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22話 疑われるのは腹立たしいことだ

 和歌山市のほうでは落ち着きを取り戻したことで、食事は現在でも配給制を維持するものの、従来の貨幣を用いた経済活動へ移行した。


 使用する貨幣は前川さんたちは小林知事の依頼で、市内での警備に当たりつつ、市内の各所にある銀行や店舗から回収してたらしい。


 政府と協議を重ねた結果、経済犯罪を防ぐために使用する紙幣には和歌山市の市章で作った判子が押されてる。硬貨のほうは加工が難しいということで、そのまま使われることとなった。



 移行した当初は捜索に出かけた数人の自衛隊員からの横流しで保護地域外から硬貨が持ち込まれたり、通帳を持ってきて自分の資産を主張したりと、市役所に押し寄せる人々によって一時的に混乱があったものの、今では落ち着いてきてると航さんから教わった。


 お金の使用は和歌山に住む人々の労働に影響を及ぼした。商品こそまだ品数はそろっていないが、やはりお金で物が買えるということで、市民たちは働くことに積極的になったようだ。



 なぜ和歌山での経済活動の話を俺が考えていると問われれば、それは今までの報酬を通貨で清算される話が小林さんから通知が送られてきたためだ。


 徳島市のほうも政府からの勧告を受けて、和歌山市と同じ経済体制へ移るための事前準備が進行中。


 テストケースとして、この前に俺たち異世界帰り組の労務費は市章のついた紙幣でセラフィ・カンパニーへ一部の報酬が支払われた。



 警備契約では俺たち異世界帰り組3人がおもに危険地域での捜索や各種物資の収集、または人員救助活動を目的としてもので、学校へ行くミク以外の自警団員たちは市役所や合同庁舎などの警備員を依頼されてる。


 ミクは有能な警備員として自任してるものの、学生は勉強が本業だから働くことを禁じてやった。


 当の本人は落ち込んだ様子をみせたために良子さんが気遣って、ミクは放課後に会社が経営するフードショップのレジスタッフとして、今ではアルバイトを楽しんでるご様子だ。



 制圧地域外へ行くことが多い俺は、渡部さんから呼び出しがあったのはこの前のことだった。



「捜索される際、お持ち帰りになった通貨を市に移管されるのはありがたいですが、市章のない貨幣は――」

「ネコババしないし、勝手に使わないから心配しないでくださいよ」


 さりげなく警告してくる渡部さんに笑顔をみせてやった。


 必要なものはすべて収納してあるし、その前に売店の商品は俺から供出してるものばかり。お金なんてものは会社の運営でしか使いようがない。



 ゾンビの退治は自衛隊が担当してくれるようになったので、近場での物資収集や生存者の救助についての依頼が増え、俺とセラフィが自由に動けるようになった。


 グレースのほうは退屈な物集めを嫌ってるので、自衛隊からの依頼を受けて、時々小谷さんたちと一緒にゾンビを相手にヒャッハーしてる。


 俺の場合は夜になったら航さんたちと飲んでることが多く、佐山さんや白川さんからもよく声をかけてもらってる。知恵さんたち女性陣からも誘われてるけど、野郎には野郎だけの時間(パラダイス)があるのだ。



「――こちらに預けてくれたら、賀島市長に徳島市で使用できる通貨に変えるように交渉しよう」


「え、本当に? ありがとう、白川さん」


 セラフィ・カンパニーが経営する居酒屋セラで白川さんと飲んでるとき、自分が所持している1億以上のお金は全部死に金になると愚痴をこぼしたら、白川さんからありがたい提案を受けた。


 社員たちに渡すために現金を確保したかったし、自分でもお金を使ってものを買うのはわりと楽しい。やはり経済活動は人類には欠かせないと勝手に納得したものだ。



「だからって、会長が()()()()()()お菓子を買わなくてもいいのに」


「いやあ、こういうのは気分ですよ、香おばさん」


「はいはい……たくさんのお買い上げ、ありがとうございます」


 セラフィ・カンパニーお菓子直営店のスウィーツハウス・セラで山盛りの飴やクッキーをカウンターに持っていくと、呆れたように川瀬さんのおばさんである香さんから呆れられた。



 彼女の言った通り、ここにある商品は俺が収集してきたものばかり。


 ただお金は使ってこそ回るもの、俺のところで貯め込んでも紙クズとなるだけ。それなら経済活動に協力したほうがいい。


 買ったお菓子は後で市役所にいる渡部さんに渡して、親を亡くして使えるお金がない子供たちに配ってもらうつもり。


 でもよく考えたら自社のお店で消費されてるから、結局は社内でお金がクルクル回ってるようだ。




「会長命令第一号! 徳島市民を従業員として雇ってください!」


「いまさらなに言ってんの、このすっとこどっこい会長は。保谷さんからして徳島市民よ」

「はいっ! わたし、頑張ります」


「それより佐山さんからすぐに来てって連絡があったわよ。

 ――保谷さん、業務依頼なら受けてきてちょうだい」


「はいっ」


 会社へ行った俺は張り切ってみたものの、物の見事に空回りだった。


 佐山副隊長さんから呼び出しの連絡が入ったので、スコスコと外出を余儀なくされた俺はグレースと保谷さんを連れて、元県立高校にして特科隊本部へ出向いた。



「保谷さん。セラフィさんに依頼したい業務があるから、うちの熊谷君から話を聞いて来てくれないか」


「わかりましたっ。熊谷さんのところへ行ってきます」


 特科隊の本隊が徳島市に派遣してきた。


 元校長室は隊長室に変更したため、佐山さんは勤務しやすいように1階にある教室を副隊長室として改装したばかりだ。



 請け負ったのはセラフィ・カンパニーの建築部、茅野さんの仕事っぷりに会長の俺も鼻が高い。


 保谷さんは熊谷さんという、セラフィ・カンパニーの業務を担当するガッチリの体格した女性尉官から依頼を受けるために退室した。



「来てもらってすぐなんだが、芦田君は阿南市にある徳島駐屯地へ行ったことがあったのか?」

「はい?」


 佐山さんが質問してきたことはすぐには理解できなかった。



 徳島空港奪還作戦以来、市内での活動が多忙な俺は()()()()へ出ることがほとんどない。


 それに拠点の住民たちがこっちへ来てからというものは、セラフィ・カンパニーの業務を手伝ってるため、依頼があるとき以外は市内から離れることはあまりない。



「実はな、徳島駐屯地から食糧を含む物資や車両()()の装備が見つからないのだよ。

 ――早い話、すべての武器弾薬が消失した」


「そうみたいですね。

 セラフィから話は聞いてましたが、それがなにか?」


 小松島市での探索活動を自衛隊と同行したセラフィから、駐屯地内ではあらゆるの武器と弾薬がなかったことは聞いた。



 ただそれは和歌山駐屯地も同じことが起きたので、災害後にどこかのヒャッハーさんたちが持ち出したと決めつけた俺は、その情報を気にも留めなかった。


 それが今となって佐山さんから質疑されることについて、俺としては首を傾げるしかない。



「芦田君は私の性格を知ってるはずだから婉曲的な聞き方は避けるぞ――駐屯地から武器弾薬を持ち出してないか?」

「――んな邪魔なもんはいらんわ!」


 どうやら佐山さんたち自衛隊は俺が盗んだと思ってるようで、思わず声を張りあげてしまった。



「そう怒るな。

 私個人としては武器弾薬を返納してくれた君がいまさらそんなことするはずもないと確信してるのだ。だがな、そういう意見が上のほうから出ているものだから、君の口から回答してくれないと私も上に反論しようがない」


「……俺は取ってませんよ。こっちもあなたたちには気を遣ってますから、関係がこじれるようなマネはしてません」


「それでいいのだよ。芦田君から知らないと言ってもらえたら、上とケンカする理由ができるというものだ」


 質素な室内には大量な資料が棚に並べられ、応接するためのソファそのものは座り心地の良いシンプルなデザイン。ムッとした俺は室内を見まわした。


 対面に腰かけてる佐山さんは、いつもように子供を見るような優しげな視線だ。



「これから語ることは差別的であると承知の上で言わせてもらう」


「どうぞ」


「魔法を使うセラフィさんとグレースさんは私たちから見れば別の存在だ。

 だが芦田君は違う。同じ人間でありながらゾンビを簡単に退ける()()()にみえる。君を知る人は君が無害であることは十分に理解してるつもりだが、そうじゃない人も多くいるのだよ」


「……」


「なにかの失態を見つけて枷をかけようなんてつまらんことを考える人というのは、どうもゾンビによる災害が起きてもいなくならないものみたいだ」


「はあ……」


 クソは世界が変わってもいるということ。これでは異世界のバカヤロどもを笑えなくなる。


「直接そいつらから言われたら、私と白井君も怒鳴りつけてやれるのだがね、そういうやつに限ってやり口が巧妙なんだよ。

 役に立てなくてすまない」


「……いいえ、お気持ちはとても嬉しいです」


 沖縄が難民やゾンビ犬の襲撃で島の維持が危なくなってきたことは、小谷さんからそれとなく聞かされてた。



 石油が貴重な資源であるにもかかわらず、多くの政治家や官僚が次々と徳島入りしているのは船の数を見ればわかる。


 俺の存在を快く見ていない人とか、言いなりにさせたいとか、そういう輩が増えることを覚悟しての協力。いまさら俺も怯んだりしない。



「雑賀大臣を訪ねてみなさい。

 中々狡猾なお方だから、なにかと知恵を貸してくれるだろう」


 佐山さんが口にしたのは俺もよく知っている名前だ。


 雑賀(さいが)正三(しょうぞう)防衛大臣、グレースとセラフィの()()にして俺たちの身分保証人だ。





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