第05話 勇者の洞
遺跡の地下でオーク討伐をして、地上に出たらあたりがすっかり暗くなっていたことから、遺跡の裏手にある崖の下で野宿をしようとしていた時、突然轟音とともに機械的な声が聞こえてきた。
『認証しました』
「えっ、な、なに」
「さ、さぁ、わからない、油断するなよ」
俺たちはうなずきあうと同時に身構えた。
ゴォォォ
すると再び轟音が響き、崖の一部が崩れ始めたのだ。
「うぉ、あぶねぇ」
「く、崩れる」
俺たちは荷物を無視してとっさに身を引き崖から離れた。
しかし、崩れたのはほんの一部だけで、この轟音とは関係が内容だった。
なんだと思っていると、突如目の前にある崖の一部と思っていた大きな岩が右に動き出したのだ。
「……」
さすがのフィーナも、俺もこの光景には絶句していた。
そして、そんななか、岩の移動は続き、ついにはその先に空間が見えてきた。
どうやら、岩かと思っていたら岩に擬態した扉だったらしい。
「……お、おい、おれは、夢でも見てるのか」
俺が何とか出した言葉はこれだった。
「……ゆ、夢じゃ、ないよ。私にも見えてるし、なんなの、これ」
「わ、わからねぇ、これも古代遺跡の一部か?」
おれは、後ろにあった遺跡を思い出しながら言ってみた。
「と、とにかく入ってみよう」
ここで、フィーナがそんなことを言い出した。
といっても、その意見には俺も賛成だった。
「ああ、そうだな、どうなってるかわからないけど、入ってみるか」
こうして、俺たちは意を決してゆっくりと身構えながら岩の扉をくぐっていった。
「な、なんだこれ」
中に入俺の第一声がこれだ。
「どうなってるの、誰か、住んでるってこと」
そう、フィーナの言う通り、俺たちが入ったところはつい先ほどまで誰かが住んでいたかのように、生活感にあふれたリビングのような場所だった。
「でも、気配は何もないぜ」
探知魔法で調べてみたが周囲には誰もいなかった。
「じゃぁ、どこかに出かけてるかも」
「可能性はあるけど、ちょっと調べてみるか」
「う、うん」
それから二手に分かれて調べてみることにした。
本当に誰かが住んでいるのかもと考え少し遠慮しながらリビングを捜索していると、フィーナが何かを見つけたようだ。
「ファルター、ちょっとこっち来て」
「なんだ」
「これなんだけど」
俺がフィーナのところに向かうとすぐにフィーナは手の中を見せてくれた。
「これは」
そこにあったのは、手配書だった。
「手配書、誰のだって、これ、勇者って書いてあるぞ」
「うん、たぶん、勇者様がいわれのない手配を受けた時のものだと思う」
この世界には勇者がいた。
といってもこれは約8000年前のことだ。
当時、この世界に魔王が誕生し、多くの魔物を統べ人々を苦しめていた。
まさにその時、突如としてそれまで見たこともないような、武術と武器を携えた若者が現れ、魔法使いの仲間とともにたった2人で魔王を討伐したという真意は定かではないが、そういった伝説がある。
一般的にはここでこの伝説は終わる。
しかし、この伝説には続きがあり、軍隊などが倒せなかった魔王を、勇者がたった2人で討伐したことから勇者のマッチポンプを疑うものが現れた。
その結果勇者は魔王と通じていたとし、世界中に指名手配されたというものだ。
が、実は真実は結構阿保みたいなものだが、それにはこの大陸の事情を説明する必要がある。
この大陸はもともと、俺やフィーナのような様々な髪色をして、少し濃い肌をした種族が住んでいた。
しかし、今から約9000年前、大陸から西に日本よりも少し大きいぐらいの島国があり、そこから、金髪碧眼で真っ白な肌をした。いわゆる西洋人、まぁ、この世界でも西から来たからまさに西洋人なんだけど、その連中がやってきた。
当時、俺たちの先祖である先住民たちは、大きな大陸に対して人口比率が低かったことで、いくつかの民族に分かれて住んでいた。
その民族同士も離れていたこともあり、争う必要がなかったことから狩猟はできるが対人の戦闘の経験がないものばかりだった。
それに対して、西洋人たちは小さい島国に住んでいたこともあり、争いが絶えずその戦術などの扱いにたけていた。
そんな連中が侵略者として大陸を攻めてきたわけだから先祖からすればたまらない、あっという間に侵略を受けてしまった。
その後、西洋人たちは土地を開拓し移住者たちが押し寄せ、これまたあっという間に街が出来上がっていった。
そして、侵略から約100年、この大陸初の国家クリムナ王国が誕生した。
ちなみにこのクリムナ王国初代国王は彼らの出身国の王族であった。
それからもいくつかの戦争が起こりまたいくつかの国が誕生して、今現在この大陸には、7つの国が存在している。
しかし、実は侵略から9000年たった現在でも、先住民が国民として認められている国はこの国マナリズ王国しかなく、ほかの国での先住民の扱いはいまだ奴隷だ。
ここで話を戻すと、魔王が現れ勇者が倒した時代、この大陸の国は全部で3つあったが、いずれも先住民は奴隷。
そして、勇者とその仲間の魔法使いは先住民であった。
ここまでくればわかるだろう、そう、国々のお偉方から平民に至るまでが、奴隷でしかない先住民が自分たちの軍ではどうすることもできなかった魔王をたった2人で倒したことで、彼らのプライドはズタズタにされた。
つまり、勇者をいわれのない罪で手配したのはそういったくだらない嫉妬からだったのだ。
これが俺たち先住民たちの共通の認識でもあった。
「それで、この手配書がどうしたんだ」
俺はフィーナに尋ねた。
「うん、実はね。勇者様って手配されたとき仲間の魔法使いと一緒に洞穴に隠れ住んでいたの」
「えっ、そうなのか」
俺のそこまでは知らなかった。
というか誰も知らないと思う、となるとなぜフィーナがそれを知っているんだ。
「どういうことだ、そんな話聞いたことないぞ」
「それはそうだよ、これは勇者様本人が子供たちに聞かせたことだから」
んっ、子供たち? どういうことだ。
「えっと、それは?」
するとフィーナが勇者の動向を話し始めた。
「勇者様は、洞穴で数年過ごした後、仲間と別れ1人、北上したの。そこで1つの集落にたどり着いて、結婚して子供が生まれた。勇者様はその子供に勇者様の武術の技を教えながら平和に過ごしたの」
「お、おい、ちょっと待て、それじゃ」
俺の中にある予感が生まれた。
「そう、私、勇者様の子孫なの」
俺は衝撃を受けた。しかし、同時に納得もした。
フィーナのあの強さ、あれが勇者からのものだったら納得もできる。
「……なるほどな、そういうことかよ。どうりで、それじゃ、フィーナの技って勇者のものだったんだな」
「うん、まぁ、多少は変わってるけど、大方同じだと思う」
聞けばフィーナの一族は約8000年にもわたり勇者の技を伝えてきた。その際に時代にあった技へと進化させてきたようだ。
なんかその話を聞いたとき、うちの上森に似ているなと感じていた。
「それで、フィーナは、もしかしてここがその洞穴だって思うのか」
「うん、うちでは勇者の洞って呼んでるけどね。間違いないと思う」
何やらフィーナが自信満々だった。
「なんでだ」
知友を聞いてみた。
「これ見て」
フィーナが一冊の紙の束をまとめただけの手帳のようなものを差し出してきた。
「これ、たぶん勇者様の手記だと思う」
「手記?」
「うん、うちにも勇者様の手記が何冊残っているんだけど、そこに書かれている文字って古代語か、暗号で書かれているみたいで全く読めないのよね。それで、これに同じ文字が書かれているから、間違いないと思う」
「へぇ、暗号ね」
俺は興味本位でその手記という紙束を開いてみた。
そして、そこに書かれていたものを見て、固まった。
「……この世界に転移してたぶん3年の月日がたった、だからおそらく西暦2324年だと思う。この世界にはまだ暦がないため西暦で書くことにする。ちなみに何月かはもうわからない……」
という文章で始まっていた。
「えっ、ふぁ、ファルター! まさか、それ、読めるの!」
フィーナは俺の声を聴いて驚愕していた。
というか、実はこの時一番驚愕していたのはたぶん俺だと思う。
さらに読み進める。
「……西暦2324年あえて1月1日? 魔王を倒し勇者となった俺だったがなぜか魔王との癒着を疑われて指名手配された。俺のハーレム、どこに行ってしまったんだ。
西暦2324年1月3日? この洞穴で過ごし始めてすでに3日、マグルが集落でいい女を見たと嬉しそうに話していた。くそっ、俺は指名手配されて外に出られないというのにマグルだけずるい、俺も早く自由になりたい」
俺はこの時始めて仲間の魔法使いの名がマグルという名であるということを知った。
そういえば、うちの先祖の中にはマグルって名前の人が何人かいたよな。
俺は偶然だろうと思いパラパラと読み進めた。
「……西暦2325年5月23日?暇だ、とにかく暇だ。マグルの奴は近くの集落まで出かけられているのに、なんで俺だけ缶詰なんだよ」
どうやら勇者は一年以上もこの洞穴に引きこもっていたらしい、俺なら耐えられないな、実際この日付のあたりの勇者は暇だとか、マグルへの不満が羅列していた。
「西暦2325年5月29日?今日マグルの知らせに俺は天にも昇るような勢いで喜んだ。なんと、ようやくの缶詰から解放されるようだ。といっても洞穴と神殿の間にある小さな空き地にだけだが、それでも外に出られる嬉しさは言うまでもない」
どうやらここらへんで手配も薄くなってきたようだ。
「西暦2325年5月30日?今日俺はようやく外に出た、いい空気だった。久しぶりに武術の型を取った。一年以上も引きこもっていたのにそれほどなまっていないようで安心した。でも、多少はなまっている、それをとりあえず取り戻さないとな、そういえば俺がこっちに転移してしまって上森の跡継ぎはどうなったかな……なっ、なんだと」
俺はそこで日記を読む手を止めた。
上森、だと、どういうことだ。なんで勇者が……
「どうしたの、ファルター」
フィーナが声をかけてきたが今の俺には届いていなかった。
俺はさらに読み続けた。
するとそれからさらに3年後に洞穴を出ることになったようだが、それよりも最後に記されていた日記の持ち主のほうが気になった。
そこには『上森浩介』と書かれていた。
――――――西暦2300年代、俺がこの世界に来たのは2018年だ。つまり、俺がいた時代より約300年あと、そして、上森の名と武術。そういえばフィーナが勇者の子孫だといっていたな。それで、フィーナの技は勇者から受け継いだものだ。ってことは、フィーナの技は勇者の技。
俺はそこで今までさんざん見てきたフィーナの技を思い出していた。
――――――どれも似てるんだよな。まぁ、それはそうか。
俺はそこで1つの結論を出した。
「ファルターどうしたの、さっきから黙り込んで」
ここでフィーナがいつまでも考えていた俺を心配して尋ねてきた。
「あっ、ああ、悪い、ちょっと考え事をな」
俺はそこで少しだけ考えフィーナにすべてを話すことにした。
「フィーナ」
「なに」
「フィーナって、勇者の子孫だよな」
「うん、そうだよ」
「上森って、聞いたことないか?」
「カミモリ! えっ、なっ、なんで、ファルターがそれを!!」
どうやらフィーナは知っていたようで逆に驚かれた。
「やはりそうか」
「えっ」
「えっと、そうだな、フィーナって、転生って知っているか」
「転生? うん、たまにそういう話を来た事あるけど、確か前世の記憶を持ったまま生まれ変わるってことだよね」
「ああ」
実はこの世界には転生者はたまにいる。昔話でも描かれているし、噂でもたまに聞くからだ。
「それがどうしたのって、まさか」
どうやらフィーナは気が付いたようだ。
「まぁな、俺はその転生者だよ。前世の記憶がある」
「……そ、そうか、そういうことか、なるほどね。だからファルターは武術もできるのか。もしかして、うちの一族、あっ、でも、勇者様のこと知らなかったよね。どういうこと」
フィーナがそう聞いてきたのはたぶん俺とフィーナの技が似ているということとさっきの上森のことだと思う。
「まぁ、フィーナの一族であるってことは、あながち間違ってはないけどね」
「どういうこと」
フィーナは不思議そうに首を傾げた。
「簡単に言うと、俺はこの世界ではなく異世界からの転生なんだ」
「異世界? そんなものあるの」
「ああ、俺も14年前までそう思っていたよ。でも、14年前前世で死んで気が付いたらこの世界で赤ん坊していたからな、最初は混乱したよ」
「まぁ、そうだよね、でも、異世界……」
フィーナは異世界をまだ疑っているようだ。
「ああ、それにな、俺の前世がフィーナの一族であるというのがあながち間違っていないっていうことだけど」
「ああ、うん、それ、どういうこと、異世界なんだよね」
「ああ、それは間違いない。ただ、フィーナの先祖である、勇者が異世界からの転移者だったということなんだよ」
「えっ、勇者様が!」
さすがのフィーナもこれには驚愕していた。
俺は勇者の日記を手に取りフィーナに見せながら続けた。
「ああ、これは勇者の日記だけど、書かれている文字は古代語でも暗号でもない、日本語って言って、俺の前世で、勇者の故郷の文字だ」
「それじゃ、これは、異世界の文字」
「そういうことだな、俺もまさかこんなところで日本語を見られるとは思わなかったけど」
「それで、ファルターは勇者様とかかわりがあるの」
「そういうことだ、といっても直接じゃないぜ、何せ俺と勇者のいた時代には300年の差があるからな」
「300年! あれ、勇者様って8000年前の人だよ」
「俺もそこがよくわからないんだけど、勇者の日記に書かれた日付、2324年ってなっているんだけど、これは西暦って言って、前の世界での暦なんだけど、俺が死んだ年は2018年」
「えっ、ちょっと待ってよ。それって勇者様より前じゃない」
「そういうこと、それにな、勇者の名前、上森浩平とあるんだけど」
「うん、その名前聞いたことある、勇者様の名前だって」
「そう、それで俺の前世の名前は上森僚一っていうんだ」
「同じ名前!」
「ああ、同じ上森だろ。それだけじゃない、俺の前世での一族は代々武術を伝える一族なんだ」
「それって」
「そういうことだ。それに、俺たちの出身国である日本はそもそも戦争はしないし、もともと魔物もいない世界だからな、武術事態必要がないんだよ。それなのに武術を代々伝えていて、上森の名を持っているということは間違いなくうちの子孫だろうな」
「へぇ、あ、それじゃ、私、ファルターの子孫でもあるってこと」
「まぁ、そういうことになるな。といっても、俺16で死んでるし、結婚どころか彼女もいなかったからな、たぶん、残された妹か従姉弟のどちらかのだろうけど」
「そうなんだ」
フィーナが思っていたより、俺が転生者であることを受け入れてくれたことがありがたかった。
「でも、似ているとは思っていたけど、まさか、フィーナが上森の末裔だったとは思わなかったよな。でもま、どうりで強いはずだよ」
「ファルターだってそうよ」
「そうれもそうか」
俺たちはお互いに笑いあった。
「もう少しこの洞穴の調査と行きたいけど明日にするか」
「そうね、もうだいぶ遅いし、今日はもう寝ましょう、オーク討伐で少し疲れているし」
「だな」
こうして俺たちはお互いフィーナは勇者の子孫ということで勇者の部屋へ、俺は余った魔法使いの部屋で寝ることにした。
「それじゃ、お休み」
「ああ、お休み」
俺は魔法使いの部屋に入り、かつての偉大な魔法使いが使っていたベッドだと思い、少し緊張しながらもその日は眠りについた。