03話 伝承の悪魔は解き放たれた
民族自立支援団体という皮を被ったテロ組織にとって、若者たちの夢などどうでもよかった。
少ない資金と武器で動いてくれる人形が欲しかった。死を恐れぬ若者たちの仲間がテロで倒れ、諸国を震わせることができたが、期待したほどの成果を得ることはできなかった。
とある工作員は先祖から伝わった話を思い出した。ならず者だった先祖は果ての大地にある洞窟で金脈を発見したという。
ならず者の仲間たちとそこへ調査しに行き、確かに欲しかった金の鉱石が見つかった。だが洞窟の奥で多くのならず者が悪魔に襲われたので、生き残った先祖は仲間たちとそこから逃亡したという話だ。彼はそのことを幹部に話した。
まとまった金が出て来なくてもいい、僅かでもいいから金の鉱石を掘り当ててほしい。それで支援してくれる国に示すことで、さらなる資金を引き出すためのカードになれればと組織の幹部は考えている。
組織の人員は某大国の情報機関から監視が付けられていたので、これ以上人員の消耗を避けておきたいと、この任務を担当するサームが幹部から言付けられた。
未知の大地は危険が潜んでいる。
だが組織と直接的な関係のない若者たちがどうなろうと、組織になんらかの影響も及ぼさない。この任務は革命にひたむきな地元の若者が適任だ。そう考えたサームは森の中を歩く若者たちの背中へ冷ややかな視線を送った。
本当に金の鉱脈があるなら、若者たちと村にいる人たちを殺してしまえば秘密は漏れない。それが幹部からサームへ伝えた命令の一つだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
狼と野犬の群れは見たことのない生き物に驚いている。
長い間に同種との争いで息をひそめることを覚えた狼と野犬の群れは離れた場所から目を光らせる。未来の夢に興奮する生き物たちは隠れたそれらを見つけることができなかった。
生き物たちが住処の一つである穴の付近で見知らない物を置き始めた。
それらは感じたことのない感情に戸惑いつつも、唸り声をあげずにはいられなかった。
生き物たちはなにかを持ち出して、それを振り回していた。今までにない状況に危機を感じたそれらは生き物の行動を監視し続ける。
気配を殺して、遠くから生き物を見ていたそれらは住処の一つである穴へ、生き物たちが入っていくのを目の当たりにした。それらのほとんどが息をひそめる中、1体の野犬が岩陰から飛び出した。
咆哮をあげた野犬は近くにいた生き物に噛みついた。
ほかの生き物が大声で叫び、手に持ったなにかを噛みつく同種に向ける。
森を響かせる音とともに、頭をなにかで砕かれた仲間が生命活動を維持しなくなったことをほかのそれらはすぐに察知した。それと同時に噛みつかれた生き物が同類になることも感知することができた。
生き物たちはすぐにも自分たちを殺せると知ったそれらは、この場で生き物に反撃することを断念した。細長い棒を持つ生き物は危険、棒を持たない生き物なら同類にできそうだ。この生き物たちの匂いをたどれば、ほかの生き物に遭遇できるかもしれない。
同類を増やさねば……本能に従うそれらはこの住み慣れた森を出ることを決意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
撃ち殺された野犬の至る所に崩れ落ちた咬創があったため、サームは気持ち悪そうにそれを見ている。とてもじゃないが、先まで生きていた生物とは思えなかった。
死体を片付けようとした若者にメルレインという名の工作員が止めたので、サームはメルレインが大学で細菌学を学んでいたことを思い出した。
袋詰めするように指示された若者たちが動くとサームは興奮するメルレインの行動に眉をひそめた。
それでも仕事さえちゃんとしていればなにもいうまいと決め込んでいるサームは、野犬にふくらはぎを噛まれた若者を寝かしつけるように指示した。
洞窟の奥を探索したところ、確かにそれらしき鉱脈は発見できた。鉱石の掘削は人手が必要な作業、今は一人でも多く確保したいので、救急箱を取って来るようにと村の若者に言いつけた。
高熱を出して30分ほどうなされ続けた犠牲者は村の仲間たちからの看病もむなしく、もがき苦しんでからあっけなく死んでしまった。
その直後に死者がいきなり起き上がり、泣き疲れて横で眠っている友達の首筋に噛みついた。
噛みつかれた若者の絶叫にキャンプが大混乱に陥った。サームは同行した工作員たちと自動小銃で、動く死体がボロボロとなるまで撃ち続けた。メルレインは死者に首を噛まれて、今にも死にそうな若者の両手と両足を縛るように、戸惑っている村の若者たちへ命令した。
死体が動いたことにだれもが慄く中、メルレインは自分が思いついた考えに震えていた。
――死者が蘇ることはあり得ない、だけど現実に起こってしまった。ひょっとするとこれはあの気持ち悪い犬と関連あるかもしれない。今は機材がないので調べることはできないけど、与えられた研究室に戻れば、サンプルを詳しく調査することはできそうだ。
細菌学に詳しくない組織の中で、大学で学んだことのある自分がその先兵となれる機会を神から授けられたんだ。生物兵器は弱小勢力に与えられる神の武器、これを使って驕れる大国とそれを支援する国々に天罰を下せるかもしれない。
不正が蔓延る歪な世界を正すときが来た。神の意思を則り、不変なる正義を示してやるんだ——
洞窟の奥には確かに鉱脈があったことを確認したサームは、自分に酔い痴れるメルレインに説得されて、若者と野犬の死体を持って帰ることにした。サームの指揮で村に伝わるおとぎ話で震える若者たちに撤退の段取りを指示しつつ、鉱石を車両に積み込む探索隊は帰還の準備を急いだ。
——臨時の拠点である村へ進行する車列の後ろに、数十体からなる野犬と狼の群れがその後を追跡していた。
パンデミックの感染源を描写してみました、これ以後は主人公の視点に移ります。
明日は3話を投稿する予定です。
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