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47話 生き延びるには運が必要な世界だった

 野生動物やゾンビ以外は、人が見当たらない世界で俺と沙希の旅路は特に急ぐこともなく、時にはショッピングモールやホームセンターなどの商店に立ち寄った。


 店員(ゾンビ)の手厚い出迎えを感謝(げきたい)しつつ、もはやゴミと化した商品が多く並べてる中、錬金術で再利用できそうなものやどうにか食べられそうなものをできるだけ収集していく。



 ――特に目的を決めていなかった旅だからこそ、()()()と出逢えたのかもしれない。



「輝ぅ、前にゾンビが群がっている」


「ちょっと見てくる。

 ――沙希は大丈夫だよな」


「これがあるから任せてよ」


 ルーフの内側には沙希用に魔弾ガンを改造して、散弾銃タイプの魔弾ガンが差してあるし、腰には彼女でも使えるようなショートソードが装備させてる。


 バリアの魔道具はもちろん起動してもらってる。


「んじゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 ツーハンデッドソードを手にした俺は近寄ろうとするゾンビの群れを薙ぎ払った。



「ア゛ーニーゲーンア゛ー」

「ヴア゛ーごーいーヴー」


「うーうーうー」


「うりゃあああーー」


 ゾンビたちが集まっているのは建物と建物の狭い間の前。


 中から明らかにゾンビでない呻き声が聞こえてきたし、ゾンビが人間って言葉を発したから、だれかがそこに追いつめられたのだろう。



 俺は放つツーハンデッドソードの鋭い一振り。それだけで5体以上のゾンビは首が刎ね飛ばされた。


「ア゛ーヴア゛ー」

「ヴーヴー」


 群がっているゾンビたちが俺を恐れてか、脇目も振らずにここから一斉に逃げ出した。



「うーうーうー」


 隙間を覗き込んでみると、汚い身なりの子供が俺を遠ざけようとして、持っている木の枝を懸命に振っている。


「おい、大丈夫か? ゾンビはもういないから出て来いよ」

「うーうーうー」


 涙を流しながらやせ細った子供が木の枝を下ろそうとしない。



「どしたの?」


 付近からゾンビが消えたので沙希がこっちへやってきた。


「いやな、子供がいるんだけど、俺を怖がって出て来ないんだよ」


「アタシに任せて。

 ――ねえ、大丈夫? ゾンビは先のお兄さんがやっつけたから出ておいで」


 俺と場所を入れ替わった沙希が優しい声で呼びかける。しかし驚いたことにこんな厳しい環境で今でも子供が生き残ってるなんて、もはや奇跡としか表現できない。



「美味しいものをあげるからこっちに来て」


 沙希が手招きしてきたので、収納からケーキを出して彼女に手渡す。


「ほら、これ美味しいのよ。出てきたら――キャっ」


 彼女の手からケーキを奪い取った子供がそれを口にすることなく、おぼつかない足取りでどこかへ行こうとする。


「ど、どうしよう」


「追いかけてみよう。ほかに生存者がいるかもしれない」


 ここまで生き延びてきたのなら、今の子供は生きていくだけの運がある。そういう子はできることなら助けてあげたい。




 子供の後について行くと、ブルーシートを被せ、建材で堅固に組み立てられた小さなあばら家が見えてきた。


 音に反応してこっちへ向かう数体のゾンビを気にしないで、子供は這うようにしてあばら家に入ろうとする。



「ニーゲーンア゛ー」

「やかましいっ!」


 ハルバートほどではないが、大剣さばきにはそこそこの自信がある。円を描きながら途切れない剣技でゾンビの頭を斬り落としていき、後ろにいる沙希は魔弾ガンをぶっ放した。


 1分もしないうちに寄ってきたゾンビたちを全滅させた。


 周囲へ視線を向けると近くにホームセンターやスーパーがあって、隠れ家の周りに空となった缶詰や使い捨てカイロなどが散乱している。俺の足元には人や動物の骨が散らばっていて、あばら家から鋭くとがった長そうな鉄パイプが目に映った。


 ――すごいな、あいつ。あれでゾンビを撃退したのか。



「あの子は?」

「中に入ったでしょう」


「うーうーうー」


 あばら家から微かにもれてきたのは子供の声、俺と沙希は空いてる隙間から中を覗き込んだ。


「――」

「……」


 口元を押さえる沙希は一瞬で泣き出してしまった。


 俺のほうも切なさが込みあがってきて、思わず目を背けたくなった。



「うーうーうー」


 やせ細った子供は布団の上に寝かせた骨のような子供を抱きかかえて、沙希の手から奪ったケーキを動かない子供の口に押し込もうとうめいてる。



「ねえ……」

「……」


 沙希の縋るような声に俺は首を振るしかない。抱きかかえられてる皮しか残っていない子供だったものは、すでに息することのないミイラだった。



 ゾンビがいる世界だ、なにが起きてもおかしくはない。辛い運命になろうとも、それは神に泣きついたところでなにも変わりやしない。


 そんなことは俺にだってわかる。


 ただこういう光景を目にすると、未だに慣れないのはしかたないことだと自覚してる。



 俺だって人間だから、同情心があれば人を憐れむ気持ちは持っている。


 ミイラとなった子供がこの子にとっては大事な存在だと感じるし、亡くなった子供のなきがらがあるからこそ、この子もそれを支えにここまで頑張って生きてきたと理解できる。



 だけど、死者が生者の道を邪魔してはいけない。それに亡くなったあの子も、きっと大切にしてくれた子供に生きていてほしいと願うはず。


 ――だから、俺がこの悲しみを終わらせてあげる。



「輝?」


「ごめんね……」


 だれかが作ったこの隠れ家の中に、かび臭い布団や水の入ったペットボトルが見える。この辺りに犬やタヌキのゾンビがいなく、ゾンビの数が少ない幸運に恵まれたここは、災害から子供を守ってきた小さな要塞。


 その役割は今もって終わりを告げる。



「うーうーうーうー」


 ゾンビが壊せなかった建材で堅固に補強されたあばら家は、ここにあった子供の思いと共に俺の怪力によって破壊されていく。


 ミイラを抱えたままの子供はなにか抗議しているようだけど、この子を助けるためにはこれしかない。ここにいたら、近いうちに死ぬことしか予想できない。


 死臭やら糞尿の匂いやらが辺りへ漂い出す。



「沙希、この子をお願い」

「わかったわ」


「うーうーうー! うわーうあーー」


 強引に子供からミイラを取り上げる。


 子供がいくら泣こうが抵抗しようが、今の行動をやめようなんて思わない。


 生きている人は過去じゃなくて、未来を見なければならない。こんな世の中だからこそ、精いっぱい生き抜いていかないとだめだ。



「うあああーーーあああああ――」


 ――なあ、ずっと憶えるといいよ。


 君が叫んだこの慟哭は二度と帰ってこない人へ送る最後の鎮魂曲(レクエイム)だ。




「泣き疲れて寝ているよ」


「そうか……」


 臭い子供を抱いていても沙希は文句ひとつ言わない。


 子供のなきがらと廃墟の中にあった大事そうな物は俺が空間魔法で収納した。いつか、この子が落ちついたとき、彼女が選んだ場所に葬ってあげたい。



「慣れてるのね――

 って言ったらおかしい?」


「うん、おかしい。

 こんなのだれだって慣れたくないと思います」


 憮然とする俺の頬を沙希がそっと手のひらを当ててきた。


 彼女が俺を労わろうとする気持ちはありがいたいのだけど、子供の臭いがうつってるのでかなり臭かった。この子は起きてきたら、温めに沸かした五右衛門風呂に入れてやろうと心に決めた。



「もう帰る?」

「うん、そうしましょう。

 さすがに子供を連れてはゾンビの世界でウロウロできない」


「ふーん、アタシなら大丈夫ってこと?」

「なに言ってんすか」


「うそ」


 頬にキスしてきた沙希の顔が歪んでしまった。


「輝ぅ、臭い」

「ちょっと待て、それ、沙希のせいでもあるからね」


 こういうのは冤罪だと俺は思う。



 クスクスと笑い出す沙希は、寝息を立てる子供のほうへとても優しそうな視線を向ける。


 今回の旅で助けられた命はたった一つ。


 亡くなった子供に守られてたこの子がこんなクソッたれの世の中で生き長らえるように、いつかは心から笑っていてほしいと願わずにはいられなかった。





ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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