49話 脆い日常に生きてるのはみんなが知ってることだった
「そっかあ……じゃあ、グレースさんと任務へ行くことは少なくなるな。
嬉しいような残念のようなこの気持ちは、どう思えばいいのかがわからん」
「相当揉めるな……
どうだ、セラフィだけでも依頼は受けられないか?」
「嫌です」
佐山隊長の事務室で佐山さんと小谷さんを交えての雑談。
ストーンゴーレムを駆使したセラフィが専門家の指示に従いつつ、池島と端島だけではなく、三池と釧路まで採炭しに行ったと、帰ってきてから彼女に教えてもらった。
そのほかにも海上自衛隊が佐世保基地へ行ったり、陸上自衛隊の相浦や大村にある駐屯地へ寄ったり、航空自衛隊の新田原基地へ覗きに行ったりと、依頼以外の楽しい寄り道をしたみたい。
そこら辺は契約書に記載しない追加報酬で済ませてほしいと、雑賀のじいさんからお願いされたので、俺としてはふんだくってやる気でいっぱいだ。
換気と休憩を必要としないゴーレムと、いくらでも収納できるセラフィのコンビが活躍したので、橘湾火力発電所は再稼働した。
当分の間に使用する石炭は確保できたが、備蓄が欲しいとの要望でセラフィ宛てに依頼が来てる。
もちろんのこと、うちの可愛いメイドを地の底へやるつもりはないし、そんなことで魔石を消耗させたくない。
「弾薬を補給できたのは正直助かった。
できればほかの場所からでも取ってきたいのだがな」
「嫌です」
チラ見してくる佐山さん。おじさんがそれをやると可愛いどころか、気持ち悪さしか感じない。
「即答だなおい……まあいい。
三池炭鉱の確保は重要だからそこだけでも確保したい。
こちらの防衛体制が築かれるまで、セラフィだけでも派遣を頼む」
「健闘を祈ります」
「――そこは検討しますだろが。
セラフィがいると犠牲が減るから、私からのお願いということで頼む」
「……検討してみます」
犠牲というキーワードに俺はため息とともに承諾した。
「ふふーんふーん」
「鼻歌を歌って、なんかご機嫌ですね」
「あ、わかるぅ?」
大の男が猫なで声でとても気持ち悪い小谷さん、なにか悪いものを食べたのだろう。
「明日は休みで晴子ちゃんとおデート」
「え? いつの間に?」
「あのなあ、こっちにいる間は毎日食堂へ行ってんの。
そういう努力を認めてくれたみたい」
「……おめでとうございます。
ハルちゃんはいい子だから大事にしてやってくださいよ」
「あったりまえよ。まさくんも俺なら任せられるって言ってくれたし、結婚間近かな俺。
ひゃははははー」
笑い声がヒャッハーさんにしか思えない小谷さんが妬ましく思える。
こっちはうーちゃんのせいで沙希さんが取られっぱなしだ。良子さんにお願いして、明日はハルちゃんに出勤してもらおうかなと一瞬にして悪意が湧いた。
馬に蹴られて死にたくないからそれはすぐに思い直した。
「小谷君にも春がやってきたな。
人口がかなり減ったから子作りは君たちが頑張ってくれよ」
「……」
おじさんの言い方に嫌らしさはないのだが、そういうことを言われてしまうとなんだか嫌な気分になる。
――メイクラブじゃい! 子作りとかいうなや!
俺と沙希さんとはまだそういうことは一切してないので、そういう見方で清い恋を汚されたくない。
「ところで芦田君。雑賀大臣からほしい報酬を聞いて来いと言われたが、いつものように金銭でいいか?」
「土地をください」
「「はあ?」」
二人して声を合わせてしまったので、なにかおかしいことを言ったかと自分の言葉を思い返してみる。
「土地が欲しいとはどういうことだ。
ここの土地なら政府の管轄ではなく、徳島市と話し合うべきと思うのだが」
「今すぐというわけじゃないですし、ほしいのは徳島市の土地じゃないんですよ」
「芦田君はここから出て行く気なのか?」
「出て行かざるを得ない場合があったりするんですよねえ」
「ふむ……」
俯いて考え事し始めた佐山さんの横で、俺と佐山さんの様子を窺いつつ、小谷さんのだらしなかった顔が真剣な表情に変わった。
「……わかった。要望はちゃんと雑賀大臣に伝える
芦田君にその心構えがあることも上に伝えておこう」
「ありがとうございます」
「なに、黙って出て行かれるよりかはいい。
そもそも勝手に想像の翼を羽ばたかせてたのは一部の連中だけだ。しょうもないことで芦田という人材を失うわけにはいかない」
「なんのことでしょうか……」
なんだか自分が知らないところで人物像が勝手に動かされているようで怖い。
「芦田君は心配しなくてもいい。
散々働かせておいてこんなことを言うのもなんだが、少なくともこっちは君の味方でいるつもりだ。
今後も仲良くしてくれ」
「はあ……まあ、常識範囲内のことなら」
常識とはなんだろうと問われれば、今の俺に答えられる発想がない。ゾンビがいる今の常識はどうなってるか、だれかに教えてもらいたいくらいだから。
吉野川の北側、海沿いに周囲を川が流れる漁港付きの地区がある。そこは元大阪城拠点の住民が田んぼを耕し、海へ漁船を出し、牛や豚、それに鶏などを飼っている。
市の中心部で再建された商店街に俺たちの店がある。食堂に菓子屋、衣類や日用品の販売に夜のスナック。お金を稼ぐことも大事だけど、それよりもみんながやり甲斐を感じる仕事がそこに存在する。
市中心から川を越えた東側地区に俺たちの住まいがある。一日の労働を終え、贅沢ではないがお腹が空かない程度にご飯が食べられる。夜は家に帰り、家族と共にゾンビに脅かされない一時を過ごす。
大阪城みたいな要塞ではないが都市にある社会の中で、俺たち元大阪城拠点の住民は人々と営むべき日々を暮らす。今の俺たちにとって、ここが生活を送るための拠点だ。
ゾンビの災害を経て、日常の脆さを知っているから、だれ一人として家や土地を買おうなんて言わない。そんなものを持ったって、ゾンビが来たときに一緒に逃げられるわけじゃない。
お金も困らない程度の分を残して、市内で娯楽や食事を楽しむように消費する。
今にある幸せは、今でしか手に入らないと理解してるためだ。ここから出れば、貨幣なんてものは紙くずと小さな金属の塊でしかない。
「惜しい人がいなくなりました。みなさん、心から悼んでやってください」
体育館食堂でセラフィ・カンパニー社で元大阪城拠点の住民を中心とする社員たちが集まっていた。
和歌山市のほうで運営するバスがゾンビの襲撃に遭った。
運転手の阿智さんと乗り合わせていた娘のエリスがバスに乗っている人たちを逃がそうとして、ゾンビの波に飲みこまれたという。
阿智さんがみんなから頼りにされ、お客様の受けもよく、厳しい業務でも笑いながら引き受けてくれた有能な社員であったことを、知恵さんたちから聞かされた。
対話したことがなかったので、俺は彼のことを知らない。
悲しそうに涙を流すミクがスマホで見せてくれた画像に写ってるエリスという少女。
笑顔ではないものの、ミクの横にいる少女はとても可愛らしく、ゾンビがいない世界ならきっとアイドルにでもなれたのだろう。
沙希さんも部下の娘ということで仲がとても良かったらしい。
みんなが二度と会えない阿智親子のことで泣いている。
阿智親子を知らない俺は泣ける涙がない。それでもゾンビの世界がいかに儚いかを改めて思い知らされた。
「スン……ごめんね、輝ぅ……ちょっと泣かせて……
エリスちゃん、うう……」
「うーうーうー」
俺の肩で泣き続ける沙希さんを心配してか、リンが彼女に抱きついたまま、慰めようとして一所懸命に声を出す。
市内でゾンビを見かけなくなったからついつい忘れがちだけど、これが俺たちの生きる世界。
ゾンビは今でも身近にいる脅威だ。
和歌山の状況もしっかりと偵察した阿智流羽親子は主人公の帰還を知って、すかさず逃走しました。でも正体が知られてないから、主人公たちは親子がゾンビになったと思ってます。あながち間違いではないですけど。
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