66話 狙われたのは拠点そのものだった
「45日後の再協議に引き延ばしてもらいましたが、住民のほうはどうですか?」
「ここを引き払うときはほとんどがついて行くって回答してもらった。
ただ新しく住民となった一部の人は地元から離れたくない思いがあるらしくてな、どうするかで迷ってるみたいだ」
ホールの前にあった野球場に新築した畜舎で、午前中の仕事を終えた川瀬さんと雑談して、住民たちのことを教えてもらってる。
今でも訪ねてくる生存者たちには役所と土地の利用について協議中ということで、ささやかな支援と住民の勧誘をお断りさせてもらってる。
トラックに各種の食糧や日用品などの物資を満載して、納税という名目で市役所に渡したから、ここへきた生存者たちには市役所を訪ねるように推奨してる。
『すまんな。頑張ってみたのだが、よその自治体が口を出すなと返事されたらこちらも強く言えないんだ』
『いいえ、無理な協議してもらって、ありがとうございました』
無線を使って小林さんに役所から納税を求められたことに対して相談させてもらった。
相談を快く引き受けてくれた小林さんは衛星電話で臨時政府に問い合わせてくれた。地方公共団体は財産の管理と行政の執行する権能を有するので、憲法第94条を盾に政府のほうは本件について関与できないと回答されたらしい。
要するに面倒そうだから、政府は関わりたくないと小林さんは無線の向こうで正直に打ち明けてくれた。
しかもややこしいことに、大阪の首長がそろって沖縄の臨時政府で一時避難しているらしく、彼らは代わりに市役所をまとめてくれてる副市長を支持すると小林さんに強く言いつけた。
いくら身分を保証すると言ってくれた小林さんでも、自治体の市長から口を出すなって明言されたら反論のしようがない。
『芦田君たちは大変だと思うが、和歌山へ来てくれるならいつでも歓迎する』
一民間人のために奔走してくれた小林さんにはもう感謝するしかない。おまけに最後はお誘いまでしてくれたもんだから、感謝の気持ちでいっぱいだ。
拠点へ飛んできてたドローンは、市役所から飛ばされてきたものだってことがわかった。警察のほうから、市内の安全管理のために飛ばしているドローンを撃ち落としてはならないと、警告文が拠点に届けられた。
その翌日から拠点の上空に、目障りなドローンがハエのように飛びまわるようになった。忌々しいことに警告によって、撃ち落としてはいけないドローンが拠点の各所を監視するように飛びまわってた。
検問所へ再度やってきた市職員は不法占拠した大阪城やホールなどの施設使用料金について、支払いするように納付書を置いていった。
ドローンのカメラによって拠点内の現況を掴まれているために納付しないのなら、倉庫や畜舎を含む違法建築を接収すると通知してきた。
市職員の口調から、むしろこっちのほうが本命であるように思われた。役所は食糧を生産することができる避難所を、自分たちの手で押収したいのだろう。
市の担当者と協議のときに、滝本さんの横で話を聞いていた俺はそう憶測した。
「和歌山の県知事と市長から、これまで各地で国民を救ってきた功績があるということはちゃんと聞いてますよ」
——小林さん、有川さん、援護してくれてるんだ。ありがたい。
「そこで副市長は貴方たちが避難する国民を収容したこと、大阪城公園内に多くいたゾンビを駆除したことについては高く評価してるのですよ」
——評価はいらないから無視してくれ。
「まあ、そこら辺の実績を考慮してだ。もしあなたたちが退去に応じるのなら、所定の使用料を支払ってもらえれば近くにあるいずれかの校舎を貸してもいいと配慮してあげますよ」
——よく言うぜ、マジで。
でも小林知事と有川市長の尽力には感謝したい。
情けは人のためらずとはよく言ったものだ。和歌山市で色々とやっていなかったら、この件はもっと高圧的な態度で臨まれたかもしれない。
「それと今までの違法行為については貴方たちの事情を慮って、逮捕ではなく、罰金を科するという形で警察のほうは貴方たちへ温情を示す考えですよ」
言いたい放題の市職員に、無口になる滝本さんと呆れ返って開いた口が塞がらない俺。
——獰猛な盗人がいるもんだな。これなら図々しく支援パックを強要してくる団体さんのほうが可愛くみえるわ! ってのはうそだ。
俺からすれば、どちらも肉にたかろうとするハイエナでしかみえない。
一つだけ疑問に残ったことがある。和歌山市から俺のことを聞いてるのなら、なぜ大阪市のほうは俺を使おうとしない。
もちろん使われる気はないのだが、そのことがどうしても引っかかってしまう。
稲穂の先がだんだんと重くなって垂れ初め、田んぼの稲が実りつつ、黄金色に輝く田んぼが期待できそうな晴れた日に一枚の公文書が市役所から届けられた。
長ったらしい文章をまとめると、もうすぐ再協議の期限となるので3日後に市役所へ来てくれとのことだ。
「今回は滝本くんに交渉を担当してもらう。
一緒に行くメンバーは高橋さんと桝原くん、それにうちの嫁に山岡くんだ」
「俺は行かなくてもいいんですか?」
「総リーダー芦田くんには護衛でついてきてもらう。
ただし、護衛以外はなにもするな。協議は滝本くんたちに任せるようにな。それと、命の危険がある場合以外は暴力絶対禁止だ」
川瀬さんは第9次緊急会議で前置きもなしに、みんなの前で総リーダー役立たずを宣言して、しかも相手を脅かしちゃダメだと俺はぶっとい釘を刺された。
基本的に地方公共団体が今でも運営されてる形がある以上、物資の拠出を省いて、市役所から提示される条件を呑む方向でいく。
それが拠点に住む全員が討論した上で納得した住民の総意。やはり人間同士が争わないようにやっていきたいということだ。
——それは別にいい、みんなの決定に従おう。
俺も危険が及ばない限り、なにも世紀末ヒャッハーさんがしたいわけじゃない。
それはそうと退去を前提として、物資以外の建物を含む拠点内のあらゆる施設を要求されたらどうする? という俺からの質問に全員が頭を悩ませた。
あれだけ詳しく調査されたら、拠点内にあるすべての施設なんてとうに把握されてると考えたほうがいい。
「……苦労して建てた家とかは解体してでも持っていきたいな」
ボソッと呟く建築班リーダーである茅野さんの声に全員が目を向ける。
「芦田くんに加工してもらって、更地からみんなが住めるように建てた住宅はできれば持っていきたい」
「……」
「みんなが使ってる家具も住民一人一人の要望を聞き回って、作業員が真心を込めて作りあげたものばかりなんだよ」
茅野さんがしゃべり終わるとみんなが俺のほうを見る。
家をきれいに解体すると時間がかかると思われがち。
だが俺とセラフィなら、基礎ごと収納することができるから問題はない。茅野さんは拠点化を始めたときから建築で力を尽くしてくれた人だ。ここは彼の要望を聞き入れたい。
「わかりました。市役所との協議結果によりますが、もし退去することになったら、ここにある住民用の建物はすべて持っていくように話をつけましょう。
——それでいいですか、滝本さん」
「ああ、茅野のお願いなら頑張るしかないな」
「ありがとう。ひかる、滝本くん。
――いまさらなんだけど、本当にひかるってチートなんだよな」
破顔する茅野さんの言葉に頭を掻いてごまかす。
みんなで力を合わせて築き上げた拠点が失われるかもしれないのに、こうして前向きで話せる人たちと一緒にいられるのは幸せなことだ。
母さんに会いに行くときに、知らなかった人たちと仲良く暮らしてることが自慢できる。
ぼっちとまでいかなくても、独りの行動が多い俺を母さんはずっと心配してたから。
——今度遊びに行くから生きていてくれよ、母さんと画像でしか見てない新しい父さん。
明日からの投稿は3日連続の挿話となります。よろしくお願いします。
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