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11.格好悪いをぶち壊す

 子どもの頃に戻りたいって思ったことはないだろうか。

 やりきっていなくて後悔したから。

 間違った道を辿ってしまってやり直したいから。

 そんなことなどを思ってなんとなく。

 もし、僕が子どもの頃に戻れるとしたら、何がしたいのだろうか。

 何かに熱中したり? その何かってなんだろう。まあ、いいや。




 ■□■□■□■□■□■□■□■




 僕は困惑していた。それは多分、目の前で泣いている人がいたからだろう。


「その、さ。……使うか?」


 僕は泣いている桐勢の方から少し顔を背けて、彼女にまだ使っていない飾りだけのハンカチを手渡す。少し慰めるような表情をして。

 なんか、調子狂う。いつもふざけた感じのヤツに僕が気をつかおうって思うだなんて。話の切り出し方もわからないし。

 今はどうしたらいいんだろう。黙って話を聞いたりするとかか。

 いや、でもそうやって自分からなんで泣いているのかって話すの、嫌がる人だっているし。

 わかんねー。わからねえよ。僕はそんな他人を気遣える程心に余裕があるわけでもないし、紳士的な行動を常日頃から心がけているわけでもない。だから、余計に今どうしたらいいか、なんてわからねえよ。

 僕はうむむ、といった感じで頭を悩ませる。幾重にも連なる見えない何かから、正解を見つけるかのように。言ってしまえば、悩むだけ悩んで結論が出ない状況みたいなものだ。


「ありがとね。善君。でも、本当気にしないで。大したことじゃないから」


 涙を拭いつつ、桐勢は微笑んだまま僕にそう言う。

 嘘をつけ。涙が自然と出ちゃうくらいには思い詰めていただろうに。

 僕は心の中で悪態をつきながら、ふてぶてしそうに桐勢の目を直視する。眉間に力強くシワを寄せて。潤んでいる桐勢の目からは、何処か心に闇を抱えているようなそんな感じがゾワゾワと僕に伝わってきた。


「なんで泣いているのか僕は理由を知りたかったけど、言いたくないなら言わなくていいや。というか、言わない方がいいと思う」


 僕は桐勢の気持ちを察したのか、そんな言葉を口に出す。

 ……僕はやっぱり性格が悪い。


「ううん。やっぱり、善君には話しておこうっかな~っと。これ、なんか二人だけの秘密みたいだね」

「冗談、言える余裕があるのな……」


 桐勢が微笑みながら少し声を弾ませてそう言うので、思わず僕はツッコミを入れる。そのツッコミには安堵した気持ちが含まれているかのようだった。

 今、どうして僕は安心したのだろうか。不思議だ。

 僕はパチクリと瞬きをすると、はあ、と大きく息を吐いて桐勢の目を真剣な面持ちで見つめ、何か話をしようと考える。

 今話すべき状況なのかは疑問に思ってしまったが、元気づけられそうならそれでいい。会話なんて自分の本心さえ伝えられれば、べつにぎこちなくったっていい。少なくとも、僕はそう思っている。

 僕はそうやって自分に言い聞かせるように言うと、意を決して口を開き話し始める。丁寧に丁寧に、昔話を語るかのように。


「ええっと、さ。急で変だとは思うんだけどさ。桐勢がなんで泣いていたのかを話してくれる前にさ、昔ある人が言っていたこと、話してもいい?」

「え……? ……うん、いいよ」

「じゃあ、ええと、うん。おかしな話だとは思うんだけどさ、昔々、僕が幼かったときに言っていたんだ、その人が。『人は悪人と偽善を働く人が一割ずつ、残り八割はどちらでもないけど善人じゃないその他の人。そしてこの中の大抵のヤツは格好悪いって思うことをやろうとしない。これは私の経験則なんだ』って。でさ、その人は続けてこう言ったんだ。『まあ、でも、そんな酷い割り振りをされている中にもごく僅かにいるんだ。格好悪いって思われていることを平然とやってのけるヤツって。それってなんか格好良いよなぁ』ってね。僕はそのとき可笑しくって笑っちゃったけどさ、でも、なんか勇気が湧いてきた気がするんだよね」


 僕は少し照れくさそうな素振りを見せながら、床をじっと見つめて過去の記憶を感慨深く思い返した。

 忘れもしない、あの言葉。あのときのこと、今だって鮮明に覚えている。あの空間、あの埃っぽい場所。今、あの人は何処で何をやっているのだろうか。僕はそれだけが気がかりだ。

 僕は鼻で大きく息を吸って、涙目になってしまいそうな自分を抑えようとする。

 歳、とったなぁ。あの頃より身体、大きくなったなぁ。

 そう、僕は自分の腕や手を見たりグーパーと手を開いたりしながら、感慨に浸る。そうした後に無理矢理……というわけでもなしに笑顔を作り、桐勢の方を見てやんわりと言う。


「だからさ、うん、なんだろう。桐勢にはさ、泣いている姿よりも笑っている姿の方が似合っていると思うんだ。えっと、だからなんて言うんだろう。うーん、と。元気出して、なんて厚かましいことは言わないけどさ、まだ会って間もない僕だけど、そんな僕に頼ってほしいんだ。あれ、これも厚かましいか? ……厚かましいな。なんか、突拍子もないことでごめんな」

「……ありがとう。……優しいんだね、善君って」


 涙で溢れている目を擦りながら桐勢は儚く消えてしまいそうなその声でそう言うと、両手で包むかのようにして僕の右手を手に取った。

 う、恥ずかしい。これはとても恥ずかしい。さっき、僕があんな恥ずかしくてクサイこと言ったのも加算されてなのか、とっても恥ずかしい。これが所謂恥ずか死にってやつか。まだ、僕は死ぬわけにはいかないぞ。絶対にだ。

 僕は顔を真っ赤にさせ、シューッといった煙が今にももくもくと立ち込めてきそうな状態になりながら、胸に左手をあてて恥ずかしさを抑えようとする。

 静まれ。静まってくれ。相手を意識するな。そうだ、自分のことだけに集中だ。今の風向は……屋内だし風なんてあるわけないよね、そりゃ!

 恥ずかしさが頂点に達したのか、僕はワケのわからないことを心の中で一人芝居でもするかのようにブツブツと呟く。

 あ、やばい。さっきのクサイ台詞を吐いた自分を殴りたい。めっちゃ殴りたい。

 僕は頭の中が完全にパニック状態に陥ってしまい、今にでも何か危ないことでも始めてしまうのではないかと自分の状態を危惧する。

 頭の中はパニックなのに、それを危ないって冷静に判断できるなんてな。僕はパニックしているようでパニックしていないのかもな。うん、もう何言ってるのかわからねえや。口調もあやふやだし。

 僕は悶え苦しみながらなんとか正気を保とうとして、ハァハァと少し息を荒げる。


「……出会いは善君のストーキングだったのにね」


 そう言うと、桐勢はわざとらしく悲しむような表情を見せて僕の方をチラリと見る。

 僕のシンパイというやつを返してください。

 僕の心は一気に落胆し、脳内でそうツッコミを入れるが、何故だかその状況を少し楽しんでいる自分がいた。


「えぇ……。あの誤解のやり取りまだ持ち出すのか……」


 僕は嫌そうな表情を見せると、手で頭を抑えて、小さく今思っている不満を呟いた。

 まあ、いいけどね。僕は心が広い、と勝手に思っているだけの人間だけど、もうこのやり取りにも馴染んだから痛くも痒くもないや。

 僕はまたまた何度目かの「やれやれ」というポージングをすると、すかさず負け惜しみかのようなフッという鼻につく笑いをする。小物感溢れる感じが少し、いやもうかなり心に突き刺さりはするが、なんだか心が落ち着いた気がした。

 ああ。ナンダカココロガオチツクナー。

 訂正。僅かばかし、桐勢に苛立ちを覚えているようだった。

 まあ、桐勢に元気が戻ったみたいだし、今だけはこの苛立ちなんかも捨てて、僕も一緒に笑っていよう。

 僕はしみじみとそう思った。


「で、なんで泣いていたかなんだけど、やっぱり教えな~い」

「気分屋だなぁ」


 桐勢が子どもっぽく僕に向かってあっかんべーといった顔をして悪戯な感じでそう言ったので、僕は少し可笑しく感じてしまい、思わず本心からクスリと笑ってしまった。

 もしかすると、僕は一緒にいて楽しい存在なんだと桐勢のことを認識しているのかもしれないな。

 僕はそう考えると今までずっと固まっていた表情が一気に綻びだし、今にも内心が飛び出てしまうのではないか、と少しヒヤリとした危機感を覚えていた。

 ふう。でも、これはまずいよな。いろいろと。

 僕は冷静さを取り戻すと、汗を少し額にかきながら何かを悟りでもしたかのように思考する。

 まずいのはこの気持ちのこともそうなんだけど、今の状態もなぁ。

 そう呟いて、チラッと桐勢の方を見る。

 今、コイツはパジャマ姿のままで物凄くラフな格好なんだよな。うーん、僕も一応は男というカテゴリーに入るわけだし、もうちょっと、その考えた方がね。人によっては襲われちゃうぞ、それ。

 僕は手を口に当て、桐勢の長いとも短いとも言えない栗色の髪を見ながら、どうしたもんか、といった感じに伝え方の策を考え始める。


「どしたの、善君。……もしかして、見蕩れているの?」


 桐勢がニヤリと笑みをこぼしてからかうようにそう言うので、僕はサッとすぐに目を反らす。

 そして、少し間を空けて口をあたふたとさせながら恥ずかしげに僕は言う。


「うん、うっとりとした感じで見蕩れていた。ん、だと、思う。多分」


 根拠なんてないけど。

 僕はありのままのことを言葉を詰まらせ、桐勢の方から少し目を反らしつつ、そう言った。

 桐勢は一応女の子……異性なわけだし。まあ、性格なんて度外視で見れば? ルックスはかなりイケてる方だと思うからそりゃまあ?

 僕は言い訳染みたことを何度も何度も繰り返すと、やがて放心状態へと移行した。

 なんだろうな、この気持ち。この気持ちは暫く胸にしまっておこう。

 こうして、僕の心の中で鉄のようにかたーい謎の決心が芽生えたのであった。うん、これは固くかたーく頑丈にカギを掛けて閉ざしておこう。


「可愛いね、善君。なんか、女の子みたい」


 手を口に当ててニッコリと彼女は微笑むと、僕の頬を弄くりながら、僕が今まで見たことなかったくらい眩しい笑みを僕に見せてきた。


 可愛いのは僕じゃない……桐勢、お前だ。


 僕はそんな言葉をついつい口に出しそうなところをすんでのところでなんとか止めることができた。

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