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第14話 バカのせいで

 ブルックリム要塞に来てから1ヶ月が経とうとしていた。

 俺は相変わらず回復魔法をかけまくり、フィーナは食堂で働いている。

 戦況はほとんど変わっていない。

 それというのもこっちの司令官がバカだからだ。

 ブルックリム要塞は左右を岸壁に囲まれており、今回の敵国であるブリザリス公国からこの国に攻めるにはこの要塞を落とすしかない。しかし、この要塞は本来難攻不落そう簡単に落とすことはできない。

 今までも何度も攻められてはこれを防いだことでそれを証明していた。

 ブリザリス側も大体はある程度攻めては引き返すということを繰り返している。

 実はバカがここの司令官になったのも、領主の息子としてあまりに馬鹿で冒険者としても実力もない、このままではほかの貴族に嫌味を言われる。そこでよく攻められるものの落ちたことのないこの要塞を司令官として守らせて功績を作らせる計画だったようだ。

 しかし、ここで誤算が起きた。司令官としたバカが想像以上に馬鹿だった。

 黙っていればいいものを訳の分からない作戦を次々に指示を出し始めたのだ。

 ちなみに、ブリネオや副司令官の弁では、俺が回復魔法をかけまくるということをしていなかったらとっくの昔に要塞は落とされていたようだ。

 そう、俺が回復魔法を使って何とか落とされるのを食い止めているといった状況だった。

 ブリザリス側は俺の存在を知らないし一見するとあと少しで要塞を落とせるという状態のためにひくタイミングが分からなくなったことが原因だ。

「……ほんと、いつになったら終わるんだ。まぁ、おかげで魔力が上がり放題だけどな。それでも、いい加減にしてほしいぜ」

 そう、俺の魔力はかなり上がっている。ドラゴンを討伐したときは超級を2発ぐらいは打てたが、今の俺なら5発ぐらいは打てそうだ。

 そんなことを思いながら朝を迎えのそのそと今日も回復魔法をかけまくるのかと部屋を出た。

 すると何やら騒がしかった。

「……なんだ……ああ、ちょっと、何があった」

 俺は近くを通りかかった兵士に尋ねた。

「ああ、ファルターか、実は、司令官殿が暗殺されたんだ」

「……?! はっ?!」

 司令官が暗殺、どういうことだ。

「暗殺って、嘘だろ」

「本当だ。俺も信じられないけど、間違いない」

「まじかよ、でも、どうやって」

 この要塞には2千は超える兵士と100人足らずの冒険者、それに俺とフィーナは(この要塞についてからはないが)暗殺ギルドに狙われているために常に警戒している。

 そんな中司令官を暗殺するなんて不可能に近い。

 もし可能だとすればそれは内部の人間、つまり兵士か冒険者の中にいるということになる。

「まぁ、いい、とにかく現場を見てみるか」

 俺はそう思い司令官の私室に向かった。


 司令官の私室にはすでに数人の兵士とブリネオと副司令官が捜査をしていた。

「ブリネオ、何かわかったのか?」

 俺は近くにいたブリネオに前置きを抜きに訪ねた。

「おう、ファルターか、いや、何も、ただかなりひどいぜ」

 そういってブリネオが道を開けてくれたので中を覗いてみると……確かにひどい、バカ(いや、遺体だからな司令官とちゃんと呼ぼう)司令官は、ベッドの上であおむけの状態で全裸、めった刺しだった。しかも、あるべきものがそこにはなく俺は思わず股間を抑えた。同じ男としてこれはひどすぎる。どんだけ恨まれていたんだと思うほどだ。

「こいつ、どれだけ恨まれていたんだよ、いくら何でもこれはなさすぎだぜ」

 そういうブリネオも他の者たちも股間を抑えていた。

「……しかし、誰だろうな、これは?」

「……ああ、やるにしてもひどすぎるからな」

「はい、予想もつきません」

「多分、女の子だと思うわよ」

 するとそこに犯人の性別を告げる声がした。

「なんでわかるんだ。ジェーン」

 現れたのはこの要塞内では貴重なフィーナを含めて4人しかいない女冒険者のジェーンだった。

「このにおい、これ、香水よ」

 その場にいた男たちはいっせいに鼻をクンクンさせてにおいを探った。

 しかし、俺にはわからない。

「わからないんだけど」

「まぁ、男にはわからないわね、これは女の子しか知らない特別な香水だからね」

「そんなものがあるのか」

「ええ、まぁ、女の子にもいろいろあるからね。ああ、そうそう、ファルター、たぶんだけどフィーナに聞いても、あの子もわからないと思うわよ」

 俺は一瞬確かにフィーナに聞いてみようと思ったが先手を打たれた。

「なんでだ?」

「まぁ、フィーナにはまだ早いからね」

 ジェーン以外の頭に盛大に疑問符が浮かべていた。

「……まぁ、とにかく、犯人は女、というわけで間違いはないんだろ」

「うん、たぶんね」

「そうなると、ほんとに誰だ」

 俺たちはフィーナとジェーン以外を思いうかべたが、すぐにかき消した。

 その理由は残りの2人にも動機がない。

 それに、犯人が女ということを聞いて俺たちは思い至ったことがある。

 それは、おそらくだが、司令官は死の直前までその犯人を抱いていたと思われるからだ。

 この部屋の状況はそれをにおわせるものだった。

「まぁ、わかっていると思うけど、私たちじゃないからね」

「ああ、わかっている。それに貴族は平民には手を出さないからな、こんな馬鹿でもそのプライドはあっただろうからな」

「ああ、だな」

 貴族連中、つまり金髪碧眼の連中は俺たち様々な色をした、いわゆる混血と思われる者たちを下に見ている。そのため、平民と交わることは何よりも禁忌とされ忌み嫌われる行為だった。

「となると、ここに金髪碧眼の女がいたってことだよな」

「この国の女じゃないってことも確かだな」

「となると、連れ込んだのか」

 俺がそうつぶやくとあたりが騒然となった。

 それもそのはず、軍務規定に、要塞内などに部外者を入れることを禁じている項目があり、それを破れば厳しく罰せられるとある。

 これは死者に対しても行われることだ。

 つまり、これらが事実なら、司令官の身内であるミドクリグ領主家は、末代までバカにされ続けるということになる。

「自業自得だな」

「言えてる」

「うん。そうね」

 全員一致で同情の余地なしだった。


 その後、副指令は今回の報告と自身が司令官として戻ることの要請をしにミドクリグに戻った。そのため、指揮は元の副指令で現在は隊長に格下げされていたビリックがとることになった。そして、ブリザリス軍は相変わらず要塞を攻めてきて、俺たちはその対応に追われた。

 といっても、バカの指揮がなくなったために通常の籠城戦に切り替わり、何とかこちら側の有利に事が進んだ。

 ちなみに俺とフィーナはようやく城壁に上り魔法や石、弓などを手に取り戦うことができていた。

 なんだかフィーナが喜々として攻撃をしているのを見て周囲が少し引いていた。(まぁ、俺も少し引いたけど)どうやらフィーナには食堂での仕事が相当ストレスになっていたようだった。

 こうして、何とか2日乗り切ったと思ったら、突如俺たちの耳にありえない情報が飛び込んできた。

「な、なんだと」

 これはブリネオの叫びだ。

「それは本当なのか」

 これはビリックの質問。

「は、はい、ふ、副司令官は、その、今回の司令官暗殺の首謀者として、処刑されることとなりました」

「……」

 俺は絶句した。どういうことだよ。なんで副指令が。

「くそっ、あの野郎、どこまでも俺たちをコケにしやがって」

 ブリネオは今にも爆発しそうだった。

 気持ちはわかる、俺も同じだ。

「……なるほど、そう来たか」

 ここでビリックが訳知り顔で何かを納得していた。

「どういうことだ、ビリック」

 ブリネオが怒気を含んだ声色で尋ねた。

 しかし、ビリックはそれを受けても平然と答えた。

「司令官暗殺は、司令官が自ら女を連れ込んだことが原因だ。この事実は今後もミドクリグ家に残り、末代までの恥となる。それだけではない、ほかの貴族家からも謗られ続けることになるだろう。おそらく領主はそれを避けるために副司令官にすべての罪を擦り付けるつもりだ」

 ビリックの推理はかなり妥当だった。

 それと同時に俺たちに怒りを再熱させるものだった。

「なんだと、それじゃ、何か、副指令はあの、バカの身代わりになるってことか」

「……生贄ってやつか」

 俺もかなり怒り心頭だった。

「それで、処刑は、いつだ」

 これはグフタスの質問だ。

「本日、午後1時です」

「なんだと、もう、6時間もないじゃないか」

「ふざけやがって、それじゃ、間に合わないじゃないか」

 俺はふとこの時俺なら間に合うと考えていた。

「ファルター、お前らなら、間に合うんじゃないか」

「な、なに!」

 グフタスの質問に俺が答えるよりも早く、ブリネオが身を乗り出すように迫ってきた。

「あ、ああ、確かに俺たちなら全力で行けば1,2時間で行けるだろうな」

「ほ、ほんとか」

 ものすごい食いつきだ。

「強化魔法を使えば、問題ない、フィーナもブースターがあるしな」

「頼む、副指令を助けてくれ」

「それは、もちろん構わないし、俺もそのつもりだよ。でも、いいのか、助ければ副指令は追われる身となる。だろ」

「……ああ、その時は俺がこのクランでかくまうだけだ」

 この時のブリネオの目は真剣そのものだった。

「わかった、そういうことなら、俺に任せてくれ、必ず、副司令官を助けてやる」

「ああ、頼む……ああ、それとな、副指令にはミドクリグに家族がいるんだが……」

「家族?」

「そうだ、奥さんと娘さんなんだが、2人も同時に助けてほしいんだ」

 身代わりに副指令を処刑しようとしている奴らが、その身代わりを失ったとき、その代わりに家族を人質にするぐらいわけないだろう。

「なるほど、確かに、助けたほうがよさそうだな」

 こうして、俺とフィーナは臨時で副司令官救出作戦を実施することになった。

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