42話 お城の天守閣は再建しなかった
採炭のめどが立ったということで、政府のほうでは石炭液化ことCTLの燃料製造計画が承認され、高知市の沿岸部で第一期のプラントが建設される予定と白川さんから聞いた。
一方でアルコール燃料や四国沖に存在するメタンハイドレートの利用は資源エネルギー庁で検討されてるそうで、坂出市に天然ガスの受入れ基地があるため、東シナ海のガス田に対する第1次開発も政府のほうで許可が下りたという。
これらの国家プロジェクトについて、政府のほうからわが社に参加する意欲の有無が打診された。
セラフィ・カンパニー社が設立した由来はもっぱら民需のサービスを提供するためにあり、専門分野に関する技術力と人材が不足するので、プロジェクトの参加は非常に困難であると、わが社のできる滝本副社長が丁寧にお断りを入れてくれた。
航さんと知恵さんたちがいてくれるおかげで、俺たちは変なことに巻き込まれずに済む。
「た、たのむぞ……」
「まっかせなさい」
つやつやのお顔で機嫌よくお出かけしたのはグレース、フラフラで見送るのが足腰が立たない俺。
陸上総隊から大阪湾に放棄されてる船舶の回収作業に伴うゾンビの排除作戦が依頼された。
船内にゾンビが存在すると予想されてるため、制圧部隊として小谷隊が派遣されることとなった。セラフィは引き続き採炭の依頼で不在となり、グレースの同行が小谷さんから頼まれた。
二人とも不在なので、今日は茅野さんたちと徳島城で建築工事のお仕事だ。
その昔に徳島城の二の丸には天守閣が建てられてあった。
防衛拠点化工事の会議中、茅野さんからは再建するかの可否を問われた。
――時代が変わり、現代はビルが立ち並ぶ中、見晴らせる範囲が限られてしまう天守閣を二の丸で新築する必要性はない。
城好きとしてのロマンは感じるが、ゾンビがいる世界で実用性のない建物を設置する気はない。
その代わりに周囲一帯の物見ができるように、本丸のほうで三階建ての櫓を建ててもらった。
「ふむ。これはよく見えるな」
「今日はなんのご用ですか、賀島さん」
建築班の人に手伝ってもらい、本丸にある鋼板塀の上でソーラーパネルを設置しているとき、賀島市長と渡部さんがここまでやってきた。
「僕は城を見に来ただけだが、用があるのは渡部君のほうだ。
ところで勝手に見せてもらってもいいのかな?」
「あ、はい。徳島城は市から借地しましたのでご自由にどうぞ」
「櫓はあがれるのかな」
「はい。足元に気を付けてください」
賀島さんは建築班の人に案内されて櫓の中へ入った。
「お久しぶりです、芦田さん」
「こんにちは、渡部さん。
ちょっと多忙だったのでそちらへ行く時間がなかったんですよ」
言い訳がましいと自覚しているものの、用事もないのに渡部さんと会う必要性がないと考えた俺は、なるべく市役所へ近付かないようにしていた。
「嫌われてるのは知ってますから気にしないでください」
「いや、あのう……そういうわけでは……」
答えにくいことをサラッと言ってのける渡部さんだから、俺が彼女のことを苦手にしていると知っておいてほしい。
「高松市や坂出市までの交通について、政府のほうから鉄道の運用が提案されてます。
そこで前に撤去した橋の復元をお願いできますか?」
「わかりました。近いうちにやっておきます」
実態としては撤去したというより、グレースによる爆破処理したと表現したほうがいいかもしれない。
「それと政府だけでなく、こちらも復興事業で大量の鉄が必要となります。
そこで事前の相談となりますけれど、芦田さんに協力して頂けませんか?」
「えっと……それは会社のほうに依頼してもらえると大変助かりますが」
「ええ、すでに滝本さんのほうへ申し込んでみました。彼から芦田くんに相談してくれとのことでしたから、こちらへ確認しにきました」
「……そうですねえ」
鉄鉱石という原材料が輸入できなくなったこと、大量な燃料を要すること、その二つによって従来の製鉄法では量産されることが困難となってきた。
採炭が可能となったとは言え、順位として燃料での使用が優先されるため、加工業においての製鉄所が稼働する時期は先延ばしされてる。
そこで俺の錬金術が脚光を浴びたというわけ。
なにせ石炭も高炉も必要としない自然に優し過ぎる製法だから、喫緊の依頼として政府のほうからもしきりと催促されてるようで、会社にいる時は知恵さんがうざったいくらい、やたらとチラ見してくる。
「……それじゃ、コンクリートや鉄骨の建物を潰してもいいですか?」
「解体する地区と該当する建築物は担当者と相談してくださいね」
「了解です」
たとえばコンテナ。それらの多くは港に放置されてるので、それらを錬金すれば鉄のインゴットになれる。
輸入ができなくなったとは言え、コンテナのように各地で探索すればリサイクルできる金属は結構残されている。
コンクリート造に使われてる鉄筋や鉄骨造で構造材としてのH鋼など、建築物から多くの鋼鉄が回収できるし、ついでに窓からもアルミ材が再生される。
それに個人的な意欲だけど、この依頼を受けたら重機の達人である沙希さんと一緒に仕事ができる。公私混同と言われるかもしれないか、楽しく仕事するのは大事なことだと俺は考えてる。
「芦田さん。やはり新町川より南は復興事業から外したままにしたほうがいいですか?」
「……お決めになるのは市なんで、いいかどうかはこっちが口出しすることではないんです。
俺が言えることは、下山してこないだけで眉山には今もゾンビ犬とゾンビタヌキがいます。このことに気をかけてください」
「……自衛隊と相談してみます」
眉をひそめる渡部さんにはっきりとやめたほうがいいと告げてやりたい。でも迷われてるところを見ると、渡部さんたちの方針は復興事業の地域を拡大させたいのだろう。
市には市の政策があるし、動物型ゾンビ以外に人型ゾンビを見かけなくなったのもまた真実。そこでなぜとかどうしてとかの根拠を問われたら、俺からはなにも言えなくなる。
——ゾンビがなにを考えてるかなんて、とてもじゃないが俺が知るわけねえよ。
政府が小松島市や阿南市、それに鳴門市で大規模な稲作を始めた今、徳島市としてもできるだけ農地を確保して、より多くの農作物を生産していきたい計画が立てられてる。
市内にあるすべての農耕地はわが社も含めて、市民が創立した農業会社が利用している。中谷さんから聞いた話によると野菜や米作りなど、農産物の生産が市のほうから発注されてるようだ。
勝浦川の西側にも放置されてる農地があるので、渡部さんとしてはそんな土地を活用したいのだろう。だが俺からしたら、眉山にゾンビ犬とゾンビタヌキしかいない現状にどうしても腑に落ちない。
フッと疑問に思うことがある。
――あれだけいたゾンビはいったいどこへ行ったんだ?
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