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第32話 死傀兵

 カストル・ハズーリウスは広間の窓から王都の変わり果てた街並を黙って見つめていた。


「報告いたします!大公派の勢力は市街の詰所を一斉に襲撃した模様、兵に負傷者が多数出ています」


「……民衆への被害は?」


「市民で襲撃を受けているのは一部の富裕層、及び王家と取引のある商店などに限られているようです。また……国王派の貴族がすでに半数以上制圧されております……」


 カストルは表情を曇らせ固く奥歯を噛みしめた……


 『国王派』というのは決してカストル自身が意図的にそういう派閥を作ったのではなく、各々が自分たちの意思でカストルを慕って集まって出来た勢力であった。


 普段口にすることはないが、王家とは思えぬほど朴とつとした自分に、何だかんだと付き従ってくる彼らをカストルは自分の認識以上に大切に思っていたようだ。


「………ロイヤルガードは?」


「200名ほどは城に待機しておりますが……」


「……すべてを出せ。二手に分けて東西から大公派を各個撃破せよ」


「し、しかし!そんな事をすれば城の守備は……」


 兵士はそれが国王の命令にも関わらず、すんなりと受け入れることができない様子だ。


 カストルはいち兵卒までもが自分の身を第一に考え、守ろうとする気持ちを素直に嬉しいと思ったが、それよりも彼にとって優先すべきは民と臣下の安全であった。


「ここにはワシらもおる。たとえ大公派が束になってかかってきてもそう簡単にやられはせんよ」


「うん!任せて!」


 カストルの命令に困り果てている衛兵に、アルフレドとシエナは焦りを感じさせない穏やかな笑みを浮かべて出撃を促した。


「………わかりました!皆様、どうかご無事で!」


 衛兵の退出のあと、それほど間を置かず場内に警笛の音が響き渡った。


「さて……オスカーの若造はここまで来るかのう」


「来るさ、あの男は私を討つことしか頭にない」


 バタンと跳ね橋の降ろされる音が、静まり返った広間に反響した。続けて、兵士たちの軍靴の音が城の外に向かって伸びていく。


「では、おとなしく待っておるとするかのう」


 3人は広間の床に腰を下ろすと、いずれ間違いなくここへやって来るであろう敵の首領の到着を静かに待った。



◇◆◇◆◇


 オスカーは一人で屋敷の地下にある隠し部屋へと入った。部屋には無数の蝋燭が灯されており、つまり自分の他にこの部屋を知るもう一人、グレムが直近までこの場にいたことが分かった。


「フン……相変わらず臭いのきつい部屋だ」


 オスカーは部屋の中央の石台に目を向けると、無言で歩きだした。


 石台の上面には魔族の文字でなにかの文字が刻まれている。その横には何かが入った古い瓶が一つ置かれていた。


 オスカーが瓶の栓を抜くと、部屋中に先ほどまでの比ではない、強烈な血の臭いが充満した。彼はそれを微塵も気にかける様子もなく、石台の上に刻印の刻まれた自らの手を置き、更にそこに瓶の中身をぶちまけた。


 瓶の中身はグレムによって死傀兵に変えられた者の凝縮された血、それが手の刻印に触れると気を失いそうになるほどの激痛と、無残に殺された者たちの負の感情が一気にオスカーに流れ込んできた。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ………!!!」


 地下室にオスカーの絶叫が轟く。


 そして石台の文字が赤黒く歪な光を放ち浮かび上がった。


「がぁぁぁぁぁぁ………!!!」


 文字はそのままオスカーの中へと吸い込まれるように消えていった。オスカーはしばらくの間、肩で息をしながら立つのもやっとの様子で石台にしがみついていたが、やがてゆっくりと立ち上がると変色した腕を見つめながら不敵に笑みを浮かべた。


「フハ……フハハハハ……力が、力がみなぎるぞ!」


 ザッ……ザッ……ザッ……


 同時に部屋の奥からいくつもの不規則な足音がオスカーに近づいてきた。決して揃っているとは言えないが、しかし不気味さを感じさせるその音は、オスカーの前でピタリと静止した。

 そこには100体をゆうに超える兵士の姿が……オスカー大公爵家の家紋の入った鎧に身を包み、皆一様にその目に赤黒い炎を宿して直立していた。


 オスカーは腰から剣を抜くと、一人の兵士に躊躇なくそれを突き立てた。


 だが、兵士は苦痛に悶えることもなくそのままの状態で立ち続けている。


「……跪け」


 オスカーが眼前の兵士たちにそう告げると、その全てが同時に地に片膝をついた。


「フハハ!これが死傀兵……王家の最期にはふさわしいエキストラではないか!」



 彼は剣を腰の鞘に収めると跪く兵士たちを睥睨し、


「行くぞ。全てを蹴散らせ」


 とだけ命令するとその身を翻して部屋の外へと向かった。その後ろに恐るべき死傀兵を引き連れて……


 地下通路を抜け、屋敷の中庭に現れた一団はその場に待機していた大公派の兵士たちを震撼させた。


 明るい場所で見る死傀兵はところどころ骨が露出し、わずかに残る皮膚にも一切の血の気が無かった。


「か、閣下……これはいったい……」


「素晴らしいだろう?死をも恐れぬ屈強な我が下僕だ……」


「なっ……」


 兵士たちは皆、オスカーの狂気に言葉を失った。


「私はこれより王城に攻め込む。お前たちは市街で未だに抵抗している国王派の貴族共を一人残らず皆殺しにしてくるがいい……」


「み、皆殺しとは……それはいくらなんでもやりすぎではないでしょうか?」


 勇敢、いや無謀にも兵士のひとりがオスカーの命令に異を唱えた。他の兵士も言葉には出さないが一様に同意の眼差しをオスカーに向けている。


「ふむ……そうか。では、貴様らが代わりに死ぬか?」 


 オスカーは腰の剣に手を掛けるなり、目にも止まらぬ速さで眼前の兵士の首をはねた。頭を失った兵士の首から噴水のように鮮血が吹き出しオスカーを赤く染めた。


「もう一度だけ聞いてやろう?……どうする?」


「ヒッ………こ、殺します!殺します!」


「よろしい……」


 兵士たちは皆、恐怖に涙しながら剣を抜き、その場から逃げ出すように市街に向けて走り去った。


「フッ……では行くか」


 そしてオスカーは死人の軍団を率いて王城を目指した。その行く手に立ちふさがった者は大公派であれ国王派であれ、あるいは派閥争いなどに無関係の民でさえ、全てが死傀兵に殲滅された。


 そして一度も足を止めることなく、オスカーは王城の跳ね橋の前にたどり着いた。


 跳ね橋は下ろされているが城門は固く閉ざされている。オスカーは鉄製の厚い扉を変色した右腕で殴りつけた。


 一撃で門扉が凹み、二撃目で門が歪んだ。更に三度四度と殴り続けると……ついに城門は石造りの枠だけ残して倒壊した。


「フハハハ!!なんと凄まじい力だ……」


 彼は常人の域を超えた自らの力に歓喜した。



◇◆◇◆◇



 カストルとアルフレドは広間の窓から城門の破壊される様を静かに見つめていた。


「あ奴め……人外になりおったか」


「そのようだな……もはや諭してどうこうなるものでもあるまい……」


 二人は同時にため息を漏らした。そしてアルフレドが、城門を突破しこちらに迫るオスカーの後ろに続く不気味な兵団に気づいた。


「む!?カストル!アレが分かるか?」


「いや、分からん……しかし、何やら不気味な気配がするのは間違いない」


「もぐもぐ……やっと敵が来たの?」


 神妙な面持ちの二人の元へ、給仕に出された菓子を頬張りながらシエナがやってきた。


「龍族のご息女よ……ここは危険だ。どうかお逃げを」  


 カストルはシエナのみを案じ、この場からの脱出を促した。


「ん?嫌だ」


 しかしシエナは考える間もなくカストルの提案を棄却して捨てた。


「し、しかし……シエナスティア殿に何かあっては……」


「むり!シリウスと約束してるもん……ん!このクッキー美味しっ!」


 カストルはシエナのワガママに困り果てたような顔で食い下がった。


「無駄じゃカストル……それにシエナちゃんもシリウスもワシらが守るほど弱くないのは分かるであろう」


「だ、だが……」


 そんな話をしているうちに広間の扉が勢い良く押し破られた。


「おぉ〜、アレはなかなか……」


 シエナは全身を真赤に染め上げたオスカーとその後ろに続く死人の兵士たちに驚きの声を上げた。


「久しいな、カストル!逃げずに待っておったことを褒めてやろう」


 広間にオスカーの声が響き渡った。


「オスカー……魔族なぞに魂を売ったか……」


「フハハハハ、なんとでも言え!貴様を葬り自らが王となるために30年を費やしたのだ!このくらいの代償は安いものだ。それにな……見よ、この圧倒的な力を!こうして使いこなしてみれば魔に堕ちるのもそう悪いものではないぞ?」

 

 そしてオスカーは広間の大テーブルを片手で軽々と持ち上げるとカストルの方に向けて全力でそれを投擲した。


 テーブルはカストルに触れることなくアルフレドのエアバリアに弾き飛ばされ、壁に直撃すると粉々になった。


「大賢者か……連れの小娘はおらんのか?」


「ララなら留守番じゃ」


「フハハッ、であれば今頃もう死んでおるやも知れんな。私の用意したありったけの爆薬を持って兵どもが貴様の屋敷を襲っておる頃だ」


 アルフレドは一瞬動揺したが、シエナと目があったことで落ち着きを取り戻した。


(大丈夫……シリウスは必ず最初にララさんたちのところに行く)


 シエナの力強い視線から、アルフレドにはそれが本当に言葉として発せられているほどに鮮明に感じられた。


「ふむ……それであればワシゃお主の兵が不憫でならんわ」


 オスカーはコレをアルフレドの強がりと捉えた。 


「フン……遅かれ早かれあの世でまた会えるのだ。せいぜい今のうちに強がっておけ」


「オスカー、後ろのそれはなんだ?」


 そこにカストルが割り込む。


「フフフ…これが気になるか?これは元々お前の兵だったものたちを魔族の秘術で改造して作った殺戮人形『死傀兵』だ」


「私の……兵を……だと?!」


 カストルは額に青筋を浮かべながらも必死に理性を保っていた。


「そうだ!見ろ、こんなことをされても声一つあげん人形に変えてやったぞ」


 そう言うとオスカーは死傀兵の一体の顔面に深々と剣を突き立てた。剣は死傀兵の後頭部から突き出しているが、既に命など無い死傀兵は微動作にしない。


「き……貴様ぁぁぁ!」


 ついに怒りが沸点を超えたカストルが、剣を片手にオスカーに単身で突っ込もうとした。


「王さま!ダメだよ、あんな挑発に乗っちゃ!」


 しかしシエナがすんでのところでカストルの腕を掴み、辛うじてその無謀な突撃は実現されずに終わった。


「ちっ……誰とも知れん小娘が余計なことを。まぁ良いわ……どうせカストルにこの兵士たちは倒せんのだ。であれば楽しみ方を変えて私はカストルが自分の兵に嬲られるところを見物されてもらうとしよう」

 

 オスカーは右手を高々と突き上げ、死傀兵たちに命じた。


「いけ!そこの老いぼれどもを殺さぬ程度にいたぶってやれ!」


 100体を超える骸の集団が、オスカーの一言に合わせて一斉にこちらに襲い掛かってきた。


 3人は各々でその迎撃にあたった。


「ぐ……」


 カストルは自らの危機を認識しながらも目の前の死兵が自分の兵だったと思うとつい剣筋がにぶくなった。


「魔法もそれほど効果はないかのう……」

 

 アルフレドの放った魔法の数々も死傀兵の体に触れると途端に威力が小さくなった。そう、まるで魔族に魔法が効かないときのように。


「なにこいつら!?殴っても殴っても全然弱んない!」

 

 シエナも打撃攻撃の効かない相手に戸惑っていた。


「フハハハハハ!カストル、何をしている?そんなものさっさと斬ればいいだろう?」


 オスカーは苦戦するカストルに嘲笑を浮かべている。


「くっ……」


 カストルは言葉を返せず、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。


 そして、お互いに決定打のないまま戦闘が続くこと30分……カストルもアルフレドも披露が色濃く現れ始めた頃、ついにシエナがキレた。


「んもぉぉぉぉ!ちょっと王さま!多分お城が壊れるけどごめんなさい。先に謝っておくわ!」


「む!?」


「な、なんですと!?」


 シエナは大きく息を吸い込むと、右から左に大きくブレスを吐き出した。横薙ぎに放たれる龍のブレスに死傀兵たちは反応できず次々と真っ二つにされていった。


そしてブレスは広間の壁を貫通し、扉のあった方の壁はそのまま崩れ落ちてしまった。


「な、なんだ今のは!?」


 ブレスをかろうじて躱したオスカーが、驚きの声を上げた。


「アンタ!さっきから……もう許さないからね!」


 ブレスの威力に白目をむくカストルとアルフレドを他所に、シエナのマジギレおしおきタイムが始まろうとしていた……

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