61話 ドラウグルが採ったのは人質作戦だった
グレースがゴーレムクルーザーを飛ばしてくれたので、1時間以上はかかったが高松港へ着くことができた。
「小僧! こっちだ」
「おう、じいさん、セラフィ」
「お疲れさまです、ひかる様」
港に着いた俺たちは海上自衛隊の自衛官に案内されて、元競輪場の駐車場までやってきた。そこで出迎えてくれたのが雑賀のじいさんとセラフィだった。
辺りに配備を急ぐ自衛官たちが走り回り、各種の火砲が高松市の東側と南側へ砲口を向けている。
装輪自走りゅう弾砲や重迫撃砲が並べられ、バリケードに設置された門の前には、戦車と装甲戦闘車が出撃の命令を待っているようだ。
俺が製作した鎧を着用する自衛官たちが隊列を組んで、みなが緊張した面持ちで銃を握ってる。
「じいさん、今はどうなってる?」
「人質を取られてるのじゃ」
「はあ?」
思わずクソじじいの額に手を当てて熱を測ってやりたくなった。こんな緊急時にゾンビが人質を取るとはなんの冗談だ。
「これを見てください」
横から若手の自衛官さんがモバイルモニターをみせるようにさし出してくれた。モニターを覗き込んでみたら、ゾンビが人をガッチリと羽交い絞めにしてる場面がそこに映ってた。
「なにこれ?」
「わしが聞きたいわ。
お前さん、なにか知らんか?」
「ゾンビが人質を取るなんて、こんなの初めて見たよ」
世の中には不思議なことがいっぱいあるけど、今回は不思議で済ませられるほど単純じゃないと俺は思う。
意図的でなければこれは説明がつかないし、こんなことをゾンビにやらせられるのはやはりドラウグルしかいない。問題はなんのためだということだ。
「じいさん、人質を助けないのか?」
「無理じゃ。近付こうと思ったらやつらは人質を噛みつこうとするし、頭だけを狙わせようとしてもやつらは常に動き回るから狙いが定まらないのじゃ」
「なんでこうなったわけ?」
「君ぃ、説明してやんなさい」
「はっ――それでは小官から説明させて頂きます」
モバイルモニターを持ったままの自衛官がこれまでの経緯を聞かせてくれた。
事の発端は午前中に高松空港の付近で、動物型ゾンビが出たことから始まった。
数こそ少なかったものの、執拗に空港で働く人たちを脅かそうとする動物型ゾンビが数を増やした。
そのことに怯えた空港の従業員からの救援を受けて、まずは県警のほうが先に空港へ部隊を派遣された。
機動隊が途中まで行ったところ、数多くのゾンビが山中から姿を見せた。
政府から高松空港にいるすべての市民に対して、直ちに避難命令が出された。それに合わせて、高松自動車道を防御ラインとする検問所へ自衛隊の連隊に出動命令が下された。
正午過ぎに高松空港に勤務する人たち、それに高松自動車道より南側の畑で農作業する従事者や建築工事に携わる作業員が検問所を通ったときのことだった。
石清尾山塊から数千体のゾンビが湧き出したかのように現れて、撤退する人々になだれ込み、付近にいた人々から人質を取ったり、追い払ったりしたらしい。
検問所の扉は閉じられることがなく、南側より押し寄せるゾンビの群れが先の集団と合流を果たした。
人質が捕らえられたまま、ゾンビたちは緩やかの進行速度で重要防御ラインである高松北バイパスへ到達したという。
「ゾンビはなにがしたいんだ?」
「……小官にもわかりかねます」
「これこれ。
そいつはわしの部下でゾンビじゃないから、詰問してもあやつはわかるまいに」
雑賀のじいさんが正論を言ってるのはわかるが納得はできない。
「山の中にいたって言うけど、それまでにゾンビはいなかったわけ?」
「は、はい。石清尾山塊は高松市奪還後に何度も偵察したのですが、ゾンビが発見されることはありませんでした」
自衛官の表情を覗き込んでみた。
とてもうそをついてるとは思えなかったし、こんな緊急時に自衛隊が俺に虚報を与えるメリットもデメリットも思いつかない。
その情報が本当というのなら、ゾンビたちはずっと前から山の中にいて、なんらかの方法を用いて身を隠し続けてきたということになる。
――こんな手を込んだマネして、人質を取ってまで襲撃するのがなんのために? ゾンビらしく一気に押し寄せたほうが早くはないか?
「じいさん、どうするつもりです?」
「うーむ……人質が多いからのう、発砲許可は難しいのじゃ。
そこでだれかが様子を見てきてくれるとありがとうかのう」
チラ見してくるクソじじい、はっきり言って気色悪い。
でも防御ラインに自衛隊たちスペシャリストがいるにもかかわらず、雑賀のじいさんが俺に依頼してくるということは、ゾンビの異常な行動に俺がなんらかの関連性を持つと疑ってる証拠だ。
「わかった。行ってみます」
「そうか、頼むぞ」
なぜドラウグルが俺に絡んでくるかは理解できないけれど、いい加減にしてほしいと叫んでやりたい。
「あら、お久しぶりね」
交差点にある検問所の前で淡路島で衝突しかけた女ドラウグルと再会した。
「いい加減にしろよ! てめえらはなにがしたいんだよ」
思ってたことをすぐに実行した。
「随分なごあいさつね。せっかく交渉してあげようと思ったのに」
「はあ?」
周りにいる自衛官や警官たちが不審な目で、俺とマリアというドラウグルを見てくる。
「いいわ。穏便に済ませようとしたけれど……
お前が望んだことだ、戦いましょうか!」
ドラウグルと後ろにいるドラウグルたちが両手に炎を点した。
ドラウグルが起動させた魔法に反応したかのように、グレースは嬉しそうな顔で火の玉を作り出し、セラフィのほうはくるくるとトレイを回し始める。
いきなりだけど、敵とエンカウントした。
自衛官や警官たちはポカンとしたご様子。
彼らはあっけを取られたままただ見つめているだけで動かないし、ゾンビが捕まえてる人質へ噛みつく体勢に入った。このままだとドラウグルたちは殲滅できるかもしれないが、犠牲があまりにも大きすぎる。
「――待てえええっ!」
マリアというドラウグルは好戦的過ぎたようで、俺の判断が悪かったと反省するしかない。
「なに? ヤるんじゃなかったの?」
「すいません……
交渉するので、内容を教えてください」
俺があっさりと完敗と認めたため、マリアは起動中の魔法を霧散させたかのように両手を振り払った。
「簡単よ、わたしらはこれから撤退するわ。
人間に攻撃されたらたまらないからあなたが見送ってちょうだい」
「はあ?」
もうはやわけわからんとしか言いようがない。
これだけ手の込んだ攻撃を仕掛けておいて、あっさりと退くとはなにを考えているだか、俺にはドラウグルの思考が読めやしない。
高松空港一帯の山中にはゾンビがうごめいてるようで、林の中から隠そうとしない姿が見て取れる。
「見送ってくれてありがとう。
――そこの人間。砲撃でも空爆でもしたかったら好きにやってちょうだいね。
そうしたらここに一帯にいる10万の同類で高松市へ攻め上がるわ」
悠然とした姿勢のマリアがここまで連れてきたすべての人質を解放させた。俺にどう解釈すればいいかがわからないあいさつをくれてから、マリアは強い口調で後ろにいる連隊長へ警告を発した。
ゾンビの攻撃に備えて、すでに海上自衛は主な艦艇を高松市の沖合へ移動させ、、陸上自衛隊の主力は海上輸送で高松港に集結しつつある。
元高知空港を転用した航空自衛隊の高知基地からは、近接航空支援の飛行隊が発進待ちのようだ。
そういった高松市で築かれつつある防衛体制のおおまかな情報を、雑賀のじいさんは連隊長との無線を通して俺に教えてくれてた。
「わたしらに手を出したらすなわちここでの戦争よ。
仕掛けて来ないなら見逃してもいいわ」
去ろうとするマリアは穏やかではない宣告を残した。
通称高松城と呼ばれる市の周囲を取り囲む防壁工事に俺も手伝ってた。
今日みたいに人質を取るという奇策がなければ、今市内にいる自衛隊の兵力なら、10万のゾンビが襲いかかってきてもしばらくは持ちこたえられる。
それに奇襲の要因となった石清尾山塊の現況は、周りを封鎖してから陸上自衛隊が大掛かりの偵察活動を行い、多くの洞窟が発見されたと報告が来てる。
辺りが薄暗くなった夕暮れ時、ゾンビに対する備えは万全のはず。それなのに胸騒ぎが止まらない。
「――芦田君! 和歌山市へ砲撃を含むゾンビの攻勢が始まってる!
雑賀大臣から支援に行ってほしいと無線が入った」
連隊長からの塩辛い声に、俺は山のほうへ遠ざかって行くマリアに目をやる。
振り返った彼女はヴィヴィアンとよく似た笑顔を俺に見せつけた。
「そういうこと。
じゃな、おバカ勇者」
――やられた。
夜はゾンビが支配する世界。
ドラウグルの狙いは自衛隊と俺を四国の東側から引き剥がすことだったのか。
マリアというドラウグルに手をかければ、10万はいるゾンビを相手にするということになる。政府の首脳部が集まり、皇居がある高松市は今や政府にとって最重要な都市となっている。
ゾンビの脅威に備えなければならない自衛隊は、たぶんここから動けないじゃないかなと、俺は数機の攻撃ヘリコプターが飛び交う空を見上げた。
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