楓 1
楓と二人でコンビニに買い出しに向かう。23時の歩道は半袖にはもう肌寒い。やがて、どちらともなく空を見上げた。街中では明るすぎて星が見えないと言うけれど、今夜の星たちはわりと自己主張が激しい。
「こんな日は、小高い丘に登って熱いコーヒーでも飲みながら二人で星を見たいね」
「それはいいと思うけど、あなた星の種類とか分かるの?」
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
「それ、言いたいだけでしょ」
「それだけじゃないさ」
「まだなにかあるの?」
俺は楓の方に片方の手を置き、もう片方の手で夜空を指さした。
「あの無数の星たちよりも君の方が何倍も綺麗だよ、っていうコントがやりたいんだ」
「うわっ、気持ち悪い。鳥肌を通り越してもち肌になったわ」
「……それは、いいことなんじゃないの?」
「とにかく、どさくさに紛れて私に触ろうとするのやめてくれない? ひっ(パァン)ぱたくわよ」
「へぶっ」
戦国時代じゃあるまいし、名乗りを上げてからビンタしろとは言わないけどさ。もうちょっとなんかこう、やり方っていうものがあるんじゃないでしょうか、楓さん。じゃれあいとかのノリじゃなくてまあまあ本気のやつが俺の頬に炸裂した。ビンタされたところが徐々に熱を持ち始める。おかげで夜風がよりひんやりと感じられるようになった。それははたしていいことなんだろうか。
「……ねぇ、そのすぐに手を出す癖やめない? あと、俺たち一応付き合ってるよね?」
「さぁ、どうだったかしら」
「なんでうろ覚えなんだよ……」
「私たちが付き合っているっていう証拠はあるの?」
「証拠って、告白してOKしてくれたじゃん! 契約書かなんかが必要? ここはアメリカかな?」
「冗談よ」
一瞬、時が止まる。なんだ冗談か。びっくりさせやがって。ん、冗談ってどういうことだ。
「さっきのぜーんぶ冗談。いいじゃない、私たち付き合ってるんだし」
さっきの、という事はあのビンタまで冗談に含めようとしているのか、この人は。
「そんな堂々とズルする人、初めて見た」
「女の子はね、ずるいくらいが丁度いいのよ」
へたくそなウインク付きで楓が言った。そんなに顔をゆがませていたら、傍からはとてもウインクとは分からないであろう。というか、女子的にその顔は大丈夫なんだろうかと心配になるくらいだ。
「にらめっこかな?」
おどけて言った俺の言葉には取り合わず、「よかったわね、私の無防備な顔が見れて」と楓は小悪魔的な笑みを浮かべている。
「自分で言わなきゃ満点だったんだけどなぁ」
そんな二人の遥か上には満天の星空が広がっていることだろう。
満点と満天。そんな洒落は楓にいわせれば、きっと0点だ。