80話 交渉で得られたもの不死者の同行だ
始まりはマヌケな俺が気付けば、そこら辺にゾンビがうろついてる世界の変化。
ただ生き長らえたいという思いで、一緒にやっていけそうな人と出会いたい。そんなことを漠然と考えてた。
拠点を作るというのはご飯を作るということ。田植えの出来ない俺、牛が飼えない俺、魚を獲れない俺、優しい人々と巡り会えたからこそ、こうしてたくさんの思い出が作れた。
ここで居続けることは、人々の視線を気にしなければなんとかなるのかもしれない。だけれど一旦出来上がってしまった人の虚像というのは、本人の思いとは別に勝手に歩き出すものだ。
だから俺は徳島市から離れることに決めた。
「――いいだろう。この島から全ての同類を連れ出してやる」
展望台から市を眺める体勢で、ドラウグル野郎は気軽に承諾してくれた。やはり思った通り、ドラウグル野郎は四国に興味がない。
「約束した以上は橋を越えるつもりはないが、そっちから来るなら容赦はしない。
そう人間たちに伝えてくれ」
「……わかった。ちゃんと伝えとくよ。
なあ、瀬戸内海に浮かぶ島々は?」
「言ってる意図はわからんが、島を渡るのは大変だから興味がない。
だが目に余るならこっちも反撃させてもらうぞ」
「思いついたことを口にしただけだよ、そういきり立つな」
脳内に浮かんだことをドラウグル野郎に聞いてみただけ。だがドラウグルが島に渡らないのなら、人の生存圏が広がるのだろう。
視線を市内から外さないドラウグル野郎に、俺は確認の意味で以前に聞いたことをもう一度口にする。
「……なあ、お前はなにがしたいんだ」
「おれたちの望みといえば、お前たち人間を同類にするくらいだな」
「それじゃ、なんでお前はそうしなかった」
「別にその本能に従ってもよかったがな……
——それよりも空と海は綺麗と思わないか?
おれは移り変わる季節の風景を見ていたい」
なんのこっちゃと一瞬にすっごくツッコミを入れたかった。でも隣にいるドラウグルは案外本気な表情してたので、茶々を入れるのはやめにした。
「人間、お前は異常だ」
「お前みたいなゾンビに言われたくないわ!」
――ゾンビからも異常と言われる俺って、いったいなんなんだろうね。
「メリッサも気が済んだから、もうお前とやり合うことはない」
「……」
——極位魔法が使えるこいつらと戦わないのはすっごく助かるけど、ここはありがとうって言ってあげるべきか?
「それにヴィヴィアンとマリアの対応でわかったことだが、こっちが積極的に敵対しない場合、お前はおれたちに手を出してこない。
まあ、おれとライオットの場合は攻撃に対するの反撃はあるのだがな」
「……」
「それに観察させてもらったが、お前はおれたちの存在を受け入れてるように思えた。
ゲームが終わった以上、お前と戦う理由が思いつかない」
「……なるほどね」
淡々と語るドラウグル野郎に反論する気にはなれなかった。その言葉に心当たりはあったし、やつが敵対しないならそのほうが俺も楽に生きられる。
強力なドラウグルの群れを相手に争いたいほど、俺は勇者のような戦闘狂なんかじゃない。
口を閉ざしたドラウグル野郎がなぜか微笑んでいる。こいつは本当に人間らしい感情を持ってるじゃないかと疑いたくなった。
「……ほかの人間と違って、魔法が使えるお前がおれたちにとっては脅威だった」
「――だった?」
穏やかな表情でやつは俺に視線を向けてくる。
「ああ、だったんだよ。
それまではあえて争う気はなかったのだが、ちょっとしたきっかけがあってな……
まあ、お前と戦ったことで力を見せてもらったがな」
「……」
そのきっかけという言葉が気になったけれど、俺とこいつの間にはそれを聞くだけの関係が築かれてない。
「人間の中で最強のお前に負けたのは、おれの詰めの甘さもあったと認めよう。
なにぶん、戦争という人間の真似ごとはおれたちは初めてなのでな、慣れないことは多々とあった。
もっともそれはそれでいい経験になれた」
俺から視線を逸らさないドラウグル野郎が自信に満ちたような表情で見つめてくる。
「ここではっきりと言えることがある。
――もうお前を恐れることはない。お前との再戦なんて興ざめだな」
――再戦無しはありがたいが、こいつは言い切りやがった。
ナメられたようにもきこえたので、さすがにムッとした。
「……なぜそう言い切れる?」
「攻撃は通用しないかもしれないが、負けることもないしな。
なによりおれたちの時間は無限なのだが、お前に限りがある。
直接やり合わなくても時間の差でおれたちの勝ちだな」
「……」
回答を必要としないドラウグルの意見に、ここからでもよく見える拠点だった徳島城へ目をやる。
――そう結論付けたか、こいつは頭がいいな。
ドラウグル野郎の言う通り、俺には異能はあるが無限の命などあるはずもない。
俺たち異世界組以外の人たちに魔法が使えない世界で、魔法を駆使するこいつらが人間を相手に後れを取ることは、もう二度とないのだろう。
「見たことのない金属をくれるなら、もう一つの望みも承諾するぞ」
俺個人からドラウグル野郎に契約を申し入れ、その代償としてミスリルゴーレムを要望された。
なんでも魔法の炎では焼かれないミスリルに興味を持ったらしい。
「ミスリルでなにをするつもり?」
「単に興味を持っただけだ。
――心配するな。それがあったところで人間に対するおれたちの優位は変わらんし、たとえその金属を武器にしてもお前ならそれを防ぐ手段があるのだろう」
俺から警戒の視線にドラウグル野郎は鼻で笑った。
そのゆとりのある態度に気が障ったけど、こいつの言う通りだ。
ミスリルは魔力を通すことができる上に鉄以上の強度を持つが、異世界ではレアメタルの一つでしかない。
戦闘してたときは捕獲されることを警戒してたものの、アダマンタイトを持つ俺がゴーレム一体くらいの量しかないミスリルを渡したところで、俺の対する戦力にはならない。
極位魔法すら使いこなすこいつらがわざわざミスリルで武器を作らなくても簡単に自衛隊を退けるのだろう。
そんな心配よりも俺からすれば、わずかなレアメタルで安住の地が得られるのなら、それこそ安い投資というものだ。
「じゃあ、契約成立ということで」
収納してある魔石を込めてないミスリルゴーレム、それを空間魔法でサッとドラウグルの前に出した。
太陽に照らされたミスリルの輝きに目を奪われるドラウグル野郎に俺は浮かんでしまいそうな笑いをこらえるのが大変だった。
――既存する冶金の知識ではミスリルを加工することができないんだよ、バーカ。
まずは錬金の師匠から魔力で錬金紋章を利き腕に刻み込まれければならないし、錬金術で魔力を用いつつ、粘土をいじるようなイメージで想像力を加えることが欠かせない。
異世界で最強の錬金術師の師匠から指導を受けてた俺がミスリルをイジれるまで、叱咤と説教で錬金術を叩き込まれた日々が3年は続いてた。
こいつらは不死者だから時間なんていくらでもあるのだろう。なにも知識と情報がないドラウグル野郎たちは人形相手に精いっぱい悩んでくれと心の中で舌を出した。
「――先のはやはりアイテムボックスだったのか」
「……なんでそれを知ってんの?」
「異世界転移の小説ならたくさん読んだからな」
「そうか」
マリアというドラウグルから報告されたためか、やつはさも正解にたどり着いたような口調で話してきた。
実のところ、空間魔法の概念はアイテムボックスとよく似たものだから、ドヤ顔するドラウグルの誤解を解く気はない。
魔法が使えるこいつらのことだ、アイテムボックスやインベントリーの概念を知っているのなら、このドラウグルたちはいつかそのスキルを手にするかもしれない。
でもそれには関わりたくもない。
人間である俺にはできない技だけど、異世界のドラウグルや魔王軍の幹部クラスなら、不死者をものとして扱えるから、ゾンビを収納することができる。
――まあ、グレースは汚らわしいと言って一度もしたことがなかったけどな。
目の前にいるドラウグル野郎が収納魔法を開発したら、そのことにたどり着くかもしれない。
魔法で物を収納することができるドラウグルなんて、ハッキリ言って手の付けようがない。
「――エミリア!」
「はい、アジル様」
長い髪が風でなびき、これまたものすごい美女がでてきたものだ。
ハーレムを作るドラウグルなんて聞いたこともないから、こいつらはやはり異世界にいた不死者とは違う。
「こいつと契約した地へ行け。
その地に住むすべての同類にこの人間とその仲間には手を出すなと命令しろ。
――ただこいつらが襲ってくるのなら、容赦なく反撃してもいい」
「はい、アジル様の仰せのままに」
——あっさりしたもんだ、彼女はもう行こうとしてる。
美女のドラウグルが一礼するとすぐに背中をみせ、ゆったりとした歩きでここから離れていく。
「エミリアはおれと同じように自然が好きだ。
お前たちから手を出さない限り、襲いかかることはない」
「そうか……配慮してもらってありがとうな」
「だがお前が手を出したいなら、今すぐにエミリアへ従うように伝えておいてやろう。
前々から思ってたがな、人間と同類が子を成せるかどうかが知りたい」
「いらない配慮をどうもありがとよ!
手を出すつもりなんてさらさらないから……
――その企みはお断りだ!」
――ゾンビとヤるって、小説か!
起きたらゾンビとなった――なんてしまらない人生を送る気はまったくない。
「それではさらばだ、人間」
「ああ、さようなら。
ドラウグル野郎」
立ち上がったドラウグル野郎はあいさつの後、振り返りもせずに去っていく。
異世界から帰還して、初めて苦戦を強いられた相手だけに、きっとこいつのことは忘れられない。
美女ドラウグルたちが交換条件となった魔石のないミスリルゴーレムを運んでる。
この先、あのエミリア以外にドラウグルたちと出会うかどうかはわからないけれど、願わくばドラウグル野郎が率いる群れと関わることのない生涯を送りたいものだ。
眉山公園でドラウグル野郎との会談は終わった。
四国が取れただけでも俺は大金星だと自慢したくなるけど、そう思わない人々がいることにため息が出てしまいそう。
でも立ち去る人間は反論する気がないから、なんでも好き勝手に言ってくれたらいい。
――立つ鳥跡を濁しまくるってやつだよ。
それよりも数少ない仲間であるグレースとセラフィと一緒に、ゾンビが襲ってこない新しい拠点地で、俺たちだけが過ごす楽園を作り上げていく。
そう思うことが胸にわだかまるこの寂しさを紛らわせる。
「……」
「ん? グレースはどしたの?」
「――褒めてちょうだいよ!
あのくそドラウグルに手を出すのはずっと我慢してたからね!」
会談中にずっとプルプルしてたサキュバスのグレースに目をやる。
「おーおー、よく頑張ったね。なでなでしてあげる」
グレースを褒めるために彼女の頭を撫でようとした手が掴まれて、豊満な胸へ持っていこうとする。
「ナデるならこっちでしょう」
「――勘弁してくださいグレース様! しばらくは不能ですっ!」
好色というより、隙を見つけては俺から豊富な魔力を吸い上げようとするサキュバス。
そもそも異世界でわざと負けたグレースが、俺から奴隷になれとの申し入れに応じたのも俺が持つ魔力が目当てだった。
それを見抜けなかった当時の自分がただのマヌケしか言いようがない。
本能に従うという意味では、きっとゾンビでも彼女に及ぶことはないと俺が断言できる。
裏の主人公である好敵手がここで退場し、ドラウグル軍団が織り成すストーリーはこれで終わります。
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