57話 変なゾンビたちは異常な行動をみせた
今治市にある浅川沿いに自衛隊が設置した頑丈なフェンスの前で、俺とここの警備に当たる分隊長が橋の向こうでチラチラと姿をみせるゾンビの行動に頭を悩ませてる。
「芦田さん……ゾンビマスターと呼ばれたあなたなら、あのチラ見の意味がわかるでしょうか?」
「えっとね。とりあえず俺はゾンビマスターじゃないですし、ゾンビがすることなんてわかるはずもありませんからねっ」
俺が納品したレザーアーマーは若い分隊長さんにとってサイズが合わないらしく、なんだか新人冒険者を見ている気分だ。
ここでの偵察は雑賀のじいさんから直接頼まれたもの。
なんでも本来なら空爆してしまえばいいものだが、市の北部にある湾岸部に造船所があるので、自治体としては確保したい要望が出されているらしい。
それにゾンビが往来するとはいえ、本州へ渡れる貴重な橋だから、政府のほうも誤爆することを恐れてか、ゾンビが多く集ってる橋付近へ爆撃する許可を出さない。
そこで三好市の山中で偵察してた俺とグレースに、雑賀のじいさんから見てこいという要請の連絡が入った。
「ねえねえ、完全に警戒されてるわよ」
「……そうみたいだな」
どういうわけかは知らないが、ゾンビたちは俺たち異世界帰り組と一般の人間を見分けられるようだった。
なぜかというと、俺とグレースが姿を現したときにやつらは体を隠すように建物へ逃げ込む。その後はイライラするくらいチラ見してくる。
「魔法を撃ってみる?」
「やめなさい」
そうでなくともファンタジーが大好きな分隊長がずっと期待に満ちた目で見つめてる。
なんでも俺たちが魔法が使えるという情報が自衛隊の中で通達されているそうで、ぜひメテオをみせてほしいと初対面の分隊長からせがまれた。
言わせてほしいことがある。
メテオなんて世界を破滅させられそうな魔法なんてあるはずもない。そもそも宇宙から天体を引き寄せる魔力を駆使するのは、魔神や人神でも無理だと俺は確信を持つ。
今のところ、ゾンビから今治市民を守るために市内から避難命令が出され、大部分の市民は高松市のほうへ後送された。
冬でも農作業や漁業に従事する市民たちは、防衛拠点となった今治城の近くに住居を構え、いつでも港から退去できるような体制が敷かれている。
「このままじゃ埒が明かない。見に行ってみようか」
「そうね。ここまでやる気のないゾンビなんて初めて見たわ」
「わ、我々も同行します」
勇ましいことを言うわりには腰が引けてる若い分隊長さん。
嫌そうな表情をみせる隊員たちが目に入らないようで、彼は勇ましく銃剣を強く握る。
せっかくショートソードを作ったのだから、それを使ってほしい気はする。だけど慣れない武器を使うのは却って危ないかもしれないから、俺は口には出して分隊長に言うつもりがない。
「いや、見てくるだけですからここは任せてほしい」
「そ、そうでありますか……
そ、それではお気をつけてください!」
明らかにホッとするような雰囲気をかもし出す隊員たちと敬礼する分隊長さん。対ゾンビ戦に慣れてる小谷隊と行動することが多かったため、このような初々しい反応を見るのはやたらと新鮮さを感じる。
「行こう、グレース」
「はいはい、行きましょうね」
重そうな金属の扉が開かれ、ゾンビと分隊員たちに見つめられる中、俺たちは川の向こうへ渡った。
野球場を通り過ぎた俺たちは、北の港へ向かって歩いてる。
多くのゾンビに囲まれてるのは視線を感じるだけでわかったけど、やつらがこっちに手を出すような動きはまったくといっていいほど見せていない。
「うわっ!」
「アーアーウー」
「こ――」
「ん? なあに?」
「……なんでもないよ」
グレースに脅された子供のゾンビが金属バットを投げ捨てて、どこかへ逃げた。
子供でもそいつはゾンビだから、本当なら殺したほうがいいのに、グレースにイジメられた構図となったために、思わず彼女を叱りつけたいという気にさせられた。
モンスターとの戦闘で、こんな変な気分になったことは初めてだ。
「ほら、好きな重機があるわよ」
「……いい。今日は偵察に徹するから拾わない」
広い道の左右に各種の重機が捨て置かれてた。これだけの数があるなら、重機として使うというよりは鉄のインゴットに変えたほうがいい。
ゾンビたちに見守られつつ、寒さを感じる風が吹かれて、のどかな風景が広がる道を、俺とグレースはまるで散歩するかのように危機が迫らない偵察を続ける。
山と山の間を抜けると、これから選ぶべき行く方向で迷ってしまう。
右手にあるのはしまなみ海道へ行く道で、数多のゾンビがいると分隊長から聞かされてるし、港のほうに造船所があるので、放置された有効利用ができる物資を回収したい思いはある。
でも明らかに誘っているような動きをみせるゾンビたちが気に喰わない。
「雨が降ってないのに踊ってるわね」
「あれは踊るというよりこっちをバカにしてるんだよ」
「そうかもね。
それにしてもここのゾンビって、本当に面白いわね」
傘をさすゾンビたちがこっちを見ながらこっけいに踊り、その足元で二足歩行するゾンビ犬たちは背中に開いた傘が括りつけられてる。
道が分岐する場所ではコンビニの制服を着たゾンビがこちらへ向かってお辞儀してくる。
「よし。左に行こう」
「なんで?」
「ほら、左手なら前方へ進んだらコンビニがあるって、看板が立てられてるじゃん。
コンビニに来いっていうなら、行ってみてやろうじゃないか」
ここのゾンビはこっちを攻撃する意欲があるようにはみえなかったから、それならば誘いに乗ってやってもいいと久しぶりに好奇心が湧いた。
それに意思を持たないゾンビがこういったふざけたマネをするのは、背後にだれかがいるとしか思えない。俺としてはその面を拝みたいという気になってしまった。
「イラッシャイマセ。ソレ、センエン」
カウンターにいるゾンビの前へ、とうに賞味期限がきれてしまったポテトチップスを置くと店員から千円を請求された。
ポテトチップスを退けてから棚から取ってきたコンドームを出してみる。
「イラッシャイマセ。ソレ、センエン」
なるほど、ここのコンビニは使えなくなったものがほとんどなのに、すべてが千円セールとなったというわけだ。
「センエンは高いわよ。せめて5百円にしてよ」
「……イラッシャイマセ。ソレ、センエン」
「いくよ、グレース。
そいつはそれしかしゃべれない」
ゾンビに値引きを要求するグレースもどうかとは思ったが、このゾンビ店員はだれかに教えられた言葉しか話せないのだろう。
値切り交渉するだけ無駄な時間を過ごしてしまう。
「――オトマリノヤド、ウミベノイエ」
ゴミしか残ってないコンビにいてもしかたないと店を出ようとしたとき、ゾンビ店員のほうから違う言葉がかけられた。
店員がウンターの上に置いた地図には海沿いの道に赤く塗りつぶした場所がある。
「オトマリノヤド、ウミベノイエ」
「ああ。教えてくれてありがとう」
どうやらだれかがそこで俺たちを待ってるらしいと直感が訴えてきた。
「じゃなは言わない。お別れの言葉はどうもだ」
買えるものはなかったのだけど、久しぶりに拠点以外で買い物気分になれたことを店員に感謝したい。
だから俺はコンビニを出る前にゾンビ店員へ手を振ってみせる。
「イラッシャイマセ。ソレ、センエン」
――今日は買えるものがないから、次に来るまでになにかほしいものを用意してくれたら、今度こそ買ってやるぜ。
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