23.クリスマス・イヴの依頼
今日はクリスマス・イヴというやつだそうで。
だが、ここ〝記憶保存屋〟はそんな日でもお仕事があるらしい。
ふう、まあ特に予定もないからいいんだけども。
僕はそんなことを思いながら部屋の椅子へと腰を掛ける。
……さて。
僕は表情を曇らせて、手を組み、下を向いて床を見つめる。それは、とても潜った眼差しで。
多分、僕はこれを桐勢に訊いていいものか迷ってしまっているのだ。
「なあ、桐勢」
「……何?」
僕が桐勢に何かを訊ねるような口ぶりで言葉を出すと、少し離れたところで彼女の声が聞こえる。
それはおそらくお客様に出すお茶と菓子の準備をしているからであろう。
返事が返ってきてから少し間を置いて、僕は眉間に力を入れつつ言葉を続ける。
「お祖父さんとした約束ってやつ、訊いてもいいか?」
「ああ、それは大したことじゃないよ。『ここで生活をしながら私の力が誰かの為になるお店をやりたい』と私が言って『好きにやりなさい。ああ、だけどお店の名前はいつかおじいちゃんと一緒に決めようね』っておじいちゃんに言われただけの話。まあ、未だに名前が付けられていないんだけどね」
「本当にそれだけ?」
「詳しく言うともうちょっとあるんだけど、搔い摘んで話すとそんな感じ。美咲お姉ちゃんは〝記憶保存屋〟に関して、あまりよく思っていなかったんだけどね」
「…………」
桐勢の発言で前の記憶を思い出す。
あのとき、美咲さんが何か僕に話そうとしていたんじゃないか、ってこと。
少し前に、桐勢が言っていた『記憶保存について良いイメージを持たない人もいる』という発言。
これらがガチャンと音を立てて接着しリンクする。
そういうことだったのか、あんなに悩ましげな顔をしていたのは。
と、僕は独りでに納得する。
良いイメージを持たない、とは言っても、これは僕が持っていたものとはおそらく全く違うものだと思う。
それを想像することは容易だった。だって、彼女の性格から考えてみれば一発でわかるから。
多分、あのときあんなに険しい表情を浮かべていたり、桐勢曰く彼女は記憶保存について良いイメージを浮かんでいないというのは、親切心故のことなのだろう。だからあのときのことはきっと、僕に注意を伝えたかったのだろうと思う。止めたかったのだろうと思う。
あのとき、何故あんなにも苛立たしげになっていたのか、それを漸く僕は理解することができた。
「そうか、ありがとうな。……ついでにもう一つ訊いてもいいか?」
「……いいよ」
「桐勢はこれからどうしようと考えている?」
礼を言うと、桐勢にまた一つ訊ねる。その質問は自分でも驚くほど曖昧な質問だなと思ったが、重要な質問でもあるな、と思った。
「うーん、そうだね。今、私は通信制の高校に通いながら〝記憶保存屋〟をやっていてそこからどうしようか考え中なんだけど、いずれは自分の稼ぎで生活していかないといけないからね。うーん、どうしようかな。わかんないや」
「わかんない、って……」
桐勢が爽やかな笑顔できっぱりと答えるので、僕は少し困惑気味に言う。
だけど、その答え方がなんだか桐勢らしくて、とても心にしっくりくる。
「てか、通信制の高校に通ってんだ」
「あっ、うん。一応、ここもあるけど将来のことも考えなきゃいけないからね」
なるほど、意外としっかりしてんのな。という感想が僕の心に湧いて出てきた。
そうかそうか、と僕は感心していると、建物の入り口の方から何やら声が聞こえてきた。
「あの、すみませ~ん!」
「あっ、多分お客さんだ」
若い男性の声が建物内に響くと、桐勢は急いで声のする方へと向かう。
クリスマス・イヴの夕方にここを訪ねてくるとは……お相手がいないのだろうか。
と、僕は自分の心にも刺さるようなことを思うと、僕は若干遅れて入り口の方へと赴き、男性に声を掛ける。
「すみません、迷惑かけますね」
「ああ、いえ、大丈夫ですよ。誰か他に人がいても気にしない質ですので。むしろ、私の話を誰か大勢に打ち明けたかったので、私としてはありがたいです」
「なるほど」
僕が初めに謝っておくと、男性の口から好意の言葉を頂いて、それを受けて僕は相槌を打つ。
結構心が広そうな方だな、と思うと僕は桐勢と一緒になって部屋へと案内する。
まるで僕らはカップルみたいではあったが、僕はそんな考えをすぐに捨て去って部屋へと戻り、ゆっくりと元の椅子に腰を掛ける。
ふう、落ち着く。
休ませるかのようにして目を閉じると、目元付近に人差し指を置く。
ドライアイだから、乾いてシパシパしてしまうな。そろそろ視力が低下してきそうで怖い。
と、ふとそんなことを思っている間に目の疲れが多少はマシになってきたので、再び目を見開く。視界が明るい。
何度か瞬いてから男性の方を向き、そして僕は男性の次の言葉を待った。
男性は自分よりもいくらか歳上であることは風貌からわかっていたので、自分から話題を持ちかけづらいのだろう。
「あの、この前言った通りなんですが、私はちょっと前に彼女にフラレてしまいまして。でも、それは私の人生においては貴重な経験だと思ったので、この記憶を保存したいと思った次第なんです。どうか、よろしくお願い致します」
と、男性は僕らに対して丁寧に経緯を話し、頭を下げる。その姿からは、几帳面でそれでいてぶきっちょな雰囲気が漂っていた。
なんだろう、この器用貧乏というような感じは。
僕は男性に対してかなり失礼なことを思うと、どう反応していいかわからなかったために適当に苦笑して場を繋ぎ止める。
同情するべき……なのか? いや、でもなぁ。かと言って、このまま無言で話を滞らせたりするのもよくないし。
そんなことを考えながら、助け船を出してもらうために桐勢の方をチラッと見る。すると、桐勢は僕にパッチリとウィンクをして男性の方を向き直す。
えっ、えっ。ちゃんと伝わったのか不安だ。とても不安だ。
僕は鋭い視線を桐勢の方へと送ると、慌てた様相ですぐに男性の方へとまた顔を向き直した。
話題が続かないより、こっちの方がよっぽど失礼だろうな……。
「彼女さんのことは愛していましたか?」
「はい、もちろん愛していました。だけど、いつまでも未練たらしくしているのもいけないと思ったので、これをバネに仕事の方を頑張っていこうと思っています」
桐勢に訊かれると、その男性はまるでマニュアルを見ながら話しているかのような返答をする。喋りに一つも砕けた箇所が見当たらない。
彼女にフラレた、か。彼女さんは、この男性の何処に惚れて、そして何処が影響で愛想を尽かしたのだろうか。
適当? なんとなく? 他に好きな人ができたから? いやいや、それはさすがに悲しい。
と、考えた後に僕は思わず首を横に振りそうになった。
想像をしてみよう。そう思いはしたが、ここら辺りでその想像は打ち止めることにした。
「じゃあ、すぐにその記憶、保存してしまいましょうか。長引かせると、苦しいでしょうから」
と、桐勢は言うとその場から立ち上がり男性の方へと移動をする。
「忘れようとしても忘れなくなってしまいますけど、もし忘れたいと思ったその日がきたら、またここを訪ねてください」
そう桐勢が男性に向けて一つ注意点を言うと、すぐに体勢を変えて記憶保存を行うことができるような状態になる。
その様子を僕はただじっと眺めて見守っていると、桐勢は深く息を吐いて両手を男性の額に翳し、指先に力を込め始めた。
くる。あの美しくてこの世のものとは思えないくらいに凄い現象が。
僕は前のめりになって顔を突き出すと、桐勢の指先から生じた清らかな波紋がレーザー光線のように伸びていく。そして、そのレーザー光線のように伸びた波紋がうねうねとうねり狂って高速度で回転し、やがて動きを止めて色をより強い青へと変えていく。
なんだかそれは、水面に足をつけて浮いていたり宇宙空間にいたりするような、なんだかそんな静寂さと魅力、それから心の喧騒を感じる。
ゾワゾワと。ビュービューと。
「……終わりましたよ」
桐勢がそう言い始めると、ピタリと波紋が消え、辺りの様子が元通りになっていく。視界も空気もこの手足の感触さえも。全て元通りになっていく。
「ありがとうございました。えっと、お代の方は……」
「ああ、お代の方は大丈夫ですよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいんです。これは自分のためにしたことですから」
男性が申し訳なさそうに言うと、それを桐勢が自分の胸に手を当てながらボソリと呟き、遠慮の意を表す。
たとえ、これが親切心からの行動だとしても頑なにその行動の意思を曲げないのは相手を困らせてしまう場合だってあるんだな、と僕は意外そうに思う。
さて、僕はどうしたらいいものか。「貰っておきなよ」なんて軽い言葉はこの場合、掛けるべきではないだろうし。
これは難解だ。どういった言葉を掛ければいいのか全くわかりそうにない。
そう、僕は考えを思いつくことなく、暫くどうしようかと頭を悩ませていると。
「……じゃあ、そのお気持ち有り難く受け取っておきます。本当、すみません」
と、幾らか間を空けて、そう、男性は桐勢に詫びを入れると、左手を後頭部に当てて微かに頭を下げた。
それから暫くして、男性は僕らにお礼を言うとスタスタと急ぎ足に歩いて〝記憶保存屋〟を後にした。
多分、男性は休憩の合間にここに来たのかもしれない。仕事を頑張っていく、と言っていたからこれから先スケジュールが忙しかったりするのだろう。
そんな考えを思い浮かべながら、僕らは男性を見送って、また部屋の方へとトントンと軽く足の音を立てながら戻っていった。
そうか、彼女か……。
僕はぼけーっとした顔つきで桐勢の方を見る。これは特に意味はない。と、思われる。
桐勢が彼女……うーん、どっちかっていうと僕には友達でいる方しか想像がつかない。
と、僕は品定めするかのように眺め見て考えてそしてすぐに結論を出す。まあ、そりゃ身近な人ほど想像がつかないよな、と。
「善君、ずっとこっちを見ているけど、どうかしたの? お茶菓子もうちょっと欲しい?」
「……ああ、いや、これはなんでもないんだ。ただ、ぼうっとしていただけ」
桐勢に僕のその様相を不思議がられたので、すぐさま頭を振って思考を切り換える。
とりあえず、涼介は今日独り寂しくやっているだろうから、少ししたら涼介の家にでも上がり込んで、一緒に過ごしてやろうかな。高島も呼んでゲーム祭りだ。負けたやつには罰ゲームを課そう。
僕はそんなことを思ってクスッと笑みをこぼすと、また一つの単語が思考を遮って、頭の中を駆け回った。
そうか、彼女か……。
いや、今日がクリスマス・イヴであるから、こんな単語がずっと頭の中から離れてくれないのだろう。きっと、そうだ。
僕はそうやって支離滅裂なことを思うと、ぱくりとお茶菓子を口にして温かいお茶を優雅さの欠片もないのに優雅そうにして啜り、ズルリと飲み干した。




