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日常の研究  作者: 竹
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すみれさん 1

 すみれさんについて語ろう。

 すみれさんは大学で俺が在籍している研究室の先輩である。研究室に住んでいるのではないかと思うくらいにいつも研究室にいる。対照的に俺はゼミがある日にしか研究室に顔を出さない。そのほかの日はたいてい大学から徒歩数十秒の自宅で自堕落に過ごすか、塾のバイトに精を出すかといったところである。

 今日も夕方、研究室を訪れるとそこにはすみれさんがいた。俺の顔を見るなり声をかけてくる。

「やぁ、少年。今日も世界の秘密を解き明かしているかい?」

「どうも。すみれさん、毎度のことですけど後輩にかける期待が重すぎますよ」

 すみれさんは俺のことを少年と呼ぶ。二十歳を過ぎた男を少年呼ばわりするのはいかがなものかと思うのだが、わざわざ指摘するのも面倒なのでそのままにしている。調子のずれたあいさつもいつものことだ。

 俺は現在、大学四年生ですみれさんはその先輩という事だから大学院生という事になる。本人は謙遜しているが、とても成績優秀らしい。なぜ伝聞なのかというと取り組んでいる題材のレベルが違いすぎて俺では正当な評価が下せないからだ。

「ゼミはどうだった?」

「いつも通りですよ。先生が言っていることが全く理解できませんでした」

「ちちんぷいぷい?」

「それをいうなら『ちんぷんかんぷん』なんでしょうけど、ある意味ではそうですね」

 黒板に羅列された数式は、古代人の壁画か黒魔術の類にしか見えなかった。

「そこに座って一息入れなよ。コーヒー飲むかい?」

「あ、いただきます」

 すみれさんはいつも何かと俺の世話を焼いてくれる。とても優しいし親切だ。勉強で分からないところがあれば教えてくれるし、今だって飲み物を用意してくれている。研究室では俺が唯一の後輩という事もあるかもしれない。しかし、おそらくはそれがすみれさんの本質なのだろう。

 誰に対してもそんなだから、すみれさんは人から好意を寄せられることが多い。よく他の男の院生に話しかけられているところを見かける。すみれさんは少し変わっているところがあるから会話が成立しているかどうかは怪しいところだが。

 そんなことを考えているうちに、コーヒーが運ばれてくる。

「いつも、すいませんね」

「いいってことよ。少年はレアキャラだからね」

「確かに出現率は低いですけど」

「あと、声も低いね」

「それから、志も低いですね」

 自嘲気味にそう言うと、すみれさんはきょとんとした顔をしていた。どうやら冗談が通じなかったようだ。

「この話はやめましょうか。もっと明るい話題にしましょう」

「そうだね、アンコールワットくらい」

「アンコールワットは明るさの単位とは関係ありませんよ」

「ふふふ、さいですか」

 結局、そんな感じで一時間くらい研究室ですみれさんとくっちゃべっていた。すみれさんに関するエピソードはまだまだあるのだが今日はこのくらいにしようと思う。すみれさんの他にも語るべき人間はたくさんいるのだ。

 世界は、俺とすみれさんだけで構成されているわけではないのだから。 

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