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16.あの人

 不安だ。とても不安だ。大丈夫なのか。嫉妬のオーラとかだだ漏れで僕に向けてこないのか。

 そんな疑心を涼介に向けつつ、僕はカクカクと重たい足取りで歩を進めた。

 涼介の少し……いや、かなり凄い喧しさと粘着さといったら、そりゃもう。知っている者からしたら、想像するだけで狼狽えるものである。

 僕は、外の寒さのせいなのか、それともこの恐怖心と緊張感によって焦りを感じているからなのか、身を小刻みに揺らしている。鳥肌ものというのは、こういうことなのだろうか。


「うわっと」

「おっと。ほらよっと。大丈夫か、善」

「いやぁ、悪いな」


 僕は地面に降り積もった雪で足を滑らせ転びそうになったが、涼介が僕に手を差し伸べて僕の腕をしっかりと掴み、間一髪のところでそれを防ぐ。

 降り積もったとは言っても、既に若干溶けきっている場所もあるので、ぬかるんでいたりして滑りやすくなっているのだ。

 冬というものは、地方によっては雪が降ってこういうのも付き物であるから本当に忌々しい。夏生まれの僕からしてみれば、それも相まって余計に忌々しく感じてしまうのかもしれない。

 早く春にならないだろうか。炬燵でぬくぬくと過ごす生活もいいとは思うけど、その前に僕は外の寒さで凍えて力尽きてしまう。

 そんな風に、冬に対しての不満や愚痴を苦々しそうな心境で思うと、街中に雪が積もっているこの一面の雪景色を見て何処か寂しそうな顔をした。

 この時期って、もうじきクリスマスなわけだし、人によってはウキウキとした気分になって浮かれたりしているんだろうな。その後には大晦日にお正月という二大イベントも待っていることだし。

 まあ、そうか。クリスマスプレゼントだったりお年玉だったり、子どもならばそういうのに心を奪われるのだろう。子どもだったらな。

 だが、大人は違う。人によっては忙しない日々に変わり、汗水垂らしてせっせこ働く人だっている。だと言うのに、浮かれる人達も大勢いる。

 何故か。それは語らないでおこう。僕の心と涼介の心が余計に悲しくなるだけだ。

 僕は自分に嘘を吐いて楽しげな表情を浮かべると、ギリギリとかなりの力を両拳に込めて怒りを顕にした。

 マズイ。これは相当マズイ。これじゃ、まるで僕は涼介みたいじゃないか。はい、深呼吸深呼吸。

 僕は涼介を反面教師のような扱いにしてたらたらと額に冷や汗をかくと、心を落ち着かせるが如く大きく息を吐いた。


「で、守宮。向かっているところっていったい何処なんだ? 少なくともこっちの方面だと、お前ん家じゃなさそうだし」

「ああ、うーんそうだな。ここは、なんて返すのが正解なんだろうな。あーっと、今向かっているのは店、かな?」


 高島が僕の顔を窺って何かを察し、僕の気持ちを切り替えるかのように訊くので、僕はその答えづらい質問をアバウトに答える。

 実際、店かというと、それはただ桐勢がそう言い張っているだけで微妙な気がするし、僕にはアレを店と呼んでいいのかわからない。

 というか、未だに引っ掛かること、あるんだよな。


 あの店って、どうやって生計を立てているんだろう。これは、当初から胸の内に抱いていた疑問だ。費用とか無いものなのかな。

 あ、でも待てよ。まさか、借金を抱えていたりして……。

 いや、仮にそうじゃなかったとしても、どうやって生きているんだ?

 あの店実は家とか? いや、それにしたって、親御さんとかの姿を見ないし、気配すら感じられない。

 親御さんとかが店を開くために資金を出してくれるものなのか?

 僕は次々と疑問を思い浮かべると、次第に顔が曇っていった。


「元気なさそうだな。お腹でも痛いのか?」

「ああ、まあそんなところ」


 涼介が緊迫感を断ち切るかのようにして訊くので、僕はぶっきらぼうな感じで返事を返した。

 まあ、どう生活してんのかなんてわからないけど、一応はアレでなんとかなっていそうなんだし、頭を悩ませる必要もないか。

 僕は一抹の不安を何処かへと投げ捨てると、力強く一歩一歩を踏み締めた。

 それにしても、雪って冷たいな。段々と靴の中に入ってきて、靴の中は水浸し状態になっちゃうし、おまけに家の屋根等から落ちてきて頭に当たったりすると危ない。あまり雪の利点って僕には思いつかないな。

 小さい頃は雪玉を作って投げ合ったり、雪だるまを作ったり、模型みたいに雪を弄くって何か剣だとか建物だとか作って遊んだりしていたけれど、今となっちゃ疲れるだけだし、僕にとってはこれも利点とは呼べそうにないな。

 僕は頭の中で誰とやっているかはわからない雪についての談義を始めると、周りには気づかれないように小さく残念そうに首を横に振った。

 これは、アレだ。僕の癖である『ヤレヤレ』というやつだ。


「高島はさ、雪って好きか?」

「あ、俺か? あー、そうだな。まあ、好きではないんじゃないか。交通機関とか止まったりするし、酷いと停電してライフラインが悲惨なことになるし」

「なるほど、現実的だな」


 僕は高島の答えに淡々と頷くと、上の方を見上げ、街に張り巡らされている電線をぼうっとした感覚で眺めた。

 ごちゃごちゃとした感じで空も狭く感じられて邪魔物みたいな扱いではあったけど、なるほど。これは、一応人々が生活していくためには欠かせないものだろうしな。

 僕は高島のその発言によって、何気なく感じられていたその物でも有り難みや役割があるのだと納得して理解をした。

 まあ、でも歳を重ねるにつれ、雪ってなんか良いイメージを抱かなくなるよな。

 小さい頃はあんなに幻想的で神秘的で美しいって感じられたものなのに、今となっては、やれ通勤・通学に影響が出てしまうだの、やれ転倒して怪我でもしてしまうだのと、ため息を吐かされる存在になってしまっているしな。まあ、これも個人差あるし、平気だとかむしろ降ってほしいだとかって人もいるだろうけど。

 確かに雪は儚げでロマンを感じたりするかもしれないんだけど、どうしても今の僕には頭を悩ませる存在になってしまっている。はて、これが変化ってやつなのだろうか。


「……痛っ! ……冷てぇ」

「善、かかったな。俺の超眉目秀麗雪玉投球。ハハッ、どうだ久々のこの感覚は」

「あのさ、僕はお前をこの場でこのまま置き去りにしてもいいかな」

「すんません。いや、この通り」


 僕がそう冷え冷えとした敵意丸出しの口調で言うと、涼介は両の手をパンッと合わせて僕に向かって綺麗に謝罪をする。

 背中に雪玉が当たったので、おそらく後ろには幾らかの雪の粉が付着しているのだろう。そう考えると、なんだか急に寒くなってきた気がしてきた。いや、元から寒いわけではあるのだけれども。

 こんなときには、温かい料理とかでも思い浮かべて頭を麻痺させて、今は寒くないんだぞという錯覚を全身に植えつけるか。

 えっと、じゃあ、まず? おでんか? おでんだな。うん、あったかそうだな。特に、出汁が染みて美味しそうな大根とか思い浮かべてみればいいんじゃないか?

 えっと、次に鍋でもいっとくか? いや、鍋は定番すぎるか。

 ええっと、ボルシチ……なんでボルシチ? そうか、そういうことか。

 そう、わかってしまったのだ。


 僕の想像力は乏しい――ということを。


 情けねえ。てか、これじゃ仮にディスカッションやりますよ、なんて言われたときには、話という話が思いつかずに慌てふためいて、ただオロオロしているだけになりそうだな。感想も下手くそだし。

 と、僕は自嘲気味に自分自身を罵ると、下唇を強く噛み締めた。


「涼介はいっつも元気だよな。本当、涼介のペースで毎回僕の方が気圧されてしまうよ」

「あー、おお! 誉められるとやっぱり照れるな」

「そりゃ、僕は誉めたからな」


 僕はそう言って、少し得意気な顔をすると、涼介とハイタッチを交わした。多分、高島は揃いも揃ってコイツら道端で何をやってんだみたいなことを思っているのだろうが、その視線も今だけはなんだか心地がよかった。

 というか、ハイタッチってなんか懐かしい感じがする。周囲の視線を気にしちゃったりして、怖じ気づいてできなかったりしたからだろうか。将又、する機会なんてあまりなかったからだろうか。どっちの説もという可能性だって考慮できる。

 僕はそんな懐古さだとか朧気な記憶を辿って思い出に浸ると、涼介から顔を隠すように下を向いて嬉しそうに笑う。

 ああ、確かに、僕は前に思い出に縋りつくのはマイナスばっかりでどうたらとか思っていたけど、意外にこういった良い面もあるんだな。なあ、桐勢。

 そう、僕は過去の考えに背くかのようにして過去の己を自ずから見直してみる。

 そういえば、あの人のことを口に出すことだって、これも思い出の一つだったんじゃないか。何が心がボロボロになってしまう、だ。ちゃんと、人を勇気づけさせていたじゃないか。

 僕は過去の自分を否定するかのように強くそう思うと、踵を返すように過去の自分から今の自分へと意識を再び戻した。

 古ぼけて、錆びついて、動かなくなってしまった歯車たちが知らず知らずのうちにギシギシと音を立ててまた回り始めていっているような、そんな不自然だけどちょっぴり希望の見える風景が思い浮かんだ気がした。

 金切り声のような甲高い音とはまた違う、懐かしくて重くて深くて渋く轟き始めるその音。その音色に心を魅了されていって。僕にこびりついた心の穢れが溶けていって。それで。


「着いたな……」


 僕は〝記憶保存屋〟に着くなり、手短に一言ボソリと呟く。

 僕の面持ちは魔境にでも着いたかのような感じをしていたが、べつにこれは恐ろしさとかそういうのを表していたわけではない。多分、躍動感とか不屈さとかだろう。


「よう、桐勢。いるか?」

「あ、善君。いらっしゃい。あれ、お友達も一緒? ゴメンね、今、中が混んでいるから狭いかもしれないけど」


 申し訳なさそうに桐勢がそう言うので、僕は追い返されなかったことに一先ずは安堵した。

 だけど、心の何処かから漏れ出た罪悪感と寂寥感がじわりじわりと胸に込み上げていた。


「あれ、この娘。それに『善君』って……」

「涼介、お前が考えているほど如何わしいことは多分していない。だから、まず感情を抑えてくれ」


 とは、言いつつも。あれらは如何わしいことに入るのだろうか……。

 と、昨日のあの恥ずかしいことや出会い等々のことが僕の脳裏を掠めていき、そして僅かばかし苦悩する。

 まあ、それは置いておいてだ。中が混んでいる? 誰か客でも来ているのだろうか。

 そう疑問に思いながら、僕は桐勢や涼介、高島達と一緒に部屋の奥の方へと進む。すると、見馴れていて懐かしい顔が目の前にスッと現れ、そして驚愕する。

 それは、幾度となく目に焼きつけた顔――僕に勇気を与えてくれたあの人だった。




「美咲……さん……!?」

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