29話 調査した駐屯地は誰もいなかった
強い仲間を連れたあの人間が歩いてると配下が報告したので現場を見に行った。
「アジル様の言ったあの人間だ」
真っ赤なもやがかかった人間二人とピンク色のもやがある人間が一人。
なぜここにあの人間がいるのはウチにはわからないが、まだ軍勢を集まりきれてない今、あの人間と衝突するのは得策ではない。
「お前たち、市内にいるすべての同類を山に引き上げさせて。
それと今後はあの人間の監視を続けて」
「ハイ、メリッサ」
こっちへ来てから容姿が麗しい同類たちを選んで、行動をともにしながら成長させた配下たちへ命令を下した。
「見つかった時は反撃するがなるべく近付くな。
それとあの人間がこっちに来ていることをヴィヴィアンに知らせてきて」
アジル様は人間たちのところへ行ってるので、ヴィヴィアンに連絡すればアジル様に伝えてくれる。
カッサンドラから武器と防具は継続的に送られてくる。だが全員に装備させるには至っていない。当分の間は人間に見つからないように、山の中で籠りながら訓練を続ける。
ブタという生き物を追いかけているあの人間は、いったいなにを考えてるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
生き物は総じて逞しい。野生化した野菜もいいが、野生化した家畜や家禽も悪くはない。
「待て待てええ」
「ブキーー」
必死に逃走する野ブタを追いかける俺。
だけど野ブタはこの先に網を持ったセラフィが待ち構えていることを知らない。捕まえた野ブタなどの家畜は川瀬さんへの献上品だ。
「セラフィ、今だ!」
「はい、ひかる様」
「ブキーー」
大きな網にかかった野ブタと俺。
「ひかる様も捕獲しました」
沈黙したまま網の中から報告するセラフィを見つめる。なんだかとても楽しそうに見えたので、俺も文句はいうまいと心に決める。
「ちゃちゃっと歩きなさい」
「ブキーー」
横ではグレースが捕獲した野ブタに蹴りを入れて、ゴーレム車の中へ追い立てる。願わくばご主人様である俺をあのように追い立てないでほしい。
農地が広がるこの町にある農業倉庫の中で、まだ食べられそうなお米は発見することができた。ただゾンビタヌキが走り回り、猛威を振るってそうなここは、残念ながら生存者を見つけられなかった。
「明日は駐屯地だな。
武器弾薬が残ってたらゴーレム船を頼む」
「相談ですけど、明日は野菜を採取しておきたいので、明後日でもいいですか?」
「そうか、そう言えば休みなんて取らなかったもんな……
わかった、こっちも休みを取るようにする」
いつものように小谷さんたちと浜辺で夕食を取る。
小谷隊は本部に居残るメンバーと交代しながらの勤務で、隊長である小谷さんは俺たちと同じ、徳島を出てからずっと休んでいなかった。
いくら行動自体は自分たちで決めると言っても、やはり適切に休みを取っていかないと精神的にきつい。
それにグレースもそろそろキレそうだから、彼女を宥めるためにも採集を言い訳にして休みを取るつもりだ。
翌朝、グレースが元気になって俺は衰弱となった。
セラフィの手を借りなくても歩けるのだけど、こういう遠征のときになるべく手加減してほしいものだ。
「やつれてるなあ。最初に聞いたときは爆発しろコノヤローって思ったけど……
ハッキリ言って苦役だなっ」
「……」
憐れむような視線で見てくるのは小谷さん。
グレースと俺のなれそめに興味を持った彼は、だいぶ前に行われた捜索任務の休憩中に本人へ問い合わせたらしい。グレースはグレースで話を盛りながら、当時の小谷隊の隊員たちへ俺との出会いをおとぎ話のように言い聞かせたみたいだ。
やつらは物理的な攻撃が俺には効かないと熟知した上で、しばらくの間はどこからとなく物が飛んで来たり、落とし穴に誘導されたりして、嫉妬を絡んだイタズラが続いた。
一度だけ俺が朝のときにふらふらと今にも倒れそうなところを見かけてから、やつらはどこで手に入れたかは知らないが、明らかに期限切れの精力剤を差し出してくれた。小谷隊からの嫌がらせはそれっきりでぴったりと止んだ。
ちっともありがたくない見舞い品だった。
「悪いな。昨日のは夕方まで付きまとったりして」
「いいですよ。徳島駐屯地の件でしょう」
昨日は小谷隊と一緒に野生化した野菜の収穫に励んだ。商売することを考えてる俺と違って、隊本部の仲間に食べさせてあげたいと、野菜を手にした隊員たちの笑顔が眩しかった。
徳島駐屯地で武器と弾薬がなくなったことを疑われている俺の近くで、小谷さんはわざわざ無線を使い、一緒にいることを大声で報告した。
採集した野菜はセラフィが種類ごとに段ボール箱に入れた。小谷隊が生存者を後送するときに船内に置き場がある場合、同じ船便で徳島港まで輸送する手筈になってる。
「ははは。まめに報告でもしておかないと、ひかるはなにかと誤解されやすいやつだからな。
まあ、気にするなって」
「気にしてませんよ」
「ちょっとは気にしろって。
――じゃあ、護衛を頼もうか」
運がいいことに、ゾンビが見当たらない道を歩く俺たちと小谷隊は、肩を叩いきてくる小谷さんの掛け声で高知駐屯地へ行くために全員が歩き出した。
運がいいにもほどがある。
辺りはサルの群れなどの野生動物が駐屯地内を走り回るだけで、動物型のゾンビの姿はまったくいなかった。
「建物の中に潜んでるかもしれないから警戒は怠るな」
小谷さんが部下に命令を下してから人はおろか、人型ゾンビがいなさそうな駐屯地の中を見回りつつ、大きな建物へ足を運んだ。
「グレースさん。なにか思念を感じるか?」
「別になにも」
グレースが感じるのは負の感情だから、彼女の返事に小谷さんが一瞬だけ顔を暗くした。
負の感情がないということは元気でいるのか、それとも全滅したということかだ。この場合は駐屯地にいた自衛官たちは殉職した可能性のほうが高い。
「ひかる。すまないが護衛でゴーレムを貸してくれ」
「汝らに命ず。人族を守りつつゾンビを見たら叩け」
駐屯地の建物ということで、民間人である俺が同行するのは遠慮してほしいということだろう。別に行きたいとは思わないので、ここは快くメイス持ちアイアンゴーレムを護衛につかせた。
「ちょっと見てくるから待っててくれ」
小谷さんは分隊とアイアンゴーレムを連れて、建物の中に入っていく。
「食べますか?」
「ははは。気持ちは嬉しいが任務中だから饗応には応じられない」
一緒にいる留守番の分隊長さんは俺が差し出すサンドイッチを残念そうに眺めてる。セラフィの手作りだから、たぶん食べたかったと思ってるのだろう。
俺としては黙って一人で食べるのもなんだし、一応は声をかけておいたほうが食べてるときにお互いに気まずくならないと考えただけ。
「――ひかる。市内へ見に行こう」
「はい?」
「動物がいるだけでだれ一人いなかったし、ゾンビすらいない。ここは明らかにおかしい」
サンドイッチを食べ終えた頃、建物で捜索に当たった小谷さんたちが早足で建物から出てきた。
隊員たち小谷さんは居残る分隊が引き続き駐屯地を捜索するため、俺から借りた護衛のゴーレムをここに置いてほしいと頼まれた。
居残る分隊とゴーレムに見送られて、俺たちは市内のほうへゴーレム車を走らせた。
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