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第21話 帰還

 街道に出てからは特に何のトラブルもなく、俺たちはトマさんの村に戻ってきた。


「おぉ!賢者様が戻られたぞ!

「おーい!賢者様ー!」


 俺たちの姿を遠目に見つけた門番のおじさんが大声を上げてこちらに手を振っている。大声を聞きつけた村人も続々と出迎えに集まってきたようだ。

 俺たちも手を振って応え、歩みを気持ち速めた。


「いやぁ~、やっと帰ってきたって実感が湧くわ!」

「いやはや、まったくじゃのう」


 ララさんとアルフレドさんも数日ぶりに人の顔を見たことで、やっと緊張が解けたようだ。


「シリウス……ここがシリウスの村?」

  

 シエナは初めて見る大勢の人に、逆に少し緊張している様子だった。


「シエナちゃん、ここは僕達が最後に寄った村なんだ。例の魔族のせいで毒の混じった水がこの村の人達を苦しめていたんだよ。でも、シエナちゃんのお陰でもう心配なくなったね!」


「うん!」


 俺たちは門番のおじさんのあとに続き、村の共用井戸へと向かった。井戸は俺たちが村を出るときに魔道具を設置したはずだけど、今もちゃんと機能しているだろうか?

 井戸に近づくと、そこには大勢の人が集まっていた。


「おい、抜かすなよ!次は俺だぜ!」

「ちょっとまってくれよ!こっちは調子が悪いんだ!」


 なんかガヤガヤした中に言い争う声も混じってるけど、何かあったのかな?


「おぉ!これはこれは賢者様」


「トマ殿、元気そうで何よりじゃ。しかし、この賑わいは一体何じゃ……?」


 俺たちが皆不思議に思っていたことを、アルフレドさんが挨拶のついでに訊いてくれた。


「実はですな……ララ様のお作りになられたあの包丁を使いたい者があのように毎日列を為しておりまして……」


「私の包丁を?」

 

「どういうことか詳しく話してはくれんか?」


「えぇ……実は、先日毒とは関係なく、食あたりで腹を壊していた者が、例の包丁で野菜を斬っている最中に偶然にも手元を誤って自分の指を少し切ってしまったということがありましてな……そうしたらなんと、食あたりが見事に収まったと大騒ぎいたしまして。それ以降、この包丁には女神様のご加護があると噂になり、村の主に若い男どもが毎日のようにここに集まっては自分の指先を少し切っておるのです」


「め、女神って私のこと!?」


 驚いて声を上げたララさんに皆の視線が集まる。一瞬あたりがしんとなったが、その反動は想像以上だった。


「おい!ララ様だ!」

「女神様だ!」

「本物だ!」


「え?え!?えぇ!!?」


 ララさんはあっという間に村の男達に囲まれ姿が見えなくなってしまった。



「オホン……なるほど、たしかに食あたりも毒の一種と考えて良いじゃろうが……あんなに並んで、他の村人は食材の解毒がちゃんと出来ておるのか?」


「それは問題ありません。毎朝、班交代制で皆の食材をまとめて解毒させておりますので実は昼前には必要な分は全て終わっておるのです」


「そうか、なら良いが……」


「ところで、地下水脈の汚染の原因はわかったのですか?」


「うむ……実はのう……」


 そして俺たちは洞窟での出来事をトマさんに話して聞かせた。


「魔族とはなんと恐ろしい……あと少し遅ければこの村のみなは其奴の食料となっておったやも知れぬとは……」


「うむ、まぁ今回はシリウス君とシエナ様がいてくれたから良かったようなものじゃ。二人がおらなんだらワシとララとて今頃やつの胃の中じゃ」


「はて……そう言えばそちらのお嬢さんは先日いらしたときにはお見かけしませんでしたが、新しいお弟子さんですかな?」


 トマさんはシエナに一瞬目を向けると、すぐにアルフレドに向き直って訊ねた。シエナの尻尾は出してると目立つから今は見えないように服の中に隠してある。


「弟子などと、とんでもない!この御人はまだお若いがれっきとした龍族。ジーフ山の守護者のご令嬢である」


「りゅ、龍族ですと!?」


 衝撃の事実にトマさんの目玉は飛び出しそうなほどに見開かれ、彼はその目のまますぐに地面に両膝をつきシエナに平伏した。


「こ、これはそうとは知らずとんだご無礼をいたしました!どうか、どうかこの命だけでご容赦いただけませんでしょうか」


「え!?命?」


 シエナも驚いて固まっている。


「ト、トマさん!大丈夫ですから顔を上げてください!村のみんなが見てますから」


 俺は慌ててトマさんの土下座をやめさせた。


「し……しかし、龍族は神に次ぐとまで謳われる高貴な種族……」


「シリウス君……これが普通の反応じゃ」


 そ…そうだったのか……アルフレドさんもララさんも大げさだなぁとか思ってたけど、どうやら俺がトンチンカンだったようだ。

 その後、村の若者達に囲まれくたくたになったララさん合流したあともトマさんはずっとオドオドしていたけど、これ以上騒ぎにならないようにトマさんにはシエナの正体を口外しないことを念押ししておいた。


 そしてこの日はトマさんの村に一泊させてもらい、翌朝からは再び街道を進んだ。もらった手土産がもはや手土産の域を超えて山のような供物になっている……


 トマさんが気を利かせて四輪の台車を一台くれたけど……これ押しながら何日も旅をするのもなかなかハードだ。


 今はシエナが楽しそうに押しているけど、飽きたら次は……絶対俺だよね?


「そういえば、王都には馬車とか無いんですか?」


 俺はふと疑問に思ったことをアルフレドさんに訊ねてみた。ララさんが横目で「ほれ見たことか」とアルフレドさんに視線を送っている。


「もちろんある。だが、今回のワシらの旅は非公式なものじゃったから馬車は出してくれんかったんじゃよ」


「そうなんですね……くそぉ、自動車があれば……」


「自動車って?」


 オレの心の声が口から漏れてしまっていた。


「な、なんでもないです!こういう台車が馬とかいなくても勝手に走ってくれればいいのになぁって思って」


「勝手に動く台車か……無属性魔法があれば可能かもしれんが、そもそも無属性魔法はめったにお目にかかれんからのう」


「無属性魔法?それは一体どんな魔法なのですか?」


「文字通り、属性のない魔法よ。火や風みたいな属性魔法は魔法のレベルごとに覚えられる魔法が決まっているけど、無属性魔法にはそういうのが一切ないと言われているわ」


「うむ……ララは実際の無属性魔法を見たことがなかったかのう。要するに無属性魔法は物を動かしたり形を変えたりするイメージをそのまま魔法で実現させるという非常に高度でイレギュラーな魔法なんじゃよ」


 ふーん……たしかにそんな魔法があれば「回る」「動く」なんてのも簡単に実現できそうだ。


「シリウス、その無属性魔法っていうの得意魔法じゃないの?」


 横から不意に言葉を発したのはシエナ。俺は改めて自分のステータスをチェックした。

 

 ………ある。確かに得意属性のところに「無」と書いてある………いや「無」と書かれていることはずっと認識していたけど、これが無属性?


 俺は、記憶の糸を辿って初めて魔法を習得したときのことを思い出していた。


 確か……第4話あたりで


『まず……無ってなんだ?分からないから一旦パス!

 次に光……電球が光る感じかな?でもいま昼間だし、分かりにくそうだからこれも一旦パス!

 最後に風……まぁ風なら仮に失敗しても火みたいに大家事になったりすることはないだろう。よし、風いってみよう!』


 あぁぁぁぁぁ!パスしてた!

 確かにあのときは「無」って何のことかさっぱりわからなかったけど、もしこれが無属性のことだとすれば今の俺なら使えるんじゃないか?

 

 おれは平らな石ころを一個拾うと手のひらに載せ、それが回転する様子をイメージした。


 ギュルギュルギュルギュル…


 ……普通に回ったよ?


【スキル『日進月歩』の効果により「無属性魔法」を習得しました】


「あ、あの……僕、使えるみたいです」


 手のひらで音を立てて回転する小石をアルフレドさんとララさんに見せた。


「なんじゃと!?」


「すっごーい!はじめて見た!」


 二人の興奮メーターが振り切れそうになっている。


「えっと、これって魔道具にするときはどうすれば良いんですか?」


 二人の興奮に付き合っていると話が進まないので俺は強引に話を進めた。


「う、うむ、すまん取り乱した……基本は属性魔法と一緒じゃが『効果』についてはシリウスくんの頭の中のイメージを具体的かつ端的に書く必要がある。その分、属性魔法より数段難しいと言えよう……」 


 確かに、魔法の名前じゃなくて具体的な現象を書かなきゃいけないわけだもんな。まぁダメ元でやってみよう!

 

 さっそく胸ポケットにしまった紙袋の中からミスリルの筆を取り出して魔力を流した。


「これが、カノープス様の筆か……」


 余談だけど、鑑定で確認したところ価値は「計測不能」となっていた。間違いなく「高い」という意味での結果だろう。


 俺は台車の後ろの車軸に「※」とミスリルの筆で書き、手に持っていた平たい小石に魔法陣を書き始めた。車軸も鉄製でしっかりしていそうだし、速度調整できるようにやってみようか。


①起動条件:魔力を流した瞬間

②発動条件:起動と同時

③効果:流した魔力に比例する速度で前方に回転する

④効果範囲:※


 こんな感じでどうだろう?


 テストということで俺はごく少量の魔力を小石に流した。


「あわわわ!台車に押されるー!」


 台車に手をかけたまま静止していたシエナが、まさに台車に押されるような形で数歩先まで進んだ。一応成功ということにしておいて良さそうだ。


「なんとか形にはなったみたいです!さぁみんな台車に乗ってください!」


「わくわく!」

「う…うむ…」

「ほんとに大丈夫なの!?」


 ララさんは初めてジェットコースターに乗る子供のような反応だが、そんなにスピード出すつもりもないしきっと大丈夫だろう。


「じゃ、行きますよ!」


 俺は手に握る小石にさっきと同じ程度の魔力を流した。


 ガラガラガラガラ……


「わぁ!台車が一人で動いてる!シリウスすごい!!」


「ワ、ワシは夢でも見ておるのか……」 


「ほんとに、動いてる……」


 よし、上手くいった!今回は即席の自動車だけど、村に帰ったらしっかりと設計から頑張ってみよう。


「シリウス君……ワシが魔道具のことで前に伝えたことを忘れておるまいな?」


「あ……まだ禁止ですよねぇ、アハハハハ……」


 そう言えばそうだった……忘れていた。


「まぁ今回は帰りの道のりが楽になって助かるし、ノーカウントってことで!また村についたら処分しますんで!」


「う、うむ……約束じゃぞ?」


 移動が楽になるのはアルフレドさんにとってもありがたいらしい。ということで今回は認めてもらえたが、さすがに村に帰って早々に自動車作ったら怒られそうだ。

 なので、設計だけは今のうちから初めて大きくなったら実用に移そう。


「シリウス!シエナも台車走らせたい!」

「私も私も!」


 そして、それからはみんなで台車に交互に魔力を流しながら一気に街道を走り抜けた。ちなみにこの台車、方向転換用のハンドルがないから緩いカーブのときは全員で体重移動、急なカーブのときはシエナが力技で台車の向きを変えながら進んでいた。


 やはり自動車は便利だ。来たときは10日ほどかかった道のりも、2日と少しであっという間に俺の故郷まで戻ってきた。

 

 村の手前の荒野で俺たちは台車を手押しに戻し、そのまま村の門をくぐった。


「シエナちゃん、今度こそここが僕の生まれ育った村だよ」


「ここに……シリウスのお父さんとお母さんがいるんだね!シエナ、頑張るね!」


 ……ん?頑張るって何を?


 少し引っかかりは感じたけれど、あまり深く考えず俺たちは俺の実家「ガラク商店」の前に台車を停めた。


「父さん、ただいま!」


 扉を開けて、開口一番元気な挨拶!やっぱ実家ってのは良いもんだ。


「シ、シリウス!無事だったか!」


 店のカウンターから父ガラクが飛び出してきて俺の肩を抱いた。


「北の街道に魔物が出たって聞いたもんだから俺たちはてっきり……とにかく無事でよかった!おーい!ローラ!シリウスが帰ってきたぞ!」


 そこに少し遅れて母ローラがやってきた。ローラは目に涙を浮かべ、俺の姿を確認すると声を出して泣いてしまった。


…………

………

……


 ガラクとローラも落ち着いた頃を見計らって入り口からアルフレドさんとララさん、そしてシエナが店に入ってきた。


「行きにはろくに挨拶も出来ず申し訳なかった。これはご子息をお借りした礼じゃ。シリウスくんは本当に優秀な子じゃった。こうして無事に送り返せてよかったわい」 


「アンタ……いや、貴方はアルフレド先生ですかい?」


「ほう…ワシを知っておるのか?」


「い、一応、私も妻も王都の学校に通っていたもので…」


「そうであったか……まぁ今は教師を辞めた身じゃ。「先生」というのはちと違うかのう」


 そっか、父さんと母さんもアルフレドさんを知っていたのか。


「それで、父さん母さん、しばらくこの子を家で預かって欲しいんだけど……」


 俺はシエナの手を引いて俺の横に連れてきた。シエナはガチガチに緊張して顔がこわばっている。


「あ、預かるって……お前、その子の親はどうしたんだ?」


「詳しい話は今夜にでもするけど、この子の親からも許可は出ていてね」


「そうか……分かった。お嬢ちゃん、はじめまして。俺がシリウスの父親のガラク、こっちが母親のローラだ。よろしくな!」


 ガラクもシエナの正体を知ったら急にペコペコし始めるのだろうか?それはそれで面白そうではあるのだが……


「シ、シエナはシエナスティアです!フツツカモノですがよろしくお願いします!」


 俺のそんな想像を遥かに超えて、逆にシエナが思いっきり頭を下げた。それに今「フツツカモノですが」って言ってたよね?俺の前世の知識が正しければそのセリフは……


「シ、シエナちゃん!?」


「まぁシリウス!その年でもうお嫁さんを見つけてきたの!?」


 ローラも俺と同じことを思ったようだ。


「いや、これは……その、違う!」


「……違うの?シリウスはシエナのこと、嫌い?」


「いや、嫌いじゃない!嫌いじゃないけど、まずは一旦落ち着こう!」


「おいシリウス、いくらなんでもそういうのは早すぎるんじゃないか!?」


 この状況に俺が一番テンパっていたが、ララさんがシエナにガッツポーズを出しているのが視界の端に映ったときにすべてを悟った。


 なるほど……そういうことか。


 このあとなんとか全員の誤解をとき、一度アルフレドさんたちとは別れることになった。二人は二、三日滞在して旅に必要な物資を揃えるらしいし、また明日にでも会いに行こう。


 ガラクは急遽店を閉め、ターマン家3名とシエナは自宅のダイニングで家族会議をすることになった。


 案の定、シエナの正体を知った父さんは卒倒しそうになっていたけど、これでなんとかうちにおいてもらうこともできそうだし一安心だ。

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