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第72話 限界

 大剣が空を切るたび爆発でも起こったかのように周囲の空気が勢いよく爆ぜた。


 そして大剣を振り切ったグラハムのボディに俺の掌打が炸裂し、重たい打撃音が遅れて響いた。 


「ぐぐ、ぬおぉぉぉ!」


「無駄だ、お前の攻撃は当たらない」


 グラハムの平常心を奪おうと余裕ぶって見せているものの、実のところそんなに余裕があるわけではなかった。


 グラハムの剣撃は大剣の重さを感じさせないほど俊敏だったし、的確に厳しい場所を狙って放たれていた。俺は限界まで身体能力を高めているので、今のところ一撃ももらうことなくすべての攻撃を捌くことができていたが、獣人族のポテンシャルの高さには驚くばかりだ。


「シリウスって……魔法だけじゃなかったのねぇ。格闘であの獣人族相手に押してるだなんて」


 ソニアが目の前で近接戦闘を繰り広げる俺を見て呟いた。 


「うちのパパとは結構しっかり稽古してたからね。今は余裕がありそうだけど……あのままじゃちょっと不味いかもね」


 すっかり回復したシエナはソニアの隣に立って後ろのウィルを暴風から守っていた。


「どういうこと??」


「シリウスは……魔力を削って身体能力を限界まで高めてるのよ。あんな戦い方したらすぐに魔力が切れるわ」


「そんな!?」


「ま、シリウスもそんなことは分かってるから早めに倒しに掛かるはずよ」


 今の俺は一時的な超ドーピング状態にあるわけで魔力が尽きるまでに勝負をつけなければならない。しかし、これだけ無茶をしても一撃でグラハムを倒せるような攻撃力にはならなかった。


 一方、グラハムの攻撃は一発でももらうと大ダメージ間違いなしの強烈なものばかりだ。魔法攻撃が無いと分かっている分立ち回りやすいのは間違いないんだけど、一発もらえば形勢逆転の可能性もあるから、一瞬たりとも気は抜けない。


「ぐぬぬ……くそ!」


 一方的に殴られ苛立ちを見せるかと思いきや、グラハムの顔にはむしろこの状況を楽しんでいるかのような歪んだ笑みが浮かんでいた。


【スキル『日進月歩』の効果によりスキル『拳王』を獲得しました】


 おぉ、このタイミングで来たか!しかし、子供の頃TVでやっていた世紀末アニメのボスと同じ称号とは……

 まぁ、名称よりも中身が大事だ。そんなわけでスキルに身を任せるように一度体の力を抜くと、自然に身体がグラハムの剣撃を躱した。まるでずっと昔から知っていたかのように無駄のない身体の使い方が分かったし、先程までのように隙を突いてグラハムにカウンターを入れるような戦い方をしなくても、真正面から打ち合えるようになった。


「ぐぉ!?ぐっ、ぐはっ」


 スキルの効果で一気に達人の域まで上り詰めた俺は、まさに北斗◯裂拳のような連打をグラハムの正面から叩き込んだ。


 グラハムの身体がぐらりと揺れ、ついにその巨漢が地に片膝をついた。


「はぁっ…はぁっ……貴様……一体何者だ?」


「知ってるだろう?ハズールの商人さ。それより、これ以上やっても勝負は見えている。黙ってそこを通してくれないか?」


 今の連撃でグラハムのHPは残り1/4ほどまで減っていた。これ以上続けると加減を誤ればこの男を殺してしまう。確かにシエナのことを素材にすると言われて頭にきたが、グラハムを殺してしまったらこっちが虎を狩ったような気がしてしまうし……


「フハハ……確かに、このままでは貴様に勝てんな!……それは身体の強化魔法か?」


「……だったら何だ?」


「だとすれば、魔力が無尽蔵に続くわけではあるまい?」


 さすがに相手も俺のドーピングについてはお見通しってわけか。しかし、それが分かっていたところで何も問題はない。このペースで戦ってもあと10分は魔力が切れることはないし、10分もあればグラハムを倒すことなど造作もないのだ。


「魔力切れを狙っているんなら、意味ないぞ?まだしばらく魔力切れは起きない」


 しかし、グラハムの口から出てきたのは、俺の予想と真逆の言葉だった。


「逆だ!あとどれだけこの俺を楽しませてくれるのかと心配しているのだ」


「はぁ!?あんたこの状況分かってる?」


 思わず素につっこんでしまったが、グラハムの表情は真剣そのものであった。


「俺も見せてやろう、獣人族最強とまで謳われる虎人族の真の力を!」


 グラハムは歯をむき出しにして笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」 


 グラハムの唸り声に通路の空気が震えた。そして、グラハムのまとう闘気が先程までの何倍も荒々しいものに変化していった。


「も……猛虎?」


 グラハムの状態欄には間違いなくそう書かれていた。目は血走り、毛並みは逆立ち、体中の筋肉が一回り大きく膨張している。


「小僧……簡単に死ぬなよ」

 

 ……そしてグラハムは残像を残して消えた。


◇◆◇◆◇

---ハズール王国、上空---


 地表から何千メートルもの上空を2匹の龍が南に向かって一直線に飛行していた。


「おい、フレア!」


「……何だジルソレイユ?もう疲れたのか?」


「んなわけねえだろ!あと、どのくらいでシエナたちの所に着くんだよ!」


 ジルが速度を上げてフレアの隣に並んだ。すでに半日以上飛行を続けているが、2匹の龍に疲れた様子は見られなかった。しかし、ジルの顔にははっきりと焦りの色が浮かんでいる。


「……そうだな、あと一日半もあれば着くだろう」


「そうか……じゃぁ少し速度を上げれば一日で着けるな」


「ジルソレイユ、先を急ぐ気持ちは察するがそう焦るな。向かう先には魔族四将がいるのだ、体力も温存せねばなるまい。今日はこの先の森で野営する、いいな?」


「ちっ……分かったよ」


 ジーフ山を飛び出した二人はまもなく王都の上空に差し掛かろうとしていた。そして、ちょうど雲が晴れたところで、二人の眼下に広大な王都ハズーリウスが姿を表した。


「ジルソレイユ、あれがお前の助けた人族の末裔が治めるハズール王国の首都だ」


「助けた、か……随分と懐かしい話だ」


「お前が人助けなどと……聞いたときにはとうとう気が狂ったかと思ったが、一体何があった?」


「あぁ……あいつが随分無茶をしてな。人の限界を越えようとしやがったのさ」


「限界?話がよく見えんが……」


「もう昔のことだ、忘れたよ。それにしても、あの野郎が逝っちまってから見に来たことはないが、しばらく見ねえ間にこんなにデカくなってたとはな」


「詳しくは知らんが、この国は平和を大事にする良い国らしい」


「……そうか」


「民の暮らしも比較的安定していると聞いた。俺の居るシャルマ帝国とは大違いだ」


「んなもん……あたりまえだ」


 その後はしばらく無言のままに飛行を続け、やがて二人は王都の上空を通り過ぎた。  


「ジルソレイユ、もうすぐ森に着く」


「分かった、この姿は流石に目立つな」


 二匹の巨龍は飛行しながら人の姿に変身し、森の中央、その一番木々の深い所に向かって降下した。

 

◇◆◇◆◇

---イヴァン邸 地下---


「なっ!?」


 視界から姿を消した猛虎が、次の瞬間には俺の真正面に立っていた。


「ふん!」


 グラハムは先程までとは段違いのパワーと速度で大剣を振り抜いた。


「おっと」


 俺はなんとか体をひねってこれを躱したが、グラハムの攻撃はまだ終わっていなかった。


「チェストォォォ!」


 体をひねった状態の俺の横腹にグラハムの拳がめり込んだ。


「ゴフっ……」


 痛ってぇぇ……危うく意識が飛ぶかと思った。


 メリメリグチャリと体の奥から嫌な音が聞こえ、口からはドロドロとした血液が溢れ出した。これはちょっと骨折しているどころの話ではない……


 トラックにでもはねられたかのような勢いで壁に吹っ飛ばされた俺は、すぐに魔法で体力を回復させ追撃に備えた。


「シリウス!?」


 シエナの顔が真っ青だ。


「いやぁ……いいの貰っちゃったよ。しかし……あれヤバいよな?」


 シエナは俺の視線の先に立つ猛虎化したグラハムを見つめると、コクリと一つ頷いた。


「フハハハ!今のは良い一撃だったと思ったが、よく生きていたものよな!」


 死ぬなと言ったのはお前だろ!と思わず突っ込みたくなったが、それは胸のうちに留めておこう。


 俺はもう一度構えを作ると、ゆっくりと一歩ずつグラハムへと近づき、そして一気に距離を詰めた。


「フハハハ!来い!」


 俺の拳は大剣の腹で防がれた。しかしこれは陽動、下段からの渾身の蹴りがグラハムの胴体に直撃した。


 やったか!?……って固っ!まるで同じ太さの鉄柱でも蹴ったかのような強度だ。


「フンッ!」


 グラハムの気合で、俺の足は弾かれ反動で体勢が崩れた。そして、そんな絶好の隙を見逃してくれるわけもなく……


「どうした、こんなものか!?はぁっ!」


 今度は逆に俺が蹴り上げられ、天井に激しく打ち付けられた。さらに、落下するところを大剣の腹で打たれて吹き飛ばされた。


 俺の体は一直線に後方の3人のところまで吹き飛ばされ、そのままシエナに受け止められた。


「グボッ……」


 俺の口から再び大量の血があふれた。腕が変な方向を向いているし、体中が焼けるように熱い。


「「シリウス!?」」


 しかしシエナとソニアが慌てて回復魔法を施してくれたおかげで、瞬く間に傷が修復し、痛みに悶苦しむこともなくすぐに元通りになった。


 ……なんというか、自分がゾンビ兵になったような感覚に、改めて魔法って恐ろしいなと実感した……


「おぉ!やはりまだ立ち上がるか!」


 咆哮のような大音量で、歓喜の声を上げるグラハム。


「なんで、さっき斬らなかったんだ?」


「斬る?バカを言うな!そんな事をすれば俺の楽しみが無くなるではないか!お前の魔力が続く限り、俺を楽しませてみせろ!」


「………」

 

「シリウス……大丈夫なの?」


 シエナが隣から俺の顔をのぞき込む。後ろのソニアも心配そうな表情を浮かべ、ウィルに至っては顔から血の気が引いている。


「うーん……正直このままじゃ厳しいね」


「じゃぁ私も戦うわ!二人がかりでやりましょ!」


 シエナは居ても立ってもいられなかったのだろう。


「おぉ、それは面白い!俺は別に構わんぞ?」


 グラハムの声のトーンが一段上がった。


 しかしこの策は却下だ。


「シエナ、それは微妙だって分かってるだろ?今のステータスなら俺の方がシエナより強い。でも、あいつには歯が立たないんだ……それも惜しいとかじゃなくて、圧倒的に。多分、今のままじゃ二人がかりでも勝てない。それに、もし俺たちが抜かれたら、誰もウィルとソニアを守れない」


「でも!……じゃぁどうするのよ!?」


「……限界を超えてみようと思う」


「はぁっ!?正気!?」


「あぁ、多分それしか打開策がない」


 身体強化の重ねがけは10回まで、それは俺がジルさんに言われ続けてきた俺の制限(リミッター)だ。昔カノープスが15回という無茶をしたそうだが、10回を超えたところから肉体・精神に膨大な負荷がかかるり、魔力の消費効率も悪くなったらしい。


「でも、下手したら死ぬってパパ言ってたじゃない!だめよ、そんなの!」


「死なないように頑張るよ、でも万一のときはシエナ……二人を頼むね!」


 目を潤ませるシエナを諭すように笑みを向け、俺の袖を掴むシエナの手をそっと離した。


「おいおい、どうするんだ?待ちくたびれたぞ!」


「二人がかりが希望だったかもしれないけど、残念ながらお前の相手は俺一人だ!」


「なんだ、つまらんな……まぁせいぜい楽しませてくれよ?」


「言ってろ!………15倍!」


 想像以上の負荷に視界が一瞬歪み、全身に軋むような激痛が走った。俺はそれを気合でねじ伏せ、グラハムに向かって構えをとった。


「くっ……」


「シリウス!?」


【スキル『日進月歩』の効果によりスキル『痛覚鈍化』を獲得しました】


「大丈夫!」


 新スキルのおかげで痛みは許容範囲内に収まった。例えるなら少し転んだくらいの痛みだ。俺は後ろの三人を振り返り、親指を立ててみせると、地を蹴ってグラハムへと突進した。


「グーラーハームー!」


 俺の突き出した拳は再び大剣で止められたが、グラハムが後ろに数歩よろけた事から格段に威力が上がっていることが実感できる。


 そして先ほどと同じく下段からの蹴り上げにつなげグラハムの胴を狙った。グラハムは先の一撃から俺の攻撃力が数段上がったことを察したのか、今度はガードを下げて腕で蹴りを受け止めた。


「おぉぉぉ!!!」


「んぐぅぅ……!?」


 俺の足先はガードした腕にめり込み、グラハムの身体がくの字に曲がった。グラハムの顔が痛みに歪み、動きがわずかに鈍った。俺はその一瞬のタイミングを逃すことなく、流れるような動作でグラハムの急所を連打した。


「ガハッ……ハハハ……まだそんな力を隠していたのか……化け物め」


「化け物は……お互い様だ……っ!?」


 俺が渾身の突きを放とうとした瞬間、グラハムの闘気が一層濃くなるのを感じ、俺は思わず手を止めてしまった。


「フハハハ!面白い!ならば!俺も真に命を懸けよう!ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」


 グラハムの目が真っ赤に血走り、突き刺さるような殺気が放たれた。


「マジか……まだ……ギアが上がるのかよ!?」


 俺の魔力も枯渇寸前、あと5分も持たない。ここでダラダラと互角の勝負をしていれば先に倒れるのは俺だろう。


 ならば……ここは一か八かの勝負に出るしかない!


「くそっ……20倍!!!」


「ダメよ!シリウス!?」


 後ろからシエナの悲鳴が聞こえたが、ここでやめるわけにはいかない。


 さすがに魔力消費が尋常ではなくなり、俺に残された時間はあと1分といったところか。


「行くぞ!」


「来るが良い!」


 二人の拳がぶつかり合い、衝撃波があたり一面に広がった。それにしても身体強化20倍の威力は凄まじく、体格の差をものともせずグラハムの腕を後ろに弾いた。


「がっ!?」


 真っ赤な目を見開き驚愕するグラハムに俺は躊躇なく拳を振るった。グラハムはそれを大剣で受け止めたが、ここで運が俺に味方した。


「バカな!?」


 魔剣はついに根本から真っ二つに折れ、刃の部分が吹き飛ばされて壁に突き刺さった。 


「終わりだグラハム!」


「クソっ、まだだぁぁぁ!!」


 グラハムの鋭い爪が俺の腹部を抉りにきたが、俺はエアバリアでこれを防ぎ、グラハムの顔面に拳を叩き込んだ。


「ぐぁっ」


 グラハムは大きくよろけるとそのまま地に膝をついた。


 そして俺の方もついに20倍の身体強化を維持するだけの魔力がなくなり、メッキが剥がれてしまった。残りのMPが一桁になるなんて、何年ぶりのことだろうか。


「ぐっ……魔法か」


 グラハムは歯を食いしばり顔を上げると、恨めしそうに俺を睨んだ。気持ちは分からんでもないが、試合をしているわけではないのだ。


「グラハム……じゃぁな!」


 俺は残りすべての魔力を使って空気砲を放った。


 グラハムはそのまま通路の端まで吹き飛び壁に埋まるほどの勢いで衝突したあと、ついに前のめりで倒れたまま動かなくなった。


「シリウス!ちょっと!?シリウス!?」


 シエナの声が聞こえるが、振り向こうにも体が言うことを聞かなかった。


 俺もついに意識が飛んでその場に崩れ落ちた。

 

投稿遅くなりましたm(__)m

なかなか思うように執筆時間が取れず、申し訳ありません!

なんとか連載は続けていきたいので、引き続きお付き合い頂けますと幸いです。

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