10話 一番大事なのは自分ということだ
異世界で頑張ったのは神からの要請があったためだ。ご丁寧に魔法陣で転移させられて、必要なだけのスキルも与えられた時点で俺には断れる理由がなかった。命の惜しさに断れなかったと言い換えるべきだな。
それに異世界で知り合った戦友たちとは純粋に正義感で燃えていた。
あいつらは王宮の命令や世界を救う使命というより、友とともに戦い抜いて生きるんだという、血が滾るほどの仲間意識で俺は異世界ライフを歩んできた。だれかを守ったこともあったし、だれかに命懸けで守られたこともあった。
あんな日々は二度と送れないだろう。ほとんどの戦友が魔王討伐戦の中で命を落としたし。
——今回のゾンビ騒動は人災によるものじゃないかな。
異世界にいたゾンビとこの世界にいるゾンビが同じとは限らないが俺が知りうる限り、ゾンビに本能はあるものの、知能は持てなかったはずだ。聞いた情報と魔法が効かないことから、これは病原体による感染かもしれない。言わば未知の病気が今まさに世界規模で流行っている。
歴史上、色んな災害はここまでの規模でなくても、様々な時代と地域で発生してきた。
ただ今回は運が悪過ぎ、病原体を運ぶ手段と人がこの世界で溢れているからだ。各地で一斉に多発したため、現在の世界体制ではコントロールしきれないという面があるじゃないかと、俺は勝手に憶測している。
——なんでそんなことを考えてるかというと、俺は自分のために生きればいいということの再確認だ。
異能持ちはいずれバレるし隠すつもりもない。これから先はだれかにそんな力があるなら、みんなを救えって言われるかもしれない。
でもそれは勇者みたいなやつがやればいいことだ。どの時代でもどこの場所でも、世界を救える勇者になりたいやつはゴロゴロといるのだろう。別に俺がしゃしゃり出なくても英雄になりたいやつが前に出ればいいんです。
じゃあ、目の前で俺をキラキラした目で見つめてくるグレースにどう答えればいい? こいつは俺が動かないことはないと知っている。それにここで籠ってもいい方向には転ばないだろう。食料品の貯蔵があるとはいえ、今にある量ではあと一年半しか持たない。
今のうちに回収できる食糧は回収して、生き長らえるためにどこかで拠点を作らねばならない。あくまで、俺が生き延びるために手を打っていくつもりだ。
「出かけようか。スローライフはしばらくお預けだ」
「うん、わかった」
空間魔法なら俺みたいに無限収納ではないけど、グレースも使用することができる。自分の物は自分で持ってほしい。
「それでえ……死にそうな人がいたら、どうする?」
どうしたらいいではなくて、どうするかだ。
これは生きている人が見つかった場合の行動原理を確認してきたということ。場合によっては咄嗟の判断が必要なわけで、その都度に一々聞いてくるのはグレースにとっても、俺においても縛りになるだけだ。
「助かる運があるやつは手を貸す。助ける価値があるやつはできるだけの面倒を見る。助ける意味がないやつは殺す。そのほかは放っておいてもいい」
「わかったわ」
妖艶な微笑をみせるサキュバスは異世界からの戦友、俺が言わんとすることをすぐに理解してくれる。
「ねえねえ、本屋に寄ってもいい?」
「なんで?」
「こんなときに本を買うやつなんていないでしょう? それならわたしの暇つぶしにもらえるだけもらってあげようかな」
「了解」
現金は俺が収納してあるため、グレースのお願いを拒否するつもりはない。こんなときに本屋のカウンターにいる人もいないだろうし、世界が安定したときは受け取る人がいたら、ちゃんと後払いするつもりだ。
平常心を保ちたければ、どんなに切羽詰まっても娯楽を求める気持ちを忘れちゃダメ。これ、異世界帰りの経験な。
使っている家財道具や愛車をすべて収納して、スキルの上位錬金術と中位人形術で10体の人型アイアンゴーレムを作製した。
対魔王戦の後半では役に立たないものの、異世界で対盗賊戦や中位までのモンスター狩りで愛用してた。ただ人形術には数量制限があって、極位じゃなかったら無限に作り出せない。
俺が持つスキルでは金属製なら最大で100体、石製で300体、木製で500体だ。
アイアンゴーレムにスチールシールドとスチールメイスを持たせてから命令を言い渡す。
『汝らに命ず。容疑者からの攻撃を防げ、敵対勢力は押さえつけろ』
ホムンクルスと違って、ゴーレム系は自我意識がないためにこうして行動ごとに言いつけることが必要だ。俺にとってこの世界で最強と思われる、サキュバスのグレースさえいれば問題にはならない。
ただグレースの場合は依頼する度に夜のお仕事が大変なので、命令する必要はあるものの、ゴーレムに動いてもらったほうが報酬を払わずに済む。
それに彼女が本気になれば戦術兵器並みに大量破壊してしまう恐れがあるため、命が脅かされる以外のときは大人しくしてもらいたい。
「ア゛ー……ア゛ーヴーア゛――」
「グルルルル――キャン」
最初は俺なりにゾンビを観察しようと思ったけど、見た目も動きも気持ち悪かったので、ゴーレムへの命令は押さえろから頭を潰せに変更した。
グレースが動画で見た通り、ゾンビの弱点は頭部の破壊だ。
――物好きな動画投稿者が落としたゾンビの首を解剖したところ、脳が変色してた。動画を見てた人たちが病原体に侵されてると仮説を立てたらしい。
アップしたやつが脳の機能を乗っ取られたと個人的な見解を動画の中で示したが、化学防護服を着るなどの対策をしていなかったそいつは、いつの間にかア゛ーヴーと唸るゾンビになった。その動画を見ていたグレースが腹が痛くなるまで大笑いしたみたいだ。
尊い犠牲を笑うとはなにごとか! そんな不謹慎なグレースに俺はその場で説教をくれてやった。
もっとも、本音では俺も笑えた話だと思ったのはグレースに言わない――
「――キャン」
アイアンゴーレムによるゾンビの殲滅を眺めつつ、足元で噛みついてくるゾンビ犬を蹴り殺した。アダマンタイト製のプレートアーマーを着ている俺に犬の牙は通せるわけがない。
ゾンビの攻撃を観察した結果、小動物のゾンビはヤバすぎ。
こいつらは動きが早い上に目標としての的が小さいので、それでは銃による殲滅が難しいだろうと俺は思う。しかもゾンビは敵の行動を学習する動きをみせた。具体的にいうと、アイアンゴーレムと俺を避けるようにして、一見無防備なグレースへ攻撃が集中した。
もっとも霊体のサキュバスに感染することはなく、あまりのウザさに怒ったグレースは火炎魔法で片っ端からゾンビを焼却処分した。
「カイチュー!」
攻撃魔法が使えない俺は錬金術と鍛冶術で作った魔弾ガンで押し寄せるゾンビの頭を撃ち砕く。だれも褒めてくれないから虚しく自画自賛するほかない。
あ、でも皆中って弓道用語だったよな。まっ、いっか。
——辺りにいたゾンビを一掃した。
試しに動いてるゾンビを空間魔法を使ってみたが収納できなかった。本体である人間は死んでいるものの、生きていると判定されたので別のなにかになり変わったということだろう。
村の外れでアイアンゴーレムに穴を掘らせて、そこへ死体を集めさせてからガソリンを撒いて火葬に処した。
確かにこの村の人々とはそんなに仲良くはなかった。ただ生前に最低限の交流はあったし、このまま放置するのもいかがなものかと考えた。
こんな時期に自己満足で偽善の行為だと自覚する。それでもゾンビだった死者とは顔見知りなんだから、合同葬式くらいはしておいても構わないじゃないかな。
「この後はどうするの?」
「まずは物資調達だな」
村にある家々へ視線を向けて、どのくらいの食糧をここで確保できるかが難点だと一人で思い悩んだ。
そこそこの人助けはしますが、基本的に主人公は自己中心で物事を考えます。
魔弾ガンは魔石をエネルギー源としてアサルトライフルの形で作られた魔法の杖。素材は魔力と親和性があるミスリル、込められた魔石の大きさによって撃ち出される魔力弾の数が違ってくる。
異世界で攻撃魔法が使えないために苦肉の策として作った威力が低めの武器、オーク辺りまでは通用した。
なお、主人公のスキルは異世界帰りの恩恵なのでいくらゾンビを倒してもレベルアップとか、新たにスキルを習得するとかはありません。
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