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9.忙しない休日

 僕は暇だった。何故なら、今日は休日だからだ。

 学校に惰性で行って、嫌なこととかを山程考えたりするのからは一旦解放される。僕にとってはありがたい。

 さてさて、そんな休日ではあるのだけれど。ではあるのだけれど……。


 何故、僕は今外に出て桐勢と一緒に必死になって飼い犬を捜しているのだろうか。

 なんだろう。新手の嫌がらせかな。うん、きっとそうに違いない。

「手がかりがないね、善君」

「そうだな」

 桐勢が僕に向けて不安そうにそう言うので、僕は適当に相槌染みた言葉を返す。

 はあ。こういうのは、交番とか探偵事務所にでも尋ねた方が良いのではないのだろうか。人手的にも多分そっちの方が良い気がする。

 心の中の愚痴が漏れ出ているのか、僕からかなりの不機嫌なオーラが身体中から発せられる。誰かからの怨念が纏わりついたかのように、もうそれはべったりと。

 まあ、これはおまけみたいなもんだからな。せっせとこれを終わらせて早く本題に移ろう。めっちゃ寒いし。

 僕はブルブルと身を震わせながら懸命に道行く人に声をかけ、犬の絵が描かれている紙を見せて、こんなような犬を見かけてはいないかと訊く。

 ちなみに、この絵を描いたのは桐勢だ。犬の特徴とかちゃんと捉えられているし、結構上手だと思う。

 まあ、それは置いておいてだ、とにかく僕らはかれこれもう二時間くらいは依頼主の飼い犬を捜しているような気がするのだが。はてさて、なんでこんなことになったんだっけな。


 ええと、まず僕が休日のときには"記憶保存屋"は何をしているんだろうとふと思った。で、次に実際に桐勢のところに行ってみると、桐勢がパジャマ姿で出てきたから大慌てでドアを閉めた。で、その次に僕は桐勢に「今日は休業日か?」と訊ねたら「一応、今日もお客さんが来るんだよね」と言われた。で、四、五十代くらいの女性の客が店に来ると「来る途中でペットの『チー』がいなくなってしまいまして……」って言われて。すると桐勢が「じゃあ、捜してあげますよ!」って元気よく言って、で、今に至ると。


 はあ……。いろいろとツッコミどころがあるな。中でも一番ツッコミたいのは、客に店番させているってことかなぁ……。

 お客さん、凄く困惑していたわけなんだけど、桐勢さん、そこんところわかっていたりしますかね。

 僕はギロリと桐勢を睨みはするものの、何か不満を声に出したりなどはしなかった。まあ、さすがに心の中じゃあぶつくさ言ってはいるが。


「すみません。あの、こんな感じの犬を何処かで見かけませんでしたか? 犬種はドーベルマンらしいんですけど」

 僕は申し訳なさそうに、通りすがった若い男の人に声をかける。すると、男の人は「ああ、確かこの近くの公園で見かけましたよ」と僕の方を見てハキハキと答える。

「ありがとうございます」

 僕は深々とお辞儀をして丁寧に礼を言うと、すぐさま桐勢の方を向いて報告をした。

 やっとだ。やっと見つかりそうだ。

 僕は安堵の息を漏らすと、ジャケットのチャックが上までちゃんと閉めてあるのを確認して、公園の方へと歩き出した。

 頭の中には一つ疑問が思い浮かんだが、それより今は捜すのが先だ。




 ■□■□■□■□■□■□■□■




 ぜぇぜぇ――。


 僕らは息を荒げながら公園に着いた。ここは最低限の設備しかない小さな公園だ。

 木枯らしが公園内にピューと吹き抜け微かに砂埃が舞っているのを確認するなり、僕らはすぐさま犬らしきものが公園内にいるかいないかと辺りをキョロキョロと見回す。

「……いた」

 ブランコの近くを見てみると、お目当ての犬らしき犬がそこで元気よく走り回っている。その犬をよくよく見てみると、リードをしていないのがよくわかった。

 どういうことだ? ただ似ているだけで違う犬なのかな。

 いや、違う。リードを外しただけか。でも、いったいどうやって。犬自身でリードは外せないような気がする。

 僕はその犬を見て何故リードがされていないのか疑問に思った。この疑問は、さっき僕が思った疑問にも関連してくる。

 いなくなった原因。うーん、単に放し飼い主義って人だとしても、連れ歩くときにはさすがにリードくらいするだろうしなぁ。ああ、でもこの大きさなら力が強いから飼い主が引っ張られっちゃって、で、リードが手から離れて何処かに……って感じなのかな。

 で、リードはいったい何処へやら。まあ、いいか。見つけたし、捕まえて飼い主の元へ送ってあげよう。


 で、どうやって?


 マルチーズとかそういう小型犬とかだったら抱き抱えて歩いても大丈夫だが、この犬は大型犬だ。とても、抱き抱えながら歩ける大きさじゃない。

 とりあえず、僕はよしよしとその犬の頭を優しく撫でながら、どう連れて戻ればいいかと考える。

 どうする。どうすりゃいい。噛みつかれて怪我をするのを覚悟で必死に連れて歩くか?

 ああ、もういい。どうだっていい。ええい、ままよ。

 僕は決死の覚悟で犬を抱き抱えると、小走りになって店へと急ぐ。

「あー、待ってよー」

 桐勢が急ぎ足になっている僕の後ろで不満そうに声を漏らす。

 いや、無理無理無理無理。絶対に無理。そんな悠長な時間、今はないんだよ。

 僕は若干説教染みたことを心の中で言うと、速度を落とすことなくズンズンと進んでいく。額からは冷や汗がぽたり、ぽたりと。

 なんだこれ。なんだよこれ。罰ゲームかよ。まだ、苦いジュースを飲めとかいう罰ゲームの方が絶対マシだ。

 徐々に顔面が蒼白になっていき、もう顔が消えているんじゃないのかって思えてくるくらい青ざめてくると、僕の頭の中である一つの言葉がスッと過った。


 もう、帰りたい――。


 その言葉は切実な今の僕の願いを正確に表していた。

 元はといえば、桐勢のところに行こうという意思のせい――つまりは僕のせいで今、僕がこうなってはいる。だから、自業自得ではあるけれども。でも、なんだか納得がいかない。

 僕はちょっと前の自分自身を恨みつつ、大きく深い溜め息を吐いた。

 自分の行動で自分自身を危険に晒すってこういうことか。なんか、そういうことわざあったな。

 僕は僕の元で元気よく吠えている犬の方をチラッと見るなり、また残念そうな表情を見せる。

 いつ噛まれてもおかしくないこの恐怖感が僕を絞め殺しにかかってきていて、正直今僕はその辺に吐瀉物を撒き散らしそうになっていた。

 落ち着け、大丈夫だ。タンスの角に足の小指をぶつけるのと痛さを比較してみれば……いや、どっちも同じくらい痛いからやっぱり無理だな。

 僕は冷静にそう分析すると、ついには諦めたのか将又精神を喪失したのかはわからないが、僕は目を白目にしてスパパっと帰路を辿っていく。

 ダレカタスケテ。

 もう、僕の心の中の言葉は、日本人が喋る言語にはなっていなかった。

 うーん、何語だろうな。なんか、機械的な感じの喋り方だな。

 僕はそういった感想を残すと、不敵な笑みをニヤリと浮かべた。

 白目であるのにさらにその上不気味な笑顔。こりゃ、周りの人からの視線で見たら僕は怖いだろうな。

 そう、僕は余裕綽々でもないのに、むしろ、切羽詰まって余裕なんて全くないのに、余裕綽々そうに心の中でまた感想を一つ残す。

 つまり、何を言っているのか全くと言って良いほどわからないけど、それほど今現在心に余裕がないということだ。

 せめて、この犬がチワワだったらなぁ。トイプードルだったらなぁ。

 僕は犬のことに関しての知識をほとんど持ち合わせてはいなかったが、有名な小型犬であろう犬種を二つ程挙げて、無理矢理愚痴をこぼす。

 僕は生まれてこの方、ペットなど飼ったことがないのだ。こりゃ、しょうがない。


「ねえ、善君生きている?」

「…………」


 桐勢が僕に対して心配そうにそう言うが僕はその気遣いを耳にしても尚、ポカーンとしたまま急いでいる。呆けている面とそれに不釣り合いな行動はなんだか考えてみると面白おかしく感じてくる。

 あ、なんだか恐怖感が無くなってきた気がする。大丈夫だ、大丈夫。平気だ、平気。

 そう心の中で自分を言い聞かせると、漸く我に返る。

 いけない、いけない。このままだと、飛び出しとかしちゃったりして、うっかり死ぬところだった。

 ……うっかり死ぬってなんだよ。

 思わず、僕は自分自身にツッコミを入れてしまう。自分の心の中の声は滅茶苦茶だと僕は思った。


 さて、もうすぐ店に着くな。

 今のところ噛まれていないし、大型犬だからといってそこまで恐怖心を持つ必要はなかったな。やれやれ。

 僕は未だに噛まれずに済んでいる現状にひと安心すると、依頼主の飼い犬が落ちないようにとそっと抱き抱え直した。

 気は抜いちゃいけない。

 というか、僕はよくこんなにもの距離を大型犬を抱き抱えながら歩いてこれたよな。噛まれる危険性はあるし、重さだってあるのに。なんだろう、僕は実は筋肉バキバキーンのマッチョとかなのかな。

 と、僕は心の中で控え目に自分の行いを自画自賛した。


 と、その瞬間。




 ガブッ――ガブリッという感覚がすくそばでよく感じ取れる。




「い、痛い。やばい。やばい。止血、止血」

「え、ええっ! 血が、血が……」




 犬が口いっぱいに開いて僕の手に噛みつくと、白い牙が僕の左手の肉を抉るかのように刺さる。噛まれた箇所からは、赤い赤い血がタラリタラリと溢れ出す。

 ちょっと調子に乗ったなぁ。いや、そうだけども、それよりも。

 これはマズイぞ。非常にマズイ。早く、戻って手当てをしないと。


「桐勢、あの店に救急箱はあるか?」

「非常時に備えて置いてあるよ」

「わかった。一先ず、店に戻ろう」


 僕は苦しそうに悶えつつ、桐勢にそう話しかけた。

 知識なんて全くないけど、これ狂犬病とかになったりはしないよな。大丈夫だよな。

 僕は一抹の不安を覚えつつ、ハァハァと息を全力で吐きながら、店まで急ぐ。

 あと百メートル。あと五十メートル。あと十メートル。


「着いた……」


 飼い犬を連れ帰って飼い主に届けた後、桐勢に救急箱を持ってきてもらいすぐさま応急処置を受け、包帯ぐるぐる巻きになりながらもなんとか僕は生きていた。

 "記憶保存屋"としての仕事を見ることはできなかったけど、自分の命には代えられないので、僕はその後すぐに病院に行った。

 桐勢は記憶保存の依頼をこなした後、わざわざ病院まで来て僕にお詫びだと言ってフルーツの缶詰だとかを渡し、帰っていった。


 あとから桐勢に聞いた話なのだが、結局飼い主の女性がおっちょこちょいな性格だったらしく、それでリードがスポリと外れて何処かになくなってしまったため、逃げたらしい。なんだそりゃ。

 はあ、なんだろう、この休日。休日くらい、ゆっくりと休みたい――。


 僕は切実にそう願った。

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