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第43話 胎動

 時はさかのぼり、ファルターたちがまだセルミナルクで武術大会予選を勝ち抜いている時のことだ。

 マナリズ王国から遠く北西にある国クリムナ王国である異変が起きた。

 クリムナ王国とは、アルディ達のような貴族たちの人種、原住民からは薄人などと呼ばれている者たちがこの大陸においてはじめて建国した国である。

 この国の初代国王は、彼らの本国である聖ウルカルティブ皇国の皇族であった。

 そして、この皇族はかつて、薄人達を導き現在では神としてあがめられているマーラムの子孫である。

 そのために、クリムナ王国はこの大陸において、神の末裔として、一目を置かれ、各国の首脳陣からも一段格上に見られている。

 そんなクリムナ王国の現国王、第272代マリナルクベール・ド・ウルカルティブ・ダ・クリナム国王は1人玉座に座り悩んでいた。

「ふむ、どうしたらいいものかのぉ」

 マリナルクベールの悩みは、王国西部で発生している飢饉であった。

「まずは、シュナルで食料を確保し、それを送るしかないかのぉ。しかし、そうなると、今度はシュナルから文句が出るであろうな。かといって国庫はすでに限界に近いからなぁ」

 マリナルクベールは常に民のことを考えるよき王であった。

 本来であれば、食料を豊富に備えているシュナルに命じればいい話である。しかし、それはシュナルの民が自分たちが飢饉となった時の備えでもある。それを徴収すれば反感を買うこともあるからであった。

 とはいえ、この魔では西部の飢饉は進行し、多くの民が失われる恐れがあった。

「ふむ、どうしたらいいのか……」

 マリナルクベールは深いため息とともに2度目となるこの言葉を言った。

 まさにその時だった。

 不意に、玉座の間に、不気味な気配がしたのだ。

「何やつじゃ」

 敏感にも感じ取ったマリナルクベールはその気配に問うた。

「いやはや、ようやく見つけましたで、魔王様」

 すると、どこからともなくそんな声が聞こえ、いつの間にか目の前に、子供ぐらいの大きさしかないおぞましい顔をした魔物が立っていた。

「くっ、魔物か、どこから入った。誰かおらぬか」

 突然の魔物の出現にマリナルクベールは護衛を呼んだ。

「無駄でっせ、魔王様、この部屋には結界を張っておりますんで、邪魔は入りませんわ」

「まさか、このようなときに、何たることか」

 マリナルクベールは死を覚悟した。それでも、一国の王として、ただ死を待つつもりはない、一矢でも報いようと身構えた。

 実は、マリナルクベールはファルターには及ばぬものの、高い魔力と伝統技術を有していた。

 それでも、目の前の魔物はそんなマリナルクベールと比べても圧倒的に上の実力を有しているのが雰囲気だけで分かったのだ。

 それにしても、マリナルクベールは気になった、なぜ、この魔物は自分を魔王と呼ぶのだろうと、魔王とは、かつてこの世界において、人類を脅かした悪しきもの彼らが奴隷主とする原住民の勇者と名乗るものが討伐した存在だ。

――――――あの奴隷種に倒された愚かな魔王と余を間違えるとは、なんと忌々しい。

 マリナルクベールは民を思うよき王であった。しかし、それはあくまで同胞である薄人達だけであり、奴隷種と呼ばれる原住民たちに対しては苛烈な対応をしていた。

 例えば、今回マリナルクベールが悩んでいる飢饉、この対応でまず奴隷たちの食料が絶たれた。それにより多くの奴隷たちが命を落としたが、彼らにとっては交換が可能な道具が壊れたといった風にしか思っていない。

 それはともかく、目の前の魔物はそんなマリナルクベールを魔王と呼んだ。これはいかなることかと、考えていた。

「そう、身構えんでも、大丈夫でっせ。魔王様、ほな、行きまっせ」

 考えていたマリナルクベールだが、今はそれどころではない、とにかく目の前の魔物をどうにかしなければならない。こんなことなら、壁(奴隷たち)でも用意するべきであった。そう後悔するだけだった。

 魔物は突然何やら呪文を唱え始めた。

 そして、その呪文を完成させたとたん、魔物の手から発せられた光がマリナルクベールを包んだのだ。

「な、なんだ……グ、ぐわぁぁぁぁ」

 光を浴びたとたん、マリナルクベールは突然苦しみだした。


 しばらく苦しんだ後、マリナルクベールが突如笑い声をあげ始めた。

「ふ、ふふふ、ふははははは、そうであった、そうであったな、我は……」

 するとこれまでとは雰囲気が打って変わったのだ。

「我は、魔王であった。思い出したわ」

「おおう、思い出されましたか、魔王様」

 それを聞いた魔物はかなり嬉しそうにしていた。

「うむ、よくぞ、やってくれたぞ、貴様は、ゴラムの末か?」

「ハイです、ワイはゴラムの末裔、ゴードといいます」

「うむ、そうか、ならば、褒美をやろう」

 マリナルクベールは鷹揚にそういった。

「おおお、ありがとうございます」

 今ゴードは天にも昇る思いだった。

 一族の悲願、ゴラムが命じられて、先祖代々、魔王の転生体を探し続けて、約8000年、ようやくその願いがかなったのだ。

「褒美だ、受け取るがよい」

 そういって、ゴードに近づいたマリナルクベールは不意に手をかざして、それをあろうことかゴードの首に向け振り下ろした。

「えっ」

 ゴードはその驚愕の表情のままその首を落とされたのだ。

「確かに我の記憶を甦らせたことは褒めて遣わす、しかし、我にあのような苦しみを与えたことは、万死に値する。褒美として、痛みを与えずに殺してやろう」

 マリナルクベールはすでに聞こえないゴードに向かってそういった。

 そう、何の因果かこのクリナム王国、第272代国王、マリナルクベール・ド・ウルカルティブ・ダ・クリナムとは、かつてこの世界を震撼させた魔王の生まれ変わりであった。

 その後、新たに誕生した魔王はすぐにクリムナ王国国王として国民を支配し、魔物の軍勢を追加して、南側の小さな隣国、フルメナス共和国をあっという間に滅ぼしたのだった。


 一方、それより時がたち、ファルターたちが王都で武術大会に奮闘している時のことだった。マナリズ王国国王オリヴァルトは、フルメナス共和国が滅んだという情報を得て、頭を悩ませていた。

「なぜじゃ、なぜ、クリムナ王国は、フルメナスを滅ぼしたのだ」

「わかりません、しかし、これは事実であります」

 報告をした兵士も少しおびえた様子で答えた。

 フルメナス共和国とクリムナ王国は、建国以来の同盟国であり、これまでの歴史において両者が敵対したことはない、その理由は簡単でフルメナス共和国は、クリムナ王国にとってはとるに足らない小国だからだ。確かに、肥沃な大地だという魅力はあるが、それだけだ。特にクリムナ王国がフルメナス共和国を滅ぼすという理由にはならない。

「陛下、これは、不確かな情報ですが……」

 ここで、報告者はためらいながら続きの報告をした。

「なんじゃ」

「はい、クリムナ王国の軍勢の中には、魔物がおり、クリムナ国王もまた、魔王を名乗っているという情報が入っているのです」

「なんだと、それはどういうことだ」

 さすがにこれには動揺しついむかしの冒険者時代の言葉遣いとなってしまった。

「は、はい、これも目下調査中であります。しかし、魔物の軍勢が混じっていたことは事実であり、それをなせるのは……」

「魔王のみ、か」

「はっ」

 オリヴァルトは頭を抱えた。

「陛下、いかがいたしましょう」

「うむ、もし、マリナルクベール殿が、本当に魔王ならば、おそらくは今後も国を滅ぼしてくるかもしれん。そして、いずれは、ここにも、来るであろうな」

「勇者一族を使うのはどうでしょう。彼らがこの国のどこかにいるということはわかっていることです」

「うむ、勇者一族か、しかし、彼らは、我々に恨みを持っているやもしれんしのぉ」

「陛下、そのことですが、実は、今王都で開催されている武術大会でその勇者一族の娘と思わしき者が出場しているのです」

「なんと、それは誠か」

「はい、おそらくは、優勝するだろうとのことです、確か、名前はフィーナといったかと、また、今大会には、魔法使いでありながら続ぎ次に勝ち続けているファルターというものがおります。しかも、この2人冒険者として同じパーティーだそうです」

「ほぉ、そのようなものがおるのか、んっ、ファルターにフィーナとな。どこかで聞き覚えが」

「はい、彼らこそ、若干15歳、冒険者となってわずか1年でランク15に昇格し、ドラゴンを討伐した者たちです」

「おお、なんと、そうか、我が甥、アルディオンを救ったのもそのものたちであったな」

「はい、その通りでございます」

 オリヴァルトにとってはさらに冒険者時代からの親友ガイからも聞いて2人だということにも気が付いた。

「よし、では、そのものたちに任せてみよう」

 こうして、ファルターたちの知らないところで、魔王対策要員としてあてがわれることになったのだ。

 そして、これが、ファルターが平民でありながら騎士爵を賜り領地まで授かったということだった。

 ちなみに、ファルターたちにはこんなことを考えられていたことなどは知る由もないことであった。

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