20話 ゾンビの世界で再会できるのは嬉しいことだった
貴重なたんぱく質源であるイノシシやシカの狩猟を兼ねて、眉山公園まで偵察を行ったがゾンビは見当たらなかった。
だが山の中にいるキツネやタヌキは俺を監視するかのように視線だけ送ってきた。どういうつもりなのかは知らないが、警戒することが必要だ。
賀島市長からの話によると、県の知事さんと警察の本部長さんが賀島さんに沖縄への避難を勧め、自分たちは市内に残り、壊滅するまで市内でのゾンビ対策に当たっていたという。
そのために残留した多くの警官が市内で殉職されたらしい。
賀島さんから頼まれて、偵察の帰りに県庁と警察本部へ足を伸ばしてみた。
最期までここで踏ん張った県庁と警察の職員、それに知事さんと本部長さんがウーアー言いながら歓迎してくれるものだから、俺は祈りを捧げながら彼らを安らかに眠らせてあげた。
『……そうか、済まないことをしたな
……芦田君には悪いけど、連れて帰ってきてくれるか』
「はい、わかりました」
無線で俺からの報告を受けた賀島さんは、声を詰まらせながら遺体を持って帰って来るように言付けられた。
グランドだった河原が火葬場に早変わりした今、ここで職務に忠実だった人々を弔う葬式が開かれ、生者たちが死者へ送るお別れの場所となった。
これまで何度も出席を求められてきた他人である俺は、火炎魔法の使用をグレースに任せて、賀島市長や企画政策課の渡部課長たち、市の職員が亡くなられた仲間たちを悼む場面に立ち会うことを謝絶した。
「救助した人に怒られちゃったよ。
もっと早く助けにきてくれたら子供が生きられたのにって」
「そんなことを言われても――」
「いいんだ。本官たちゃ自衛隊、子供を亡くしたおばさんが言ってることはある意味で正論だからな。
ひかるは慰めようとしてくれてるんだろ? ありがとうな」
寂しそうな表情で小谷さんが苦悩を飲み干すように、コップに入ってる日本酒を一気にあおった。
佐山さんの情報によると小谷小隊の功績が陸上総隊のほうで認められて、中隊へ再編制される計画が検討されてるようだ。
魔弾ガンは小谷小隊にしか貸与しないのだけど、鎧と近接武器はセラフィ・カンパニーに発注するなら、自衛隊に供給してもかまわない。
――お疲れ様です、小谷隊長。休みを取って三好の姉ちゃんに会ってくるがいいよ。
市の各地でゾンビを掃討しつつ、これまで救助した生存者の数が7000名を上回った。俺が考えてたよりも人間という生き物は逞しい。
この分、ほかにも生き残りがいるかもしれないということで徳島市を越えて、佐山大隊で編成した救助部隊が小谷小隊を交えて、鳴門市方面で捜索活動を行ってる。
徳島市内は今、ちょっとした熱気に溢れてる。
取り壊される建築物と整地されていく更地、これらは工事を請け負った和歌山の業者が来るまで、セラフィ・カンパニーの建築部門が先行工事を請け負ったというわけだ。
ちなみに徳島城拠点化工事は市から許可と建築確認が下りたので、俺の持つ建材で工事することとなった。
復興が計画された地区からゾンビを駆除し、政府のお偉い方が艦艇に乗って徳島入りした。徳島空港も思いのほか簡単に奪還ができたため、鳴門市も視野に入れてほしいと中村さんからせがまれている。
そろそろ川瀬さんたちがこっちへやってくる。
去年は自分たちで植えたお米を食べられなかったため、俺としては利用する計画のない鳴門市より、来年の春には田植えが始まる川内町のほうが大事だ。
――橘湾火力発電所奪還作戦だあ? しらんがな。
火力発電が貴重なのは理解する。
だけど燃料となる石炭が確保できてから、作戦を検討したほうが適切だろう。俺個人は採炭するために北海道と九州へ行く気がないので、そこは自衛隊さんに頑張ってもらいたい。
「ボタン鍋、頂き!」
「ちょっと、沙希姉え。
あれ、あたしの獲物だったんですけど」
「はっはー、やったもん勝ちよ」
魔弾ガンをぶっ放す危ない人物が二人。
俺たちは川内町辺りで害獣駆除を兼ねた狩猟で餌を探すイノシシを狩った。沙希さんとミクは初対面からすぐに仲良くなって、姉妹のようにいつも二人で行動してる。
重機を自在に操る沙希さんに、魔道具を使っての大型ゴーレム車の運転を教え込んで、セラフィ・カンパニーの仮称が乗合バス課の課長に就いてもらった。
市内で人を運ぶため、座席をつけた大型ゴーレム車バスは市内を走る貴重な交通便だ。
それに桝原さんたちが捕ってきた魚を運ぶのも大型ゴーレム車で、こちらは市内で建材や商品を運送するのに市民から愛されている。
調子に乗った沙希さんに改造させられたのは、ネコの外見した可愛い大型ゴーレム車バス。子供たちから大人気で短い区間だけ乗る子が現れてる。
セラフィバスは12歳以下なら乗車無料だ。
「今日はこのくらいにしようか。帰って滝本さんたちを迎えに行こう」
「そう言えば今日でしたね。
会うのは久しぶりだから嬉しいなあ」
ミクが微笑みをみせると、沙希さんは少しだけ遠慮したように辺りの様子を探ってる。
「沙希さん。大丈夫ですよ、川瀬さんたちはいい人たちばかりですから」
「お化粧はしたほうがいいかな?」
「大丈夫だって。沙希さんは化粧しなくても美人ですから」
「もう、またまた。
――輝くんは口がお上手だから」
照れながら肩を叩いてくる沙希さんの張り手はめちゃくちゃ痛い。ただここは我慢して作り笑いするしかない。
沙希さんの幼馴染で建物の解体や整地工事などのお仕事を勤しんでくれてる十河さんから、沙希さんが高校のときにクラスの委員長を土下座させた番長だと聞かされてる。
異世界帰りの異能はあるものの、高校のときにゲームばかりやってた俺が沙希番長に気迫で勝つわけがない。
こういうお人はどこでキレるかがわからないから、触らぬ神に祟りなしだ。
「あー、あたしには美人って言ったことないのに!
師匠、あたしはあたしは?」
「ミクはそうだな……上腕二頭筋が美しいよ」
「嬉しくないし見えないし」
頬を膨らませて憤慨するミクが軽く殴ってくる。
そう言えばこの頃は殺伐する日が続き、拠点にいた頃みたいに穏やかな日を過ごさなくなった。避けて通れない道とは言え、精神的に疲れる感じは否めない。
川内町の東側に小さな漁港は俺たちが使ってる港
和歌山まで航さんたちを迎えに行った桝原さんたちの船が夕日の中で入港してくる。
家畜と家禽も一緒にこっちへくるため、桝原さんたちと同行したセラフィが異世界製のゴーレム船にそれらを乗せて、一緒に乗船する川瀬さんたち畜産班とともに徳島港のほうで接岸する予定だ。
「連絡はずっとしてたが、ひかるくんは元気なさそうだな」
「あはは、無理に色々と引き受けてしまったもんで」
今日はなぜかよく叩かれる日で、下船する航さんは俺と再会するなり二の腕を叩いてくる。
「この人が連絡にあった細川さんかな?」
「初めまして、細川沙希です。よろしくお願いします」
「滝本航だ。あなたのことは茅野さんと高橋さんからとても有能な女性と伺っている」
「いいえ、有能だなんて……
――ただの無職です」
テレテレの沙希さんがもじもじと手を揉んでいる。
基本的に沙希さんは人に褒められるとまずは照れてしまう。
それは何度も目撃しているからいいのだが……沙希さん、あなたはわが社の課長さんにして細川組三代目の社長さんだ。
断じて無職などではないので、その自己紹介文はやめてもらいたい。
次々と下船する懐かしき面々。
手を振ってくる生徒会長の玲人くん、徳島城というより蜂須賀家政のことで盛りあがるミクと小早川先生、俺にお菓子をねだる子供たち。
しばらくぶりだがみんなが元気そうでよかった。
川瀬さんたち畜産班はちょっと遅れそうで、後で迎えに行くとセラフィに持たせた軍用無線機で連絡が済んでる。
市側から用意された家は城東町にある市営住宅を含む、一帯にある住宅だ。
家主を失った戸建て住宅をそのまま使ってくれて構わないと渡部さんは言ってくれた。
市役所や法務局のデータが幸運にも消えずに存在していたため、俺たちが住みかとする付近の住民がいなくなったことは確認できてる。
「今夜はテニスアリーナを市から借りてますんで、知恵さんたちと三好姉弟はそこで宴会の用意してくれてるんです」
「みんなで宴会か。それは楽しみだ」
この前の宴会は俺が徳島へくるための壮行会だった。
桝原さんは春先とは言え、寒風の中で出した船が大漁だったし、沙希さんたちと狩ってきた猪肉と鹿肉もあるから、きっとみんなに喜んでもらえる。
俺が自慢したかったのは秋のときに作っておいた甘さ抜群の干し柿。ぜひとも家族のようなみんなに賞味してほしい。
お知らせ:
今日の夕方に特別編を投稿いたします。よかったらご一読ください。
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