81話 生き長らえるためにどこかで拠点を作りたい
「あれ? 川瀬さん、みなさんはなにしてらっしゃるんですか?」
「なにって、ハア……芦田くんは出て行くつもりだろ?
ちゃんと言ってくれないからこっちは荷造りしないと大変だ」
グレースとセラフィが家にいなかったし、晩ご飯は用意されてなかったので、いつもみんなが集う食堂に来てみたら今日はやっていなかった。
「……」
「はいはい、邪魔だからそこを退いてくれ」
体育館の中では段ボール箱が山積みだ。
川瀬さん家族を初め、大阪城拠点で生活を共にした人々が慌ただしく梱包された段ボール箱を運んでいる。
「セラちゃん、後でこの区画の分を収納してね」
「はい、柚月様。お任せください」
柚月さんとセラフィは家具が並べられてる場所の前でなにやら話し合ってる。
「芦田あ。航くんが会社まできてほしいって朝に言ってたよ。
こっちの会社を保谷社長に一任したいから、今後のことで話し合いたいってさ」
「ほえ?」
大声で話しかけてきた中谷さんは額にハチマキを巻いて、大きな段ボール箱を抱えてる。
「老師! 厳重注意させてもらいますよ。
勝手に出てい――」
「はいはい。あんたもゲームやってないで荷造りしてよ。
佳苗ちゃんが片付けないなら全部捨てるって言ってたよ」
不満そうな表情でタケが俺の隣で大声を出してきたけど、ミクがすかさず注意するように言葉を被せた。
「なにぃ……佳苗め、兄のお宝を捨てるとはなにごとだ!
老師! スローライフのためにもおれは絶対について行くからな!
——しからばごめん」
「師匠も持っていくもんがあったら早く片付けてよ?
——あっ、セラフィさんがいるから大丈夫か。
あたしは荷物が多いから、箱入れしてきますね」
走り去るタケとミクの後ろ姿がにじんで見えない。
――みんな、俺についてくるというのか……
「うるうると涙を溜めてる暇があったら手伝ってよね。
そうでなくてもアタシは荷物が多いから、一言があってもいいと思うわ」
「沙希……」
隣に寄り添うようにやってきた彼女は頬を膨らませて怨嗟の声をあげた。
「婚約者を置いて逃げようとする不届き者はあとでとっちめてやるんだから。
でも今は忙しいからあとでね?」
軽く唇に触れる程度のキスをしてから、沙希は早足で俺の傍から離れて、幼馴染である十河さんの奥さんと一緒に空の段ボール箱を取りに行った。
「はいはい、元会長は邪魔ですからぁ、そこを退いてくださーい」
「え? 保谷さん?
なんでここに……」
両手に大きな袋を持った保谷さんがつらそうな顔して、おぼつかない足取りで近付いてくる。
「なにを言ってるんですか!
わたしはぁ、元会長の専属秘書ですよ。
ついて行くのが当たり前じゃないですかっ!」
――あ、ヤバ。泣けてきたわ。
「わたしが労働を愉しめる人生を送るためにもぉ、これからもしっかりと頑張ってくださいよ」
「了解、保谷秘書」
ものすごい良い笑顔してから保谷さんは袋が落ちないようにフラフラと俺の前から立ち去る。
「人を信じることよ、わかった?」
痛くない手付きで後ろから頭が叩かれた。
「温子ねえさん……」
「持って行く荷造りがたくさんあるからまとめてくるわ」
なにかと優しくしてくれる温子さんの言葉に、自分が足りなかったものを思い知らされた。
実のところ、みんなが離れていくことを覚悟してたし、それが当たり前なことだと、自分の中ではあきらめていた。それこそ沙希にどうやって話そうかとずっと悩んでたくらいだ。
言い換えれば、みんなのことを俺は信じていなかったかもしれない。そんな俺にみんながついていくと行動で示してくれた。
自分がしたことが全ての人から称賛されるなんてありえないと認識してたし、そもそもそういうことを望むのはただのバカだと俺は考えてた。
それでも心の中で認められたい思いを完全に消すことはできなかった。
わずかな人でいい。
その人たちのために頑張ってきたから、これからもその人たちとともに生きていたい。それがドラウグル野郎と対決できた原動力の一つだった。
クソッたれの世界だけど、なにも悪いことばかりが起きたというわけじゃなかった。こうして今後も俺は仲良くしてくれた人たちと生きていけそう。そのことで今までの頑張りが報われた気がする。
ゾンビがうろつく世界にこうして出会った人々こそが、俺が歩んできたこの道で得られた大切な財産だ。
「行きたい気持ちはあるが、やっぱこの海は捨てられん。
本当にごめん!」
「ぼくも本当はみんなと新しい街へ行きたいけど、ここで仕事をいっぱい引き受けちゃって……」
「いいですって、気にしないでくださいよ。
桝原さん、茅野さん。二人とも謝らないでください」
紀伊半島にある港町で出会い、大阪城拠点からここ徳島の拠点まで付き合ってくれた桝原さんがここに留まると両手を合わせながらつらそうに頭を下げてきた。
申し訳なさそうにする茅野さんは、復興事業で新たに建築される庁舎の設計を担当しているため、俺たちとの同行を断念せざるを得なかった。
「ひかるたちがここから離れるまで、毎日うまい魚を獲ってきてやるからな?
楽しみにしといてくれ」
「なにもしてやれないけど、できることがあったらちゃんと言ってよ」
「ありがとうございます」
元大阪城拠点の住民で、桝原さんのように四国に住むことを決めた人は200人以上だ。それでもよく200人程度で収まったと俺は驚いてる。
ここでお別れする人たちも、これから新しい拠点へ一緒に行ってくれる人たちにも俺は感謝したい。
願いが叶うのなら、こんなクソッたれの世界で知り合ったみんなが幸せに生きていてほしい。
「君が言ったように、四国の山中から現れたものすごい数のゾンビが本州へいくために橋を渡ってる」
「手は出さないでくださいよ」
お別れ会のつもりで居酒屋セラで佐山さんと小谷さんを誘った。
「ああ。雑賀大臣が治安維持のために部隊を派遣してるから大丈夫だろう」
「そうそう。退去が終わるまでゾンビが通るルートは外出禁止令が出されてる」
「そうですか」
雑賀のじいさんなら厳命してくれると思うし、小谷さんが言ったように外出禁止令があるなら、ゾンビに襲われることもないだろう。
「そんなわけで退官してきた。
芦田君のところで世話になるつもりだ」
「俺もだ。晴子ともどもよろしくな」
「——」
開いた口が塞がらない。
現役の自衛官たちがなにを言ってるのかと、眉をひそめた俺は楽しそうに笑う二人を見つめる。
「……佐山さん、よく退官を許可してくれましたね。
小谷さんもですけど」
「慰留するように求められたよ。
でもまあ、四国から外へ出ようとしない限り、自衛隊の仕事は少なくなると思うからな」
「そうだよ。国際平和協力活動なんてご大層なことはもうないんことだし、災害派遣はあるかもしれないけどよ……
まあ、俺が鍛え上げたあいつらなら問題ないねっ」
明るく笑ってる小谷さんは怪我が治ったばかりで、体調はまだ本調子ではないらしい。
でもそこは優しい三好姉という婚約者が付きっきりで看病してくれてるので、俺が心配することはなにもない。
――ブーメランになっちゃうけど……爆ぜろ、リア充野郎め!
「前川隊長とな、よく冒険者はいいよなって話してたんだよ。
ひかるのところに行ったら狩猟とかあるだろ?
頑張ってイノシシとか狩ってくるぜ」
「……そうですか。冒険者野郎チームのリーダーに期待しますよ」
ビールのジョッキをかかげる小谷さんとレモンサワーが入ってるコップを持ちあげた俺は、二度と会えなくなった故人を心から偲んだ。
「私もね、あとは定年退官だけだ。
年金をもらってもこんな世の中じゃ使うことがないのでな、この先は楽しみがない。
おじさんで良ければ芦田君のところで再就職させてくれ」
「そりゃ、めっちゃ嬉しいですけど……
いいんですか?」
佐山さんがお皿に乗せてる白身魚のネギみそ焼きを割き、こともなげに新しい人生の道を俺に語ってくれた。
こんなに頼りになる人が一緒に来てくれるなら断ることなんてできないのだけど、この地にいたほうがより多くの人から頼られながら満ち足りる人生を送れるじゃないかなと勝手に想像してみた。
「それはひかるが決めることじゃなくて、俺たちの人生は自分で決める」
腕で俺の首を巻きついてくる小谷さんが晴れやかな笑顔を見せつける。
「そうだぞ。思い上がるな、芦田君。
それに白川君と渡部さんも同行したいって君を探してるみたいだ。お金は払うから白川夫妻の家を建ててほしいって言ってたぞ」
佐山さんの言葉に驚く以外に表現しようがない。
白川さんと渡部さんは勤めている部署こそ違うものの、どっちも将来が期待されてる官僚であるはず。なにを好き好んで山奥へいくのかがわからない。
――だめだ。やっぱり泣いちゃいそうだよ。
「そんなわけだから、お世話になる」
「俺と晴子もな、ひかる。
あ、義弟のまさくんともどもよろしくな」
とても愉快そうに笑ってくる二人に泣いてる俺は言葉にするのではなく、何度も頷くことで彼らに自分の気持ちを伝えた。
人の縁はわからないもの。去る人がいれば、ともに生きる人もいる。
それでも俺は自分ができることを精いっぱいやっていくしかない。
新しい拠点でどんな暮らすになるかはまだ想像できない。少なくともこっちから手を出さない限り、ゾンビから襲われることがないことは確定済みだ。
「——そういうことよ。輝はね、気にしすぎ!
評価なんて知らないうちにされるものだし、あからさまの評価は疑うべきなの。わかった?」
「うん……ごめん」
部屋の中でこれまでのことを説明し終わった後に沙希から反省をうながされた。
「つよしくんや社員、それと飯田先生たちも一緒に行きたいってよ。
あたしの知り合いもよろしくね? 旦那様」
「おう、俺に任せろ」
新しい拠点が落ち着いたら、俺と沙希は結婚すると二人で決めた。その奥さんからのダメ押しで、少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
これはグレースとセラフィができないこと。彼女たちは俺がしたいことに異論は立てないし、俺と周囲の付き合い方に口を出さない。
パートナーとしては最高だけど、人としての付き合い方は少々物足りない。
もっとも、二人とも人間ではないので初めからそういう社会的な関係を求めていなかったし、彼女たちには人のしきたりなんか気にせずに、転移してきたこの異世界で気ままに楽しく過ごしてもらいたい。
「引っ越しの用意はできてるから、輝の都合でいつでも出発できるよ」
「ありがとう、沙希」
いつもの軽めなキスではなく、しっかりと唇を重ね合ってから彼女を強く抱きしめる。
こんな世の中になったからこそ、こうして最愛の女性と出逢ったということに皮肉さを感じないわけじゃない。
それでも彼女と一緒に生まれてくるであろうの子供たちを育っていきたい。それはゾンビがいる新世界で今後の俺が持つ生きがいと、心の中で新たな決意を抱いた。
これだけ時間が経過したのだから、災害前に生産された食糧で食べられるものはかなり減ってきたことだろう。
でもそのほかに使えそうなものがまだまだ世界にあるのだから、それらを収集しつつ、出会うかもしれない運がある生存者を救助していこう。
お米なら大量の備蓄はあるし、不足する場合は徳島市が販売してくれる約束を取り付けてある。
ちなみに襲ってくるヒャッハーさんならいつものように消えてもらうつもり。
最初の上陸地点は神戸市。西へ進みながら下関市から北上して、海沿いの道を東へ進む。
萩市が俺の決めた新たな拠点候補地。
周り一帯のゾンビなら先に行ったドラウグルのエミリアに任せればいいし、政府とは年間1千万円の借地料で期限未記載の借地契約を結んだ。
白川さんが担当した最後の仕事となったドラウグルを撃退した功績についての協議。中村さんからもらった借地契約の書類一式がその報酬となった。
俺はゾンビがいる世界で信頼できる人たちと保証された安全な住処を手に入れたのだから、正直なところ、政府からの評価はそれだけでよかった。
以前の世界からすると人類が再建した社会は小さな四国。
そこから離れる俺たちは、政府から許可された土地で自分たちの拠点を作る。ゾンビに怯えつつ衰退していくだけの日々ではなく、みんなと明日が期待できる人生を俺は歩んでいきたい。
借地料として政府宛てに10億円を振り込んできたから、百年の間は萩拠点で籠城できる。
――そこまで長生きできるかの疑問は言わぬが花ということにしてくれ。百年という期間があったら、少なくとも俺は自由に生きていけるんだ。
その後の人類とゾンビについては、それこそまだ見ぬ子孫が頑張ること。前人の知恵を受け継がれていけるかどうかは俺が決めつけることじゃない。
今の俺はやるべきことはそんな遠い未来に思いを馳せるなんかじゃなくて……
――ゾンビがうろつく世界になったら異世界から帰ってきた俺はどうする? ゾンビを相手に無双するよりも生き長らえるためにどこかで拠点を作りたい!
新しい拠点は萩市です。川と山に囲まれて、海に面した城跡は最高な防衛拠点になれると思います。
明日が本編最終話です。長らくの間、この作品をお読みになって頂き、本当にありがとうございます。
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