19話 今にほしいのはインターネットだ
『ポートターミナル制圧完了』
『こちらもフェリーターミナル制圧完了』
『あー、こちら芦田です。中央卸売市場制圧しましたオーバー』
『ご苦労さん。よくやったぞみんな』
市内からゾンビを追い払い、人々が住める安全な領域を確保できたので、復興庁から依頼を受けるようになった。
海から上陸した佐山大隊から、徳島港の重要施設を奪還した知らせが次々と無線の連絡で入ってきた。
「ねえ、手応えがないわ」
「そうだな、今まで対峙してきたゾンビを思うとすぐに逃げたしな。
……もういい、考えたって答えはない。徳島城のときに倒し過ぎたかもしれないしな」
ゾンビを引きつけるために俺が陸側から進攻して、担当した中央卸売市場を制圧したのは夕方だ。徳島城の攻防戦と比べればと確かにゾンビの数が少なかったし、市場内のゾンビたちはすぐに逃げ出してしまった。
だけどこれで白川さんへでかい顔ができる。
転属してきた中村さんという若くてきれいな女性が、毎日のように契約履行を求める無線催促もこれで減るのだろう。
「まあ、これでみんなを呼べそうだ。
やたらと食料に関する契約が舞い込んできてるから、川瀬さんたちに早く来てもらわないと大変なことになる」
「そうね。その調子でわたしの契約もまめに履行してほしいものだわ」
腕を絡めてくるグレース。近頃は日々が忙しいために正直なところ、ゆっくり休ませてほしい。
和歌山のほうでインターネットの復旧工事は急がれてる。
小林知事の指示で和歌山から離れる前、各地にある太陽光発電所からソーラーパネルを回収して、建物の屋上や鋼板防壁の上に設置した。災害の前みたいに十分な電気を使用することはできないけど、少なくても通話できるくらいは回復したと航さんからの連絡があった。
俺としてはできれば徳島市も早くネットできる環境にしてもらいたい。
そうするとグレースも前みたいにネットで夢中になって、俺に絡んでくる確率がかなり低くなると思う。そのために徳島空港を奪還したら、この一帯にあるソーラーパネルを回収しに行くことを賀島市長に申し出るつもりだ。
「とにかく、この地区のゾンビを掃討して、早く仕事を終えようよ」
「そうね。それがいいわ」
幸い、ここは戸建て住宅が多いから、マンションみたいにゾンビの討伐に時間はかからないと思う。
「こんにちは。お邪魔します」
「ご苦労さん。まあ、掛けたまえ。
――中村君、芦田君とセラフィさんにお茶を入れてあげなさい」
「はい、わかりました」
合同庁舎に呼ばれた俺とセラフィは、石油ストーブが効いた班長室で白川さんに出迎えられた。
「徳島港奪還作戦で大活躍したと佐山2等陸佐から聞いてる」
「そうですね。ゾンビが少なかったからスムーズに完了できたと思います」
「ふむ。ゾンビは冬眠するのかな?」
「さあ、俺はゾンビじゃないから知りません」
白川さんの発想が面白い。だがゾンビが冬眠するならもっと早い時期からいなくなるはずだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
お熱い茶を運んでくれた中村さんはトレイを持ったまま俺の前にお茶を置いた。
セラフィがなぜか3度ほど自分のトレイを回転させてから、優しそうに微笑む中村さんへ視線を向けた。
トレイのことで対抗しなくてもいいのにと俺はため息をついた。
「佐山大隊に提出する徳島空港奪還作戦要望書のコピーです。後で目を通してくださいね」
「えっと。民間人の俺が見てもいいですか?
軍規に関わるんじゃ……」
「白川班長から芦田さんとは契約されてると伺ってますので、大丈夫だと思いますよ」
ここまできたらなにも言うまいと俺は諦めるしかなかった。
「できるだけ早い時期に実施してほしいと上のほうから言われてね」
「でもいいんですか? 徳島空港だけを奪還してもどこにも行けませんよ」
行きと帰りがあるから、徳島空港を制圧できてもどこへ飛行機を飛ばすつもりと俺は前から疑問に思ってた。
「沖縄があるじゃないか。
それにね、上からの話だと航空自衛隊が徳島入りしたいと熱望してるようだ」
「航空自衛隊ですか?」
「そうだ。近いうちに海上自衛隊が特科隊の輸送で護衛艦が派遣される。
航空自衛隊も仕事がしたいと熱望するのは基本的にいいことだ。
――そういうことにしてくれ」
「わかりました。これ以上は聞きません」
陸上自衛隊の佐山大隊が徳島市における奪還作戦に深く関わってるから、功績が大きいと俺もそう考える。海上自衛隊と航空自衛隊は離島ではなくて、作戦地で駐屯地を持ちたいのかもしれない。
でもそれは俺に関係のない話で深入りは事態をややこしくさせ、自分を多忙にさせるだけ。こういうことは聞かない、関わらないが正解だ。
「どうだ、うまくやれそうか?」
「うーん……徳島港みたいにゾンビの数が少なければ大丈夫と思います。
ただ吉野川バイパス辺りで一旦防衛陣地を設営したほうがいいかもしれません」
「そのまま北島町まで一気に取り返すというのはどうだ」
「嫌ですよ、徳島空港の仕事が終わったら川内町を優先します。
社員たちに仕事を作ってあげないと社長が怒りますし、市から狩猟の依頼を受けてますのでたんぱく質の取得が先です」
「ひかる様に怒るなんてとんでもありません」
うそでもいいからぷんすかと怒ってくれても構わないのに、こういうときに融通が利かないのが人造生命体の本質。今後のために、セラフィが演技できるように良子さんのところへ通わせよう。
「はは……わかった。
鳴門市復興事業や橘湾火力発電所奪還作戦の事前協議をしたかったが、またの機会にしようか」
「ぜひそうしてください」
なにげに仕事を増やそうとする白川さんが怖すぎる。
幸いなことに知恵さんにはノートパソコンを渡してあるので、拠出した食糧や灯油などの物資、請け負った業務の達成率を記録してもらってる。
あとで知恵さんにお願いして、白川さんが飛びあがるくらいの金額が書かれた請求書を出してやると心の中でそう決めた。
「中村さん、お茶は美味しかったです」
「そうですか? お粗末さまでした。
それでお茶が品切れになりそうなので、また納品してくださいね」
「注文書をお願いします」
ここで飲まれているお茶も、石油ストーブ使われてる灯油も、食べられている食材も、全部わが社から納品させてもらってるものばかりだ。
胃袋どころか、命そのものを掴んでるから、白川さんもそうそう俺には無理を言えないと思いたい。
「芦田君。ゾンビが減った件について、君はどう思ってる」
「……」
帰り際にデスクから白川さんに聞かれた俺は少しだけ沈黙した。
思い出すのは以前の拠点、嵐の前に静けさがあったあのときを思い浮かんだ。
「大阪城の拠点にいた頃、地上にゾンビが見当たらなかった時期があるんです」
「それは聞いてる」
「ドラウグルという、魔法と火器を使えるゾンビが地下鉄に潜んでたんですよ」
「ここに地下鉄はないぞ」
「ええ、だから探しに行かなくちゃいけないと考えてます」
不死者は自ら死ぬことがない。
消えたゾンビは俺たちの知らない場所に潜んでいる。その答えを見つけるために俺は狩猟を兼ねて、この界隈を偵察してみたい。
目星としては徳島城がある地区の南西に存在する、眉山という場所だ。
主人公のほうはゾンビの怪しい動きに違和感を覚えます。
中村澪(29):復興庁の職員。白川の指示で主人公との連絡や業務処理を担当する。
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