33話 統率された都市には豪腕な首長がいたものだ
政府側がすべての情報を民間人の俺に公開しているわけではないことは承知の上だ。
そうだからと言って、この状況はひど過ぎる。
「そのまま通過しますから」
『お前さんの気持ちはわかる。わかるから最後まで話しを聞いてくれ。
わしだってお前さんに言いたかったが、立場というものがあってだな――』
「やかましいわ、クソじじい!
こっちは危うく市街戦に巻き込まれるとこだったんだよ!」
腹が立つから、雑賀のじいさんとの無線通話は切らせてもらった。
伊予市に入ったところで知らない自衛隊から包囲された俺たちは、セラフィの機転で上空へ魔法を打ち上げて、驚いたやつらが戸惑っている間に逃亡できた。
事なきを得たからよかったものの、救助活動を即時に中止した俺は、浜辺で待機する小谷さんに問い詰めたことで自衛隊の正体を知ることができた。
政府からの支援を得られないことを知ったここの首長は独自の判断により、災害が発生したときに駐屯する自衛隊と県警、それに市民が結成した自警団へ、ゾンビを排除しつつ市民のみを保護する方針を打ち出したらしい。
多くの犠牲を出しながらも市内に流れる川で巧みに防衛線を築き、沖合にある島へ高齢者や子供を避難させて、松山市はゾンビの災害から多くの市民を保護し続けてきたと小谷さんが解説してくれた。
「……松山市は迂回します」
「いやだから本部からの連絡で、ゾンビがいなくなったから接触を試みてほしいと――」
「契約にないことはやりません。
やるなら小谷さんがご自分でしてください」
市ごと立てこもった松山市側と直接対談するようにと小谷さんは事前に政府から指令を受けてた。
「……重信川の南で米を作っているらしいけど、松山市は食糧不足でな、市側から話し合いの前に食糧を援助してほしい要望がきているんだ。
そこで政府から今までひかるが収納したものを放出してくれと指令が来ている」
「へえ、そうなんですか……俺は初耳ですが?」
「うーん。まさか松山市のほうでもゾンビが後退するとは思ってなかったからな」
政府への不信感が強い松山市はゾンビの災害後に一種の独立都市として、今でも運営されてると雑賀のじいさんが先ほどの連絡で教えてくれた。
松山駐屯地にいた特科隊も災害後は市側の協力で部隊を維持してきた経緯がある。そのために陸上総隊からは徳島へ移動命令が出されたが市に対する義理と現状を慮り、松山市の安全維持のために未だに市内で駐在し続けている。
観念した小谷さんからの情報で、山間部を越えた松山市の北部には漁船で上陸し、銃器を所有する不法入国者の武装集団が今でも漁港一帯を占領しているみたいで、市内にいる自衛隊はその集団を警戒してたらしい。
「小谷さん。これまで回収できた物資の3割が報酬なんで、7割を引き渡すことに異論はないんです。
ただですね……
――武装集団はいるわ、自衛隊から追い回されるわ、そんなところへ俺に行かせるのは配慮が足りないじゃないんですか?」
「……」
「正直なところ、生存者を救助するのは仕事だと割り切ってます。でもね、政府と地方政府のもめごとに巻き込まれたくはない」
「……そうだな」
「小谷さんに言うことじゃないかもしれないが、契約に書かれた業務は俺が仕事を進めていく上で、なにかあったときは取った行動に対する正当性の保証にもってるはず。書かれてないことは極力手を出したくない。
そこはちゃんと理解してくださいよ」
「……ああ、悪かった。
無線連絡してくるから、ひかるは待ってくれ」
俺の話をジッと聞いてくれた小谷さんが引き下がってくれた。
決断できる首長は尊敬に値する。
ましてや人類に壊滅的なダメージを与えた世界で自治体を運営しつつ、犠牲を覚悟した上で市民を守ってきた松山市に立てこもる県知事と市長はすごい人だと俺は思っている。
ただ自分の体験で、そういう人は一癖も二癖もあるのが俺の中での常識だ。なるべく対面したくないというのが個人的な希望だ。
――要するにああいう人物はとても面倒だってことなんだよ。
「――ひかる。食料品を引き渡したら、松山市から退去していいとよ」
「ありがとうございます」
「それと海上自衛隊が瀬戸内海側へ偵察した結果、ゾンビは都市部からいなくなったことがわかったらしい」
「えっ? そうなんですか」
異常事態は高松市だけではなく、四国全体で起きていることに驚かされた。これはだれかが意図的にやっていると考えたほうがいい。
もちろん、それができるのはドラウグルしかいない。
「雑賀大臣が連絡に出ろって命令が来てるから、ついてきてくれ」
「……わかった」
ひらひらと手を招く小谷さんの姿を見て、大きくため息をついてしまった。
連絡が切られたクソじじいは絶対にご立腹だ。
くどくどと長々しい文句を言ってきたら、怒鳴り返してやると決めた俺は、浜辺にあるゴーレム船のほうへ向かった。
港にある物流センターで市の担当者と待ち合わせしたので、指定された時間に到着した。俺たちを出迎えたのは壮年の男性。
「松山市長を務める足立だ。小林知事と賀島市長から噂は伺ってる」
精悍そうな表情をたたえた男性は市長と名乗った。この人は異世界で世話になったギルド長が持つ雰囲気とよく似ている。
ギルド長は目的のために、いかなる手段を用いることもためらいをみせることがまったくなかった。
この足立市長はどういう人柄なのか、そのこと自体は興味を持ってしまってる。だがここは異世界じゃないので深入りするのは禁物。
足立さんが小林さんと賀島さんからなにを吹き込んだかは知らない。ただ俺としては面倒なことに巻き込まなければいいと願うばかりだ。
「……こんな状況で、それはとても役に立つ能力だな」
「そうですね」
流通センター内の空きスペースへ、収納から精米前の米を出していく俺の後ろで呟いた足立市長。
「芦田さん。事務室で待ってるから、作業がおわったらお茶にしよう」
「……はい」
次の空きスペースへ行く前に、足立市長から声をかけられた俺は観念したように頷いた。
「――わが市はセラフィ・カンパニーに運送を依頼する契約を結ぼうと思ってる」
「すみません。本社が徳島にあるんで、検討しないとわからないんですけど……
距離的にちょっと遠いかなと」
雑談から始まった対話の後に、足立市長から政府が支援を約束した食糧の運送についての話が出た。
「契約する事実がほしいだけだから、具体的な内容はまだ決めなくてもいい」
「……それを含めて検討させてください」
「前向きに頼みたい」
俺の返事を聞いた足立市長は頷いた。
第2次ゾンビ災害直後に政府とのやり取りに呆れた市長は市民を守るために独自の路線を選んだという。
電力を確保するために、付近の発電所から回収した設備で松山空港にソーラーパネルを設置したり、今治市の西にある石油備蓄基地から原油を抜き取ったりと、エネルギーの確保には腐心したと、市長が事務室でお茶を飲みながら教えてくれた。
志願する市民を農業や漁業に従事してもらったり、山から市内へやってきた野生動物を狩ったり、自衛隊に上陸した不法入国者の武装集団の排除を命じたりと、災害後の変化した社会で、足立市長は中々迫力のある指令を決断する人だった。
会社を作ったのは俺にして大英断と今さらながら思った。
この人とは個人的な付き合いするよりは、セラフィ・カンパニーを通しての業務受託にしたほうが、扱き使われずに済むと俺はそう決めつけた。
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