62話 因縁は予想外の形で決着がついた
燃料に限りがあるので、海上自衛隊が艦艇を動かす場合は作戦ごとに給油計画があるらしい。
高松市の沖合に停泊中の護衛艦は高松港で給油を受ける予定があるため、すぐに移動はできないと雑賀のじいさんが苦悩する声で告げてくれた。
和歌山市が襲撃を受けている中、航空自衛隊のほうは和歌山市付近での爆撃が市民に被害を与えないかと懸念し、高松市の防衛を兼ねてる今は待機状態にあるという。
徳島空港から飛び立った攻撃ヘリコプターが和歌山市の上空で正体不明の火炎射撃によって撃墜されてしまい、今のところは増援を控えてるみたいだ。
自衛隊のほうはゾンビによる一連の攻撃により、各地にある部隊へ警戒するように命令を発し、和歌山市へは市民の避難を目的に海上自衛隊の輸送艦へ陸上自衛隊が派遣した2個大隊を乗り込ませた。
国民を避難させたのち、和歌山市を放棄しても致し方ないと政府がはっきりと見解を示した。
以上の情報はゴーレムクルーザーの中で雑賀のじいさんから教えてもらった。
「まどろっこしいことするゾンビね」
「意図がわからんから対策の打ちようがない」
俺たち異世界帰り組はグレースが操船するゴーレムクルーザーに乗って、夜の海面を高速で突き進む。
やつらは俺を狙っていることはしっかりと理解できた、ただそのやり方が判明しない。これだけのゾンビを動員したことだ、一気にかかってこられたら俺も対処できなくなってしまう。
量による飽和攻撃はもっとも恐ろしい攻撃手段の一つ、異世界で言うと迷宮暴走がそれに該当する。
「本当ね。魔王軍なら人間撲滅をやっちゃうところをゾンビはただ集結させてただけだもんね」
「いや、それはちゃんと効果があったんだよ。
現に高松市にいる自衛隊さんは拘束されて部隊が動けないんだよ」
「ふーん……
妙に人間臭いゾンビだこと」
まったくもってグレースの言う通りだ。
ゾンビならゾンビらしく数で押し寄せるのが定番だと俺は思ってた。
異世界でもそうやって魔王軍に所属した不死王が率いるゾンビの軍団によって、国民がゾンビにされてしまい、滅ぼされてしまった帝国の例があった。
「もうすぐつくわ」
「わかった」
電気がない夜は真っ暗であるはずなのに、遠方に見える和歌山市は夜闇の中で燃える炎が灯台代わりになっている。
アースドラゴンの鱗で使ったドラゴンアーマーは頑丈の上に動きやすいため、異世界では俺の標準装備だった。ただ銀色に輝くこのドラゴンの鎧は見た目がとても派手だ。
美術館で展示されてるような代物だし、魔法に対する耐性が高いため、こっちでは使い道がないだろうと死蔵してた。
だが魔法が使えるドラウグルが相手なら活用できるかもしれないと考えた俺は、久しぶりに派手で高い防御力の鎧を身に着けた。
「芦田です。状況はどうなってます?」
「あんたが芦田か、話は聞いてる。
来てもらってすぐですまないが輸送艦が先ほど出発したので、避難用の船を貸してもらえないか?」
避難する市民で混雑する築島に到着して、岸壁で出迎えてくれたのは海上自衛隊の自衛官だ。
「わかりました。出す数はどうしますか?」
「前にその船の運転講習を受けた隊員が36人ほどいる。その数でお願いしたい」
前方に渡し板がついてるゴーレム船は、以前に自衛隊からの希望でふ頭でも乗り入れができるように、船の横に観音開きする扉を取りつけた改造型を作っておいた。避難用に貸与するゴーレム船はこっちのほうだ。
岸壁に横付けされたゴーレム船へ避難する人々が次々と乗り込んでいき、並んでいる人群れの中で懐かしい顔を見つけた。
「谷口! なんでお前がここにいるんだ」
「――げっ、芦田……」
大阪市役所で俺たちをハメたヒャッハーな野郎は、記憶にあったサラサラした金髪ではなく、黒い髪の普通なお兄さんになっている。
「ここでなにしてんだお前」
「――いてえなあ、放せよ」
「おい、やめろよ」
「んだよおめえ!」
役所で受けた屈辱感を思い出し、すぐに谷口の手を強く掴んだ。
俺と谷口の隣に割り込もうとしている二人は谷口の護衛役を務めた者だったはず。こいつら三人は和歌山でなんの悪事を働いてたかを吐かせてやるつもりだ。
「どうしました? うちの加藤くんがなにかしましたか?」
十数人の人が寄ってきて、そのうちに上品そうな婦人が谷口の隣に立つ。
「社長……なんでもないんです。
大阪にいたときの知り合いで、ちょっとお金を借りてただけなんです」
「はあ? お前――」
「加藤くんが借りたお金なら私が立て替えしますから、手を放してやってください」
ここにいる人たちがなぜか俺を責めてるような目で見つめるものだから、ひとまずやつの手を放してやった。
「芦田。お前に借りたものは俺がちゃんと返すから、今は見逃してくれ。
ゾンビが攻めてきてるんだよ、すぐに逃げなくちゃならない」
「いや、それより――」
「そこのあなた。どこのだれかは存じませんが、加藤くんたちは大阪がゾンビに襲われたときにここ和歌山へ逃げてきた身寄りのない人なんです。
今はうちの会社でよく頑張ってくれてる社員だから、あなたに借金があるのなら、社長の私が面倒をみましょう」
「いや、社長。これは――」
「加藤くんは黙っていなさい。
お金なら仕事で頑張ってくれたらいいの」
俺抜きで違う話へ発展してしまったみたいだ。
正直なところ、谷口のやり方にはムカついてたが、なにも悪い方向に働いたわけじゃなかった。
やつがいなければ俺たちは未だに大阪城にいるかもしれない。そうなると徳島市へ行くことがなく、沙希たちと出会わない可能性があった。
谷口のことで上品な婦人さんがムキになってるところをみると、谷口たちに騙されてるかもしれないが、やつらはこっちへ来てからそれなりに頑張ってたのかもしれない。
俺は異世界帰りでチートは持ってるが、世の中を見通せる千里眼など持ち合わせていない。大阪城拠点では因縁があったけど、谷口がここでどう生きてきたかは知る術もなく、その前にこいつのことなど俺にはもうどうでもいい話だ。
それにゾンビに襲撃された大阪から脱出できたのなら、谷口たちは生きていく運を持っているということだろう。
いずれにしても今のこいつがやってることは俺に被害があるわけではないし、ドラウグル野郎と比べたら、谷口なんていつでもやれる相手。和歌山市がゾンビに襲われてる今、こいつに構ってる暇がない。
ただこのまま見逃すのも癪だから、一言くらい脅かしてやろう。
「たに――加藤っ!」
「……なんだよ、芦田」
「前にやらかしたことは貸しにしといてやる。
次に俺となにかあったら容赦するつもりはないから、よく覚えておけ」
「んだとおらあ、やんのかこらあ」
「……よせ、佐々木」
後ろにいる護衛役だった若者が俺を威嚇してるけど、谷口のほうが抑えつけてる。
「それはそうとヤバいゾンビがきてるんだ。
とっととここから逃げちまえ」
「はあ?」
あっけをとられた谷口の表情がアホ面になってる。
「ちょっとあなた――」
「すいません。俺たちは急いでるんで、これで失礼します」
谷口とはもう関わるつもりがないので、小林知事と有川市長がいる県庁へ急ぐとしよう。
「ゾンビが来る前に早く乗れ!」
走り去る俺の後ろで海上自衛隊の自衛官が避難する人たちの乗船を催促してる。
市内がどういう状況であるかは確認してみないとわからないが、せっかく小林さんと有川さんの努力で和歌山市に住んでる人たちが生き延びてきたのだから、一人でも多くここから逃げ出してほしい。
谷口はここで退場します。
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