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38話 仕事には適切な休みが必要だ

 有川さんからの強い慰留を振り切って、市の行政経営課の課長だった蒲谷さんをセラフィ・カンパニーの副社長に就任してもらってから、ようやく帰還のめどがついた。


 2週間をかけて、保谷さんと蒲谷さんが市との継続的な契約をまとめつつ、業務の拡大に伴って市民から100名近くの社員を雇い入れた。



 和歌山支社の運営が一段落ついて、支社長と副社長に任せても大丈夫と知恵さんが太鼓判を押したので、俺たちは拠点というより本拠地へ帰ることにした。


 俺たち異世界帰り組に沙希さんと保谷さんの5人は、見送りに来た若松さんや小島さんたちと港で雑談したあとに、正式に運営し始めた和歌山港から徳島港へ向かって出港した。



「グレースさん、船の運転はとても上手ですね!」


「そうでしょうそうでしょう。普段から鍛えてるのよ」


 試作のゴーレムクルーザーが海面を最高速度で突進する中、沙希さんは大興奮した状態で操船するグレースを褒めてた。


 サバサバした性格の沙希さんはグレースと相性が良く、グレースが休みの日は二人でツーリングやクルージングを楽しんでいるようだ。



「阿智さんと入れ替えになったのは残念です。

 エリスちゃんはとても可愛いから会いたかったのに……」


 元気印の保谷さんが本気で残念がっているようだ。



 阿智さんというのは俺がいない間に社員になった有能な人らしく、官庁や民間企業からの受けがいいと滝本さんからも聞いたことがあった。


 なにより、娘のエリスというのがアイドルなんて目じゃないくらい可愛いとみんなが言ってたので、彼女に会えなかったのがとても残念だ。


 もっとも、和歌山支社の勤務を希望しているだけだし、娘のエリスは大学の授業が残ってるので、阿智さんという社員がセラフィ・カンパニーに在職する限り、そのうちに会うこともあるのだろう。



「もうすぐ着くわ」


「速いよ、このクルーザー。

 ――ねえ、輝。アタシにも作ってよ」


「夏のボーナスということにしてくれるなら作ってあげますよ」

「ありがとう」


 船の上ではしゃいだせいか、少しだけ汗ばんだ沙希さんが抱きついてくる。



 この頃、沙希さんからこうしたボディタッチが多めで、彼女は意識してやっているわけじゃないと俺は思うようにしてる。


 なにせバイクに乗るときは、いつも俺が後ろに座ってたものだから、きっと彼女は慣れてしまってると俺はそう解釈した。



――沙希さんの暖かい体温にかなりドキドキしてしまった。


 そういう言葉を口にすると、お互いに変に意識するかもしれないから、沈黙を保ったほうが双方にとっては良いことであるはずだ。

 



「お帰りなさい、会長」

「ヒカルくん、お帰り」


 港で出迎えってくれたのは副社長(わたる)さんと部長(ともえ)さんだ。


 川瀬さんや中谷さんたちは社内で立ち上げた産業部の運営で多忙であるらしく、市が布告した地区再開発のことで、建築部の部長である茅野さんと連日の会議で激しく議論を交わしてるそうだ。



「やっと会長と社長が帰ってきたんだから、扱き使ってやろうかしら。

 ――って思ってたけどねえ」


「驚かさないでくださいよ、びっくりするんじゃないですか」


 高橋女史は容赦がない。それは大阪城拠点から同行した人たちが熟知することだ。



「セラフィちゃんには政府からの依頼で遠出してもらいたいけど」


「どこでしょうか?」


「池島炭鉱と端島炭鉱で採炭のお手伝いよ」


 二人してこっちのほうへ視線を向ける。俺の意向を伺いたいというのなら、セラフィさえ良ければなにもいうつもりはない。



「俺は別にかまわないよ」

「――それじゃセラフィちゃんはちょーっとこっちに来て」


 さっそくだがセラフィ社長が高橋総務部長に拉致連行された。


 セラフィ・カンパニー社というのは役職でパワーバランスが決まるものではなく、年功序列で権力が決まるみたいだ。



「ははは。高橋さんは相変わらずだな。

 ――会社の運営も軌道に乗ってきたから、ヒカルくんは大阪のときと同じ、好きに動いてくれたらいいよ」


「それは嬉しい知らせですが、政府からの依頼はもうないんですか?」


「今でもヒカルくん宛ての依頼は舞い込んでるね。

 でも白川さんの提案で据え置きにさせてもらってる」

「白川さんが?」


 思わぬところから現れた名前に俺は思わず航さんに聞き返した。



「はははは、その気持ちはわかるよ。白川さんから言われたときにこっちも疑ってしまったからね」


「そうだよな」


「白川さんはヒカルくんが政府の仕事で知らなくてもいいことを、知りすぎないようにしてほしいから断ってくれって言ってきたんだよ」


「へえー」


 見直したというか、白川さんが示したそういう配慮されるのは嫌いじゃない。



「なんでも政府の中で、使えるうちはこき使ってしまえと思ってる勢力があるらしいよ。

 芦田君とは仲良くしたいからちゃんと保護してくれって、面会のときにそう言ってきたね」


「保護って……」


 もう少し着飾った表現してくれてもいいのにと笑いそうになった。でもそれが俺の知らない白川さんの一面というのなら、彼のやり方を受け入れることについて、ちゃんと考えるほうがいいかもしれない。



「そういうわけだからどこかで遊んできてくれ。

 ……と会社の会長に言えないから、川瀬さんたちのお手伝いでもしてくれたらいい」


「わかりました。適当にやっときます」


 肩を叩いてくる航さんの表情はいつものようにとても優しそうだ。


 大阪城拠点からついてきてくれたみんなは俺を支えてくれてるので、彼と彼女たちには感謝する気持ちしかない。



「後で帰ってくる十河くんたちのためにも、上はしっかりと休みを取ってみせること。

 セラフィさんのほうは高橋さんに釘を刺しておくよ」


「ありがとう」


「ヒカルくんたちは明日の幹部会議に出席して、しばらくの間、グレースさんと保谷さんも休みを取りなさい」


「了解です」

「ええ、いいの? やったあー」


「副社長! 入社してまだ半年経ってないんですが、有給なんですかっ」


「ああ、いいよ。有給にしますから休んでくださいな」


 やたらと喜ぶ沙希さんの隣で保谷さんが休みの取り扱いについて、航さんに確認してた。



 滝本さんの返事を聞いた保谷さんが拳を握りしめる光景を見ていると、働くことって、実は大変なんじゃないのかなと考えたりする。


 なにせ、学校を卒業してすぐに山へ籠った俺は、会社勤めに対する実感がまったくないのだから。





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