60話 決闘の舞台は野球場だった
市営野球場の内野スタンドを見上げると、右側には無線連絡で駆けつけてきた自衛隊の中隊が武装したまま、静かにこっちを見下ろす。
内野スタンドの左側にはゾンビを従えたヴィヴィアンが寒い風が吹いてるにもかかわらず、やたらとお肌を見せつけるような色っぽい艶姿で優雅に座っている。
グレースといえばホームベースのところでゲームで楽しんでる。
セカンドベースに立つ俺から見ると、太陽の光できらめく金属製のプレートアーマーを着込み、剣や槍などの武器を持つゾンビたちが決闘に備えて、野球場の外野で静かに佇んでいる。
相手するのはドラウグルではなく、武装化した一般的なゾンビだ。
「なあ、これだけの武器や装備はどうやって準備したんだよ」
どうせ教えてくれないだとうが、駄目元でヴィヴィアンに聞いてみた。
「簡単よ。こうすれば武器ができるわ」
ヴィヴィアンは隣にいる護衛のゾンビから鉄パイプを取り上げると、驚いたことに彼女は魔力を使って、鉄パイプをインゴットに変えさせた。
インゴットに魔力を流した彼女は少し時間がかかったものの、この場でショートソードを作製してみせた。
「魔法が使えるあなたならわかるのよね」
「……ああ、そうだな」
出来上がったショートソードを隣のゾンビに武装させるヴィヴィアンに俺はうそをついた。
あれは魔法じゃなくてスキル、今にヴィヴィアンがみせた技は異世界にいるドワーフが得意とする鍛冶術。
なぜ身に着けることができたかはわからないが、ヴィヴィアンたちドラウグルがその技能を持っている。
ヴィヴィアンの行動に内野スタンドの右側がざわめいてる。視線を向けると自衛隊の人がだれかに連絡しているようだ。
昨日の夜に雑賀のじいさんと連絡した。
今治市に居座るゾンビを追っ払ってほしいこと。
無線を使用することを含め、ゾンビが所有する技をできるだけ明らかにしてほしいこと。
その二つのことが追加ミッションとして、雑賀のじいさんから依頼された。
勝利を得るのはこれからすればいいことで、能力を明かすというサブミッションはこれで達成できたはずだ。
「……お前ら、化け物だな」
「貴方に言われる覚えはないわ、バカ勇者様」
戦闘スキルならともかく、俺が知ってるドラウグルは生産系のスキルなんて持っていなかった。
こいつらは材料さえあれば、即席で近くにいるゾンビを武装化することができる。服従する武装ゾンビを従えるドラウグル、これは脅威と考えたほうが正解なんだろう。
そろそろ正午になるので、微笑んでいるヴィヴィアンが手を挙げた。それに合わすかのように、鎧姿のゾンビたちが一斉に武器をかかげる。
最初は高出力型魔弾ガンですぐに終わらせてやろうと考えた。でも魔力が使えるヴィヴィアンの前で魔弾ガンの使用は控えたほうがいいだろうと思い直した。
それにゾンビが近接戦闘で挑んでくるというのなら、ヴィヴィアンの趣味に合わせてやってもいいと、俺はハルバートに持ち替えた。
こいつらはヒャッハーさんたちと違って、正々堂々と真っ向から勝負に出た。それなら対等ではないとしても、同じ近接用の武器で応えてやるのが騎士道にもとるというものだ。
――もっとも、俺は騎士なんかじゃないけどな。
「かかりなさいっ!」
正午となり、ヴィヴィアンの掛け声で物を言わぬ武装ゾンビたちが進み出て、きしむ金属音が野球場を鳴りひびく。
「っおっりゃあああああ!」
俺の振るうハルバートが飛び込んできた3体のゾンビを一斧両断にした。
「たりゃああっ!」
横から現れたゾンビが大剣を振り下ろし、紙一重で避けてみせた俺はハルバートを左斜め上へ払いあげる。
対魔王戦用のバリアはちゃんと作動させてるし、使ってるハルバートはミスリル製だから、魔力を流すことで攻撃力が強化される。
俺からすれば、ゾンビが着てるスチールアーマーなんてただの紙装甲にすぎない。せっかく武装化したのに、ここにいるゾンビたちは武運拙く、全員がただの犬死。
はっきり言って、この勝負は初めから俺の勝ちが約束させてるようなものだ。
「――これでえ、最後っとぉ」
縦に振り下ろすハルバートが、武器で防御しようとする鎧ゾンビを大剣ごと真っ二つにした。
所要した時間は20分足らず。
数を揃えたところで単純な動きしかできないゾンビなど、戦ったという手応えすら感じさせない。
左側内野スタンドにいるヴィヴィアンを見上げると、彼女は無線機でだれかと連絡しているようだ。
どのみち会話の内容は自衛隊が傍受してるので、俺に関わることがあったら、後で教えてもらえることを雑賀のじいさんと話がついてる。
「俺の勝ちでいいよな」
「ええ、そうよ。中々素敵だったわ、バカ勇者様。
これから同類たちと一緒に去るのだけれど、見送ってくださる?」
負けたことに悔しがるどころか、余裕な表情で微笑むヴィヴィアンの態度に、俺は不審感を覚えないわけではない。
だが今は浅川沿い防衛線の向こうで、制圧部隊である自衛隊の大隊が待機しているため、今治市の北部一帯で蟠拠するゾンビに立ち退いてもらうことが先決だ。
今治北インターまでヴィヴィアンに行くと、すでにゾンビたちはぞろぞろと橋を歩いてた。その上空で陸上自衛隊の攻撃ヘリコプターがゾンビの動きを監視するかのようにホバリング中。
「人間っ! わたしたちは約束通りここから去るわ。
――もし、ここで手を出したら、必ず復讐させてもらうからね!」
ヴィヴィアンは俺の背後にいる自衛隊の中隊へ、強い敵意を込めた叫び声をあげた。それを聞いた中隊長がすぐにだれかと無線で通話してるようだけど、それは俺が関知すべきことではない。
数万はいるゾンビが黙々としまなみ海道の車道へ上がっていき、こっちから見たらある意味では壮観な光景。
こいつらが本気で今治市へ襲いかかるようになれば、俺とグレースが頑張っても、苦戦することは避けられないのだろう。
「なあ、なんでこんなことするんだ。
俺との勝負なんて意味があったのか?」
「ええ、もちろんよ。それはすぐにわかることだわ」
妖艶な笑みを浮かべるヴィヴィアンの意味ありげな視線に、強い違和感を覚えずにはいられない。
――おかしい。こいつは初めから負けってわかりきってた。
それなのに俺と出会ってから、やたらと無駄なことに時間をかけて、最後は負けが決まってる勝負を挑んできた……時間?
「お前――」
「芦田さんっ! 高松市がゾンビの襲撃を受けてます!」
ヴィヴィアンの狙いにやっと気付いた俺が問いかけようとしたとき、後ろから分隊長さんの叫びが聞こえた。
「そういうこと。
じゃあね、おバカ勇者さん」
ドラウグルのヴィヴィアンはゾンビの群れに紛れて、その美しい姿を消した。
殺そうと思ったらやれないことはない。ただその場合は数万ものゾンビと長期戦が始まる。
今さらそういうくだらないことをやってもハッキリ言って無益な行為でしかない。
高松市への襲撃は初めから織り込み済みで、策に乗せられてしまった俺は、彼女が言ったようにマヌケなおバカさんのようだった。
滞空してた攻撃ヘリコプターが東のほうへ飛び去り、自衛官たちが大声で会話しながら後退していく中、いつも傍にいてくれる味方が隣にきた。
「ねえ、どうする?
腹いせにあの女を殺っておく? 意味はないけど」
「ああ、グレースの言う通り無意味だ。ドラウグルは役割を終わらせて、潔く舞台から降りた。
これ以上あいつのせいで足止めをされても困るから、ここは放っておこう」
収納した衛星電話を取り出す。案の定、雑賀のじいさんからの着歴がたくさんあった。
ゾンビたちが高松市を襲った理由など俺にはわからない。ただ俺を狙っての足止めまでしてきたからには、自分は無関係だとは言い切れないのだろう。
このまま放置したらなんだか後味が悪いので、まずは雑賀のじいさんと話し合ってみようと心に決める。
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