第2部外伝その二 ヒャッハーさんにも分類はあった
「この依頼書は本物かね? 偽造してコピーを持ってきたのじゃないのか?」
手に掴む依頼書のコピーをひらひらさせて、にやけた表情でグレースに卑しい視線を向ける議員さん。
「それを判断するのはあなたじゃないんです。
俺は内閣総理大臣と統合幕僚長から依頼を受けて、ここに立てこもる自衛隊を救助しにきました。
あなたを救助しにきたわけじゃありません」
「口の利き方に気を付けろやおらああっ!」
「この方はだれやと思ってんだこらああ!」
議員の後ろで控えてる、やの字がつくおっさんたちがなにやら気勢を上げてる。
「静かにしなさい。
君ぃ。ここ皇居は陛下がお帰りなられるまで死守せねんばならないのだよ。ここにいる自衛隊はその大任を負っている。
証拠にもならない紙切れ一枚だけで、彼らをここから出すわけにはいかんのだ」
「そうだぞおらああ!」
「議員の言う通りだボケええ!」
これはなんの喜劇だと笑っちゃいそうくらい、議員が一言をいう度、後ろから合奏するかのようにガラの悪いおっさんたちが吠えかかる。
議員さんの横にいる安井副隊長と自衛官たちが俯いたまま、なにも言おうとしない。
議員も後ろにいるおっさんたちも、欲望に満ちた目でグレースを舐めるようにしつこく注視して止まない。
色欲に塗れた視線をグレースは嫌っていない。だが今日のグレースは明らかに嫌そうな表情を見せてるので、俺は思わず吹き出しそうになった。
――そうか、食うことすら値しないクズの魂か。
「怪しいな、君ぃ。ちょっと別室まで来て事情を聞いてやろうじゃないか。
――安井君。彼とそこの彼女を別室に案内しなさい。私がここへ来た目的を聞き出そう」
「……はい」
体をこわばらせ、かなりの抵抗をみせた安井副隊長。彼が時間をかけて、やっとの思いで吐いた議員への服従する言葉には辛さしか感じ取れない。
――権力を濫用するヒャッハーだなこいつら。
おかげでようやく方針が決まった。
「すまないが君を――」
「汝らに命ず。ここにいる人を拘束して外へ連れ出せ」
収納から出した100体のウッドゴーレムは、この場にいる人たちを捕らえるのに十分すぎるほどの数だ。
「――な、なにかねこれ。なんだねこれ」
「放せこの野郎おお」
「なんじゃこりゃあああ」
屋外へ連れ出したうるさいおっさんたちは反抗しようと暴れている。
ただ残念なことにウッドゴーレムを相手に人間がかなうわけがない。自衛官たちも体をよじらせて、ウッドゴーレムの拘束から抜け出そうと無駄な努力し続けてる。
そんな光景を気にもせずに、収納から衛星電話を出す。
「あ、もしもし、雑賀のじいさん」
『うむ、わしじゃ。どうした、もう東京についたか』
「ああ。そのことですけど、吉原という国会議員が邪魔するんですよ。
――皇居を死守するから、自衛隊を解放してくれないんです」
『っち、あのバカが……
死守したければ自分でやれぃ! こんな時まで使えないやつじゃな』
「それでね、安井副隊長さんへ俺が依頼を果たすために協力してくれって説得してくれません?」
『安井君か……わかった、替われ』
雑賀のじいさんに言われたまま、訝しむ安井副隊長の耳に衛星電話を当てる。
「はい……え? 雑賀大臣ですか?
あ、はい……あーー! そのことを言うのはもうやめてください!
ああ、確かに雑賀大臣だ……
違うんです。吉原議員の命令で隊長が監禁されてます。我々も――」
安井副隊長さんが涙を流しながら、雑賀のじいさんにこれまでの苦境を訴えている。
鋭い目付きで睨みつける小太りの議員。
その周りで不安そうな表情をするおっさんたちが、今までの状況を報告する安井副隊長の様子をジッと見つめてる。
時間をかけてゆっくり説得するよりも、ここは雑賀のじいさんにお任せしたほうが早い。
「……あのう、芦田君に代わってとのことです」
「わかりました――雑賀のじいさん?」
『うむ。大臣命令で安井君には君に従うように伝えた。
――それで吉原はどうする気じゃ』
「そうですね……
陛下のお帰りを皇居で待つ気ですから、ここは臣下の気持ちを応えあげるべきよね」
『ほほう、気持ちを応えるとな……
――わかった。吉原のやつに代わってくれぃ』
衛星電話を持って、睨んでくる議員の耳元へ当ててやった。
「だれかね。雑賀だあ? じじいが適当なことを言うんじゃない……
え? ちょ、ちょっと。なんであんたがそんなことを知ってるのかね……
はあ? さ、雑賀大臣ですね! す、すみません。ち、違うんです……
はい。いや、私はですね――」
途中から顔色が青白くなり、懸命に弁解を続ける議員。その光景をおっさんたちは忙しく首を動かしながら、俺と議員の顔を窺ってくる。
「だ、大臣、お願いですから聞いてください。私はですね――
き、君ぃ! 私と大臣の話が――」
「あ、雑賀のじいさん。もういいですか? 腕が疲れちゃうんですよ」
どうでもよくなってきたので、議員さんの耳に当てていた衛星電話を戻してから、雑賀のじいさんに話しかけた。
『うむ。わしもやつのたわごとを聞いてやれるほど暇じゃない』
「それでどうします?」
『そっちのほうはお前さんに一任する。
安井君にはそう言ってあるのでのう、総理のほうはわしから言っておく』
「わかりました。じゃあ、依頼を遂行しますね」
「君ぃ、君ぃ。私と大臣の話が――」
「議員さん、すいませんねえ。これ、バッテリー切れなんですよぉ」
議員は縋りつこうとするが、ウッドゴーレムにきつく抱かれているために動くことができない。通話が切れた衛星電話をわざと振ってみせてから、そのまま魔法で収納した。
「汝に命ず。拘束を解け」
ウッドゴーレムの拘束が解かれた安井副隊長が、スッと立ち上がってからすぐに敬礼してくる。
「雑賀防衛大臣の命により、あなたの指令に従います」
雨降って地固まるということだ。
とりあえず自衛官たちを解放して、ここで囚われてる人たちを助け出そう。
ヒャッハー議員さんは見捨てられました。