23話 お大臣様は娘たちに甘く接した
「むむ、いつ見ても憎らしい顔した小僧だのう」
「お父様、お茶をお入れしましょうか」
「おお、セラフィ。すまんのう、お前のお茶を楽しみにしてたわい」
元気な雑賀防衛大臣がセラフィに崩れたニヤケ顔をみせる。
俺たちの身分を保証してくれた雑賀大臣は引き受ける際、出された条件がグレースとセラフィからお父さんと呼んでほしいとのことだった。
出会った時点でざっくばらんに話しかけてくるこのじいさんに、珍しくグレースのほうが意気投合となった。
「お父さん、ちょっといいかしら?
わたしねえ、今クルージングにハマってるんだけどお、速い船がほしいなあ」
「よしゃよしゃ、わしに任せぃ。
――これ君、はやぶさ型ミサイル艇を娘に回せるように手配しなさい。
どうせあれも使わんやつを引っ張り出したものだから問題はさせない」
「やめろや、クソじじい」
グレースはクソじじいに抱きついて悪のりしない。
クソじじいも危ないものを恣意にあげない。
秘書官も困った顔で真面目に連絡を取ろうとしない。
――ツッコミが大変だよ、まったく。
「なんじゃ、娘を誑かす小僧!」
「だれがだ! このクソじじいが」
たぶらかすもなにも、たとえ名義上だけであっても、グレースは俺の奴隷でセラフィは俺のメイド。
なんでここにくると毎回こんなくだらない漫才しなければならないのだ。まったくクソじじいにはいい加減にしてほしい。
「お茶を入れました」
「すみません、ありがとうございます」
「これこれ君。娘が入れたお茶じゃ、心してありがたく飲めよ」
「恐れ入ります」
クソじじいは部下をイジメない。
秘書官も真面目にセラフィへお辞儀しない。
――そろそろ話に入りたいけど、これ、いつまで続けばいいの?
「前にやり過ぎるなって言ったろ、小僧」
「……すみません」
雑賀のじいさんと最初に顔合せのとき、政府であれ自治体であれ、行政から頼られてもほどほどにしなさいと忠告を受けた。
脳内に深く刻み込んで忘れることはなかったのだが、渡部さんたちへ食糧を納品したとき、小谷さんと生存者を発見したとき、その喜んだ顔が俺には嬉しかったのだ。
「娘たちを連れて、お遍路へ行きなさい」
「はい?」
真剣な顔で雑賀のじいさんが理解できない提案してきた。
お遍路さんって、確かに四国にある88箇所のお寺を巡拝する旅紀行、今ならもれなくゾンビがついてくるので、とてもじゃないけど行く気にはなれない。
「お遍路というのはたとえじゃが、いましばらくここから離れて四国を回ってきなさい。
――ああ、ゾンビなら心配しなくてもいいぞ。
自衛隊もそう捨てたもんじゃない、お前さんがいなくとも国民は守ってみせるわい」
「……ここから離れるんですね」
「そうじゃ。3人ともいなくなったら、バカどもにもありがたみが出るじゃろて」
「ありがたみって」
率直な言いように思わず吹き出しそうになった。
「お前さんところの会社の警備は心配せんでいい。
なあに、いつも娘が頑張てくれてるんでのう、そのくらいは手配させてもらおう」
「まあ、お父さんったら」
「うむ。娘のためなら父親は頑張るべきじゃわい」
――住民を守ってくれるのはありがたいけど……なにこの安っぽい芝居は?
「とにかく、今回は白川君とわしら自衛隊からの依頼以外に、ほかはなにも受けるなよ?
徳島市なら自分で話をつけるのじゃな」
「わかったよ」
ホイホイと業務を引き受けてしまう俺自身もどうかと思うけど、軽々しく依頼してくる側にも問題があると、雑賀のじいさんが暗に伝えてきた。
きっぱりと反論できないのがちょっとつらい。
「四国を回って、各地の市町村と駐屯地の現状を確認してきてくれぃ。
無人なら残されたものを取ってきなさい」
「しかし徳島駐屯――」
「なに言ってんじゃ小僧。もう佐山から依頼を受けたろ?」
「え?」
「取ってきてもええように記載しておるはずじゃ。まさか見てないわけではないじゃろな?
とにかく帰ったらちゃんと契約の内容を確認することじゃな。
——まったくこのバカたれぃは……娘たちの今後が心配じゃわい」
「……あいよ」
こっちは社内の承認を急いでたから、契約書の大まかの条件と報酬に目を通してからすぐに知恵さんに回してしまった。
佐山さんはこうなることを知っていて、わざと雑賀のじいさんに面会するように提案したと悟った。
きっと熊谷さんからの契約に四国にある駐屯地の偵察依頼が含まれてると、俺は書類を会社に投げてばかりで、自分の目で確認しなかったことを反省した。
つくづく自分の甘さとうかつさに笑いたくなる。
「身内の恥だから娘にしか言えないことだがのう、聞いてくれるか」
「なになに、お父さん」
雑賀のじいさんがグレースを相手に、わざとらしい会話をし始めた。
「許可したくなかったにもかかわらず、だ。
徳島にある港と空港を奪還して、岸和田市役所で生存者を救助したことに気を良くしたバカたちが、橘湾火力発電所を取り戻す前に高知にある駐屯地へ部隊を派遣したのじゃ」
「ふーん……それでそれで?」
「上陸したのはいいだが駐屯地の近くで待ち伏せされてのう、上陸部隊はほぼ全滅、エアクッション型揚陸艇まで放棄して逃げて帰ってきた。
怒る気も失せたわい……」
「アハハ、本当におバカさんだわ」
いつの間にかそんなことが起きてた。
もっとも、それは自衛隊の作戦だから民間人の俺が聞ける話ではない。岸和田城に立てこもった人たちが救助されたのはいいことなのだが、城塞拠点についてお話してみたかった思いは今も残ってる。
「それで、お父さんはどうしたいの?」
「嘆かわしいことにバカばかりじゃよ、まったく。尻拭いをこのじじいにさせようとするのが情けない。
……どこかの親孝行の娘が取りに行ってくれるのかねえ」
わざとチラ見するような仕草をみせる雑賀防衛大臣。この白々しさはどうにかならないものかと気が抜けそうだ。
「うん。そんなに大きくない船なら、セラフィが取ってきてくれるよ。
――ねえ、セラフィ」
「はい。さすがに護衛艦は無理ですが、ある程度の大きさなら大丈夫と思います」
「おお、いい娘を持ったわしは幸せ者じゃ。
くぅ……亡くなった妻に会わせたかったなあ」
本人たちはどういうつもりでホームドラマを演じてるかは知らない。少なくても会話中にずっとチラ見してくる雑賀のじいさんは俺に仕事をやらせる確信犯だと断定できた。
「そうじゃ、小僧。急いでこっちへ戻らんでもいいぞ。
艦艇が入港できなくてのう、和歌山のほうで小林くんが困ってるから和歌山港を取り戻してやんなさい」
「和歌山港ですか?」
「そうじゃ。依頼の報酬なら和歌山と一緒に払う。
それと暇があるときはのう、自衛隊が使う近接用の装備を作ってやってくれぃ」
「注文の多いじいさんだな。
——はいはい、言われた通りにやりますよ」
「口の減らない小僧じゃのう。年寄りを敬う気はあるのかのう」
毒を食らわば皿まで。
四国を時計方向に回って、和歌山へ行ってから帰って来よう。それまでの業務は滝本副社長にお任せしてもいいと信じて、仕事はすべて丸投げにする。
ゾンビ対策とみんなの仕事用に、250体ほどのウッドゴーレムをミクに預ける。徳島市の守備なら自衛隊さんが担当してくれる。
この場合は自衛隊が国民を守るという、本来の在り方に戻ると考えるべきだ。
雑賀正三(66):防衛大臣。自衛隊で3等陸佐まで勤め上げ、退官後は地元で市会議員となった。国家の防衛問題で歯に衣着せぬの言動が若者の間で人気となり、衆議院選挙に出馬して議員となった。第1次ゾンビ災害の後に大臣に任命された。
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