56話 進攻する前の準備は必要不可欠だ
今回はドラウグルたちの視点です。
「最初のうちに運ばせておいて、正解だったわね」
「ああ。重いものは橋を渡るときに目立つから」
「カッサンドラからの装備はもう行き渡ってるってわけ?」
「問題ない。橋を渡ってる同類に持たせているのは鉄パイプ槍などのダミーだ」
「ふふふ。本命は浜から荷揚げするってことね」
「ウチが使う分はもう受け取ってるの。
ここにある分はヴィヴィアンに使ってもらう分だ」
星々が輝く夜空の下、メリッサとヴィヴィアンは今治市の北にある浜辺で、屋根付きの船を漕いできたゾンビたちの荷下ろしを見つめてる。
四国へ渡れる橋が人間たちによって監視されてることは彼女たちがとっくに把握済みで、人間の攻撃を誘発させようと、高松市の南方にある山中で見せびらかすように同類を徘徊させた。
案の定、人間からは火砲の射撃と航空機による爆撃を受け、数千体の同類が消滅させられた。
「作戦に参加する同類たちは大丈夫なの?」
「掘らせた洞窟で隠れてるから人間に見つかることはない。
高知市の北部と丸亀市の南部の山で派手な動きをさせてる同類がいる。人間にこっちの作戦は見破れないはずよ」
「そうなの。アジル様がメリッサを褒めるだけはあるのね、さすがよ」
「同類たちを使っての大規模な作戦はこれが初めて。
ウチはどこまでやれるかはわからないけど、人間に思い知らせてやるにはちょうどいい機会だ」
「そうね。いつまでも水鉄砲だけでやれるなんて、人間にナメられるのも癪ね」
淡々と話すメリッサに目をやり、ヴィヴィアンは腰にかけてある無線機を手で弄んでる。彼女が訓練した偵察ゾンビは山中や放置された建物から、人間の動きを逐一監視し続けている。
「ところでヴィヴィアン。人間の勇者はどうした?」
「ええ。あの人間なら住んでいるところから出たわ」
「ヴィヴィアンはあの人間のことを暗号の勇者で呼ばないのね」
「同類を海へ放り込んだし、多くの同類があの人間の手で消滅させられたのよ?
あんなやつ、勇者なものですか。魔王そのものじゃないの」
「そうね。でも勇者は無線での呼び名だからそれは徹底して」
「はいはい」
「ヴィヴィアン。ちょっとの間でいいから、あいつをここで貼りつけさせるために適当に暴れてやって。それとできればあいつの力が知りたい。
ウチはその間に高松での次の手を打つ」
「わたしのやり方でいいのね?」
ヴィヴィアンの少し笑った顔が気になったものの、メリッサはわずかに首を傾げる仕草をみせただけで追及しようとは考えなかった。
「ええ、いいわ。それとあの人間の能力はできるだけ観察して、情報を無線で連絡してほしい。
アジル様が手を下す前にあの人間の力を暴きたい」
「無線が傍受されてもいいのね」
「うん、盛大にやっちゃって。
同類たちが無線を使用できるってことだけでも人間たちに対する攪乱になれるはずよ」
「そう、わかったわ」
振り返りもせず、見送るヴィヴィアンを背にメリッサは浜辺から離れていく。長い準備期間を経て、アジルが四国に潜ませたハーレムメンバーが明確な行動に打って出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
和歌山市北部の山にある大学の近くで、住宅街の中をうろついていたゾンビの頭上へ、空から通っていく戦闘機から投下された航空爆弾が降り注ぐ。
そこにいたゾンビたちは、なんの抵抗もできないまま焼き払われた。
「おーおー。爆撃って、やっぱ中々迫力があるな」
「無駄に同類を消耗させっちゃって、なにすました顔してんのよ」
「そう言うなって。
人間たちがどう出るかを知りたかったんだよ」
駅の向かい側にある崖の上から、爆撃の光景を眺めているライオットへアリシアが呆れたように責めてる。だがライオットのほうはいっこうに気にするようなそぶりをみせない。
「これでボクの指令が正解だってことがよくわかっただろ?
コンクリート造の建築物なら耐えられそうだが、木造建築物というところに同類を潜ませてはダメだ」
「あきれたわ。
そんな当たり前のことを試すために同類を使ったのね」
「ん? あははは、当たり前か……そうかもな」
「もういいわよ。
――それにしてもいい趣味ね」
アリシアはライオットの後ろで控えるゾンビを一瞥した。
煌びやかな金属鎧を着込んでるゾンビたちの手には槍や斧が握られてる。
アリシアにはライオットの考えることに興味は持ってないものの、宝石や黄金で鎧を飾ったら、さぞかし美しい親衛隊ができあがるだろうと彼女は心からそう思った。
「カッサンドラに拝み倒して作らせたからな。
――言っとくけど、これはやらねえぞ」
「……いらないわよ」
アリシアの考えを見透かしてか、ライオットは釘を刺すようにきつめの口調で警告した。
「攻撃位置につかせてるから、後はメリッサ待ちだ。
あいつからの合図がきたら、こっちも仕掛けてやる」
「……楽しそうね」
「ああ?」
「こういうときのあなたって、戦ってるときのアジルみたいに楽しそうって言ったのよ」
「ほう……」
アリシアの言葉が理解できず、ライオットはしばらくの間に目を閉じてなにかを考えていた。
「……そうかもな。前に大阪城を攻めたときも楽しかった。
人間を同類にするのがボクらの本能なら、戦うことこそがボクの生き甲斐かもしれないな」
「アジルと一緒、バッカみたい」
「石っころや金属に執着するお前には言われたくねえぜ。
――まあいい。ちゃんと手伝ってくれたら宝石や金の延べ棒をくれてやってもいいぜ」
「それは楽しみだわ」
人間たちの戦闘機は遠くへ飛び去った。
「位置につけ。今日も派手に踊ってやれ」
指示を待つ市内にいるゾンビへライオットは無線で命令を下す。
同類を壁の向こうへ飛ばす作戦は大成功で、それによって人間が住む一部の領域は崩された。同じことをするのは芸がないと思ったライオットは、同類に作らせた組み合わせの橋で渡河を試みるつもりだ。
アジルからライオットに陽動作戦を頼まれてるだけだが、もしみんなが言うあの人間と戦えるのなら、それはどんな気持ちになるだろうとライオットは思いを馳せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おれたちが最後ってことか」
「はい、お父さん。ほかのみんなは同類に紛れて、橋を使って先に行きました」
「しかしバカなことをしたものだ。ちょっと人間をナメすぎた。
まさか復興がこんなに早く進むなんて思いもしなかった。
こんなことになるなら、先に運搬と移動を済ませてから同類を引かせるべきだったな」
「そうなんですか」
同類が水に濡れないように屋根付きの船を作らせたのはいいが、和歌山沖で人間の船に察知され、撃沈されるとは予想できなかった。
「ああ。たぶんあれは海上保安庁の船で、レーダーが積まれてるから見つかってしまった」
「壊しますか?」
アジルから解説を聞いたフェリスは魔法なら人間の船を沈められるじゃないかと考えた。
「いや、今はいい。囮の空船を高松市と徳島市へ出してるから、その間に今治市の北にある島々を伝うように命じてる」
「はい。お父さんの仰せのままに」
アジルのいうことならフェリスはなんでも受け入れるし、疑いもしない。
そんな彼女をアジルは優しく頭を撫でてあげる。目を細めるフェリスにとって、その行為自体がアジルからの最大のご褒美のように思える。
「人間には寒中水泳というのがあるらしい。おれたちもやってみようか」
「お父さんの仰せのままに」
和歌山でライオットの攻撃を見届けたアジルとフェリスは、夜陰に紛れて、淡路島の南端にある押登岬から裸体のままで海に入った。
街灯がつかない人間の領域に忍び寄るのはアジルとフェリスにとって、それは造作もないことだった。
ドラウグルたちが攻撃する前の準備に入りました。敵側の情報がない主人公は後手に回らざるを得ません。
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