11話 友人の実家はお墓となった
護衛役のアイアンゴーレムが襲来する顔見知りのゾンビを安らかに眠らせる。頭をパーンっとね。
「こいつら、ちょこまかとウゼえぇ」
「ウォンウォン——キャンっ」
近付いてきた小型犬やタヌキのゾンビは、異世界で愛用したアダマンタイト製のメイスと足蹴りで引導を渡す。全身を庇えるプレートアーマーが対ゾンビ戦で有能なのは異世界でも同じことだった。
村の中を歩いているといつもお世話になっている豪邸が見えてきた。友人の三山君の実家だ。
おじいさんは先ほどメイスで頭を砕いて、ご遺体はアイアンゴーレムに持たせてある。ゾンビになったとはいえ、お世話になったのは事実だから、おじいさんが住み慣れた家の庭に埋葬するつもりだ。
「汝に命ず。ここに穴を掘れ」
庭にある柿の木がある場所にアイアンゴーレムへスコップを持たせてから指示を出した。以前に三山君からもらった柿が美味しかったので、ひょっとするとこの木で収穫したかもしれない。
せっせと穴を掘り出すアイアンゴーレムを放っておいて、家の捜索に2体のアイアンゴーレムを連れて、俺とグレースは玄関へ行く。残りのアイアンゴーレムはゾンビの襲撃に備えて敷地の警備に当たらせた。
玄関先にいたはずの番犬がいない。
番犬と言っても年老いたあまり咆えない雑種犬だった。その子がどこに行ったと考えながら玄関扉を開けると老婆から歓迎するかのような熱い抱擁に肩への噛みつき、番犬だったゾンビの老犬が脛のあたりに牙を突き立ててきた。
鎧を着こんでなかったら俺もゾンビの仲間入りするところだった。これからはちゃんと気を付けなくちゃ。それと肩のところに老婆のよだれがべったりなので、後でグレースの火炎魔法で炙ってから、空間魔法で収納する前にペットボトルの水で洗浄しなくちゃな。
歯がボロボロになった三山君のおばあちゃんを庭へ投げ出して、ゾンビ老犬の頭を全力で蹴り飛ばす。老女ゾンビはアイアンゴーレムが持つメイスで頭が砕かれてしまい、力が抜けたように動かなくなった。
老犬のほうは言うまでもなくただのしかばねとなった。
消毒する意味を込めて、三山君のおばあちゃんも番犬も、あとでおじいさんと一緒に焼却してから お墓に埋葬してあげよう。
前に三山君のおばあちゃんとリビングで長々と世間話をした。
香りのいいお茶とかしわ餅はとても美味しかったけど、おばあちゃんのお話が長すぎてすごく眠たかったのは今でもよく覚えている。
この家は長男夫妻が定年退職で帰ってくるから建て替えたばかりだそうだ。二世代が住めるように玄関は別々にして、一階はおじいさんたちが住み、二階には先に引っ越してきた長男夫妻の絶賛引きこもり中の長女が住んでいたはずだ。
そういえば引きこもりということで、おばあちゃんが山籠もりの俺になぜか紹介しようと躍起になってた。こもり繋がりで。
「——あらやだわ、私ったら。お年寄りがいつまでべちゃくちゃしゃべってるかしら。隣の山本さんに用事があるから、あとはお若い二人でお喋りを楽しみなさい」
「あ! ……(おばあちゃーん! 置いて行かないでぇー)」
「……」
若い二人に任すと言って立ち去った三山君のおばあちゃん。
ってか、三山君の従姉は若くないよね? 気のいい優しい子だよって言われても、30代過ぎで目の前で無言のままジッと見てくるお姉さんを俺にどうしてほしいと? その後はおじいさんが帰ってくるまで、二人の間には耐えがたい沈黙が長々と続いたとさ。
来た当初に心の中で嘆いたあの時。三山家にはそんなちょっと辛かった思い出があったんだ。
三山君にそのことを伝えたら大爆笑された。
あいつが九州の会社に就職したのはいいが最後に来た連絡は二月ほど前のことだった。九州のほうは大変な状況になったらしくて、どうにか実家へ帰りたいと最後のメッセージが来てた。
連絡はもう取れないけれど、三山君もちゃんと生きていたらいいなあ。
玄関に入ると床の上は小動物の泥が付いた足跡がいっぱいだ。
外から見る限り、ほとんどの窓はシャッターで閉められている。中を確認すると一階の窓はガラスがほとんど割られていないのにゾンビの侵入を許してしまった。
その答えは和室にある横に長い地窓だった。防犯格子が付いてなかったその窓はガラスが割られていてなにかの血がこびり付いてた。
電気が来ていないために家の中は昼間でも暗い。わずかに地窓や小窓からの光で家の中が目視できる程度だ。
二階でなにかが歩いている音が聞こえてくる。
「グレース、二階を見て来て」
「ええー? いいけどぉ」
面倒そうにグレースがわざと足音を立てて、二階のほうへ上がった。
しばらくすると両手で女性のゾンビとゾンビタヌキの首を掴んだままで一階に下りてくる。反抗ができないお姉さんとタヌキのゾンビコンビは、四肢をバタバタさせつつカチカチと噛む音を立てている。
「これ、捕まえたよ」
「ア゛ーア゛ーア゛ーア゛ー」
「ギャーギャー」
初めて三山君の従姉の声を聞いたのに、ああああとはなにごとだ。俺は勇者じゃない、勇者は今でも異世界にいる。あいつらとは気が合いそうにないからこっちに帰って来るな。
「庭のほうで永眠らせてあげて」
「わかった。首を斬り落としておくね」
物騒な言い方しない、ほかに言いようがあるでしょうに。
「火葬するから穴の中に並べてよ」
「はーい」
バタつくゾンビたちの首筋を軽そうに掴んでるグレースは玄関から出て行った。
すでに生者がいないこの家に、食糧や使えそうな日用品が残されているかどうか、心の中でお断りを入れてからまずは厨房のほうへ足を運んだ。
米びつには少し変色した精米済みのお米があった。
食器棚の下にゴミ袋があったので、一枚を取り出してからお米を入れていく。砂糖や塩、醤油など調味料や小麦粉は別のゴミ袋に収納した。
冷蔵庫の中に入ってあった卵や野菜にお肉、パック入りの牛乳などの食品は電気が切れたために腐敗してしまい、鼻がもげそうなくらいな悪臭を放っている。
床下収納庫を開けると予備の砂糖や塩などの調味料が見えたので、これらは持っていくことにする。
土間にゴミが袋ごと捨てられているし、家の中を見ても荒れた様子は見当たらなかったし、三山君の祖父母と従姉はゾンビタヌキに襲われるまで家の中で生活していたのだろう。
おじいさんが外にいたということは、襲撃されたときに助けを求めに行ったか、おばあちゃんと従姉さんを置いて逃げたか、そのいずれなんだろうか。
おじいさんの名誉のために、助けを求めに行って襲われてしまったことに勝手に決めつけた。
土間には水を入れたポリタンクがいくつもあって、断水するまでに貯めておいたものだと思う。もう少し早くゾンビのことに気が付いていたら、三山君の実家を俺は助けられたかもしれない。ただそれはたらればの話で、世の中はなるようにしかならない。
世話になった人たちを埋葬してからこの家から出よう。
服とか日用品とか、どこかのホームセンターで手に入れればいい、ここにある物は食品以外に持っていく気がなくなった。親しくなくても、おじいさんとおばあちゃん、それに従姉さんが住んでいたこの家を荒らすつもりはない。
もしも三山家の人が生きていて、ここに帰ってくることがあったら、家財道具の処分はその人たちに任せよう。
家の戸締りを確認して、靴入れの上にあったカギで玄関扉を閉めてからポストの中に入れた。
庭で待つグレースに火炎魔法で三山家の合同火葬を頼んだ。
プレートアーマーを脱いだ俺はそれをグレースに火炎加熱で消毒させて、ペットボトルの水で洗い流した。アーマーが乾くまでの間は頭が空っぽのまま、眩しい青空で流れていく雲をただただ眺めていた。
全話予約投稿済みですのでエタはありません。
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