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09話 現実は物語のようだった

「――うん、そうだよ。

 なんか2ヶ月前からゾンビが大流行なのね」


 ベッドでマンガを読んでいるグレースがこともなげにとても大事なことを言いきった。


 ——それと大流行って言い方はちっと違うじゃないかな。なんだかゾンビにならないと世間の波に乗り遅れるような気がしちゃうやんか。



「いや、俺なんも聞いてないし」

「いや、わたしちゃんと言ったし」


 ——あれ? そう言えばこいつが随分前にゾンビがどうのこうの言った気がする。



「あれはゲームの話じゃなかったっけ?」

「ごめん今急いでるって、わたしの話を聞いてくれなかったじゃん」


 頬をふくらませるグレースは悪くない。これからは言うことに耳を傾けるようにする。



 ——その前にちょっとネットで情報をば。


「……グレースさんや、ネット、繋がらないですけど」


「それも言ったよ。代金は引落しだから調べてから言えって、わけのわからないことを言うし」


 ——あ、それもあったわ。


 野菜に虫が湧いてムカムカしてたときだった。


 だから足を蹴って来るこいつは悪くない。だが痛いから弁慶の泣き所を狙うのはやめてほしい。



「……それで2週間前からゴロゴロしてたか」


「うん。ネットが繋がらないから暇だったの」


 ——あれれ? その間に俺はなにをしてたっけ?


 朝起きたら畑仕事やお洗濯して、昼は2人分のご飯を作って、昼寝のあとは錬金で遊んで、それから2人分の夕食を作って、食べた後は家の片付けして、寝る前にグレースに契約の履行をヤラされた。


 ——んん? 奴隷は俺のほうかな。



 ところでアニメとゲームで文字と言葉をマスターしたグレースはすごいと思う。すごいと思うけど、こういう大事な情報はきちんと教えてくれないと困る。


 ここ2ヶ月はずっと山の中にいたから、ネットも見なければ親や友人とも連絡しない俺もどうかと自分で反省する。


 ただ山籠もりに世情は必要がないのでご理解いただきたいものだ。だからこれは仕方がないことと割り切るしかない。



 母に連絡を取ってみたがスマホは繋がらなかった。


 アプリのほうを見てみたけど、だいぶ前に母はもちろんのこと、友人からもメッセージが入ってた。


『死んだか。こっちはまだ生きてるから供養だけはしてあげる。さらば、息子』


 ——さらばって、あんた……


 母から無情なる最後のメッセージが届いたのは2週間前だった。



 もはや死んだと思われているようで、相変わらずの男前っぷりになぜかホッとした。


 以前のメッセージを眺めていくと、どうやら母が住んでいる島ではゾンビが発生していないみたい。


 しかもシーズンオフということでしばらくは食糧にも困らないらしい。これが観光客いっぱいの時期だったら、食糧の奪い合いになるはずだ。



 頃合いをみて、一度は母と義父に会いに行くついでに食糧の補充で海外の島へ行ってみよう。


 今は飛行機も乗れそうにないのでパスポートは密入国者に必要がないだろう。その前にパスポートが作れるかどうかが問題だ。


 ——役所、今日は開いてるのかな。



「もう、世の中大変みたいなのよ。

 ――それで今から()()?」


「脱ぐな!

 ——その切り返しにマジで驚くわ、なんでそうなるんだよ。事情が把握できるまでヤんねえよ」


 短パンを脱ごうとするサキュバス、こんなときでもブレない欲望が羨まし過ぎる。


 情報源のない俺はまずグレースから事情聴取だ。こいつはぐーだらだけど、情報収集に関しては騎士団と言えど、こいつに及ぶ奴は異世界にはいなかった。




 5ヶ月ほど前、丁度俺たちが山に来てからしばらくのことだ。世界で同時多発テロ事件が発生したようだ。


 ただし、これについては俺も耳にしたことがあったので知ってはいた。めったに山へ来ないお巡りさんがここに立ち寄ったくらいだったし、村のほうでもおばあさんたちが怖いわと立ち話してた。



 ただなんのテロかはグレースが教えてくれるまで、テロの内容は全然知らなかった。


 それは前代未聞のゾンビテロだったらしく、予想を斜め上へ行きすぎて予言できたやつがいたなら会ってみたいものだ。



 初動こそ遅れたものの、中央アジアで拡大中の伝染病に危機を感じた政府の指示により、警察庁と自衛隊、各自治体は伝染病の()()がある被害者をすみやかに()()()施設の隔離病棟へ搬送した。


 その適切な処置で世界規模の伝染病はそれなりに抑えることができた。


 地方の都市、町や村まで拡散させなかったのは大したものだと思う。



 そこは島国に共通する利点だったらしく、大陸国家はそれができなかったとネットでの情報が掲載されてた。


 とあるテロが大嫌いな大国は国内で多発したテロによって多くの犠牲者が出た上に、被害が拡大したのは隣国から食糧を求める難民の集団が押し寄せてきたとのことだった。


 色んな国が受難する中、特に中央アジアなどはひどい状況にあったらしく、そこら辺に位置する国々からの情報がまったく繋がらなかったという。



 感染所研究所で検体(したい)を分析した結果、検出されたのは不明の新種ウイルスらしい。


 バイオセーフティーレベルで最高レベルの4に指定されたのだから、明らかにヤバいウイルスだと思う。


 中央アジアを初め、世界各国で流行している伝染病との関連性は現在のところ確認できていないと政府は発表した。


 極めて強い感染症を引き起こすため、患者は発見次第担当する機関へ通報するように国民の注意を促すと、内閣官房長官が声明を出した。



 また有志が観測結果をネットへ動画をアップロードした。


 動画の中で檻に入れられたゾンビはすばしっこい運動能力をみせ、渡された木製のバットを両手でへし折ってみせた。聴覚、臭覚や視覚は人間と同じくらいで、身体能力が強化されている模様とグレースが言った。



 一部のゾンビは地方へ散らばったものの、テロの被害に遭った都市部のゾンビはほぼ退治できたと一時期は終息へ向かってたみたい。


 また、犬科のタヌキ、キツネなどのゾンビ集団が発見されたのもこの時期だ。


 新たに現れた動物型ゾンビの対策、それに都市部に起きた強盗や強姦、殺人事件について政府が対応しようとするときに、ゾンビによる()()()の襲撃が始まってしまった。


 海外から押し寄せてくる難民の船にゾンビと動物型ゾンビが混じってたのだ。



 水際で食い止めようと各地の警察や海保庁、それに陸海空の自衛隊はものすごく頑張った。そのことを伝えるグレースさんが大興奮、異世界(こっち)の魔法はすごいと褒めてた。


 ——グレースや、あれは魔法じゃなくて砲撃とミサイルね。



 だが、なにがなんでも生きようとする難民は上陸することに必死だった。


 列島の北から南まで、数えるのが大変なくらい、各種の大型や小型の船舶が津波のようにこの島国へ押し寄せてきた。


 巡視船艇の警告射撃に怯えながらも難民を乗せた漁船は突っ込んでくるし、護衛艦へ速射砲やミサイルで応射しつつ入港した軍艦まであったみたい。



 墜落することを恐れずに、ヘリコプターや輸送機で空中から不法入国をくり返し、ひどい場合は戦闘機でミサイルと機関砲を乱射して各地の空港に強行着陸した。


 ネットでは難民に対して、かなりスパイスを効かせた辛口のコメントが書き残された。


 政府の首脳陣が野党と国民に配慮し過ぎたことが取り返しのつかない痛手になった。そういう風にネット民が大ブーイングだったとグレースさんが怒りながら口を尖らせた。


 ちなみにグレースは国民じゃなくて、異世界から来た不法入国者だと俺は思う。




 ——国内に出現したゾンビ犬の集団と海外から難民で政府の指揮網は混乱をきたした。着の身着のままで上陸した難民は食糧と衣服を求めて、各地で強盗や殺人をくり返し、国内の治安が一気に悪化した。


 地方の都市では侵入を果たしたゾンビが出没して、政府が難民とゾンビの対応に追われているときに、西のほうからタンカーの船団が九州へやってきた。


 命令を受けた海上自衛隊はついに先制攻撃に打って出たが、船団には数隻の軍艦が護衛しているために反撃を受けた。


 双方が激しい海上戦闘で火花を散らす中、一隻のタンカーが接岸してしまった。


 ゾンビで汚染されたそのタンカーには生き残った難民のほかに、ゾンビやゾンビ犬の大集団が乗り込んでいため、港の守備に当たった自衛隊がゾンビの攻撃で壊滅してしまった。


 ゾンビ犬集団の上陸事件で九州の命運が決した。


 九州、北海道、本州の順で落ちていき、四国がゾンビの集団で陥落したのは1ヶ月前のこと。


 政府は再起を図って、現在は沖縄本島へ国の首脳部を避難させ、那覇市に臨時政府を置いた。


 種子島や奄美大島、小笠原諸島に陸上自衛隊と航空自衛隊の一部を配備し、防衛庁の管轄下にある主力部隊のほとんどが沖縄諸島へ移動した。


 一部の国民から国に見捨てられたと激怒してるという。


 要するに自分たちを連れて行ってないから、文句を言ってるのだろうと俺が断言してあげよう。


 ネットが切れる直前の情報によると在日米軍は本国の命令でハワイへ撤退し、本土に残されている自衛隊は基地を守る部隊や連絡の取れない各地へ派遣した救助部隊だけとなった――




「これってさあ、かなりヤバいんじゃね?」

「なにが?」


 大まかな情報を聞き出したので、思わず呟いてしまった。そんな呟きにグレースはきょとんとした表情で聞き返す。


 こいつにとって、人がいくら死のうと関心なんてないし、世界がゾンビに飲み込まれようとなんの感銘もないだろう。



「ねえ、()()()()に人助けするの?」

「そうだね……」


 確認という意味でグレースが俺に質問してくる。


 前とは異世界で人族を守るために戦っていた頃のことを、グレースは指しているのだろう。



 あの頃は時にはグレースの力を借りたりしたが、助けられた後になって、()()()()()()人たちが悪魔族のグレースを醜悪な顔で罵ったりした。


 ——あれは、本っ当にやりきれなかったなあ。


 でもこいつはまったく応える様子がない。奴隷(じぶん)が動いたのはご主人様(おれ)の命令に従っているだけだと笑ってた。


 ——ええ子や、この子(グレース)は。



「うーん……自発的にはしないかな?」


 これが今回のパンデミックに対する俺がグレースに示す自分の姿勢だ。





現代はいろんな面で国と国の距離が物理的に縮まったとは思いますので、こういう国際災害も身近なものになったじゃないかなと。

誤字報告、ブクマとご評価、誠にありがとうございます。

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