26話 生存者たちは逃亡することが先だ
とある街の生存者たちの視点です。
なぜかゾンビが消えた東かがわ市で、わずかに生き残った生存者は街にある庁舎へ集合した。
「どうする? 食べられ物はほとんど残ってないぞ」
「そうだな。どこかへ助けを求めに行くのがいいかもしれんな」
「どこかってどこよ。この様子じゃ、どこもかしこも食べ物なんて残ってないと思うわ」
「なににしてもガソリンが駄目になっちゃって、車は使えないよ」
ゾンビがいなくなった街で数十人の生存者が庁舎に集まって話し合ってる。
「鳴門市方面に行こう。自衛隊に助けてもらおうよ」
「……この街じゃ見ない顔だな。だれだあんた」
親子連れの冴えなさそうな男性が懸命に訴えたところ、生存者の一人が不審そうな表情で質疑した。
「娘と二人旅してるときにゾンビに襲われそうになったんだ。
それで山の近くにある体育館に入れてもらったけど、受け入れてくれたみんなが死んじゃって……
あれから雨の日に逃げ回ってたんだよ」
「そいつは災難だったな……
娘さんと一緒によく生きてこれたもんだ」
すっごく可愛らしい高校生くらいの女の子が鉄パイプを持った父親に抱きつき、生存者たちが気の毒そうにその様子を眺めた。
「私と娘が最後に立てこもったのは海辺にある家だから、そこで自衛隊の艦艇が通り過ぎったところを見たんだ」
「それは本当か?」
年老いた男性から冴えない男性に問いかけて、冴えない男性は力強く頷いて見せた。
「ああ。だからあっちのほうへ逃げようかなと思って、食べ物を探しにこっちへ来た。
そうしたらここにみなさんがいるのを見かけたんだ」
「「……」」
街の人たちは一斉に黙り込んだ。
「少しだけ食べ物を分けてもらえたらここから立ち去ります。
私の分がなくても、せめて娘の分だけでも……
娘を、娘だけでも……」
「お父さん……」
両手で顔を覆い、その場でくずおれる男性を娘がしゃがみ込んで父親の肩を抱きかかえた。
「よしゃあんた。俺があんたと一緒に見に行くよ」
「三田さん……」
「ここにいても死を待つだけだ。この人がそういうなら賭けてみようじゃないか。
なあ、あんたの名は?」
「……阿智です。阿智流羽といいます」
阿智という冴えない男は声をかけてきた三田という街の人に自分の名を告げた。
「阿智さんか。わかった、俺があんたと一緒に行くよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いいっていいって、気にすんな」
何度も頭を下げる阿智に、三田はその肩を叩いた。
「お父さん! ゾンビが!」
阿智の娘が指す方向に建物からのそのそとゾンビが出てくる。
「いなくなったじゃなかったのか!」
「あれ、吉田さんとこの婆さんだ!」
「んなこったどうでもええわい! 家に逃げるぞ」
「みなさん! わたしは逃げるために船を用意した。一緒に逃げましょう」
ゾンビで慌てふためく人々に阿智は大声で提案した。
「船だってあんた、動かないじゃないか」
「櫂があるので一緒に漕いでくれるなら逃げられかもしれない」
ゾンビがゆっくりと近付いてくる中、街の人々はお互いの顔を見合わせる。
「……もう迷ってる暇はない!
――阿智さん、案内してくれ」
「はい!」
街にある漁港へ全員が走り出し、足腰が弱いお年寄りを壮年の男たちが背負って、足の遅いゾンビから逃げ出した。
「……フェリ――恵理栖、呼吸はちゃんとしろよ」
「アジ――お父さん、ごめんなさい」
激走しているにもかかわらず、息切れしない阿智親子はみんなを先導して港で停泊中の漁船へ乗り込んだ。
「阿智さん。あんたのおかげで助かったよ」
「いいえ、とんでもない。みなさんが漕いでくれたから逃げられたんだ」
「俺はここに残るけど、あんたは徳島に行くんだってな」
「はい。向こうのほうで仕事があるみたいで、娘に食べさせるためにも働かなきゃいけないよ」
「鳴門市にいるから、また会おうや」
「はい。三田さんも頑張ってください」
東かがわ市から逃げた生存者たちは漁港で上陸してから、鳴門市の北にある櫛木坂辺りで検問所を設けた自衛隊員に救助された。
三田たち一部の生存者は、鳴門市で進められてる復興事業の工事に仕事を求めるつもりでこの地に留まる。高齢者を含む残りの生存者たちが食事を支給する徳島市へ行くこととなり、その中に阿智親子の姿があった。
「それじゃ、行きますよ」
一般的にみられる車ではなく、金属で作られた四角で異様な車両に乗せられて、阿智たちは徳島市へ向かう。
「お父さん、これ……」
「ああ、魔力で動いてるね。
――シッ、人が来る」
後ろの座席で座る阿智親子は小さな声で会話しているところへ、若い自衛官が聞き込みしながら親子の前に立った。
「えっと、お名前は……
阿智さんですね」
「はい、そうです」
へりくだった態度で阿智は若い自衛官へ返事する。
「戸籍はどちらですか?」
「金沢のほうです。
……妻がですね、連絡取れないんですよ……親父も……スン」
「あ、いや。阿智さん、泣かないでくださいよ。記録しなくちゃいけないんで、それで教えてもらっただけです。
日本海側でしたら確認が取れませんので、口頭だけでいいですよ」
「お父さん……」
父親を慰めるように抱き寄せるエリスに、若い自衛官はその美貌に見とれてしまった。
「あのう……」
「――いやっ、すいません。あまりにもきれいからついに……」
「――」
ストレートな言い方に、エリスが警戒したように阿智の体を強く抱きしめる。
「す、すいません。怖がられたみたいでまいったなあ……
ま、まあ、徳島市に着いたら戸籍登録してくださいね。
それじゃ、本官はこれでっ」
そそくさと逃げるように阿智親子の前から立ち去る自衛官の背中を見つつ、阿智はエリスに笑いかける。
「人間相手だと美人は得するな」
「よくわかりませんが、おとうさんの役に立つならそれでいいんです」
「説明会で聞いた通り、向こうに着いたらお前は大学に行け。それとより多くの情報を得られるように、アルバイトもしてもらうつもりだ」
「はい、仰せのままに」
だれにも聞こえないように阿智親子は途切れた会話を再開させた。
球場だった場所を通り過ぎ、橋を渡ってから窓の外では畑や田んぼと家々の風景が広がる。
東かがわ市から脱出を果たした生存者たちを乗せたバスは徳島市へ向かって、車が見られない道を走っていく。
潜入作戦発動です。
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