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02話 真実は伝承に隠された

 恐ろしい化け物がいた洞窟から逃れた男たちは最寄りの村で一息入れ、怖さで震えていた若者は村の酒場で記憶を洗い流すかのように酒をあおり、リーダーから箝口令が敷かれたにも関わらず、泥酔した若者は隣で飲んでいる年老いた女性に事の成り行きを話してしまった。



 ――老婆は貧困に喘いでいた。


 彼女は働きもせずに堕落の日々を送る長年の連れ合いを叱りつけて、逃げた男たちが乗っていた数台ある馬車から一台を盗んだ。危険があることを承知の上で若者から聞き出した洞窟へ夜が明けないうちに出かけてしまった。



 老婆は彼女と連れ合いを蔑み、道を行くだけで嘲笑ってくる村人を見返してやると馬車の上で罵っていた。大金持ちになって、村人たちを扱き使ってやると叶いもしない夢に卑しい笑いを浮かべていた。


 村人たちは老婆ほどでないとしても、酒場で逃れた人たちからある程度の事情を耳にした。馬車がなくなったことをひとしきり怒鳴った後に男たちは村から立ち去った。村人は金山と老婆の噂を囁き合った。それを聞きつけた数人の若者が数日を置いてから、無断で村の共有馬車を使って老婆たちの後を追いかけた。



 深い森の中で彼らが目にしたのは、口からよだれを垂らしてふらつくように歩いている老婆とその連れ合いの死体だ。襲われた仲間を置いて、救命を求める声を無視し、二人の若者はろくに眠らないで村へ逃げて帰った。


 元々は同種しか襲わなかった狼の群れが老婆たちに襲いかかったことも、狼の群れに噛まれて老婆たちが不死者となったことも、彼らは知る由もなかった。




 村人たちは生き残った若者たちから話を聞いた。混乱した若者の話は村人たちを困惑させたが、村にある決まりが合意された。


 ――北に悪魔が棲む森がある。森の奥に悪魔に守られた金鉱がある。それに手を出そうとする者は死者に変えられる。村に住まう者は悪魔の森へ近付いてはならない。外から来た人に悪魔の森が知られてはならない――


 悪魔の森のことを公の場で口にした者には鞭打ちの刑を、悪魔の森へ行った者には死を。生き残った若者は事実を闇に葬るために村長の命令で見せしめとして村人たちの前で吊るされた。


 時代が過ぎ、事実は村の忌諱として隠されて、村人たちは悪魔の森を記憶の奥へ封じ込めた。風化していく伝承はいつしか親たちが子供たちを諫めるためのお話となっていく。


「悪い子は悪魔に北の森へ連れていかれるぞ」と。



 ――悪魔の森にいる狼の群れは水辺へ近付こうとしない。狂犬病持ちだった狼は水を恐れる習性を残したままでゾンビとなった。


 それが幸いというべきか、森の外にある川を狼の群れは越えようとしなかった。時折り森へ迷い込む野犬や別の狼の群れが襲われるだけで、村人に恐れられた悪魔の森に棲む悪魔は果ての大地から出ることがない――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ……時代が過ぎ、森からかなり離れたところに悪魔の森という昔話が伝わる小さな村がある。


 村の広場で若者たちは豊かになった世界でなぜか自分たちが貧しさで喘ぐことに憤っていた。


 自分たちの土地を持たない彼らが農耕に適さないここへ追われたのは曽祖父母の時代のことだ。未来のない人々は世界の繁栄から置いていかれて、僅かな実りで飢えを耐え忍んできた。時を経て通信網が発達した現代、若者たちは現状に耐えることができなかった。



 親たちに諭されても叱られても、彼らは不公平を受け入れられなかった。彼らの親が若かったときとの違いは、彼らが自分たちの未来を手にするために立ち上がったことだ。親たちより以前の世代がなぜ我慢してきたのか理解できない、我々には生きる権利がある。


 そう考えた彼らは過激な手段に訴えることを選んだ。



 インターネットを通じて様々な手段を講じていく中、自分たちの夢に資金と武器を提供してくれる民族自立支援団体と名乗った組織と繋がれたことに若者たちは心から歓声をあげた。


 武器や資金援助を受けた彼らは組織のキャンプ地で訓練を受け、ヨーロッパの各地でドローンや爆弾で自分たちの苦境を訴えた。追われた先祖の地に作った根拠地に立てこもり、彼らは世界からの応援に期待した。



 精神面はともかく、物質面で豊かな国々からすれば暴力で主張する彼らはただのテロリストだった。理想がいくら高くても現実は巨大な壁として彼らの前に立ちはだかった。


 若者たちが民族の自立を願う革命は、派遣された自国の軍隊によって多くの死傷者を出して、なにも叶わないまま若い命だけ散らされた。



 軍隊という暴力装置に打ち砕かれて、仲間たちの死を嘆く彼らの前にささやかな援助をしてくれた組織の工作員が現れた。更なる援助を求めて、彼らは支援を打ち切ろうとしたサームという名の工作員に話を持ちかけた。


 村の北にある森、その奥に忘れ去られた鉱山がある。


 そこから資金となれる鉱石が取れると古くから村で伝わるおとぎ話がある。曽祖父母たちは聞かせてくれなかったが、村に長く住みついた彼らに長老たちは寝物語として幼い頃に聞かせてくれた話だ。


 おとぎ話の真偽はこの際置いて、信じてもらえることが大事だった。若者たちはわらにも縋る思いでサームにしがみ付いた。



 数週間後、支援を再開させると伝えてきたサームは、なにも持たない若者たちに必要な工具と車両を与えた。鉱山へは組織の者が同行すること、有力な鉱脈なら資金や武器は増援できること、見た目は人の良さそうなサームは村の外で興奮する若者たちに約束した。


 若者たちが世の中に逆らうことをあきらめてほしいと願う家族の手を振り切って、彼らはひっそりとした薄暗い原生林の中へ入った。





異世界の病原体に狂犬病ウイルスが混ざり、変異したなにかを感染源にしてます。すべての生き物が感染されると話が破綻しそうなので、人間と犬科の動物にしか感染しません。そんなガバガバの設定ですがよろしくお願いします。

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