35話 土建屋の助っ人お嬢がやってきた
佐山隊長が率いる特科隊は近接戦用の新しい装備に慣れていないためか、作戦中にゾンビに噛まれてしまい、殉職する隊員を出してしまった。
犠牲があったものの、拡張される地域でのゾンビ掃討作戦自体は予定通り、地区内のゾンビが討伐された。
「芦田くん、世話になったね。帰ってきたら隊本部に顔を出してくれよ」
「ありがとうございます。徳島市に帰ったらあいさつに行きますね」
海上自衛隊が運転するゴーレム船に乗せられた駐屯部隊が奪還した和歌山港に上陸してきた。
それと入れ替えに佐山さんが率いる特科隊は徳島市へ帰還するために、俺は顔見知りとなった特科隊の自衛官さんたちと別れのあいさつを交わした。
「――ちょっといいかな、芦田君。
和歌山市に駐屯する大隊の大隊長である新垣2等陸佐だ。仲良くしてやってくれ」
「新垣です。きみの噂はよく耳にした。
なにかとお願いしたいことがあるかもしれないからよろしく」
「芦田と申します。こちらこそよろしくお願いします」
「我々は引き継ぎで話があるのでな、また徳島で会おう」
「お疲れさまです。佐山さん」
武人らしい佐山さんと違って、和歌山市で治安維持を託される新垣大隊長は見た目が温和そうなおじさんだった。
港で佐山さんと慌ただしいお別れを済ませたあとに、和歌山市から引き受けた新たな運送契約で、流通部の部長である細川沙希さんがセラフィ・カンパニーの社員兼細川組の人たちを連れてきた。
契約の内容について打ち合わせるために、知恵さんと保谷さんが細川さんたちと一緒にここへやってきた。
「会長! お仕事くれてありがとうございます」
「ははは、船旅お疲れさまです。
今回も丸投げしますんでお願いしますね」
「はい! 任せてください」
いつものようにとても元気な保谷さんがあいさつしてきた。
「相変わらずね、芦田くん」
「知恵さんもお疲れさまです。
小林さんと有川さんからの業務を依頼されましたよ」
「こんな世の中だから仕事があるのはありがたいわ。
芦田くんもろくに休みも取らないでお疲れ様ね」
セラフィ・カンパニーの実質的なナンバーツーである高橋部長から労いのお言葉をいただけた。
彼女と航さんが頑張ってるから、会社がうまく運営できてると俺は確信してる。
「輝会長、お出迎えありがとう!」
「輝でいいんです。
会長は恥ずかしいからやめてくださいよ」
「あははは、アタシも会長なんて呼び方はこっぱずかしいって思ってたわ」
屈託のない笑顔で話す細川さんに心が休まる感じを覚える。
細川さんは俺に頼るそぶりをみせなく、かと言って冷淡な態度でもない。このような距離感のない話し方はわりと新鮮だ。
あっけらかんとした姿勢に女くささがない。対等に話せてるから、俺としてもしゃべりやすい。
やはり厳しい世界で生き抜いてきただけあって、命の強さを感じさせてくれる女性だ。
「お疲れさまです、細川部長。滝本副社長からよくやってくれてるって聞いてますよ」
「輝ぅ。細川部長は他人行儀なんだから、うちのことを沙希って呼んでよ」
「わかりました、沙希さん」
はにかむ沙希さんが強めな握手を求めてきた。
彼女の若さに似合わず、少々荒れてる手はよく働いてる勲章だと俺は思ってる。
沙希さんならゴーレム車はもちろんのこと、ほとんどの重機を運転することができる。
再開発が予定されてる地域での活躍を期待して、俺が滝本さんに頼み込んで、十河さんたちと共にこっちへきてもらった。
「じゃあ、市長さんとあいさつを済ませてから宿泊先へ案内します」
「あはは。会長が部長を案内するなんて、セラフィ・カンパニーはやっぱりいい会社だ」
晴れやかな笑顔を向けてくれる沙希さん。
女っぽさはないけれど、一緒にいて気持ちのいい女性だ。有川さんがスカウトしないように、市長さんへは極太の針を刺さなくちゃいけない。
「——ゾンビがいないなあ」
「ええ、歪な現象ですね。
農地が広がってるここだけはゾンビがいません」
前川さんのつぶやきに、同じ方向へ目を向けてる俺はすぐに反応した。
紀の川より南の地域にはゾンビが今でもたむろしてる。
だが川を越えての北側にある地域では、捜索を行ってみたマンションの中でゾンビの姿を見かけることがない。
四国にある都市部といい、ここ和歌山といい、いったいゾンビになにが起きているのかがまったく見当つかない。
思い当たることがあるとしたら、ドラウグルの仕業としか俺には考えられなかった。
ただし、なんのためにこんなことをするのかが全然わからない。
「――ひかる様」
「ん? あ、ああ。
どうしたの、セラフィ」
考えごとしてた俺はセラフィから声をかけられたことに気が付かなかった。
「衰弱しました生存者は応急にポーションを飲ませましたから、一刻も早く後送するようにお勧めします」
「そうか。お疲れさん、セラフィ。
――前川さん。ゴーレムを護衛につけて、生存者を市まで送りましょうか」
「こちらも隊員をつけるから、そうしてくれると助かる」
前川さんが自分で隊長を務める偵察隊と同行した小谷隊は、グレースと一緒に付近で救助活動に勤しんでる。
「沙希さん。市へ帰還するゴーレム車の運転手を選んでくれませんか」
「わかった。すぐに手配する」
偵察隊の運転手たちは沙希さんを含む細川組の人たちにやってもらってる。
農地が使える場合は通れる道を探してほしいと小林知事からの希望を受けているので、ルートの選定は沙希さんに任してある。
「日帰りは効率が悪いと思うから、紀の川市の偵察が終わるまで野営したいと考えてる。
芦田くんはどう思う?」
「……そうですね。食糧と野営用の装備を収納してますから、こっちは問題ありませんよ」
以前に雑賀のじいさんから、俺が取ってきた自衛隊の天幕や野外炊具の所有を承認してもらってる。
「そうか、大変助かる。
——それなら偵察方針の変更だ。
ゾンビからの襲撃を含む状況に変化がない限り、野営しながらの偵察行動に切り替える」
「了解です」
一々和歌山市へ日帰りする行動よりも、現地で寝泊まりしながら作業を続けたほうがありがたかった。
「セラフィ、今日のうまい夕食は早めに用意して」
「わかりました。ひかる様」
日帰りの行動になると、どうしても夕方までには帰路につかねばならないし、小谷救助隊が生存者を発見する度に、偵察が中断させられてしまう。
生存者を発見した場合の後送を含め、明日からの提携方針について、前川さんと小谷さん、それに沙希さんを交えての打合せが必要だ。
会議をスムーズに進ませるために、美味しいものは結構役に立つと俺は考えてる。そこでセラフィに腕を振るってもらおうと最高のメイドにお願いしておいた。
「——報告は前川君から聞いたよ。
こちらが依頼した業務は確かに完遂してくれたようだね。
追加報酬については保谷さんと協議させてもらうつもりだ」
「ありがとうございます」
県庁の会議室で小林知事とお話中。
ティパックに記載された賞味期限は切れているものの、入れた紅茶は香りが弱めだけど、飲むにはなんの問題もない。
――こんなご時世だ、贅沢は禁物。食べれるものはなんでも食べなくちゃね。
「高橋さんと協議中の話だが……
県と市の乗客と貨物に関する運送業務をセラフィ・カンパニーに委託したい」
「社内の人と相談してみますんで、検討させてください」
せっかく知恵さんと沙希さんが来てるから、実務を担当する彼女たちの意見を聞いておいたほうがいい。
「それと偵察してきた場所で、住民がいない家屋の取り壊しをやってほしい」
「……そうですか。詳細は担当者と打合せします。
契約に問題がなければ、やらせてもらいましょう」
「うむ。取り壊す範囲は上村君たちが決めてるところだ。
詳しいことは彼から聞いてほしい」
「はい、わかりました」
和歌山市で仕事の打合せは慣れてるし、小林さんと有川さんには良くしてもらってるため、できる限りのことは力になりたいと決めている。
ただ心の中で危惧してることは、まだだれにも伝えていない。
大阪城での拠点作りは知らないことがたくさんで大変だったけど、みんなとワイワイやりながら楽しい思い出がいっぱいだった。
気のせいだと思いたいが、徳島に来てからは自分たちの拠点作りというより、政府と地方公共団体の内政に関わってばかりだった。
このままでは拠点作り以外に俺の仕事が増えていきそうなので、どこかで調整しなくてはいけない。
俺がしてやれるのは防衛対策など環境を整えるために下準備、政府であれ地方公共団体であれ、行政による本格的な復興事業に手を出すつもりがない。
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