15.守銭奴で悪友な幼馴染み
……気まずい。非常に気まずい。あの場所に行くと、なんだか昨日のことを思い出してしまいそうで。
しかし、僕は言ってしまったのだ。『また明日』と。だから、しょうがない。その言葉は取り消せないから。
僕はいつものように学校の自分の席で眠りこけ、目を覚ますと放課後になっていたのを時計を見て確認すると、黒歴史を思い出すかのように悶え苦しみながら頭を悩ませる。その姿はとても妙ちくりんで、コントの真っ最中なのではないかと思ってしまうほどである。
一晩経って、そっから気持ちの整理はついたと思っていたのに。気のせいだったらしい。
恥辱プレイってやつなのか、これは。いいや、自業自得か。
僕は自分の首を締め上げて殺しにかかるように、よくわからないことをただつらつらと脳裏に浮かべる。その様子から判断できるほどには、僕は奇奇怪怪な行動を繰り返しているのだ。
発端をもっと詳しく? そんなの、省略だ、省略。丁寧に説明できるほど、今の僕には冷静さも慎重さも欠いている。不穏な空気が僕の中に飄々と流れているのだ。
もう、アレだ。擬音だけで説明するのですら今の僕には難しい。そんな、簡素で杜撰な言葉と言葉の繋がりを紡ぎだすこと以前の問題なのだ。
漫画で表現すれば、ネームですらまともに考えられないような状態。
絵で表現すれば、アタリを描くのですら投げやりで諦めているような状態。
歌で表現すれば、掠れた声を発するのですらできないような状態。
僕は今、そのような境地に立たされているのである。
土地柄を把握していないのに、地図も持たずに目的地を目指していたり、英単語のスペルを綴ることですらあやふやなのに、英文を書いてみたり等も多分おんなじだと思う。いや、まだこの二つは目的をやり遂げようとしているから違ってはいるのだが。
正気の沙汰じゃない状態って、周りから見たらこんな感じなのか? そうなのか?
僕は誰に対してか全くもってわからないが、一方的な質問を放り投げる。
なんで、パワーだけは有り余ってんのかな。
あ、そうか。一日中、浪費も利用もせずに、楽に楽に生きているだけだからか。たまに剣呑な空気をじわじわと感じるときは使ったりしているかもしれないが。
まあ、楽と言っても、制限や理不尽のある中での楽だけど。だから、時折今の状態が楽ではないんじゃないか、と感じられるときがある。……何、言っているんだ、僕は。
僕は自分が考えていることを真っ向から否定するように、或いは粉微塵に斬り捨てるかのように、ツッコミを入れる。これは、極々普通なことで最近の僕にとってはよくある心理状況であった。
「善、突然で申し訳ねえな。高島も連れてきたわ」
そう言って、僕の背中をトントンッと軽く叩く男がそこに一人。
そう、それは涼介だった。
ああ、そうだ。どうしようか。コイツらとの男の約束、いつ果たそうか。今日はダメだとしても、僕は迷惑をかけたんだから当然、いつかお礼をしなければなるまい。まさか、ずっとこのまま〝記憶保存屋〟に通って、コイツらを避け続けるような行動をするわけにはいかないしな。
僕は既に頭を悩ませていたのに、さらに頭を悩ませて今にも気絶してしまいそうなそんな感覚に陥ってしまう。
僕、謎と人々の敵意に心が蝕まれていって、そろそろ昏倒してしまいそうだな。
そんな、ちょっと危険思想の冗談を心で思うと、髪をクシャクシャッと弄くり回して、気持ちが悪そうな表情を浮かべた。
「おい、体調悪そうだな。大丈夫か? 守宮」
「ああ、安心してくれ高島。僕のこれはただ単に宇宙人と交信しているだけなんだ。何も心配することはない」
「いや、むしろそれだと余計に心配しちゃうだろ」
僕が、意味不明でおそらく高島には理解不能な、というか僕にも理解不能なジョークを繰り出すと、高島が心配そうにだけど漫才チックにツッコミを入れる。
コイツ、ツッコミにキレがあるな。
僕はそんなことを思うと、グッジョブといったサインを手で作って高島の方に向けて送る。
そうだよな。僕って普段はこんな感じだよな。なのに、桐勢の近くにいると、あんな風になってしまう。化学反応みたいなものなのか?
僕は自己評価で百点満点中二点くらいのたとえを心の中で鈍く思うと、二、三度軽く咳をする。そして、頻りに涼介の方をチラリと見る。
多分、これは所謂『キモい』ことを思ってしまって、恥ずかしさを紛らすために行った行動に違いない。
僕にはそういうきらいがある。傾向がある。ような気もするし、ないような気もしないでもない。うん、どっちなんだよ。つまり、定かではないんだろうな。自分目線ではわからないってやつだ。
僕の行動が不審すぎるのは、風変わりなのは、まあ、僕の近くにいる周りの人から見ればこれといって特徴もない日常茶飯事なモノではあるのだが、治した方がいいんだろうなっていうのはなんとなくわかる。協調性を持たせるのならな。だが、ユニークさ……個性は失ってしまう。味気無い人間になってしまうんじゃないか、と思っている。あくまで、これは僕の主観だ。
花だって魚だって動物だって、なんか面白い特徴があったりすると、ついつい二度見してしまったりする。僕は。
まあ、だからどうそれが繋がるんだってわけじゃないけど、治した方が良いとは思うのに、治さない方が良いのかな、とも僕は感じてしまう。あれ。これって、またもや矛盾だ。
僕は涼介の頭頂部付近を考え込むように集中して見ながら、そんなことを考えていた。
「ん、なんだ? 俺の頭に埃とかでもついてんのか?」
「ああ、いや。ただ、ボケーッとしていただけだよ。……あ、涼介。お前、もちっと髪伸ばせば顔は悪くないんだし、モテたりするんじゃね?」
「え、そうか? ……そうか。へへへ。ぐへへへへへへへっ」
ああっと、訂正したいな。やっぱり、無理かもしれない。
確かに涼介は得体ではあるんだよな。背は木偶の坊なのかってくらいたけーし、それでいてちゃんと痩せている。
そして、顔もまあイケている面ってわけじゃないけど、普通かちょい上くらいではある。あるのだ。あるのだが。
まあ、こういう言い方をしているからなんとなく想像ができるだろう。
涼介の欠点は、性格とべつに決して勉強ができないとかって意味でではないけど、控えめに言って……いや、言い方を変えよう。涼介は能天気なんだよな。
運動神経は抜群ではあるのだ。そして、顔芸が上手い。そんじょそこらの人よりも断然上手いとは思う。さすがに漫才師程ではないが。
でも、性格がちと残念ではあるのだ。僕が言えた道理ではないのだが。
まず、涼介は守銭奴的な性格を持っているのだ。だから、前に高島から『ゲバ』なんて呼ばれていた。
そして、さらには涼介は彼女というものに飢えすぎていて、世のカップルというカップルに対しての妬みがもう半端じゃないのだ。うん、これに関しては抑えような。内に秘めておこうぜ。
最後に、極めつけはこれだ。涼介はゲームや何かスポーツをする際、『待った』をかなりの高頻度で使う。これは、正直僕も高島もときどき苛立ちを覚えている。
こんなヤツ、幼馴染みでもなければ僕は悪友なんてやってねーよ。
僕は今までの鬱憤を晴らすかのようにそう強く心で思うと、苦笑しながら涼介の不気味な笑みが収まるのをただただ待っていた。
「で、なんだよ、涼介。悪いが、今日も僕は用事があるんだ。遊べねえぞ」
「そうか、そうかー。善、お前俺達に何か隠していることでもあるん、ぎゃ。じゃないのか」
おいおい、大事なところで舌噛むなよな。てか、めっちゃ痛そうだな。うわぁ。
僕は引き気味に涼介を見ると、何処と無く同情心が芽生えるような音がした。
ああ、口内炎になりそうだな。粘るの大変そう。
僕は他人事のように、というか他人事なのだが、そんな感じで涼介に憐れみの心を持ってじーっと見つめる。
「隠していること? うーん、そうだな。お前ん家にあった漫画本、実は幾らか姉さんにあげちゃったってことくらいかな」
「それ、マジで普通に衝撃の事実なんだけど」
僕がそう言うと、さっきとはうって変わって、滑舌よく冷静な口調で淡々と涼介は僕の言葉にツッコむ。力一杯驚きの表情を見せて。
まあ、言ってなかったしな。そんな顔をしても仕方がなくはある。
僕は悪びれもせずに平然とその事柄について興味無さげにしずしずと思う。
姉さん、そういや、なんて言っていたかな。忘れちゃったけど、確かジャンルが合わなかったとか、そんな感想を残していたような気がする。ああ、そりゃバトルものとかSFものとか姉さんがあまり好まなそうな漫画ばっかりだったしな。でも、一応は読んでいたらしいけど。
僕はふとそんなことを思うと、姉さんのガッカリした表情を頭に思い浮かべる。
かなり残念そうだったな。今度からはちゃんと考えて持っていくか。
涼介に対して全く反省もせずに、僕は別のことに関しての反省を始める。
こういうところは自分の悪い癖なんだろうなー、とは思えども、結局のところ、僕はその事柄に関して数秒もしないうちに忘れてしまっていた。
「あれは俺にとって、宝なんだよ」
「悪ぃ、悪ぃ」
そうやって、僕は軽く謝罪を入れると、小さく笑みをこぼした。
「……ゴホン。それは後々取りに行くとしてだ。でさ、俺達もその用事とやらについていってもいいか?」
「え……? ええと、そうだな。あー……」
涼介が元気よくそう言うと、僕は何故だか、少し桐勢とのあのやり取りを一人占めしたいという束縛心と嫉妬心に駆られてしまう。
心にもないことを心で思ってしまっているのは何故だろう。もどかしい。
てか、大勢で押し掛けてしまって大丈夫なのか? 迷惑が増えてしまうんじゃなかろうか。
仮に三人で行ってしまうとする。すると、桐勢はどんな反応するんだ?
うーん、ここは適当に理由を見繕って、無理だということを伝えておくか?
いや、でも待てよ。涼介のことだし、なんか僕が知らないうちに追跡してきそうな気がするな。ここは、仕方なしといった感じで潔く行くか?
僕は何度も頭を手に添えながら唸るといった考え込む動作をすると、高島の方を向いて困惑しているような表情をする。
高島は「すまねえな」というように手でお祈りをするかのようにして、申し訳なさそうな表情で僕のことを見た。
くっ、高島は僕の味方だと思っていたのに。常識人だと思っていたのに。
僕はそんな風にして悔しそうに心の中で思うと、まるで今にも地震が起きてしまうんじゃないかというくらいの迫力で涼介の方に振り返った。普段よりもスピードが断然と違う。
「追い返されるかもしれないけど……まあ、いいか。ついてこいよ。それと、涼介は絶対感情という感情を漏らすなよ。いいか、人並み程度な」
「はいはい、わかったわかった。ほらほら、行くぞ! 時間は有限なんだからよ」
僕が如何にも不満そうにそう答えると、涼介はいい加減な感じで返事を返して僕を急かした。
涼介のお守りは疲れるな、全く。
僕は口元を緩めながら涼介の方を見ると、その場からゆっくりと立ち上がった。




