32話 多くの人が生き残れるというわけではなかった
高知市はゾンビが消えたので、政府から治安維持のために自衛隊がこの地域へ部隊を派遣した。
市内では1万人以上の生存者がいたことに驚かされた。
生存者たちの話によるとゾンビの襲撃により、警察と自衛隊は早い段階で全滅した。生き残った人々はできるだけ連絡を取り合い、市内の各所に残された食料品や農業倉庫にあったお米を分け合ったという。
漁船で魚を獲ったり、野生する野菜を採ったり、街に現れた野生動物を狩ったり、犠牲者を出しつつも雨の日を活用してお米を植えたりなど、ここにいるみんなで協力しながら生き延びてきたと、生存者たちはどこか誇らしげにこれまでの経緯を語ったものだ。
団結は力なりとはよく言ったもの。
やはりなにかの策を講じていれば、どんな苦境にいても集団としての人類は強烈な生命力を持つのかもしれない。
「それじゃね、セラフィちゃん。また会おうね」
「また会う日までお元気で」
「グレースさーん。応援してますんで頑張ってくださーい!」
「あなたたちも運があるから、ちゃんと生きるのよ」
セラフィとグレースは仲良くなった市民たちに別れを告げた。グレースに至っては若い男性を中心とする親衛隊が結成された模様。
「こらあ芦田あ。グレースさんとセラフィちゃんに迷惑かけたら承知しねえぞ」
「はいはい、あんがとよ」
どうやら俺は金魚のフン程度の価値しかなく、ここにいる嫉妬野郎どもからの罵詈雑言はすでに慣らされてる。
わりと新鮮な感覚だった。
もしゾンビの災害がなければ、普通の社会で美女の横にいる俺はこういう扱いを受けてたのかもしれない。
ちなみに雑賀のじいさんから請け負ったエアクッション型揚陸艇の回収について、セラフィのほうが合間を見て、砂浜に放置されてた艦艇を回収してきた。
「次の街も高知市みたいだったらいいのにな」
「……そうですね」
高知港で海から行く小谷さんの楽観的な期待に、俺はお茶を濁す程度の返事で返した。
セラフィが偵察し、小谷さんたち政府側にいつ伝えるべきかどうかと迷ってた情報を俺は持っている。
ゾンビは消えてなんかいない、あいつらは山の中にいるだけ。
ゾンビたちは高知市から離れて行くような行動を取り、のそのそと北へ向かって立ち去ったので、少なくとも今すぐにゾンビから襲われることはなさそうだ。
「……小谷さん。みんなが生存を喜んでいたから、言い出せなかったことがあるんです」
「お? 改まってどうしたんだ。
ひかるからの情報なら大事だから、なんでも言ってみろ」
セラフィの情報を小谷さんに伝えた。
市民を含めて、ここへ派遣された部隊もゾンビはいないと考えてるらしい。厳しい顔した小谷さんはすぐに出発を中断して、治安維持のためにここへやってきた大隊へ知らせに行った。
小谷さんたちを待つ間は暇だったので、グレースが海でクルージングを楽しんでいる間、俺とセラフィは観光で浜辺にあるお偉いさんの像を見に行ったり、釣りしたりと時間を潰した。
駐屯する大隊が偵察を行った結果、高知市付近の山中でゾンビの姿が見られなくなったようだ。
また、市内での捜索活動で得られた情報により、市に留まることを選択した首長を初め、多くの市職員と警官、それに自衛官たちは行方不明となったことが確認されてる。
政府内で一部の官僚や自衛隊の幹部から、高知市の保持に関する安全対策の不備や食糧供給の困難などの意見が提示されており、部隊が派遣される前に慎重論が出なかったわけじゃない。
だが高知市にいる生存者の希望があったこと、再建中の徳島市では受け入れ体制が万全でないことを考慮した結果、政府の方針により、最終的に高知市の確保と復興事業の計画が決定された。
今は海上自衛隊がゴーレム船を運用して、政府から市政を運営する人員と復興に必要な物資が高知市へ輸送されてる。
「この先もゾンビがいないかもしれないな」
小谷さんは晴れやかな笑顔を見せていた。
無人の高知駐屯地に入った大隊と政府から派遣された職員が市内での活動を始めた。
高知市の処置については政府が行政サービスを提供することになった。用事を済ませた俺たちは西へ進路を取りつつ、中断した探索活動を再開させた。
「――世の中って、そう甘くはないんだよなあ」
山間の小さな港町で沈む夕日を眺める小谷さんが気落ちしたように呟いてた。
高知市から出て、四国の西端から北へ向かって進んだ。各地の市町村はゾンビが今もうろついてる
それまでの道のりでいくつかの地方都市と港町を回ってみたものの、今までは2千人程度の生存者は発見できた。だが多くの町はゾンビばかりで人間は全滅だった。
医療を必要とする重傷者を医療設備が整えてる徳島市へ後送する以外、救助した生存者はひとまず高知市へ送ることとなった。
「夕食はできました」
「飯だあ!」
「ありがとう、セラフィさん」
小谷隊の隊員たちが船揚場に集まってくる。
「隊長、飯ですよ」
「……わかった。ありがとう」
堤防の上で一人で物思いに耽る小谷さんに壮年の隊員が声をかけた。
たとえ生存者から理不尽な言動を受けても、小谷さんは生存者を救助することに生き甲斐を感じてるようだった。
だが探索活動が続く中、行き先の家々で見かけるのはほとんどが白骨化した遺体で、無線で俺からの報告を受けた小谷さんは日に日に暗くなっていく。
なんとか小谷さんを励ましたいものだけど、彼とは仲が良いので、簡単に慰めの言葉をかけたくないと思ってる。
大変なときに伝えたい気持ちを言葉にするのは本当に難しいと感じてしまった。
「小谷さん。松山市は四国で最大な都市ですから、きっと高知市みたいにたくさんの生存者がいますよ。
助けに行きましょうよ」
「そうだな……
ありがとうな、ひかる」
小谷隊が午前中に獲ってきた魚をもらったセラフィが献立に選んだのは味噌汁だった。
堤防の上に座り続け、夕日が沈んだ水平線の先に今も視線を向けてる小谷さんのところへ、作りたての味噌汁を持って行く。
俺からの言葉をマグカップに入った味噌汁と共に受け取った彼は、少しだけ明るくなった表情で笑顔を向けてくれた。
フラグというのは知らずに立ててしまうもの。
小谷さんを慰めようと、考えが浅くてお気楽な俺が咄嗟に思いついた無責任な言葉には特別な思慮があるわけではなかった。
ただ小谷さんが元気になってくれたらいいとしか思っていなかった。
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