21話 会社勤めは楽な稼業ではなかった
「それじゃ、沙希ちゃん。工事は頼んでおくよ」
「任せて、川瀬さん。
――ちゃっちゃと更地にしちゃうよ、つよしくん」
「へい、組長!」
畜産班は川沿いにある元々住宅地があった場所で畜舎を建築中だ。
既存の戸建て住宅は倉庫に使えそうな建物を残して、残りのほとんどが取り壊される。
田んぼを転用する案はあったものの、渡部さんから農地はそのまま残して、住む人がいなくなった土地を使ってほしいと市からの申し出があった。
畜舎は新築するのではなく、大阪城でセラフィと俺が収納した建物を使うため、工事するのは基礎部分と汚水処理に関連する設備だ。
市との契約で借地料と税金は農作物が収穫量の3割を物納するで定まっている以外、港や住宅の使用代などの運営にかかる諸費用や税金は法人化してるため、会社が市へ所定の金額を支払うようにしている。
知恵さんが税理士の先生と担当してくれてるから、俺は稼いできたらいいと割り切ってる。
今のところ、所得税などの中央税は国税庁がまだ機能していないため、一旦民間から地方公共団体へ納付した上、市と財務省が調整することになってるらしい。
――ところで十河さん。その組長というのはどうにかならないかな?
仕事するときの沙希さんが結構迫力あるので、あながち間違いでないといつも頷きそうになる。
「行ってきます!」
玲人に連れられて、バスに乗った子供たちが大学校舎小中高大を統合した徳島市立総合学校へ通学する。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、頑張れよ」
この年になっても朝のあいさつにキスができる川瀬夫妻はとても素敵に思う。
良子さんたち販売部門はデパートだった建築物の中で店を開店させ、干物や牛乳などの加工品を販売するフードショップセラへ出勤する。
刈谷さんたち食品加工部の人たちは漁業班と一緒に、早朝一番に漁港の隣に建てた工房で干物や牛乳など、食品加工の仕事で勤しんでる。
「おれたちも行くか」
「うん、わかった」
川瀬さんたち畜産班は設備が置かれた臨時畜舎で家畜と家禽の世話をするため、農地の近くにある球技場だった仕事場へ出かけてる。
こっちへ来て間もない住民たちは、早くも新しい生活に慣れてる。さすがは災害を生き残った人々、その逞しさに敬服する思いで胸がいっぱいだ。
「ねえ、今日はどうする?」
セラフィは佐山副隊長さんの依頼で小松島市のほうへ偵察に出かけた。
珍しいことに渡部さんと中村さんからはなにも連絡がなかったから、久しぶりに休みを取ろうと、俺はグレースへサムズアップしてみせる。
「久しぶりに遊びに行くか!」
「やったあ」
「――やった、じゃありません! 遊びに行かないのっ」
したたかに耳を抓ってきたのは知恵さんだった。
「今日は業務の打合せの日、副社長は先に会社へ行ったわよ」
三好姉弟とグレースを連れて、のんびりと海辺で釣りでも楽しもうと思ったが、残念なことに逃亡することはできなかった。
ちなみに副社長というのは航さんのことで、セラフィ・カンパニーの実質的な経営者が彼ということになる。
でもよく考えたら、三好姉弟は通学しているので遊んでもらえない。
「じゃあ、わたしは二度寝するぅ。
昼からクルージングで遊んでくるわ」
手をひらひら振らせてからグレースはご主人様を見捨てて、一人で広い戸建ての自宅に戻っていく。
「芦田くん、車を出して会社へいくわよ」
「はい……」
収納してある小型ゴーレム車を道に出すと知恵さんが助手席に乗り込んだ。
相談なしで行政側と業務契約を結んだのは俺だから、知恵さんのいうことを大人しく従い、今日も休みなしで会社へ行くしかなかった。
セラフィ・カンパニーの本社は企業局総合管理事務所の中にある。
会社をどこに置くかは行政側との協議でかなり揉めた。
渡部さんは市役所に空き部屋があるから来てくれっていうし、中村さんはぜひ合同庁舎に構えてほしいといってきかないし、佐山さんはセラフィとの業務連絡が多いから、県立高校にしてくれと押しまくってた。
俺がモテるというよりは、セラフィの有能さにみんなが惚れ込んでると表現したほうが正しい。
そのセラフィに決めてもらおうと大名行列がごとく、ぞろぞろと関係者一同と散歩した末、彼女が選んだのが今の建築物だ。
「おはようございます」
「おはよう、ひかるくん」
総務チームはすでにてきぱきと働いていて、デスクに座るの航さんはセラフィ・カンパニーの重鎮らしく、着こなしたスーツ姿がかなり格好よく決まってる。
「荒元さん、コーヒーを入れてちょうだい」
「はい、部長」
総務部長の知恵さんが事務員にお茶くみを頼んだ。
大学卒業した後、山籠もりだった俺は会社に勤めたことがない。
高校のときは母さんが輸送してくれた海外の雑貨をネットで小遣い稼ぎしてただけだから、こんな雰囲気に全く慣れていない。
「ひかるくん。会長なんだからどんと構えなさい」
「どーん」
「ふざけないの」
苦笑する航さんに軽口を叩いたら知恵さんに怒られた。
「一応は契約書を管理して、あなたたちの出勤記録を取らせてもらってるけれど、はっきりいって追いつかないわ。
今日はきっちりと聞かせてもらうわよ。
――あなた、行政からどれだけ業務を受諾したの?」
「……さあ?」
厳しい視線を向けられても、俺には知恵さんへどう答えればいいかがわからない。
この頃なんて仕事が多いために現場へ行かされてから、夕方に契約書を出すのが結構あったりする。
たまに自衛隊から受けた市外の捜索活動で、ついでに収集したものを納品した後に、契約書が追っかけてきたというのもあった。
今のところ、市外での業務は管轄部署に不透明な部分があるので、白川さんと協議してから依頼を受けるようにしてる。
「ははは、ひかるくんらしいな」
「滝本副社長、笑い事じゃないわ。
こんなじゃ、会社の体をなしてないわよ」
「まあまあ、高橋部長もおさえて。
会社ができて間もないんだし、彼はまだ若いから、これから学んで行けばいいじゃないか」
「そうそう」
「あなたがいうことじゃないわよ!」
航さんの正論に頷いただけなのに、また知恵さんがお冠だ。さすがはお局様、怖いことこの上なしだ。
「その前に……
――保谷さん、こっちに来て」
「はいっ!」
年上に見えるはきはきとした可愛らしい女性が知恵さんに呼ばれて、ミーティングデスクが置かれてるスペースへ走ってきた。
「これから会長が会議へ行くときにあなたもついて行きなさい。今日からあなたが会長秘書です」
「わかりましたっ」
簡単に決められちゃってるけど、この保谷さんはどう見ても戦闘できそうにない。
「あのう……
俺が呼ばれる会議って、時には現場へいくこともあるけど、危なくて――」
「社員の安全を会長たるあなたが守らないでどうするの!」
「大丈夫です、会長。危険手当がバッチリついてますから、わたし、頑張りますねっ」
知恵さんの押しはもっともらしく聞けるようだが、責任を俺に丸投げするのはどうかと首を傾げたくなる。俺が実務を知恵さんに投げるのは会長だから問題がないはず。
それに保谷さんは報酬目当てで戦地へ赴くお覚悟があるみたいで、案外彼女は大物なのかもしれない。
「とにかく、今日は受けてきたすべての業務を吐いてもらうわよ。覚悟なさい。
それで政府と自衛隊に協議を持ちかけるわ」
「ひかるくん、大丈夫だ。
会長でも会社からちゃんと残業手当を出すよ」
目を吊り上げる知恵さんに微笑みかけてくる航本さん。
俺が考案した会社なのに、全然ままならない無力な会長職。
創立早々、会社名をセラフィ・カンパニーと呼んだほうがいいかもしれない。
保谷愛里(29):セラフィ・カンパニー社の元気はつらつな新入社員。年齢に似合わない童顔が特徴的。
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