本編最終話 生き長らえるために海辺のお城で拠点を作った
ここまで離れてしまえば、政府とは距離を保ってると俺は目論んでた。
おおよそその通りになったが、でも仕事自体は今でも舞い込んでる。
「芦田君、外務省の有川大臣から依頼の相談が来ているぞ」
「ええ? この前は九州へ回ってきたでしょう? 今度はどこですか」
「東北地方を見てきてくれないかという依頼だ。
なんだったら北海道まで行っても構わないだそうだ」
「断ってくださいよ、白川市長。
なんで引き受けちゃうんですか」
「いや、私でなく、相談を受けたのは保谷社長と高橋副社長だがな」
萩市役所の市長室に呼ばれた俺は、白川さんからの知らせに気落ちする。
政府対策に白川さんに市長をやってもらってるし、セラフィ・カンパニー萩本社の保谷社長に俺は個人事業者って言ったのに、断ってくれてもいいのに、なんてことを思わないでもない。
もっとも彼女のことだから、また仕事をくださいって言い出しそう。
セラフィ・カンパニーでは加工部門に就職してる人も増えてきたから、材料がほしい気持ちは理解できる。ただ俺だけじゃなくて、たまには保谷さんも休みを取ったほうがいいと言ってやりたい。
知恵さんのことなら、もうあきらめてる。
成長してこそ営利組織というのが彼女の経営理念。彼女に反論しようとしたら、逆にトップに立つ心得についてクドクドと小言を言われてしまうのがいつものオチ。
いつも航さんが知恵さんをなだめてくれるから、今でも彼女と話すときに立ち会ってもらってる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここに来てはや一年、みんなの生活もようやく落ち着いてきた。
荻市は残念ながら全滅だった。
エミリアは市内にいるゾンビをすべて連れ出してくれてたので、到着したときは無人の街となっていた。海岸には多くの小型船舶が漂着し、市内の各所を見回ったけれど、白骨化した遺体しか残されていなかった。
最初に手掛けたのが外堀より外側にある建物の解体工事。
コンクリート造建築物や公共施設を残して、十河社長が率いる細川組は木造建築物を解体していき、その跡地を中谷さんたちは田んぼや畑にするために土壌改良を行ってた。
萩市の北側に小さな港があったので、桝原さんの右腕だった有能な亀井さんが今でも毎日のように漁船で漁に出ている。
船に使われてる燃料は人造石油を管轄する資源エネルギー庁から分けてもらってる。支払われてない依頼料はまだまだあるので、燃料代の支払いなら百年以上は大丈夫だと内閣官房副長官の中村さんが笑ってた。
セラフィが時折資源エネルギー庁からの依頼で北海道へ採炭しに行ってるので、政府からの依頼料は貯まっていく一方だ。
ちなみに萩市は国から国税が徴収されない代わりに、俺たち異世界組が受ける政府や自治体の依頼には特別税がかかってる。
儲けすぎたら財務省から目をつけられそうと白川夫人は笑うし、保谷さんも俺たちが得る依頼料を会社があげる収益に入れていない。
異能を頼りに市政と会社を運営するわけにはいかないとみんなが言ってくれてる。
俺たちが稼いでくるお金は市と会社の財政と関わらないために、防衛対策と放棄された地域から取ってくる物資以外では、異世界組がここで住まうみんなから依存されることはない。
とてもありがたい気配りだ。
農業と畜産はここへ来てからすぐに始めた。
川の向かい側に田んぼや畑があったため、中谷さんたちは市の中心部で農地を整備しながら、既存する畑で農作物を作り始めた。
川瀬さんたち元畜産班は与えられた地区で畜舎を建てて、家畜と家禽の飼育を楽しんでいる。前に姫路市辺りで道を走る野生化した馬を捕まえたことがあって、そいつらを川瀬さんが自分で育てると意気込んだ。
競走馬だったお馬さんは今、市内を走る公共馬車で大活躍中。いつか空いてる土地で競馬場を作ることが川瀬さんたち畜産に関わる人の夢と柚月さんが話してた。
「次の世代のためにも、芦田くんの力だけを頼るわけにはいかないからな」
川瀬さんの意見に俺も大賛成した。
元々は兵器として作ったゴーレム車やゴーレム船は、自然にある魔力を吸収しながら運用することができる上に極めて高い防御力を持っている。
それに市内全体を守れるようにカトル石で構築した大規模防壁術式は施しておいた。これを破壊できるのはドラウグル野郎たちが使う上位魔法だが、やつらとは対戦するつもりがないので気にすることもないだろう。
懸念があるとすれば俺たちのようにゾンビで苦労した世代じゃないと、次の世代となる子孫が勘違いして悪用する恐れがある。
そういうことを白川さんと航さんたちも心配してた。
生物の理は適者生存。
俺がいなくなれば、所持するすべての物はセラフィに預けるつもり。彼女ならきっとうまく判断してくれると俺はそう信じて疑わない。
グレースのことなら、俺がいない世界で彼女の生き方に口出しするべきではない。彼女が従うのはあくまで俺のみで、主を失った彼女はこの世界で自由に生きていくのだろう。
それこそがサキュバス族きっての戦闘狂、血染めの凶魔と呼ばれた元魔王軍の幹部だったフレンジー・グレース。
それにたとえ俺の子孫であっても、ゾンビの怖さを正しく認識できないのなら、すでに主役が変わったこの世界で、ゾンビによって滅んでしまってもそれは仕方のないこと。
まだ見ぬ子孫には悪いけれど、グレースとセラフィにそこまで面倒を頼むつもりなど俺にはない。
拠点化工事が一段落ついたところ、俺はゴーレム船に乗って、海外にいる母さんと義父を迎えに出かけた。
海賊に襲われたり、上陸した島がゾンビだらけでそこから逃げ出したりと一波乱も二波乱も起きたものの、やっとの思いで再会した母さんはやせ細ってなんとか生きてるという感じだった。
もっと早く迎えに来ればと泣いてる俺を叱ることなく、母さんは自分のことよりも息子が生きてることに喜んだ。
村を出ようとしたところ、そこにいた村人たちは俺たちと同行したいと詰め寄ってきた。
その人たちとは言葉が通じないし、文化が異なるために正直なところ、一緒に暮らすのは大変と思った。
ここは頑張れば食っていけそうな島だったため、俺がいる場所はもっと貧しい島だとうそをついた。
その結果、貧しくても息子と行きたいと覚悟を決めた母さん夫婦と、海に囲まれる観光地で有名だった島から出た。
こっちへ来てから、明るい性格の沙希は母さんとすぐに仲良くなり、家で次女の面倒を見てくれてる。あれだけやんちゃだった母さんは今、孫たちに囲まれていつも笑顔ないいおばあちゃんになってる。
たまに俺と沙希が教育のために叱ろうとすると、リンはすぐにおばあちゃんの後ろへ隠れる。母のあんなに優しげな表情を見ると、怒るに怒れないのがつらい。
お義父さんはガッチリ体格の明るいワッハッハ外人だった。
元は傭兵という義父は佐山さんたちとは非常に気が合い、いつも居酒屋で騒いでるか、それか山の中を駆けまわる狩人になるかだ。
ここが異世界なら、佐山さんと義父は間違いなく有能な冒険者になれただろう。小谷さんとミクは言うまでもなく、冒険者そのものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――人の話はちゃんと聞いてる?」
「……」
これまでの回想シーンが白川市長の冷たい声で断ちきられた。
賢者よりも賢い白川さんに、俺が話を続ける気がないことに気付いてほしかった。
「子供も大きくなってきたから単身赴任したくないのはわかってる。
だがここで芦田君が食糧を稼いできてくれないと、小林相談役も来年度までの食糧計画が持たないって悩んでた」
「うそつけ! この前に徳島で買ってきた米がまだまだあるでしょうが!」
「っち」
こっちだってちゃんと計算して行動してるから、食料品のことで俺がいつでも動くと思うのは悪手だ。
イメージの中の白川さんはもっとスマートで冷徹と思ってたのに、ここへ来てからの白川さんはよく笑うし、くだらないことを連発するダメ親父になった気がする。
ちなみに和歌山県知事だった小林さんは引き上げの後に退職を政府に申し出た。俺たちが住むここで悠々自適な老後の生活を送りたいと連絡があったので、喜んだ俺は高松市まで迎えに行った。
もちろんのこと、優秀な人材を遊ばすのはもったいないと思案した俺は、小林さんに萩市の市政相談役についてもらい、老練な古狸さんは政府を相手の折衝で辣腕を振るってくれてる。
そういういきさつがあったので、小林相談役が来年度の食糧のことで口を出すわけがない。
「それはそうと来月に高松市からくる交易船で、高松支社のほうからほしいものがあったらリストを送ってほしいとのことだ。
芦田君はなにか要望あるか?」
「ほしいものは特にないなあ……
――って、来月の末に小林さんと俺は雑賀のじいさんに呼ばれてるから、ほしいものは自分で買ってきますよ。
あ、依頼されてる防具は今月末には仕上がるんで、交易船がきたら載せてください」
「わかった」
四国のほうとは物資の交易で定期便が運航され、今のところは俺が生産する装備や鋼材が良く売れてる。錬金術によって錬成された金属は強度そのものが違うと俺は自慢できる。
食料の生産量は本土に及ばないことは明白的。そこで白川副市長は人口が少ないことを逆手にとって、独自の産業育成で水産物や農産物の加工を中心とする食品工業に力を入れてる。
俺が稼いだ金で貯めこまれたアシタ基金を使わなくても、5年以内に健全な財政を目指すことが市の目標であるらしい。
――ぜひ頑張ってほしいとは思ってるが、アシタ基金なんて名称はめっちゃダサいからやめてくれ。
「……わかりました、遠征のことは検討してみます。
ただ子供と遊びたいんで、しばらくは休暇を取りますよ」
「ああ、わかってる。
スケジュールは芦田君が決めればいいことだ」
遠征で得られるものは将来的に役立つものが多いから、まだ使えそうなうちに回収したい気持ちが俺にもある。
ここへきてから一年、リンが俺に懐いてくれたことが嬉しい変化。国内各地や海外から取ってくるお土産をいつも楽しみにしてくれてるし、俺が遠征しようとするときは寂しそうな表情を覗かせている。
年齢的には妹と表現したほうがいいかもしれないけど、俺の気持ちは彼女の父親になったつもりだ。学校や友達のことを聞かせてくれるのが食後の行事となっている。
お義父さんと俺が新しく定めた家訓がある。
――芦田ん家の美女と交際したい野郎は魔王と魔神に勝つのが最低条件だ。
「ところで子供と言えば君の妻にはいつも世話になってるな。
今度ご飯をご馳走するから家に来てくれ」
「了解。お邪魔しますね」
白川夫人は才女であり、大抵のことならそつなくこなしてみせる。それは料理のセンスでもちゃんと発揮されている。
独身時代はもっぱら外食で済ませた白川夫人が花嫁修業で良子さんのところで料理を学んだ。セラフィに劣らないスピードで学習する彼女は今や萩市三大料理人の一人として名が知られている。
ことに魚料理に関しては師匠の良子さんすら唸らせたので、多忙な白川夫人が手掛ける食事会はお金を出してでも行きたいと巷で噂されてる。
そんなわけで白川さんからの嬉しいご招待は家族全員でお邪魔したいと心に決めた。
「――師匠、こんにちは。
今日は山へ狩りに行かなかったですか?」
「ミクとタケか、お前らはおデート中だな。
今日の狩りは佐山さんと小谷さんたちが頑張ってくれてる。
鹿肉の燻製を楽しみにしとけよ」
「老師! グレースさんに手加減しろと指導してくだされ。あの人はいつも卑怯な手ばかり使うんだ」
「知らんがな。ゲームのことで俺を巻き込むなっ」
市役所を出た俺は手を繋ぎ、肩を寄せ合って仲良く歩いてるタケとミクに出会った。
ミクとくっつくのは玲人か翔也のいずれかと予測してたのに、まさかのタケというダークホースが出てくるとは思いもしなかった。
もっとも男女間のことだけは予想外のペアが多いので、本人たちさえ良ければ、他人がどうこうと口を挟める話ではない。
ちなみに玲人の恋人は柚月さん。縁結びは陽葵ちゃんがしたようで、姉さん女房がほしかった玲人は大喜びしてた。
「ヤることは大いにやってくべきだが、子供は結婚してからにしたほうがいいぞ」
「ろ、ろろろ老師、拙者は魔法近いでござりマッスル!」
――キャラが崩れてるぞ、タケ。その慌てぶりはヤったんだな? ところで魔法近いってなんだよ。斬新な魔法使いだなおい。
「大丈夫ですよー、そこら辺はちゃんとしてますから。
でも、子供はほしいかな?」
「お、おう……
まあ、頑張れ。市は多産を推奨してるからな」
さすがは沙希の妹分、あっけらかんとするミクは大人の女性となった今でも男前だ。
人の恋路を邪魔するのはよくない、俺は馬に蹴られて死ぬつもりがないのでタケとミクへ手を振った。
慌てふためくタケにケラケラ笑ってるミクと道端で別れた俺は、自宅がある城内へ道行く人たちとあいさつを交わしながら、ゆったりとした歩調で前へ進む。
この時間帯なら沙希は保育園で勤務中。グレースはたぶん亀井さんを連れて、改造したゴーレムクルーザーに乗り、沖合にてフィッシング & クルージングを楽しんでるのだろう。
万能型メイドさんのセラフィはどの職業からも引っ張りだこなので、きっと市内にあるどこかのお店で働いてることだろう。
いつものように夕食の準備までには家に帰ってるから、彼女の行動で気にかけることはなに一つない。
指月山の山頂に萩城の詰丸がある。
見晴らしが良いために海側の監視を兼ねて、ここには三階建ての物見櫓を建てた。
その櫓の屋根で美しいドラウグルが静かに海を眺めている。
「よっ。また海を見ているのか」
「あら、ヒカルンじゃない。
なにか用?」
「いや? することがないから見に来ただけ」
「そう」
俺からの返事を聞いてから、ドラウグルのエミリアはこっちに向けた視線を海のほうへ戻す。エミリアにヒカルンという名を教えたのはもちろん、血染めの凶魔ことフレンジー・グレースだ。
エミリアは変わったドラウグル、大人しいゾンビタヌキを抱えながらフラっと萩の街へやってくることがある。
みんなが彼女を警戒して家の中へ隠れた時期は確かにあったものの、今やエミリアに慣れすぎて、彼女とあいさつを交わす住民が大勢いる。
きっかけはエミリアが住民を救ったことだった。
――ゾンビの守護神。
多くのゾンビを従えるエミリアのことをみんながそう呼んでいる。
俺たち異世界帰り組が外遊していたとき、ゾンビとゾンビ犬を満載した船がここへ漂着してしまった。
運悪く佐山さんたちは狩猟へ山へ行ったため、沙希たちが意を決して、浜辺でたむろするゾンビを迎い討とうとした。防壁の近くまで行ったときにエミリアが山中から現れた。
慄く沙希たちを無視したエミリアがゾンビとゾンビ犬を配下にしてから山の中へ連れて行ったので、事なきを得た沙希たちは胸をなでおろした。
山で山菜を摘みに行った女性たちがイノシシに襲われたところ、たまたま通りかかったエミリアがイノシシを仕留めたため、女性たちに怪我人はでなかった。
荻市に人が住んでると聞きつけたどこかのヒャッハーさん集団が川から船で萩市を襲おうとしたときも、上陸した時点でエミリアが率いるゾンビたちの餌食となった。
ことさら交流を図ってるわけではない。
でも淡々とそういう行いをしたエミリアに市民たちは心を許し、こっちを襲うことがない美女は、いつの間にか街を歩いても恐れられない存在となった。
気持ちいい潮風が吹く中、エミリアの長い髪が風の中でなびいてる。
ゾンビがいる世界だ、変わったゾンビ一人がいても別に変なことではない。
お互いが争わない限り、生者も不死者も大地にいる存在。
ゾンビとは仲良くできなくとも、それぞれの道を行けばいいと俺は新世界の在り方を受け入れた。
「じゃあ、もう夕方だから帰るよ」
「そう」
俺から別れのあいさつしても、櫓の上にいるエミリアは振り向きもせずに好きな海をジッと見ているだけ。
彼女ならひと晩中、ここで海と空を眺めるときがあるから、このあとの行動を聞くのはやぼだ。
夕食のメインディッシュはセラフィが美味しく調理する鹿肉のステーキ。良子さん直伝の赤ワインソースが肉のうまみを引き立ててくれる。
沙希も義父さんも出勤する前から楽しみにしているので、サッサと保育園まで妻を迎えに行って、中学生になった長女の帰りをいつものように、家族全員の笑顔で迎えてあげよう。
ゾンビを相手に無双しなくてもいい拠点を作りました。政府と適切な距離を置きつつ生き残った人たちとの繋がりは保ってますし、ゾンビからも襲われることがないので、萩市拠点は主人公がたどりついた楽園となります。
城塞拠点と都市拠点の構築を経験した主人公たちなら、自分たちが住む新たな拠点を難なく作れると考えました。現況を表現したところがこの物語の終わりかなと。
ほかにも色々とキャラを使ってのエピソードは妄想していましたが、外伝が終わりましたら作品として完結する予定です。
この作品で一話でも皆様に楽しんでいただけたら、書き手冥利に尽きます。
本編の最終話までお読みいただき、誠にありがとうございます。
この後は第2部の外伝3話と作品の最終話を綴っておりますので、見ていただければとても嬉しく思います。
たくさんのご感想、ブクマとご評価していただけたことに厚く御礼申し上げます。また誤字報告はお手を煩わせ、心より感謝いたします。誠にありがとうございました。