ、こうやって内心ボロクソに酷評しているけれど、実際のところ衛は良いヤツだ。
おれ達はなんだかんだと気が合った。小中と学校も同じで、よく一緒に遊んでいたけれど、まさかおれと一緒の高校を選ぶとは思っていなかった。
理由を訊くと「あそこは家から近いからな」という、いいのかそれ? といった答えが返ってきた。まぁ、実際うちから徒歩十五分という好立地にある学校だけど、衛ならもっと偏差値の高い所にも余裕でいけたのにな、もったいない話だ。
「あー冷たい。生き返るわ」
「おい、なぜ制服を脱ごうとする」
麦茶を一気飲みして一息つけたので速攻で制服をはぎ取ろうとしたら衛がなんか言ってきた。
「いや、汗かいたし暑いし着替えたい」
「だからっておれの目の前で脱ごうとするな」
「おまえは女子なんだぞ。自覚はあるのか?」と睨まれる。ったく、めんどくさいヤツだな。
「いいだろ。さっきも言ったけど学校じゃ一応気ー使ってんだからさ。家帰ってまで気にする必要ないだろ」
「おれがいるだろ、わからんヤツだな」
「バーカ、お前だからいいんだよ」
「…………おれだと、いい、のか」
「そりゃそうだよ。他の男子だったら、んなことしないって。外じゃこっちも気を付けてるんだぞ」
「そうか……おれだけか、ふふふ」
「どうかした?」
「いや、なんでもないぞ」
「へんな衛だなぁ」
衛はそれこそ小学校の頃から(ムカつくことに)すでに女の子にモテていたが、特定の女子の好意を受け入れたことはない。
中学の時に「誰かと付き合わんの?」と聞いたら「煩わしいからな」という枯れた答えが返ってきたのは印象深い。なんて萎びた思春期男子なんだろう。
「衛が目をそらせば済む話じゃん。おれも一応気を使って背中むけるからさ。それならいいだろ」
「つまらん折衷案を出してきたな。だがまぁ、いいだろう」
おれは衛に背中を向けると、シャツを脱いでスカートに手をかける。
ちなみに制服はもちろん、下着も女物だ。両親からの「だって、そっちのほうが可愛いし」という、おそろしくくだらない提案が理由だったりする。
「なぁ、ブラ外していい? 汗かいたから外して開放したい」
「羞恥心の欠片もないやつだな。おばさんに、また怒られるぞ」
「お前しかいないんだからいいんだよ」
「………そうか、おれだけならいいのか。だが外すな。習慣というものは、とても大切だぞ」
「へいへい」
また小言が始まりそうだから大人しく従っておくか。母さんにチクられても面倒だし。
朝のうちにソファーに出しておいた部屋着のTシャツとショーパンに着替え終わる。わりと遠距離通勤の両親は、おれが学校に行く頃にはすでに出勤している。
なので、こうしておれが快適に過ごせるような小細工(特に母さんはリビングに着替えを置くようなことを嫌う)をしても怒られる心配はない。
「やっぱ将来はワンルームがいいな、おれ」
「ワンルームだと手狭すぎじゃないか?」
「それがいいんだろ。身の回りの物とか全部手が届くとこに置けるじゃん」
「そうか……なら、それも考慮しておこう。子供が出来たら引っ越せば済む話だしな」
「なんて?」
「いや、なんでもない」
振り返ると衛は明後日のほうを向いていた。ま、女にも興味がないこいつのことだ。万に一つも俺の下着姿をガン見することなんかあり得ないだろう。精神も紳士のような男だしな。
「はははっ」
「どうした、光輝。いきなり笑い出して。暑さでやられたか」
「やられてねーから。いやね、こうやって当たり前みたく、女子の制服着たり下着つけたりしてるじゃん、今のおれって」
「そうだな」
「入院中にさ。お前が色々励ましてくれたじゃん。「光輝がどんな姿になってもお前はお前だ。おれにとっての光輝はずっと変わらない」って」
「……ああ」
「あの時は「なに臭いセリフ言ってんだ。キモいんだけど」とか言っちゃったけど、さ……ホントはすごいうれしかったんだ」
「光輝……」
「だから、かな。こうやって服とかも女物に抵抗なく着られるのって。おまえが認めてくれるなら……おれはどんな姿だって恥ずかしくないっていうか……」
「…………」
「ありがと、な…ほんと、ははは」
自分でもなにを言ってるのかわからないけど、まぁ、うん、要は感謝しているってことだ。
要領を得ないおれの言葉も、衛ならわかってくれるだろう、たぶん。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガガガガガッ!
ん? なんだ? 地震?
「お、おい、衛。なんか揺れてね……」
そう衛に問いかけようとしたおれの目に映ったものは――
「フォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
ガクガクガクガクガクガクガクガクッ
なぜか体全体を揺さぶってヘッドバッキングをかます衛の姿だった!
「おおおおい!? ちょ、なに? え、なに? どうしちゃったの? おまえ!?」
「グオオオオオオオォォォッ……ハァハァ……す、すまない……」
勇気を出して衛の肩に手をかけると、しばらくしたら落ち着きを取り戻したようだ。
「ハァハァ……すまない、悪かった。だ、だがな。今のはお前が悪いんだぞ!」
「ちょ! なんでおれが悪いんだよ! 着替えただけじゃんか!」
「ちがう! いや、もちろんそれもあるが、そのあとの発言だ!」
「え、おれなんか言ったっけ」
「…………まぁ、いい。自覚がないなら仕方ない。だが言っておく。おれのリミッターにも限界があるのは理解しておけ」
「お、おう……?」
◇◇◇
なぜか衛がおかしくなったけれど、そのあとはごく普通の時間だった。
いつものようにおれはスマホをいじって衛は読書をして過ごす。退屈でなにも変わらない日常だ。
「なんか退屈だな」
「暇さえあればスマホをいじるお前が退屈を語るのか」
「暇だからいじるんだよ」
「なら、おれが退屈させないことをしてやろうか」
「なにそれ? なにするんだ?」
「……いや、なんでもない。特に考えがあったわけじゃない」
「なんだそれ。いや、なんつーか今のこの時間がどうこうってわけじゃなくてさ。もうすぐ夏休みじゃん? おれたちって」
「まぁ、そうだな」
「なのにさ、なんの予定もないし。たぶん、休み中もこんなかんじで過ごして、気づいたら終わっちゃうんだろうなって思うんだ」
「家でスマホばかりしてないで運動でもしたらどうだ」
「このくそ暑い中で? 冗談じゃない」
「朝とか夕方の比較的涼しい時間にすればいいだろう。おれは毎朝十キロのランニングは欠かさないぞ」
「マジですか」
なんだ、こいつ。今さらだけど、リアルでこんなヤツが存在するのが不思議で仕方ない。
「運動ねぇ……あ、でも、プールとか海ならいいかもな。衛も一緒に行こうぜ」
「だめだっ!」
「な、なんで?」
おれの思い付きの発言に脊髄反射のような素早さで衛が異を唱えてきた。
衛の目つきが、おれを殺すように鋭利で、ちょっと怖いんだけど。
「水場は水着になるだろうがっっ!」
「そらそうだ。当たり前だろ」
「お前が水着になるんだぞ!? わかっているのか!」
そりゃあ水に浸かるんだから水着になるに決まって……あ、なるほどな。
「そっか、言われてみりゃそうだよな」
「そうだ。気づいたか」
「おれの水着姿なんてキモいもんな」
「…………」
「他のヤツから見たら、ただのモブ女子の水着姿だけど、おまえから見たら『おれ』の水着だもんなぁ。そりゃイヤだよなぁ」
「…………いや、その」
「ま、夏の定番だけど仕方ないな。諦めるか」
「ああ、そうだな。今はやめておけ。自宅プールの着工は始まったばかりだから今年は諦めろ」
「自宅?」
「気にするな。将来は毎日のように入れるぞ」
「将来ねぇ……でも、大人になったら海とかプールなんてそうそう行かなくない? んー、おれ一人でも行ってみようかな。つまんなそうだけど……」
「このバカ者がああああああっっ!」
「ヒッ! な、なに!?」
おれがなにげなく呟いた言葉に衛が猛然と食いついてきた。
衛の声のデカさで窓ガラスがビリついたんですけど。耳が痛いし、こわい。
「なに急にデカい声出してんだよ! ビビるだろ!」
「お前はっ! 人前で肌をさらすつもりかっっっ!」
「いや、まぁ、服のままじゃだめだろ。そういう場所は」
「恥じらいというものがないのかっ!」
テーブルを挟んで反対側に座っていた衛がおれの前に立って腕を組んで睨んでいる。
なんでおれ、こんな怒られてるみたいになってんの!?
「恥じらいっつーか……いや、そりゃジロジロ見られたら良い気分はしないけどさ」
女になってわかったことがある。
男は女の体を見る。具体的に言うと胸を「チラッ」っと一瞬見る。
あれ、見てる本人は無意識なのかもしれないけどさ。見られてるこっちは、はっきりわかるし、なによりあの「チラッ」って一瞬、下に目線がいくのが、なんか腹立つんだよな。
ただ、以前のおれもそうだったから(だって思春期だし)、わかるっちゃわかるんだけどね。男って悲しい生き物だ……。
「なら止めろ! 水に入りたければ自宅で水風呂に入れ!」
「お前が運動しろっていう話を振ってきたからプールとかの話に発展したんだからな!?」
なんなんだ? 今日の衛は理不尽というか明らかに変だ。
「水風呂なぁ。でも、裸と水着だと、こう気持ちが違うっていうかさー」
「裸とはなんだ! まだ早いっ!」
「なにが早いんだよ」
「気にするなっ!」
「なんか、もうお前のことわからんわ」
「海でナンパでもされたらどうするつもりだ? ああいう場所には飢えた野獣しか出向かないんだぞ」
こいつの頭には家族連れの海水浴客というものは存在しないようだ。
頭良いクセに、たまに頭悪い発言するんだよなぁ。
「おれがナンパなんかされるわけないだろ」
「される。お前みたいな隙だらけのやつは下衆どもの恰好の餌食だ」
「餌食て。まぁ、万が一にでも声かけてきたやつがいたとしてもさ。おれの病気のこと知ったら、みんな逃げだすって」
「そんなことわからんだろう」
「わかるっての。おれ元男なんだぞ? 普通に敬遠されるだろ……あー、でも確かにそうだな。ナンパならわからんな」
「そうだろう。あいつらは駆逐すべきだ」
あいつらって、どいつらだよ。
「そうだな。性欲前提みたいな男からしたら、おれなんか都合良いかもしれないな」
「……どういう意味だ」
「だってそうじゃん。おれ体は一応女の子だしさ。言い方悪いけどヤリ捨てみたいな感じに扱っても、男も心は痛まないんじゃないの」
「自分を卑下するのはやめろ」
「卑下はしてないさ。ただ、こんな体だし生きていく自信はお前のおかげでできたけど、先のことなんかになると不安はあるからさー」
「先とは?」
落ち着きを取り戻して、いつもの調子に戻った衛はおれの横に腰かけてきた。
おれは汗をかいたようなピッチャーから麦茶を注ぐと、それを飲みながら衛に語る。
「こんなんなっちゃったしさー。なんて言うかいずれは一人で生きてかなきゃならないんだろうな、とか」
「どういうことだ?」
「いや、だからさ。なんていうか結婚? とか? 無理じゃん。別に恋愛したいとか結婚したいなんて、まったく考えちゃいないけどさー」
「…………」
「ただ、うちの親とか、こう当たり前みたいに家族してるだろ。で、うちにかえれば家族もいるじゃんか」
「まあ、うちもそうだな」
「おれもさ、今はこうやって学校から帰ってもお前がいてくれるけどさ。このまま大人になって就職先が実家から遠いとこだとしたらさ。さっき言ったみたくワンルームに暮らしたりするだろ」
「そうかもな」
「ま、今の時代独り身のほうが多いわけだし、そんなの当たり前なんだけどな。ただ、なんて言うか、お前がずっと一緒にいてくれるからさ。その時がきたら寂しくて耐えられなくなりそうで怖いっていうか」
「…………」
「ははっ、なんかおれ、いつのまにか自分で気づかないうちに寂しがり屋になっちゃったのかもな」
空になったコップを手でもてあそびながら衛のほうを見ないようにボソボソ話す。
なんだってこんな恥ずかしい話をしているんだ、おれ。
「今が楽しいからこんな気持ちになるのかもな。ま、こんな風に過ごせるのもお前のおかげだよ……さっきも言ったけど、ほんとありがとな、衛」
横に座る衛に笑いかける。
漫画主人公のようなこいつが、おれと友達でいてくれるなんて不思議だけど、それがとても嬉しい。
黙っておれを見つめていた衛はしばらく、そのまま固まっていた。
数十秒ほど無言だった衛は正面を向くと、テーブルに両手をついた。
「なにしてんの? おまえ」
「う…………」
「う?」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!」
ガンガンガンガンガンガンッッ!
「ほんとなにしてんだよ! おまえええ!?」
「オオオオオオオオオォォッッ!」
衛がテーブルに頭を高速連打で打ち付け始めた!
「お、落ち着け! どうした? 発作か? 天才すぎて逆に振り切れちゃったか!?」
なんとか衛を落ち着かせようと必死にしがみつくが無駄だった。
ようやく落ち着いた時はテーブルが綺麗に真っ二つに割れた後だった(めちゃめちゃ頑丈なテーブルなんだけど……)。
しかもなぜか衛の頭には傷一つ付いていない。地上最強生物か? こいつは。
「お、落ち着いたか?」
「…………胸」
「は?」
「胸が……当たってる」
「あ、ああ。それがどうした?」
しがみついているのだから、当たり前の結果だ。
「さっきも言ったがお前には恥じらいというものがないのか!」
「な、なんだよ。なんで今日は怒ってばっかなんだよ?」
「もう一度言う。お前は隙だらけで恥じらいがないっ! そんなことではこの先いつか嫌な思いや危険な目に合うかもしれないぞ!」
衛は割れたテーブルの端をガンと叩いて怒鳴る。
いつも冷静なこいつが激高する理由は早い話がおれが『女』として、いつか男にどうにかされちゃうとか、そういう心配を心底しているのだと、ようやく気が付いた。
ほんと、変な気遣いっていうか心配をするよなぁ、こいつってば。ま、仕方ない、その心配を解消するのは当事者のこのおれだ。
「あのさー。さっきも言ったけどお前だからだよ」
「……どういうことだ」
「はっきり言うけどおれだって男の視線とか気になるんだぞ。いくらおれが男だったからって、自分がエロい目で見られて良い気分のわけないだろ」
「そうなのか……」
「そりゃそうだよ。それに視線ですら気になるんだから、体なんて密着させるわけないだろ。おれみたいなやつでも興奮するやつはいるかもだしさぁ」
「なら、なぜおれだと構わないという話になる。おれだって男なんだぞ」
「いや、だってお前、女に興味ないだろ。だったら気にする必要ないじゃん」
「…………いや、それは」
「まぁ、ぶっちゃけちゃうと、ほんとはお前の前で着替えたりすんの、照れがないと言えば嘘になるんだけどな。あ、言っちゃったよ、今まで内緒にしてたのにな。へへへ」
「クッ、カワ…………なら、おれが、いやらしい目でお前を見たらどうするつもりだ」
「へ?」
妙な質問をしてきた。あの衛がおれをエロい目で見る?
なんだろう、謎かけ……リドルみたいなものか?
想像してみよう。
例えば半裸になって衛の前に立ってみる。そうして衛がおれをじっと見つめる、いつまでもいつまでも。……ヤバい、恥ずかしいかもしれないぞ、これ。
ただ、こいつはおれのことをエロい、というより品のない目では見ないような気がする。
衛も一応男だ。いつか好きな異性が現れたって不思議じゃない。でも、「そういう事」に及ぶようになっても、衛はきっと紳士的なのではないだろうか。
人の隠された本性などわからないものだけど、それは確信に近いおれの信頼。だから、もしおれの下着やら水着やら、その……あと裸とか見てしまったとしても、衛はおれを欲望に滾った目では見ないに決まっている。
それなら今の「いやらしい目でおれを見たらどうする?」という質問に対する答えなんか決まっている。
「衛ならいいよ」
「なにがいいんだ」
「衛になら見られてもいいよ、おれ」
「…………」
「だって衛だから、さ」
おれはお前を信頼してる。
今までだって、これからだって、ずっとずっとな。
おれの答えに満足したのか衛のやつは俯いた。
納得いったか? さ、じゃあ、おれはソシャゲの続きでもしようかね。
「おまええええええええええええええっ!」
「な、なんだよ!」
ガバッと立ち上がって衛が大絶叫をあげた。
確実に近所から苦情がきそうなレベルだし、なによりおれの心臓が飛び跳ねたわ!
「どうせ無自覚なんだろう! 一から十まで理由を聞いたら絶対想像していた意味とは違うんだろう? ああ、そうだ、そうに決まってる。お前は昔からそういうやつだっ!」
「待て待て待て! なんでおれ意味不明な決めつけをされてるんだよ!?」
「お前がいつまでもそういうつもりなら、おれにも考えがあるぞ!」
「な、なんだよ? まさか、もう一緒にはいないとか言うつもりじゃないだろうな? おれは衛なしじゃ生きていけないっていうのに!」
「なっ……」
そうだ。
どんな友人だっていつかはずっと一緒にはいられなくなる。
スマホやパソコンで繋がれた現代だって、物理的な意味ではずっと一緒にはいられない。だから今だけでもおれは衛と一緒にいたかった。
「衛がどんなつもりだって……おれはお前と一緒にいたい。なにをしなくてもなにも話さなくても、こうして一緒に……そばにいてくれるだけで嬉しいんだ」
「…………」
「だめ、か? ……迷惑か、やっぱ……」
「…………そ」
「そ?」
「そういうとこだっ! お前ホンッッットにそういうとこなんだぞ!」
「な、なにがだよ! どういうことだよ!?」
衛はドタドタとリビングを出ていく。
去り際に「いつもみたいに明日迎えに来るから寝坊するなよ!」と捨て台詞のように叫んで出ていった。
明日また来るのなら、これからも一緒にいてくれるということか? なんか今日の衛は情緒不安定すぎじゃないか? なにがあったんだ、あいつ。
つーか、この真っ二つに割れたテーブルはどうすりゃいいんだ?
◇◇◇
夜帰ってきた両親にテーブルの割れた顛末を事細かに説明した。
悪いのは百パー衛であり、おれが責められることはなに一つないから胸を張って真実を語れた。
その結果、なぜか「お前が(あんたが)悪い」と両親に波状攻撃で説教を食らい、あげく来月の小遣いが五十パーカットされることが決定した。なんでだよ。
衛に文句のメッセージを送ったら『すまない。代わりに屋久杉のローテーブルを弁償するつもりだが、どうだろうか』という返事がきたので、値段を検索してみたら恐ろしい金額だった。
『冗談はやめろ。そんなことより水風呂でもいいから水着は一度はつけてみたい。衛はビキニとワンピとどっちがいいと思う?』と送ったら既読スルーしやがった。
明日覚えてろよ、衛のやつめ。
つづきません。
短編の異世界TS物をラブコメのつもりで書いていたら、思いのほかシリアスになってしまったので違うものを書こうと思って出来上がったのが、こちらになります。
もし楽しんでいただけたなら幸いです。