41話 食堂にはご飯を食べる人たちが集まるものだ
「川瀬さーん、なんか手伝うことはないですか?」
「ないね」
給餌で川瀬さんと柚月さんたちが忙しそうにみえたので、なにか力になれることはないかなと思ったのに、にべもなく断られた。
中谷さんたちもそうだけど、徳島市と契約を交わした土地がふんだんにあるということでみんながすごく忙しくなった。
作業の効率を考えて、俺がゴーレムトラクターを提案したのに対し、中谷さんからなんでも俺に頼るのはよくないということで電動トラクターが採用された。
社内で使われてる設備はメンテナンスのことを考えて、こっちの世界で作られたものが使用されてる。今のところ、俺が産業部に役立ってるのは魔石をエネルギー源とするゴーレム漁船だ。
瀬戸内海沿岸の都市部を取り戻したことで、食糧の確保が急務となった。
山間部にゾンビが潜んでることは自衛隊の偵察や衛星写真で確認され、山に近い田んぼや畑が放置されてることで都市部の近郊では農地の整備が急がれてる。
ガソリンの配給は産業ごとに割り当てられ、そのために重油の入手が厳しくなり、漁業は動力を使用しない船舶の使用が推奨された。そこで桝原さんたちのために俺はゴーレム漁船を製作した。
細かい仕様については桝原さんと打合せしながら改良を重ね、今では問題なく漁船として運用されてる。
「ごめんね、輝。今日は新入社員の研修を兼ねて、重機の操縦を教えていく予定があるの」
「い、いいですよ。気にしないでください」
早朝一番に沙希さんから振られるし、今日は本当についてない。
「悪い虫つかないように見張っとくからさ、落ち込まなくてもいいぞ」
「そ、そんなじゃないですって」
「はははは、顔に出てるぞ――ブランデーならなんでもいいぜ?」
十河さんは朝から元気に見張り料を求めてくる。もちろん用意はさせてもらうけど、なにも沙希さんの前で言わなくてもいいじゃないか。
「暇そうだね、芦田君。
なんなら仕事を依頼しようか?」
「いりません。休むこともセラフィ・カンパニー会長の仕事ですから」
暇だった俺は情報収集のために、合同庁舎にある白川さんの執務室へやってきた。
「休みもろくに取れない私の前によくそんなことが言えるな。
――中村君、ぶぶ漬け出してあげて」
「……統括官。お食事の時間じゃありませんよ」
「……いや、いい。お茶を出してあげなさい」
笑い出しそうなところをこらえた俺はとてもえらい。格好つけてわかりにくい言い回しするから恥ずかしい目に合うと俺はうんうんと頷く。
――ところでぶぶ漬けってなんだ? 豚肉の漬物か?
「回したい仕事はいっぱいある。
ただ雑賀大臣から業務の依頼は止められてるし、今の君に仕事を振り分けたら歯止めが利かなくなる」
「お気遣い、ありがとうございます」
「ところで今治市の北にある来島海峡大橋でゾンビが行き来しているらしい」
「へ? そうなんですか?」
それは初耳だ。今治市は救助活動のときに通ってきたが、そういうゾンビの動きは見たことがなかった。
「うむ。監視する自衛隊からゾンビがなにか持っていると報告が上がってる。
なぜ物を持ったゾンビが四国に渡ってくるのか、芦田君に心当たりはないか」
「ゾンビが考えてることなんて知りませんよ」
「それもそうだな……
一応は橋を爆破するという提案は出ているが、今のところは実害がないことだし、本州と四国が行き来できる橋は限られてるので、未だに担当部門が激論中だ」
「ふーん」
この件に関しては政策が関わっているため、俺から言うことはなにもない。
ただゾンビが物を運ぶともなれば、どうしてもあのドラウグル野郎のことを思い出してしまう。でもよく考えてみたら、あいつは大阪にいるために、このこととの関連性は低いだろう。
ああいう進化したゾンビがいるのだから、ひょっとすると他の場所でも現れているかもしれない。いずれにしてもここの拠点とは直接関係がないことだし、政府が動いてる以上は俺が積極的にかかわることもないだろう。
「今日も宴会をやってるのか?」
「宴会? 夕食会のことですか?
それなら毎晩やってますよ」
「そうか。それなら中村君とお邪魔させてもらおうかな」
「役人は接待お断りじゃなかったんですか?」
「お酒を飲まなければいい。袖の下は勿論お断りだ」
よくわからない理屈を並べてくる白川さんだが、ご飯を食べるくらいならいつでもくるがいい。どのみち、一人や二人が増えたところでなくなるような量ではない。
元体育館だった大食堂には住民たちでいっぱい。
たまに見知らない顔が食事しているので、その人たちは会社の新入社員だろうかと思わず首を傾げる。
「お邪魔するよ」
「お久しぶりです、芦田さん」
「晴子ちゃんはいるか?」
2人どころか、5人が飯をたかりに来た。
「隊長に昇進したお祝いで来させてもらった」
「いやいや、佐山さん。それっていつのことですか?」
「その手があったのか……
それなら私も統括官に就任したということで祝ってもらおうか」
「あ、おれは中隊長の祝いな? 晴子ちゃんの手作り料理がいいな」
図々しい野郎3人がすでにご飯を食べながらお酒を楽しんでいる。食卓に乗せてるイノシシの焼肉はうちの食堂で人気のメニューだ。
「白川さん、そういうことを強要してはいかがかと……
――あら、この煮付けは美味しいわよ。熊谷さんも食べてみてください」
「え? そうなの?
――まあ、これ本当においしいわ」
中村さんも熊谷さんも手慣れた様子でご飯を食べているようだが、大丈夫かこれと疑いたくなる。
いくらなんでも政府の要職に就いてる人たちが、民間企業のところでご飯を食べてるのはまずいじゃないのかと思った。
「こんばんは。今日の食事はいかがですか?」
「めっちゃうまいよ、晴子ちゃん。
これ、晴子ちゃんが作ったんですか?」
「え、ええ。良子さんから教えてもらった味付けです」
「今日も夕食代は付けといてね。月末に支払いに来るから」
「大丈夫ですよお、小谷さん。佐山さんも白川さんもちゃんと食事代は振り込んでくれてますから」
嬉しそうな小谷さんがハルちゃんとわけのわからない会話をしている。
たぶん俺の顔中にクエスチョンマークがいっぱい浮かんでいたのかもしれない、翔也が俺の様子をみてから隣まで近寄る。
「ここはですね、近場の人にもご飯を食べてもらおうと夜限定で大衆食堂にしたんです」
「え? そうなの?」
「バーカバカ。会社の会長が自社のことを知らないなんて。
公務員がたかるわけないだろが」
小谷さんの言い方にカチンときたので、昼間に学んだ言い回しを使ってみようと思った。
「ハルちゃん、小谷さんにぶぶ漬けを出してあげて」
「ちょ、ちょっと。まだ食べ終わってないぜおれ」
「ええー、帰ってもらうんですか」
なるほど、どうやらぶぶ漬けという食べ物は帰りに出すものみたいだ。人生はいつだってお勉強だなと一人で納得した。
ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。