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2.記憶保存屋

「……記憶保存か」

 僕は虚空を見つめながら、興味深そうに呟いた。

 実際に、記憶を保存したとして、それが何の役に立つのだろうか。思い出を思い返して、昔はこんなことがあったなあとかこんなに楽しかったことがあったなあとか考えて、寂しくなって、感傷的な気分に浸って。

 いつまでも過去の記憶にしがみついて引き摺られて生きているような気がして、僕には全く良いイメージが湧いてこない。それは、マイナスの方向に力がかけられて心がボロボロになってしまうだけなのではないか、と考えてしまう。

「まあ、中には記憶保存について良いイメージを持たない人もいるんだけどね」

「そうなんだ」

 おそらく、それは僕のことであろう。

 この人は、的確に僕の心をぐさりと抉りとるような発言を平気でしてくる。心でも見透かしてるのか? とても手強いな、これは。

 ……まあ、たまたまタイミングが重なっただけだろうけど。

「ここで座って待っていてね。お客さんにお願いしなくちゃいけないし」

 そう言って指で示されたところは、何の変哲もないただの腰掛け椅子だった。座り心地は、結構いいな。ふかふかだ。

 子どものようにはしゃいだりはせず、落ち着き払って女の子がやってくるのを待つ。


「お待たせ。許可、貰ったから着いてきて。まあ、初めての人はちょっと驚くかもしれないけど……」

 そう、何か意味ありげなように女の子は言う。

 そうは言うけれども、これは誇張表現で、実際には対して驚きもしないだろう。と、思う。

「そういえば、キミのこと、なんて呼べばいいのかな。うーん、やっぱり〝ストーカー男さん〟、とか?」

 あ、これだ。この表情。この彼女の小悪魔的な笑みの悪戯な感じ。

 僕は表面上では「えぇ」、と苦々しい顔をするものの、内心では何故だかほっと一息吐いていた。

 僕はいじめられて喜ぶ気質なのだろうか。いや、違うはずだ。むしろ、そこに関してはノーマルなはずだ。

「普通に名前でいい。善とか、守宮とか、周囲の人にはそう呼ばれている」

「じゃあ、キミは善君だ!」

 弾むような声で彼女はそう言った。

 変な渾名、付けられなくて良かった。

 彼女といるとなんだか涼介達と一緒にいるような空気がして、思わず含み笑いをした。べつに、面白おかしいわけじゃないのに。

「じゃあ、僕は君のことなんて呼ぼうか。〝勘違い女さん〟とかか?」

 どうやら、僕も相当意地が悪いらしい。

 いけない、いけない。根に持つタイプは嫌われやすいらしいぞ。

 まあ、これは涼介から聞いた情報なんだけど。……ん? じゃあ、べつに根に持つタイプでも嫌われやすいとか、どうのこうのあるわけじゃないのか。

 涼介には悪びれもせずに勝手に納得する。

 ああ、いや、それはちょっと嘘かもしれねえ。本当はほんのすこーしだけ悪いと思っている。スマンな、涼介。

 誰に対してかはわからないが、誰かに対して話しかけるようにそう心の中で一方的に呟いた。


「む、失礼だな~。私にも椚って名前と桐勢って姓があるんだからね」


 ほへえ。クヌギにキリセ、ね。

「どうせなら、さくらとかたんぽぽとかハイビスカスとかマリーゴールドとか、そんな洒落た名前の方がウケそうだけどなぁ。じゃあ、僕は桐勢って呼ばせてもらう」

「なんか、一言余計な気がするけど」

 いててててて。耳、僕の耳。僕の耳を引っ張らないでいただけますか、椚様?

 耳を強く引っ張られたせいで、耳の辺りが赤く腫れてしまったような気がする。コイツ、意外に力強いぞ。

 彼女の扱い方には注意する必要があるな……。




 ■□■□■□■□■□■□■□■




「お待たせしました。では、横になって目を閉じてくださいね」

 生活感はあるが、機材などは何処にも見当たらないような部屋に、お客さんらしきご年配の方が一人。

 うーん、この感じ。完全に孫がおばあちゃんの介護をしている、って感じだよな。もしかして、〝記憶保存屋〟って介護施設のようなものなのか?

 僕はこの光景に様々な疑問を抱いた。

「ふぅ」

 何やら、桐勢は小さく息を吐くと、両手をおばあさんの頭の上にかざす。

 なんだ、なんだ。力を込める動作みたいな感じだが。

 やっぱり、ここは怪しいお店なのか? さっきからあちこち見回すけど、料金表とかそういうのも見かけないし。

 と、思った次の瞬間。何やら、見慣れない光景……というより、見たこともない非科学的現象が僕の目の前で発生する。




「なんだよ……これ……!?」




 目の前で、視認することができる波動のようなものが幾つも幾つも発生する。

 もちろん、これは作り物だとかそういうわけじゃない。

 何故なら、この空間にパソコンやモニター、3Dプリンター等の電子機器類は一切ないのだから。

 強いて言えば、桐勢がスマホをポケットの内に潜めている可能性はあるが、その程度じゃ、こんな現象は起こり得ないだろう。

 驚きと僅かに溢れる胸の内の好奇心で、僕は顔が引き攣っていた。


「はあ――」

 無事、終わったらしく、桐勢は溜め息を大きく吐く。

 僕のさっきまでの状態、桐勢には見られたくなかったな。目が点になっていたし、あんぐりと口は大きく開いていたし、なんかおかしな体勢になっていたし。

 一言で言うと、恥ずかしい。

「終わりましたよ、おばあちゃん」

 桐勢はニッコリと笑顔を浮かべながらそう言うと、おばあさんの手を引いてこの部屋の外に誘導する。

「善君も着いてきて」

「……ああ」

 僕は正気に戻り、彼女に促されるまま、部屋の外に出た。




 ■□■□■□■□■□■□■□■




「どうも、ありがとうございました」

 おばあさんが深々とお辞儀をする。

 孫との思い出を保存して、息子ないし娘との思い出を保存して、夫との思い出を保存して、おばあさんの両親、祖父母との思い出を保存して。それらを忘れないように保存して、ただ後々に懐かしむためだけに、ここを利用している、ということか。

 僕にはここの存在意義が全くわからなかった。

「また、保存してほしい思い出があったらいつでも来てくださいね」

「はい、はい。それじゃあ、失礼します」

 そう言って、おばあさんはゆっくりとこの店を出た。


「待て。桐勢、ここって金は払わなくていいのか? ここは、あくまで店なんだろ?」

「……ああ、これ。サービスみたいなものだから。それに、人の記憶に『お金』って概念で踏みにじりたくないんだ」

 他にも訊きたいことなんて、山程あった。

 その魔法みたいなやつ、どうやって手に入ったのか。生まれつきなのか。どうしてこの店を開こうと思ったのか。または、どうしてこの店が開かれたのか。桐勢の親はどう思っているのか。

 経緯は? 周りはどう思っている?

 訊きたいことが多すぎて、頭の中がパンクしそうだ。




「あのさ、また……来てもいいか?」




 気になることが、知りたいことが、たくさん、たくさんあるから。

 僕は少し照れ臭そうにしながら桐勢の目を見つめて言った。

 べつに、この照れ臭さは女の子と目線を合わせるのが恥ずかしいからだとか、そんなくだらない理由じゃない。

 彼女のことについて少し興味が湧いてしまった自分に気恥ずかしさを感じたから。ただ、それだけだ。




「いいよ――善君が来てくれると、なんだか楽しいもの」




 そう、僕の耳元で囁く。ニヤニヤと、笑いながら。

 彼女はやっぱり小悪魔だ。僕は、悪戯をして僕の反応を楽しむ桐勢に対して、そんな感想を抱いた。




 ■□■□■□■□■□■□■□■




「うー、さぶ。すっかり夜遅くなっちまったな」

 お得意の独り言を呟く。独り言を呟いていると、なんだか寒さが紛らわれる気がする。

 つまり、気休めだ。

「はあ」、と息を吐く。息が白くなっていることに気づき、今の季節はやっぱり冬なんだなと、改めて実感させられる。

 寒さで凍えて死ぬのと、恥ずかしさで悶えて死ぬの、どっちが楽だろうか。……うん、どっちも楽じゃねえな。

 そんな、乱雑な自問自答を何度も繰り返す。

 家まではまだちょっと時間がかかるので、ここらでコンビニにでも寄ってトイレでも借りようか、借りまいか、と少し悩んでしまう。

 やっぱり、用は家に帰ってから足そう。そう、決心した。


「ああ、月が綺麗だな」

 空は曇っておらず、星々も輝いて見える。

 ロマンチックな気分を感じるにはもってこいじゃないか。まあ、今の僕は遠慮するけども。

 などと、ひねくれたことを思う。ロマンチックな気分よりも後々のことを考える方が重みになっていて、気分が憂鬱になっているからだろう。

 僕、部活辞めたんだよな――本当に。

 まだ、そのことに関して、実感が湧いていなかった。

「帰ったら、親にも言って、一応姉さんにも言っとくか。姉さん、呑んだくれていそうだけど」

 どんどんと、気分が憂鬱になっていく。

 その影響でお腹もギュルル、と音を立てて痛み出す。

 結果的に早く家帰った方が良さそうだな。早く、家帰ろ。姉さん、酒呑んだら狂暴怪獣に変身しちゃうかもしれないし。

 早足で進んでいき、家まで若干お腹の痛みのおかげで変な体勢になりながらもすばやく帰った。




「……ただいま。姉さん、いる?」

 家の中はしーん、としている。おそらく、まだ親も姉さんも帰ってきていないのだろう。

 べつに、急いでいるわけでもないし、帰ってくるまでゲームか何かでもして待っているか。やれやれ、しょうがねえ姉さんだ。

 若干、姉さんに対して愚痴を心に秘めつつ、結局帰ってくるまでの一時間と二十分、僕はずっとゲームをしていた。もちろん、用を足した後に。




「ただいま――」

「おかえり、姉さん。今日は遅かったんだね。呑んでいたの?」

「いや、残業……」

 ああ、それは大変そうだ。お仕事ご苦労様です。

 僕は実の姉に対して、心の中で敬意を払った。

「あの、姉さん」

 疲れているところでなんだかとても言いづらくはあるけども、とりあえず、僕が部活を辞めたことについて話すことにした。

「姉さん、僕――部活辞めたんだ」

 緊張感が身体中を電気のようにビリッと駆け巡る。こんなことを言うの、とても勇気がいる。と、思う。


「そうかー。ま、後悔していないならそれでいいと思うよ、アタシはね。一応、そのことはお父さんとお母さんにも伝えておきな」

「……うん」


 意外だった。部活に関して、一番口を出してきそうなのは姉さんだと思っていたのに。

 姉さんはそれ以上、僕に何も言わなかった。

 僕は後悔していないはずだ。逃げたんじゃない、自分でその道を選んだんだ。


 なんだか都合の良いことを並べているだけのようなそんな自分の心中に嫌気が差して、とても気持ちが悪かった。

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