72話 都市に迫りくるはゾンビの大軍だ
「輝ぅ!」
人目をはばからずに抱きついてくる沙希。
彼女と再会したのは徳島城の西側にある元小学校のグランド。市内の至るところでは砲撃による火災が起きているので、逃げまとう人々を連れて、徳島城へ避難してきたのが先ほどのことだそうだ。
「無事でよかった、沙希」
「うん。ゴーレム車が頑丈だったから大丈夫」
愛しき君だけど、この剛力だけはどうにかしてほしい。
「芦田君」
「芦田さん!」
声をかけてきたのは汚れた服の佐山さんとやつれ顔の渡部さん。
「二人とも無事でよかったです」
「和歌山のほうはどうだった?」
「撃退しました。
ですが前川3等陸佐が殉職されました」
「そうか、前川は――いや、いい」
前川さんが戦死されたときの様子とか、和歌山での戦況とか、佐山さんは色々と聞きたかったかもしれない。だけど今は大変なときだから、空気の読める佐山さんは話しかけた言葉を飲み込んだ。
「芦田さん! 市長を助けてください!」
「――」
不穏なことを言い出す渡部さんに、俺は親しんでるおじいさんが死んだかと一瞬に思った。
「市役所に立てこもって、こちらへ避難しに来ないんです!」
「わかった。後で説得しに行く」
あのおじいさんのことだ、そこで市民の礎になろうと踏ん張るつもりだろう。だけど戦えない人がそれをしても、賀島さんの決意には悪いがただの犬死だ。市役所からさっさと連れ出すほかない。
「白川さんたちはどうしました? 小谷さんと熊谷さんたちは?」
「白川と熊谷さんたちは城内へ避難した人たちの秩序維持に尽力してます。
小谷さんは大怪我を負いましたが、一命取り留めてますので今は三好さんが看病してます」
「そっか。生きていればなんとでもなる」
――今にすべきことをパッと決めよう。
城内各所に残ってる生存者を避難させること。これは地域でも絶大な人気のセラフィと運転できる沙希たちに任す。
市長たちを市役所から連れ出すこと。この件は強引なグレースと渡部さんに任す。
静かになった戦場で前線を見てくること。これは俺と佐山さんが橋にある監視塔で見てくる。
「沙希、あと30台のゴーレム車を出すから、セラフィと市内で生存者を探し出して乗せてくれ」
「え? グランドに――」
「あれはそのまま避難所で使う。
――セラフィ、頼んだよ」
「はい、ひかる様」
ゴーレム車には防壁の機能が付いてるから、そのまま緊急時の避難所に転用できる。どれくらい生存者を乗せられるかは運に任すしかないとしても、一緒にこの地でともに生活してきた人たちだ、助けられる限り助けてあげたい。
「渡部さん。市役所に行って頑固なおじいさんを連れて来てください。
――グレース、お前も同行してくれ。おじいさんが嫌がってるなら、失神させてもいいから連れて帰ってきて。でも手加減はしろよ?」
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
「わかった。任せて」
両手で口元を覆う渡部さんが泣き出した。鬼の渡部さんが流す涙が拝めただけでも、おじいさんを助ける価値があるというものだ。
「佐山さん、俺と一緒に来てください。
砲撃が止んでからしばらく経つんですけど、この静けさは不気味です」
「わかった。一緒に行こう」
確かに俺には異世界で戦闘の経験がある。
だがこういう大規模な戦闘になると後方にいてばかりの俺では経験不足だし、そもそも大学生だった俺に現代戦の知識なんてあるわけがない。こういうのは軍事を職業とする佐山さんが判断してくれるとありがたい。
「セラフィ、グレース、無線機を携帯しとけ。状況に変化があったらすぐに知らせる」
「わかったわ」
「……」
セラフィは返事しない代わりに5回もトレイを回転させた。メイドが戦闘モードに切り替えて、やる気まんまんなのはよくわかった。
「気を付けてね、輝」
「あいよ、沙希」
軽く口づけを交わす俺と沙希。いつかは彼女と一緒にスローライフを過ごしたいから、ここが頑張るときだ。
30台のゴーレム車は小学校のグラウンドに出しておいた。見送ってくれる沙希とキスを交わした後、俺と佐山さんはかちどき橋にある監視塔へ走った。
塔に上った俺たちは暗視装置で川の向こうの様子を覗いてみたが、さすがは自衛隊の装備品、夜が明ける前の大地に無数のうごめく物体が目に飛び込んでくる。
「……」
「武装したゾンビの軍団ですね。
弓や槍を持つ足軽だ、これはヤバいわ」
驚きが過ぎると却って冷静になるみたいで、息を大きく吸いたくなるものが目に飛び込む。
道路をゆっくりと進んでくるのはブリーチングタワー、いわゆる攻城塔だ。
「えっと……佐山隊長さん。
無反動砲とか、迫撃砲とか、今からくるものを一発で壊せるものって、ないんですかね」
「……重火器はほとんど砲撃で失われたか、移動させる手段がないために放置してきた。
今すぐは無理だ」
「航空自衛隊の支援は?」
「徳島空港は君も知ってる通りゾンビに抑えられてる。
高松空港に連絡を入れたが、投石攻撃を受けてる最中で飛ばせない」
きっちりとこっちの攻撃手段を抑えてた。しかも市内には市民がいるので、爆撃するならその人たちを巻き込む覚悟が必要だ。
「水鉄砲を使ってないみたいですけど、どうしてですか?」
「ポンプごと狙われたんだよ。
あいつらはなぜかこっちが設置した場所を知ってたんだ」
「もういっそのこと、橋を落としちゃってもいいんですか?」
「できるならすぐにやってほしい。芦田君はできるのか?」
「ごめんなさい!
橋は頑丈に作られてるから、爆発魔法を持つグレースでも苦労します」
これはとてもマズいことになった。
鋼板防壁を設置したのはいいが、まさか敵がそれを越えられるような昔ながらの攻城塔を持ってくるとは思いもしなかった。
しかも、パッと見ただけで数十の攻城塔がのそのそと近付いてくる。
『こちら佐古大橋橋監視塔。攻城塔が接近中』
『こちら新町橋監視塔。こちらも攻城塔発見』
『両国橋監視塔より報告、敵の攻城塔が見えました』
次々と入ってくる嫌な情報。砲撃の後に一斉攻撃を仕掛けてくるとは、ゾンビも中々どうして、大したものだ。
「セラフィ、グレース。聞いてたら返事して」
『聞こえてます。ひかる様』
『なあに? ヤりたくなったの?』
こんなときでも呑気なことを聞いてくるグレースが本当に俺のお気に入りだ。沙希には悪いと心の中であやまりつつ、この戦いが済んだら、腰が抜けるほどグレースとヤってやる。
「とにかく今の作業を急いでくれ。
しばらくは俺が支えるから、お前たちの力を借りたい。
新町橋で待ってるぜ」
『はい、わかりました』
『わかったわ。あとでね』
セラフィの横で沙希がなにか喚いてるのが聞こえた。でも今は彼女に返事してあげることができない。
「佐山さん。監視塔にいる隊員たちを全部城内まで引きあげさせてください」
「いや、それは聞けない相談だ。我わ――」
「佐山隊長。これは相応の武器を持たない人間じゃやれない戦いです」
「……」
「化け物同士がぶつかり合う場にいたら、部下たちが全滅しちゃいますよ?
それでもいるというのなら、俺は反対はしません」
ハッキリ言って、現況では人を守りつつゾンビ軍団に勝てる見込みなんてない。
だが硬直する戦局ならなんとかもっていけそうで、ここに敵の親玉を引っ張り出すことが先決だ。
もちろんのこと、海から上がってくるゾンビは無視。見たどころ、これから来るゾンビに比べて、船に乗ってるゾンビはそれほど数があるわけじゃない。
鳴門市方面にいる人々のことは考えない。徳島城に立てこもる人たちと生き残ることしか、今の俺には思いつかない。
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