31話 入社した社員とアルバイトは大人気だった
セラフィ・カンパニー社の社員たちの視点です。
「るーさん。こんなこと言っちゃなんだが、あんたと違って娘さんのエリスちゃんは美人だね」
「ははは、よく言われますよ。妻に似ててよかったってね」
セラフィ・カンパニーの農業部門で部長職を勤める中谷は、流通部の新入社員で冴えない顔した阿智に半ば本気の冗談を飛ばした。
「これを特科隊に納品すればいいんですよね」
「ああ。無線で先方には伝えといたけど、今はぬか漬けしか提供できない。
植えてる野菜はまだ実ってないし、芦田会長からの船便がこないと出荷できないって謝っておいてくれ」
「わかりました」
「――るーさんるーさん!
佐山さん所へ行くなら注文があったアジの燻製をついでに持って行ってえ」
流通部の事務員さんが大声で阿智に呼び止めた。
セラフィ・カンパニーの流通部は徳島市内の運送を一手に担っている。その決め手になったのが燃料を必要としない大型ゴーレム車だ。
市役所、政府に自衛隊からはもちろんのこと、市内の新たに設立された民間企業からの依頼も多い。
近頃は田園地帯でゾンビを見かけないようになってからは、肥料や農具の運送を依頼するケースが増えてきた。
業務が急速に増加する中、滝本副社長と高橋総務部長の提案により、以前からあった貨物運送課と乗合バス課が流通部として統合された。
乗合バス課の課長だった細川沙希が初代部長のポストに就いた。
阿智親子が仕事を探すためにセラフィ・カンパニーで面接を受けたとき、激務にも耐えられるという阿智の自己アピールにより、手当は多いが激務によって休職者が続出した元貨物運送課の社員として採用された。
阿智は冴えない見かけによらず、体力があって人当たりもいいので、委託を受けた貨物の搬送先でお客さんからの受けがいい。
会社に急な仕事が舞い込んだとき、阿智なら問題なく対応してくれるということで、新入社員にもかかわらず、社内での評価も上々なものだ。
阿智の娘である恵理栖は大学の授業があるから、スウィーツハウス・セラでアルバイトとして採用された。
若干不愛想なところはあるものの、アイドル並みの容姿と可愛らしい声が男性客層に受けが良い。
エリスが出勤した日は、市民の間で般若の顔と恐れられてる特科隊の佐山副隊長が直接ケーキを買いに来るくらい、今やスウィーツハウス・セラでは欠かせることのできない貴重な戦力となった。
「じゃあ、るーさん。午後から食堂へ魚の搬送があるから、時間のほうは見といてね」
「はいよ。行ってきますわ」
午前中に発送する数々の食料品は、車内に仕切板と保冷機を設けた大型ゴーレム車へ搬入し終えたので、阿智は市内の各所にある依頼先へ向かって、荷物が満載されたゴーレム車を発車させた。
「連絡はありましたが、生鮮野菜がないのは残念です」
「すみません。会長からの入荷がないと今はなんとも言えないですよ」
「いいえ。ぬか漬けがあるだけでもありがたいことですから、阿智さんが謝ることはないです」
駐屯地に設けた荷下ろし場でセラフィ・カンパニーの業務を担当する熊谷は、頭をかく阿智へ責めていないことを弁明した。
「おっ? 阿智君はうちの熊谷をイジメてるのか?」
「え? そんなことはできませんよ、佐山さん。
クレームがあったら私が無職になっちゃいますよ。
とにかく娘が大学を卒業してくれないと、連絡がつかない妻にも言い訳が立ちませんから、本当に勘弁してくださいよ」
「……副隊長ぉ。
いきなり出てきてあることないことを言わないでくれますか?」
横から顔を出した佐山副隊長は、苦笑する阿智の隣にいるしかめっ面の熊谷から叱られた。
「ははは、熊谷君から怒られた。冗談のつもりだったが、すまんすまん。
――しかし阿智君はよく頑張るなあ。
エリスちゃんにはちゃんとお父さん頑張ってるぞって言っておくからな」
「いやあ、そういうのは照れますんで、やめてください。
――熊谷さん。受け取りのサインはお願いできますか?」
「5キログラム入りのぬか漬けが5箱、アジの燻製が10匹入りで50箱……ちゃんと揃えてます。
はい、サインしました」
「ありがとうございます……
伝票の控えをどうぞ」
佐山と会話を交わしつつ、阿智はつつがなく引き渡しの作業を熊谷と進めている。
「頑張れよ、阿智君」
「ご苦労様です」
「ありがとうございました」
ゴーレム車に乗る前、阿智は佐山と熊谷からのあいさつを人当たりのいい笑顔でお礼を言った。
「じゃあ、エリスちゃん。幕の内弁当二つはできたわ。
いつものようにお父さんの給与から天引きしておくから、持って帰りなさい」
「ありがとうございます」
セラフィ・カンパニーが直営するセラ食堂で、阿智との夕食を受け取った阿智恵理栖はぺこりと頭を下げて、食堂のおばさんからお弁当を受け取った。
「エリスちゃん。今日の夕食はお弁当か」
「こんばんは、サキおねえさん。
エリスは料理が下手なので、時たまここで買ったほうがお父さんは喜ぶのです」
「るーさんはよく頑張ってくれてるからね。
今度うちに食べにいらっしゃいよ。ご馳走は用意するからね」
「ありがとうございます、サキおねえさん。
お父さんに言っておきます」
食堂を出る前に流通部の部長である細川から声をかけられたエリスは、ちょこんと可愛らしく一礼して、ゆっくりとした歩調で食堂から出て行く。
「エリスちゃんは可愛いねえ」
「そうね、冴えない阿智さんの娘とは思えない。
――ところであんたはなに色気出してんのよ、つよしくん。可愛い嫁さんにチクるよ?」
「そんなとちゃうよ。あんな娘がほしいってことだから」
閉まった扉へ優しそうな視線を向ける十河に、細川は同意しつつも笑いながらからかってみせた。
「いつもありがとうね、エリスちゃん」
「おねえちゃん、ありがとう」
「いいえ。食べきれないですから、気にしないでください」
近くに住む母子家庭へお弁当を持って行ったエリスは親子から感謝されて、別れのあいさつに手を振りながら、古い市営住宅の最上階に住む親子の家から離れた。
「あら、エリスちゃんじゃないの」
「こんばんは、佐々木おばあちゃん」
「またお父さんを迎えに行くのかい」
「はい。お父さんは川が好きだから」
吉野川に近いこの市営住宅は家賃が安く、ここで住む阿智親子は近所の人たちから仲の良い父親と娘で知られている。
吉野川の畔で阿智は川面に映る月の光を眺めてた。
「お父さん。お仕事、お疲れさまです」
「やあ、エリス。
人間らしくなってきたな」
後ろに立つエリスのほうへ振り返りもしないで、阿智はただ流れていく川を見ているだけだ。
「川が好きなんですね、お父さん」
「ああ。これだけでご飯三杯はイケるよ」
「……ごめんなさい。お弁当は長野さんのところにあげてきました」
「いや、謝らなくてもいい。人間の例えを借りただけの話だからそれでいいんだ。
川を眺めながらご飯を食べるつもりはないし、そもそもおれたちはご飯なんて食べない」
川から吹いてくる風でエリスの髪は乱され、彼女はそれを気にする素振りをみせずにただ阿智の後ろで佇んでいるのみ。
「先ほどヴィヴィアンからの無線連絡が入ったが、高知のほうであの人間を見かけたそうだ。
メリッサが高知市から同類を山へ引っ込めたのは悪くない判断と思ったから、海側の都市部もそうするように命じておいた」
「そうですか」
「メリッサの目撃情報と社内で聞いた話をまとめると、あいつは四国で人間を探し回っているみたいだ。
それなら同類はいないほうがなにかとやりやすいし、人間に関わっている間はこっちに戻って来れないだろう」
「お父さんはまだこちらのほうで情報収集しますか?」
エリスからの問いかけに阿智は口に右手を当てて、しばらくの間は考え込んだ。
「そうだな……
配達のおかげで人間たちの防衛体制はだいたいわかった。
でも人間の生活を過ごしてみると中々趣があって退屈しないから、あの人間がここへ戻るまで留まるつもりだ。
なんだ、エリスは嫌か?」
「いいえ。お父さんと一緒にいられるなら、どこにいったってかまいませんわ」
「人間の父親なら泣いて喜ぶセリフなんだろうな。
エリスは人間の生活を学んでくれ。帰ったらみんなに教えてやってくれ」
「わかりました、お父さん」
川辺にいる阿智親子は動かないまま月明りを浴びていた。
人間たちの社会に潜り込んだ不死者はトラブルを起こすこともなく、アジルは運送の仕事で人間がこの地域に構築する防衛体制を観察することに余念がない。
彼とフェリスが集めたすべての情報をメリッサに伝えた後、果たして彼女がどんな戦術を練り上げてくるのだろうかと、アジルはハーレムメンバーであるメリッサの行動をとても楽しみにしている。
外見が人間と変わらず、呼吸という形で魔力吸収ができるドラウグルはすんなりと人間の社会へ潜入しました。ただし、バレないように心掛けているので人間と普段の付き合いは少ないと想定しています。
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