74話 再会することが喜ばしいとは限らなかった
辺りは焼け跡の焦げた臭いが漂い、気が付けば夜はすっかりと明けた。
間一髪で防衛拠点である徳島城へ逃げ込んだ俺たち。お城の北にある助任橋に集まりつつある武者ゾンビの群れをグレースが放つ魔法で攻撃した。
損害を嫌ってか、周囲にある建物に逃げ込んだ足軽ゾンビ。
そいつらの動きを見届けてから、地区の南にある検問所を越えた足軽ゾンビに対応するため、俺たちは大手門の近くにある太鼓櫓へ立てこもった。
白川さんや佐山さんを訪ねるために歩いた道、沙希と買い物を楽しみながら商店が立ち並ぶ歩道、日常を送ったこの地区の至る所に武者ゾンビがひしめいてる。
夜通しの戦闘はさすがに疲れ果てた。
幸いというべきか、それともゾンビたちが手加減してくれたのか、乱射する矢による攻撃はばったりと止んだ。あれをやられたら、上からの攻撃で城内に避難する人々に多大な犠牲が強いられたことだろう。
市立体育館の守りはセラフィが固めて、助任橋一帯の防衛はグレースが担当してくれてる。
大手門の近くにある太鼓櫓の最上階にいる俺は、様子を見に来た佐山さんや渡部さんに沙希たちと呆けながら、こっちの様子を窺う武者ゾンビや足軽ゾンビを眺めてた。
そのうちに鉄製の盾を並べてた足軽ゾンビが、交差点辺りで道を開けるように左右へ移動していく。
「なんだあれ、なにしてんの?」
「阿智さんだ……」
「ああ、阿智だな。エリスちゃんまでいるじゃないか」
渡部さんと佐山さんがあげた声に俺は交差点へ目をやる。面識のあるドラウグル野郎が数十体の女ゾンビを連れて、こっちへ向かって歩いてる。
「爆発しろや!」
――ゾンビがハーレムを作るとはなにごとか!
大阪の地下で出会ったドラウグル野郎が美女だけのドラウグルを侍らせている。双眼鏡を覗き込んだ俺は思わず呪詛の言葉を投げかけた。
心から湧き上がる場違いの怒りに燃えているが、たぶんそれは疲れすぎて頭の回転が変になったのかもしれない。
それにしても渡部さんと佐山さんはおかしなことをいう。
確かに阿智と言えば、俺がいない間に会社で良く働いてくれた親子のことだったはず。
特に娘のエリスは直接見たことがないものの、セラフィ・カンパニーの直営店で絶大な人気を誇ったアルバイトだったと、沙希たちから聞いたことがある。
「エリスぅ!
危ないからこっちへ来なさい!」
窓越しに沙希がドラウグルのほうへ向かって大声で叫んだ。
沙希の叫びに反応してドラウグルの女性たちの中から、小柄で非常に可愛いドラウグルがこっちへ向かってお辞儀してきた。
『大阪の駅構内で会った人間、お前がそこにいるのはわかってる。
一夜のバトルアトラクションは楽しめてもらえたかな?』
「――」
一瞬で血管が沸騰したかと思った。
――バトルアトラクションだとぉ? お前らの攻撃で死んだ人間だっていたんだぞ! それをアトラクションで表現するなんて……こいつらは本当に狂ってる。
『あのまま続けても良かったのだがな、人間同士の戦いで宣戦布告とか、名乗り上げるとかがあるらしいからやらせてもらった。
ひとまずここで休戦だ。戦うが再開する前に話をしようじゃないか。
あんたたちが血迷って襲い掛からないことを祈るが、そうなったら即戦闘だ』
ドラウグルはメガホンを使って、こっちへ話しかけてきた。鋭い目で睨んでた佐山さんが不意に顔をこっちへ向ける。
「芦田君。阿智――あの男を魔法で狙撃することはできないか?」
「……できないことはないんですが、お勧めしませんよ」
「なぜだ」
「一発で仕留められたらいいんですけど、どれだけのドラウグルがどこに潜んでるかがわかりません。
トップを狙ったのはいいが下のやつらが暴走して、そのまま混戦になだれ込むかもしれません」
「……そうか」
「無数の武装ゾンビを相手になんも準備してない今は、みんなを守りきれる自信がないんです」
「――」
苦渋した表情で佐山さんがなにか話そうとした言葉を飲み込んだ。
せっかく相手から話し合いを申し出てくれたことだから、ここはそのゆとりに乗っかって、ドラウグルがなにを考え、なにをしようとするかを調べておいたほうがいいじゃないかと心の中でそう思った。
「……あのぅ、俺たち異世界組はもちろん行きますけど、みなさんはどうします?」
「もちろん行かせてもらう」
ドラウグル野郎が話し合いたいのは俺だと思う。ただ佐山さんたちが動こうとしたので、一応は確認してみた。
協議の末に白川さんに渡部さん、佐山さんの三人はおなじみの顔。ほかに市の職員や政府の担当者を含め、この場に交渉で出てきたのは二十人にもなった。
「ぞろぞろと出てきてもらっては悪いが、用事があるのはあの人間だけだ」
ぞろぞろと現れた俺たちを見て、ドラウグル野郎が苦笑をみせた表情で俺へ指さした。なんとなくわかってたことだ、これは指名制で選択肢は与えられてない。
「阿智。なぜ貴様がここにいる」
「おや? これは久しぶりですね、佐山隊長。それに市役所でお会いした渡部さんもいるね。
ああ、細川部長にはフェリスともども良くしてもらえたな」
「「……」」
「その節は皆様にお世話になりました……
――改めて自己紹介させてもらおう。
阿智流羽こと、本来はあなたたちで言うゾンビ、おれがドラウグルのアジルだ」
佐山さんの詰問にアジルというドラウグルは肩を竦めてから自己のことを名乗りあげた。
「エリスちゃん! まさかあなたも……」
「久しぶり、サキおねえさん。
阿智恵理栖の本名はフェリス。あなたたちが見破れなかったんだから、フェリスは謝らないよ」
「そんな……」
今にも泣きそうな顔をする沙希へ、非常に可愛らしい女子が自分も人間でないことをハッキリと告げた。
沙希を泣かすやつに罰を与えたい気持ちはある。
ただあの可愛いドラウグルのフェリスが言ったように、ドラウグルを見破れなかった人間側がまぬけだと、俺からすればそう思わざるを得なかった。
「さて。阿智という身分でここに暮らした短い時間は非常に愉快だったが、今日はその話をするために来たわけじゃない」
「「……」」
「自衛隊がおれたちに勝つことはない」
「なめるな、ゾンビが!
こっちはまだ負けたわけじゃない!」
「そう吠えるな、佐山さん。戦闘機なら飛ばないように部下を備えているぞ。護衛艦も昨日の晩に潰してやった」
今さらこいつがうそをつく必要性がない。こっちが復興に励んでる間、ドラウグル野郎は戦う準備をやってた。
「忠告しておくが、時間はお前たちの味方じゃないぞ。
お前たちが使うはずの兵器は、こっちが使うつもりで本州や北海道から運ばせてるからな」
「なんだとぉ……」
「ここでハッキリと言っておいてやる、負け犬どもは引っ込め。お前たちに用などない。
あの人間以外の発言は認めない」
ドラウグルから名指しされた俺はみんなからの色んな意味を込めた視線で見つめられ、少しだけ居心地の悪さを感じてきた。
「自然の摂理は力こそがすべてというのなら、おれたちと戦えるあの人間以外、お前たちがほざく戯言を聞くつもりがなければ、交渉する気もない」
体を震わせる佐山さんと白川さんがドラウグル野郎を睨みつける。
「それでも言いたいことがあるのなら、いいだろう……
——ここでおれたちを倒せるだけの力をすぐに示せ!
やれっ!」
ドラウグルの後ろに立つフェリスを含め、女ドラウグルたちが一斉に火炎魔法を起動させて、手のひらに魔法で作った火の玉を発現させた。
単純明快にして説得力抜群のやり方、力こそがすべてだ。
なにしろ口出しができないから、これで白川さんや佐山さんたちが練ろうとする策謀が封じ込められた。
「人間、語ろうか」
「ああ、わかったよ。ドラウグル野郎」
空へ打ち上げられていく火炎魔法を背にするドラウグル野郎。こいつがなにを話したいのかはまったく読めていない。
でも拠点を守るために、ここはやつの話をしっかりと聞いておくべき。
お互いを高め合える宿敵なら、本来は名を覚えてやってもいい。だがこいつとは思想がまったく異なる、お互いに別の生き物だ。
名前を知っていても呼んでやるつもりなど、俺にはない。
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